あれから。
降って湧いた一週間もの休日を私達青特の生徒は思い思いに過ごしていた。私の居る女子寮もドッタンバッタンと男子寮程ではないが毎日くだらない騒動が起きていて退屈はしなかったと思う。そしてとうとう明日は登校日という7日目の夕方、寮内は談話室や食堂で教科書とにらめっこしている生徒がちらほら目につくようになった。
というのも私達生徒は、学年問わず授業で受けるはずだった内容の宿題をドッサリと出されていたからである。
いや、最終日になって何してんの? とは言わない。何を隠そう、前世の私も夏休みの宿題は毎回先延ばしにする人種だったからだ。
「ごばちゃん、聞いてる~……?」
「あ、ごめん。何?」
「ここ全然分かんないの。答え教えて~」
まあ、こうしてはる子の宿題を見てあげていると言いたくもなってくる訳だけど。
仕方ないので手を合わせて懇願するはる子から、ドリル形式になっている冊子を手にとって内容を見てみると、丁度現代文の問題をやっている所だった。
「えっと……ハナが母親に捨てられた理由は何でしょう?」
ああ、数日前に解いた覚えがある。
問題になっているこの作品は、父が死に、唯一残った肉親の母親がある日、主人公である「ハナ」をバス停に置き去りにしてしまう所で話が終わっている胸糞悪い代物である。そして選択式の回答が必要になり。
A 特売に間に合わないから。
B 愛人が出来たから。
C 母は直ぐに戻ってくるつもりだったが交通事故で死んでしまっていたから。
D 父親の元に行きたかったから。
という候補がある。答えはDである。
「はる子的にはCだと思うんだけど」
「なんでよ」
「あー違うか~ ……じゃあB?」
「教えないわよ?」
「Dでしょ」
「……教えないって言ってるんですけど~?」
「よし、Dね。ありがと~」
「は?」
……はる子はこうしてたまに私の心を読んでくるのだ。なんで? そういう神通力をお持ちでいらっしゃる??
そうして唖然とする私を余所に、はる子は今みたいな手法を交えて回答を進めていき、得意の古文に突入した所で一気にペースが上がって、予想を裏切り夕食前には宿題を終わらせる事が出来たのだった。
「おわった~!」
「ちゃんと問題文見て解かないと試験苦労するわよ……」
「その時勉強するからいいよ~」
「一夜漬け宣言かい……。私寝たいんだから徹夜とかやめなさいよ」
「常識的に考えてテスト前に徹夜なんてしないよ~」
君ちょくちょく中学時代にやってたよね?
一気に不安になった私は、試験前日までにアイマスクを購入しておくことを決心した。
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「ごばちゃん。それにしてもさっきのお話。なんでDだったの?」
「え?」
「いや文章読んでたらさぁ、どうしてもお母さんがハナちゃんから離れると思えなかったから」
あれから場面は変わって食堂。
彼女は「常識的に考えてさ~?」とか言って夕食の乗ったトレイを受け取りながら首をかしげた。
「問題文をよく読んでみることね。父親の事をボソリと呟いたりして、母親の心が疲弊してる描写が3つもあるんだから」
「けどさぁ、突然の事故で亡くなってる可能性もあるよね?」
「あのねぇ、ハナちゃんの荷物に何故か入っていたお金。あれはどう説明するつもり? お金を入れたのは母親。どう考えてもハナちゃんを捨てる罪悪感からの行動でしょう?」
「後でお使いを頼む予定だった可能性もあるよね?」
もうなんなんだ。
私が黙って箸を取ったら向こうも同じように食事を始め、この会話はモヤモヤする形で終わってしまう。
……結局その後、何か私も気になって来て、それを寝る前までなんとなく考えてしまっていた私は、話の続きをしようとはる子に声をかけようとした。が、よく見たら彼女は既に爆睡していたのだった。
はははコイツめ……明日の朝は起こさないでおこっと。
wmwmwmwmmwmwwmmw
w w
mwmwm
青特の登校がまた今日から始まる。
僕は欠伸を噛み殺しながら自分の髪を撫で付けると、今日の予定を確認してから男子寮を出発した。
正直この7日間、どのように過ごしていたのかよく覚えていない。
理由としては、僕が3番金鉱石に適性を持っているというのが8割。祟りの遭ったあの時の光景が2割といった所だろうか。とにかく人間、強烈過ぎる出来事に立て続けに襲われると、生活に現実味が無くなって夢心地になるらしい。
とはいえ、今日から普通に授業が始まる。
僕は成績が良い方だとは言えないので、こんな調子で勉強をしていたら全く身に入らないだろう。切り替えて行かなければならないな。
「曜引と沙村は放課後、研究所の方に来るように」
と思っていた朝のHR。
担任のその言葉のお陰で僕は一気に目が醒めたのだった。
mmw
青網引神秘研究所について語っておかなくてはならない。
ここは、青特の敷地内に存在する「
このような施設は他の特殊業学校にも存在していて、いずれも同じ敷地に居る学生の協力を得て効率的にデータ収集を行っているらしい。
……まあ、僕もこのくらいしか分からない。
論文だって当たり障りの無い物しか出回らないのだから仕方ない。そんな秘密しかない非常に興味深い所だと言うのに、普通の生徒は大抵「なんか研究してる施設」という認識しかしていないのは不思議な話である。
そこに、今。
僕は向かっている。
「興奮でおかしくなりそうだ……」
「ちょっと、気持ち悪い事言わないでよ」
「む。だって神秘研究所だぞ? 人類の夢だぞ?」
「これ以上無いほど主語でかくない?」
「あのなぁ……いや、今はいい。君は黙っていたまえ」
「さっきから1人でブツブツ言ってんのは沙村くんなんですけど~?」
やれやれうるさい女だ。
……と、面と向かって言おうとしたが、不意にあの光景を思い出して、なんとなくやめておいた。
結局あの獣達は何だったのだろうか。
曜引はあれで気付いていなさそうな調子だし、いっそ僕の幻覚だったんじゃないかと疑いかけたが、どうもそれにしては生々しい質感を帯びていた。
と、なると。
やはりもう一度「3番金鉱石」を手にとって確かめてみなければならない。
赤い神力の関係であるのだろうが、彼女が一緒に呼ばれていて助かった。あの所縁石を学校内とは言え施設の外に持ち出せるとは到底思えなかったからだ。
僕等はそうして施設の入り口を潜り、受付で情報の取り扱いに関する契約書にサインをしてからようやく実験室の立ち並ぶ深部に足を踏み入れた。
「ぉぉぉおおおお……!!」
「えっと、なんて部屋だっけ」
「『実験室2』だっ! 行くぞっ!!」
「はいはい」
w.......w
w.......w
意を決して部屋の中に入ると、そこにはパソコンの並んだ机が4つ壁に設置されていて、案外小さい。
しかしその奥に大きなガラスの中窓があり、よくよく見るとそっちはかなり大きい実験場になっている。恐らくここで奥の広い部屋のモニタリングをしたりデータ収集を行っているのだろう。
「やあ」
「どうも……」
そして椅子に座っていた小太りの男と、眼鏡を掛けた三編みの女がこちらを見て声を掛けてきた。
「い、1-1の沙村、だ」
「同じく1-1の曜引です」
「待ってたよ! ほんっっとうに! いやぁーこの7日間は地獄かと思ったぁ!!」
急に手を広げてオーバーな仕草をした小太りの男に曜引が眉を潜める。のを見ていた三編みの女はアワアワと立ち上がって手をばたつかせる。
「あわわ……ごめんなさい。所長は珍しい実験体が来るってずっと楽しみにしていたんです……」
「駒井くん!? 何そのフォローに見せかけた止めの一撃!? 俺そんな事一度も言ってないよ!?」
……正直そう思っても仕方ないと僕は思うぞ。所長。
だって、僕が同じ立場ならそう思うだろうし。
そのまま僕が所長だったならと妄想している間に、曜引が棒読みの悲鳴を上げて部屋を出ていって、それを所長が追いかけていってから直ぐに2人して戻ってきた。
案外ノリ良いんだな、曜引。
そんなこんなで、僕等は奥の実験場に移動して、駒井さんから何か紙を受け取った。
内容は、今回行う検査について。
そう、神通力の「種類の特定」だ。