「という訳で、これから研究所に行ってくれ」
どういう訳なのか知らないが、放課後。
寮に戻ろうとする私に対し、余目先生が呼び止めそう言った。
反応に困り、私が何も言わずに居ると先生は「ああ」とか言い出して、もう一度検査をしたいと向こうが言っていると説明してくれた。うん、情報量がまるで増えていない。
「まあ、俺もよく分からないけど。そういう訳だから」
どういう訳だこのコノヤロウ。
そう言葉に出かかったから我慢しようとしたけれど、余目先生はそれだけ言いさっさと教室から出ていったので、うん。そのまま口に出しておく。
……いやもう、ほんと。急に言わないで欲しかった。
私は廊下を歩きながら、遊ぶ約束をしていた小野さん達にメッセージを送り、そうして研究所のある棟へだらだらと歩を進めながらげんなりとそう思っていた。
この間の検査は、もう一週間くらい前だっただろうか。
あれからはもうとても平凡な生活を送っていたと思う。
相変わらず学内で生徒同士のくだらないトラブルは頻発していたけれど、特に自分に害があるわけでも無かったので微笑ましくすら思っていた。
気になる事と言えば例のパドリング部の事だけど、まあ放っておいていいだろう。
そんな事を考えていながら歩いていたものだから、気持ち早めに神秘研究所の前に着いた。
中に入ると、また受付の格好良い系の女の人が見覚えのある誓約書を渡してきたので、それを再び書く事に。
毎回やるの面倒だなぁなんて思いながら一応内容を検めていると、その女の人が声を掛けてきた。
「曜引さん、神力が赤いんですね」
「え? ああ、そうなんですよ。ウケが悪いので困っちゃいます」
面倒な話題である。
案の定、大変ですね。なんて女の人が同情のような何かを向けてくれるが、そのリアクションはもう飽きたので止めてほしい。
「そう言えばなんだけど」
しかしそこで終わると思っていた会話は、意外な方向に進んで行った。
「今朝、駅の裏で沢山の尾袋鼬が屯しているのを見たの。曜引さんの聶獣もアレでしょ? 一応言っておこうと思って」
「え゛」
……マジか。
なんで?
いや、それよりも。
「えと、何で私の聶獣を?」
「『別羽山珊瑚』なんでしょ? 私も研究員の1人ですから」
浮かんだ疑問を素直に聞くと、聞き覚えのある所縁石の名前が出てきた。
この人、受付専業の方じゃなかったのか。
言われてみれば目の前の女の人は、服はスーツとかじゃなくて私服だし、長いであろう髪はお団子状に纏めてあって、そのまま実験室とかに居そうな見た目をしていなくも無かった。
「ありがとうございます。……まぁ、対応しているってだけの話なので、私には関係ないとは思いますけど」
なんにせよ、受付のお姉さんなんて口走る前に分かって良かったと思った。
「一応ですよ。だって曜引さんの適性の数値。凄いことになってましたので」
なんか変な事を言われた気がするが、私はそれを曖昧に頷いて返し、さっさと誓約書を書き上げて、そそくさと実験室の方へ進んで行ったのだった。
なにせ、頭の中はもう「駅の裏に居た」という尾袋鼬の事で一杯だったからだ。
wm mwm wmmw
mwmwmwmwmwmwmw
wmwmwmwmwmmw
場所は学舎の入り口近くにある多目的棟、その一階にある休憩スペース。
僕が所属している所縁学歴史研究会──「
ふと本から目を離すと、目の前に見覚えのない女生徒が佇んでいた。
腕章を見るに僕と同じ一年生。
ウェーブの掛かった栗色の髪を肩まで伸ばし、妙にニコニコとした華やかな印象をもった少女が、無言でこちらを見ている。
そうして張り付いた笑顔の表情はそのまま、彼女は何も言わず僕の隣のソファに座ったのだ。
何故だろうか、首筋に冷たいものを感じる。
「君が沙村くん?」
「如何にも、僕が沙村だが……」
「私、
「あ、あぁ。……日里さん?」
思わず返してしまったが、何なんだこの女は。
というか、その呼称ですら許されないと使えないと言うのか。
(フッ……)
しかしこの程度の変人、まだまだ低レベルだと言わざるを得ない。
これ以上の魑魅魍魎……いや、逸材がこの地には溢れるように存在する。今更何を恐れようか、初対面で圧を掛けてくるだけの人間に今更及び腰になる僕ではないのだ。
「それで、日里さんはなんの用だ?」
「いや、ごばちゃん……あ、曜引五花ちゃんと仲良いんだなぁって思って。はる子、沙村くんとは一回話しておきたいと思ってたんだ~」
曜引絡みか。
……いや、いや。
この状況。何かおかしくないか?
曜引とはそこまで親しくしているつもりは無いし、ここまで詰められる事をした覚えもない。絶対に勘違いをされている気がする。悪い方向に。
そうして緊張感の中、自分の名前が一人称の女と当たり障りの無い会話を暫くすると、やっと向こうは満足したのか「また会おうね~」なんて剣呑な雰囲気と裏腹なゆるい声を発して去っていった。
なんというか、熊と遭遇した登山者のような気分だった。
そうしてようやく平穏な読書の時間を取り戻した僕は、先程の一件のせいでやけに喉が乾いたので、やれやれと立ち上がり、壁際にある自販機で何か飲もうかと財布を懐から取り出す。
その時、全力疾走で廊下を走る曜引が視界に入った。
噂をすればなんとやら。
何となくそれを目で追うと、彼女は学校外に出ようとしている事が分かった。
寮生が学校外に出るには「外出届」を書く必要がある。
校門に最も近いここ「多目的棟」ではそれを書く受付があり、曜引はそこでその届けを書いているようだったのだ。
無事に外出が受理されると、申請した生徒には番号の付いた札が渡され、校門に常駐している警備員にそれを見せ、そうしてようやく外に出ることが出来る。
不便だが、僕達は学生なのだから仕方ない。
自販機から出てきた珈琲を飲みながら、焦って紙に文字を書きなぐる彼女を見ていると、ふと、それが初日の暴力的な一面と重なった。
今ではひっそりと鳴りを潜め猫を被っていた曜引だが、ここに来て化けの皮が剥がれそうになっているのは何故なのか。
そう考えた時、例の喋る獣の事が頭を過ぎった。