みみたぶがり   作:佐那木じゅうき

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山珊瑚の箱入り娘 ②

 その男は、裏の世界ではそこそこに知られている技術屋であった。

 

 古代の遺物である本来の縁門(アーチ)の構造を知り尽くしている数少ない人物であり、以前には五島の神秘研究所に勤めていた人間であったのだ。

 

 しかし、いささかその研究内容は倫理観が欠けており、度々非難を受けていた彼は。

 それならばと表舞台から姿を消し、複数ある拠点を行き来しながらあらゆる犯罪組織と接触するような生活を始め、そこで得た資金を元に好きなように研究を続けていた。

 

 所縁に関する神秘の全てを丸裸にする事。

 それだけが彼の生きる原動力であったから。

 

 

 ある日、依頼人である黒ジャケットの男────鍵屋からの依頼で、盗みの為、騒ぎを起こすのだと彼と繋がりのある組織からある物を譲り受けた。

 

 

 それは「浮遊の祟り」を起こすと言われている、小瓶に入った青い粉であった。

 

 当時、その「組織」と何のかかわりの無かった男は、以前から祟りを意図的に起こす物質が存在するという話に酷く興味が湧いていた。

 だからその「呪いの粉」と呼ばれる物を貰った時、早速それを解析し、その粉の出所を探った。

 

 そして、運の良いことに、縁門(アーチ)の作成の為に丁度部屋に持ち込んでいた古代の遺物に、同じ反応を持つ物質が見つかったのだ。

 

 彼は狂喜した。

 

 早速それを抽出する専用の縁門(アーチ)を作り出し、その青い光が零れ出す光景を初めて見たときには、日が暮れるまでそれをウットリと眺めていた程には夢中になった。

 

 

 しかし、一方で肝心の依頼の方はサッパリだった。

 

 

 部屋の中で何かに噛まれて転倒し、作業台の上をぶちまけたり。

 

 愛人でないと言っていた女を口説いていたら激怒した鍵屋に胸倉を掴まれ。 

 決められた手順で青い粉を使用しても、祟りは起こらない。

 

 特に祟りが起こらない点が最悪であった。

 

 

 だから機嫌の悪い依頼主が自分の価値も分からず暴力を振るって来た時、心底嫌になって、依頼を半ばで放り投げることにした。

 

 まず、「組織」と接触した。

 

 丁度青い粉を受け取ったときに現れた女は、男の年の離れた後輩であった。

 だから彼女を窓口にして取引をしたのだ。

 

 あのチンピラ共を切り捨てて、持っている「所縁石」を全て奪ってやらないか、と。

 

 

 

 返事は、想像以上に早く来た。

 おまけに向こうも手を余していた連中だったらしく、親切にも彼らに「洞見」持ちがいることも教えてくれた。

 

 だから男はすぐに縁門に遺物の鉄片を仕込み「洞見の祟り」を起こしてやろうと画策したのだ。

 

 

 男が違和感を感じ始めたのは、ここからだった。

 

 今まで居た拠点を引き払い、釜伊里にある拠点に着いた頃。口座を確認すると報酬が入金されていた。

 あの機械を使えば直ぐに全員祟られるはずだった。だから男はそれに、あのチンピラ共は縁門を試さずに送金してきたのだと判断し、不思議に思いながらもただ、馬鹿な奴らだと思った。

 

 しかし次の日、ラジオで「青特」内で特殊自然災害が発生したという速報を聞いて驚いた。

 それは死者がゼロ。更に殆どが軽症者で、唯一の重症者である実行犯達が病院に搬送されたという内容だったからだ。

 

 青特に「破邪の神通力」を持つ者は存在しない。

 

 であるならば、生徒の中に「破邪」か若しくは大変に珍しい「回帰」「浄化」「罪穢」のどれかを持つ適性者が居る事になる。

 男はそれに興味が湧き、大して意味が無いにも関わらず、なんとなく青特に足を運ぶ事にした。

 

 最近、現在いる拠点で良く分からない物音が頻発していて、気味が悪くなっていたのも原因の一つであった。

 例え何も情報が入らなくても、敷地入口近くにある多目的棟の一般者も入れるカフェで気分を入れ替えれられれば御の字であったのだ。

 

 

 そして、結局大した情報も得られずに注文した紅茶を飲みながら「青い神力」の事を考えていると、ある女生徒の集団が店内に入ってきた。

 それに、男は目を剥いた。

 

 なぜなら、その中に「赤い神力」を持つ学生が居たからだ。

 

 この年になっても赤い神力を持つ人間は普通存在しない。

 それこそ学校にすら通っていない浮浪者同然の子供ならばそういう存在も居るかもしれないが、普通は小学校の時点で祓われて神力を失うものなのだ。

 

 となれば、出される結論は一つ。

 

「神憑き、か……?」

 

 あり得ない、訳じゃない。

 小学生時点で、たまに居る赤い神力を出す子供の適性値は大抵1から80までを行き来している物なのだが、稀に100を超える子供も居るというデータを見たことがある。

 

 あの子供は、その稀の中の稀であるという事だ。

 

 

 当然の話であるが、五島の神秘研究所に属していた頃は、その実験データは特殊業学校の生徒の物しか扱うことは出来なかった。

 珍しい神通力持ちならばともかく、黄や緑の適合者なんて、その昔男が所属していた頃にはとっくに豊富なデータ群が揃っていたのである。

 

 しかし、赤は違う。

 小学生のデータを貰う機会がまるで無いため、大昔のデータを漁るくらいでしかその方面のアプローチが出来なかったのである。

 

 そこで男は昔、春の検査に立ち会い、機材を持ち込みデータを採ろうとした事もあったが、その時は禁止されていたことを強行したことで大問題となり、長い謹慎を貰う羽目になった。

 

 

 そこまでして欲しかった実験体。

 それが、しかも「神憑き」の子供が、目の前に居る。

 

 

 男はその子供を見ているうちに無意識に唾液が垂れて、手に持っていた残り少ないカップの中は、微妙にその色が薄まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 青網引南警察署、その三階にある「特殊犯罪対策部」。

 

 入港者のリストに目を通していた小茂呂(こもろ)の机の電話が鳴り、彼は手慣れた様子で受話器を手に取った。

 

「はい、こちら小茂呂です。 はい、はい。あー、そうですか。すぐに行きます」

 

 そう言って受話器を下ろすと直ぐに立ち上がり、自身の後輩に声を掛けてすぐに現場に向かう準備を始める。

 

「何処に行くんですか?」

「近所だよ、高須名の佐後(さご)だ。また『噛まれた』らしい」

「うへぇ」

 

 思わず顔を顰めた後輩に、小茂呂は小さく笑う。

 

 数年前───もう十年前程に差し掛かった頃から、様々な犯罪者がその凶悪度に依らず「噛まれたような痛み」を感じて足を取られ転倒し、その隙に被害者や居合わせた一般人によって取り押さえられる。というケースが五島全ての地域で多発している。

 

 不思議な事に、その噛んだ跡などは一切見つからないのが常であった為、最初は犯人の気のせいだと思われていた。

 しかし、同様の供述が何十件何百件もあるならば話は違ってくる

 

 

 その当時、事態を重く見た本部はこれを特殊な案件と認定。

 

 

 実際に行ってみても、毎回証拠も何も無いので行く意味が無いのが現状であったが、そういう背景もあり、この現象が起きる度に通常の刑事事件の担当からこのように連絡が行くのだ。

 

「珍しく今は忙しいんですから、行かなくても良いんじゃないですか」

「そういう訳にもいかねえよ……つか、珍しく忙しいってお前……まあいいや」

 

 近年、神通力を用いた事件はどういう訳か激減しており、特対の人間は暇を持て余しているのは事実であった為、小茂呂は口を尖らせるだけに止め、そのまま後輩を待たず部屋をあとにした。

 

 

 

 

 

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 私は焦っていた。

 

 あれから研究所で前回と同じような検査をした後、受付に直行。

 校門で警備員に身に着けていた縁門と外出届を渡し、青特の敷地から出ると、一目散に最寄りの「南網引駅」へと走った。

 

 そして、いざ到着すると。

 その駅舎の入り口の前で何やら人だかりが出来ていたのだった。

 

 私は(まわり)が不特定多数の人間に対し喋り倒している光景を幻視して血の気が引ける感覚を引き摺りながらその人ごみの中にかき分け入ると。

 なんてことは無い、そこには背の白い青島の尾袋鼬が数匹、並んで地面に座っているだけであった。

 

 どうやら、随分と前から大人しく座っているその様子が可愛くて見物人が集っているだけの様子。

 

「あー、良かったぁ……」

 

 そうして最悪の事態を回避した私は脱力して、思わずその場に座り込んだのだった。

 

 

 だけど、受付のお姉さん……あ、いや。研究員のお姉さんの話だと「駅の裏」に屯しているんじゃなかったのかな?

 

 そう疑問が浮かんだが、周りの人に聞いても鼬はここにしか居ないらしく、どう考えても言っていたのはこれの事であったらしい。

 人騒がせな奴等だなと思いつつ、なんとなく人差し指を獣たちの前に遣ると、その中の一匹がそれに自分の鼻を付け、スンスンとやる。

 

 なんだか和むな。

 

 こんなに人だかりが出来ているのも分かる気がする。

 あ、今写真撮られた。私写ってないよな?

 

 なんて考えていると、その臭いを嗅いでいた一匹が唐突に駆け出して、人ごみを抜け、駅の中に入ると、こちらをチラリと向く。

 

 ……そう、まるで先週の祟り騒ぎの時みたいに。

 

 これは、まさか。

 あのパターンなのか?

 

 

 一転、緊張感が走った私は獣の後をついて駅舎の中に入ると、獣は改札を抜けてホームの中でこちらを振り返る。

 どうやら獣の癖に電車に乗るつもりらしい。

 

 

 

 

 

 

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