みみたぶがり   作:佐那木じゅうき

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第1章 青い島と神々の所縁
碧海の学び舎


 国立青網引特殊業高等学校。

 略して「青特」と称されるこの学校は、日本国の青網引島(あおあびきじま)、その南方。

 白島があるであろう方面の海沿いの土地に位置している。

 

 特殊業学校とは、現代では神に所縁のある「適合者」が、その神力の安全な使い方を学ぶ為の学校である。またこの学校は、社会人が学ぶ為に専門学校こそあるが、中学校や小学校には存在しない。中学校までの子供が神力を扱おうとするのは大変危険であるためだ。

 尤も、最近の「適合者」の爆発的な増加により、中学からのカリキュラムに組み込む動きがあるらしいが。

 

 「青特」の他にも、黄島、赤島、緑島、白島にそれぞれ国の運営する特殊業高校は存在するのだが、青特はそれらよりも殊更学業のレベルが高い。

 自慢ではないが、中学から素質のある適合者の中でも、優秀な者の多くが通っている学校である。

 

 僕は今日、ここの新入生として校門をくぐっていた。

 

 時間は7:00。

 新入生説明会が9:00なので、かなり早めの登校になった。逸る気持ちを抑え切れずに来てしまったのだ。

 だって仕方ない。今まで中学生だった僕は、今日に至るまで神力なんて大っぴらに使えなかったのだから。

 

 「神々との所縁(リレーションズ)」なんてのは、この世で最も神秘的な物だ。

 まだ幼かった僕はこの神秘にハマった。大いにハマった。この時ばかりは「適合者」であったことを両親に心から感謝したものだ。

 

 暇さえあれば所縁学についての関連書を読み込んだ。様々な適合者のもとに赴いて、様々な力を見せて貰っていた。しかしそれらで好奇心が満たされる事は決して無かった。

 

 神力使用の年齢制限という決まりが、神々との所縁(リレーションズ)のあらゆる方面の探求を邪魔していたからだ。

 まず「所縁石」が手に入らない。そして僕の両親は、そういった決まりに非常に厳しかった。ありえないほど柔軟性を持ち合わせていない人間だった。しかも、神力という物を2人揃って嫌っていた。幾ら説得しても取り合わず、故郷の赤島から遠く離れたここに入学したのだって「特殊業学校に進学するのなら一番頭の良い所しか認めない」という条件を突き付けられたからだ。

 もっとも両親としては、所縁学にしか興味の無い所縁バカが受かる筈がないと考えての条件だった様だが、死ぬ気で勉強したらなんとかなるものであった。その後合格通知を突き出してやった時の父の渋顔は痛快であった。所縁バカらしく馬鹿笑いしてやった。調子に乗るなと奪われ燃やされそうになって肝を冷やしたが。

 

 ともかく、今の時間でも校舎が開錠されている訳だし、一番近い校舎内にそろりと入ってみる。すると全体的に灰色な学舎の内装が目に入った。

 

 ひんやりと冷たい空気を吸い込んで、廊下を歩く。

 今は早朝、当然であるがこの辺りは静かだった。遠くで喧騒が聞こえるのは、部活動か何かの朝練習であろうか。なんというか、中学の頃とあまり変わらなくて些か拍子抜けした。

 

「……」

 

 このまま何も面白いものを見ずに入学式を迎えたくはないので、廊下に貼り出されている案内図を眺めてみると「演習場」「神秘実験室」等々見慣れない文字が並んでいる校舎を発見した。学校説明用に配られていたパンフレットで見た所に違いない。

 とりあえずそこに行こうと場所を確認したが、どうやら他の校舎と違って学校の敷地の外れにあるらしい。少し歩くことになりそうだが、今更だ。

 

 外廊下から外れて、芝に石畳のみがある整備された道を歩くと、徐々に周囲の木々が増えて来た。おまけに陸地側に向かっているからか、若干上り道になっている。

 暫く歩いたからか額に滲んだ汗を腕で拭った。そんな場面で、森の奥の方にようやく大きな棟の一角が見えて来た。それに僕は思わず「お」と声を漏らして小走りで建造物の方へ向かうも、その入口の辺りまで来て肩を落とし、思わず溜息をついた。

 

 手前の門が閉まっていたのだ。

 嗚呼。ここまで歩かせておいて、それは無いだろう……。

 

 

 確かに今は早朝。例え一般棟が開錠されている時間だとしても、この棟まで開いている保証は無かったのだ。

 僕は徒労感に襲われながらも来た道を引き返していく、そんな時。

 

「どういう事よ!このボケ珍獣!」

 

 森の中から怒鳴り声が聞こえて来た。

 

「どうやら時間を間違えたようじゃな」

「他人事みたいに言うな!馬鹿!!なーにが『ワシ、失敗しないので』よ! というかなんでまだこの島に居るのよ!?」

「少し時間を読み違えただけでこの言われよう……五花酷くないかの? 儂泣いちゃうよ?」

 

 女の声と……よく分からない、芝居がかったような作り声のような不思議な声だ。

 近寄ってみて分かった。不思議な声の方は動物が喋っている。聶獣の「尾袋鼬(おぶくろいたち)」だ。何故人間の言葉を喋っている? 解している? ありえない。いや実際に喋っている。女の神通力? そういう個体? どちらにせよ今はどうでも良い。呼吸が止まりそうだ。

 こんな世界がひっくり返るような衝撃的な光景、神力が発見されて以来ではないだろうか? しかとこの会話を目に焼き付けなくては。そう思った僕は意識を更に前に集中させ────

 

「1時間以上も間違えて開き直るんじゃないっ! このっ投げるわよ!」

「投げてから言うなぁぁぁぁあ!!」

 

 ────次の瞬間、目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

wmmw  mwmwmwm

 

 

 

 

 

 

「あまずい」

 

 曜引五花は平坦な声色でそう呟いた。

 

 害獣を投げつけた先に人が居るとは思わなかったのだ。

 獣は男子生徒の顔に張り付くようにして着弾し、彼はそのまま仰向けに倒れた。

 慌てて駆け寄って声を掛けたが反応が無い。まさか死んでしまったかと思い血の気が引いたが、幸い息はしているらしくホッと息をつく。

 気を失って居るのは地面に頭を強く打ち付けたからだろうか。

 

「都合よく記憶飛んでないかしら……」

「五花お前最低じゃな」

「……反省してるわよ、今度は川か海に投げるわ」

「やめてください」

「それよりもどうしよう、まず間違いなく聞かれてたんだけど……何処の何奴よ……」

「五花と同じ新入生のようじゃけど」

「なんで分かるのよ」

「腕章にラインが一本しか付いとらん」

「はあ、これ学年表してたんだ」

「ぷぷぷ、今気づいたんかの痛たたやめべひん」

 

 そもそも、こんな面倒くさい状況になった原因は全てこの獣のせいである。と考える五花は獣を抱き上げて、そのぷにぷにした尻尾を抓り上げた。

 

 故郷から青島に行く際、自分に黙って勝手に付いてきた獣。

 しかも昨夜取った学校近くのホテルで突如荷物から飛び出し、従業員にペットを連れてくるなと半ギレ対応されてから、五花の機嫌は底を打って突き抜けていた。沈黙する彼女を恐れ、ご機嫌取りをしようと思った獣は昨夜、入学式の日程を調べてどうにか五花のサポートをしようと動き回っていた。

 しかし尾袋鼬の限界なのか、正確な日時を覚えていた彼女を咎め、良かれと間違った時間を教えていた。

 

 それに気づいた時、五花は信じた自分が悪かった。確かめない自分が悪かった。獣相手に責任を追求するのは無意味だ。そう思って怒りを沈めようとした。彼女の視界に例の獣がチラつくまでは。

 因みに、当然学校は聶獣であろうがペットの持ち込みを禁止している。

 

「この人どうしようか」

「いや儂に聞かれても」

「それもそうね、人呼んで来るわ。……アンタは……ここに来た時みたいに密航して帰ってなさい」

「嫌じゃ」

「いや本当に迷惑なのよ、帰って」

「うう嫌じゃ」

「夏と冬には顔見せるから」

「ううう~」

「何度言わせるの……さっさと帰りなさい」

「……ホントに帰ってくるのかの?」

「そう言ってるじゃない!」

「……分かった……これ以上困らせてもじゃし……帰るの」

 

 そう言い残し、獣が森へとトボトボ去っていくのを五花は微妙な気持ちで見送った。

 

(まわり)……黙って出ていったのに……こんな所まで付いてくるなんて……」

 

 ようやく折れてくれたので、辛く当たり続けた甲斐があったが、あの獣はもう12歳であり、人間で言うと80近い。しかも自分に懐いているのは間違いなく自身が「神憑き」である事が原因だと気付いていた。今更になって老体の(まわり)に無茶をした罪悪感が湧き上がるが、ああでもしないと帰りそうもなかった。

 五花としては、せめて両親の元で穏やかな余生を送って欲しかったのだ。

 

「さて人を……」

 

 気を取り直して周囲を見回してから、五花は開いた口を閉じる。

 ここは人目を嫌った自分が移動してきた場所であり、当然周囲に人の気配はない。一度一般棟の所まで人を呼びに行くのは些か時間がかかるのだ。学校の敷地内と言っても林の中、何が潜んでいるのかも分からない。彼女としては、こんな所に気を失った人間を放置するのは気が引けた。かといって引き摺って行くのは忍びない。

 

 腕時計を確認してもまだ時間はたっぷりとある。

 静かな場所で頭を冷やしたかったというのもあり、彼女は男子生徒が起きるまで近くに座っていることにした。

 

「喋る聶獣!!!!」

「ぎゃあ!?」

 

 しかし、その時間はすぐに終わりを告げた。

 

 勢いよく起き上がった男子生徒は、大声に若干身を引いた五花の事を目で検めると突如両手を掴み取り、顔をぐいと近寄らせたのだ。

 

「聶獣! 使徒が、喋っていたな!?!?」

「……離せ! この変態ヤロー!!」

 

 頭でも打ったのか? いや、打ってたわ。

 一瞬何が起きたのか分からなかった五花はそう呟いて、自身の体を後ろに反らせて後方に変質者を投げ飛ばした。

 べしゃっと。

 

「しゃ……しゃべ……」

「な……なんの事だかわかりませ~ん! 喋る聶獣!? ここには私一人だったんですけどぉ!? 貴方が急に倒れたから心配してたのに……サイテーですぅっ!」

 

 しかし投げ飛ばされて尚追求する気の男子生徒に五花はそう捲し立て、これ以上何か聞かれる前に逃げることにした。

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