みみたぶがり   作:佐那木じゅうき

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山珊瑚の箱入り娘 ③

 

 

 あの喋る尾袋鼬が見られるかも知れない。

 

 

 僕はハッとしてソファから立ち上がり、曜引が去ってすぐの受付に入り外出届を書き殴ると、その後を追う事にした。

 

 まだ放課後とはいえ太陽の明るい日中。

 夏はまだまだ先だと言うのに嫌に温い空気を肌で感じ、これは汗をかくかも知れないなと上着を脱いで、鞄に仕舞う。

 

 そうして僕は遠くに居る曜引の姿を視界に捉えたまま校門まで走って、そこに居る警備員に縁門(アーチ)を渡して番号札を受け取った。

 

 さあ、目指すは神秘の喋る獣。

 

 木の陰を選びながら、下り坂を暫く走っていると、彼女の目的が何処にあるのか何となく分かって来た。

 

「ごばちゃんは駅に向かってるみたいだね」

「……っは、なんで君まで、ふっ、来てるんだ?」

 

 不意に聞こえた声に右を向けば、先程話した熊女が居た。

 名前はなんだったか……ひ……ひ……日高だったか?

 

「それははる子の台詞なんだけど~」

 

 ああ、はる子だ。そうだ。

 自分で名乗ってくれるのは大変助かるな。

 

「廊下ですれ違ったの。あんな顔して目の前を通り過ぎていったんだもん、心配になるよ~。沙村くんは?」

「僕は、ふっ、純粋な知的好奇心によって行動している、はっ」

 

「なにそれ。……ごばちゃんの為にもここで処しちゃった方が良いかな~?」

 

 処すってなんだ?

 始末すると言うのか? この女が言うと冗談に聞こえないんだが。冗談だよな?

 

 

 そうして曜引の姿を追いながら、何故か殺伐とした空気を感じながらも二人して走っていたが、暫くすると無念にも僕の体力は尽きかけになっていた。元来運動は苦手なのだ。

 それでも気力を振り絞っていたが、不覚にも意識が朦朧としていた時、僕は石畳みの隙間につま先が引っかかり思い切り前方に転倒した。

 

「うわぁ!?」

 

 そしてその先にははる子が居て、巻き込み事故と相成ったのだ。

 

 

 ここは坂道。

 そうしてぐでんぐでんと二回ほど僕等は転がり、石畳の上に広がった。

 

 

 嗚呼、空が青いな。

 

 

「さ~む~ら~……」

 

 その声に現実に引き戻された僕は直ぐに立ち上がり、巻き込み先の方を見る。

 しかし、はる子は特に何処か痛めたような様子は無く、元気に僕を睨みつけているのを見て安堵……安堵? した。

 

 先程派手に転んだのは石畳の上であったので心配したが、どうやら幸運にもお互い怪我は無かったようだ。

 

 

 

「常識的に考えて、今のはあり得ないよね~……?」

 

 ただ、僕はこれから大怪我を負うかも知れないが。

 

 

 

 唸りながらゆらりと立ち上がり、光の無い目でこちらを見据えたはる子を前に、僕は急いで口を回す。

 

「待て、落ち着け。争っている場合ではないだろう。僕達の目的はなんだ? そう、曜引の行方を追うことだ。であれば、そうだな。うん、さっさと行くぞ!」

 

 喋っている間にもじりじりと距離を詰めているはる子の様子を見て、早々に話を逸らす事を諦めた僕は駅の方向へ再び走り出した。

 

 

「まて~っ!」

「待てと言われて待つかっ! 逃げるがか痛い痛いいたいやめろォっ!!!」

 

 

 

 

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 南網引駅。

 

 「青特」の最寄り駅であるこの駅舎は、その規模の小ささに反して思いの外利用者が多い。

 朝や放課後に生徒が利用するのもあるが、この駅の周囲はそこそこ発展しており、更に高須名にて働いている人々のベッドタウンとしての役割も持っているからだ。

 

 だから。

 平日の昼間と言えど、町中で何かが起きれば割りかし人が集まる。

 

 僕ははる子と共にその駅に到着した頃、駅の前にはちょっとした人集りが出来ているのを見て、顔を見合わせた。

 

 当然だが、曜引は見失った。

 ここまで来たは良いが、影も形も無い。

 

 だから、もしやこの人々の中に……と思い、隙間から中を覗くと、そこには尾袋鼬。

 尾袋鼬だ。

 

 急いで中に入り確認したが、例の喋るヤツでは無かった。

 曜引の言う所のごく普通の「青島の尾袋鼬」である。そして彼女の姿もない。

 

 ただの獣と戯れている暇はないので人混みを抜け、外に居たはる子に居なかったと伝えると、僕等は今度は駅の周囲を探すことにした。

 

「もう高須名行きの電車が出た時間だし、もしかすると普通に町の方まで行ったのかも知れないね~」

 

 同感である。

 そうして内心もう見つからないだろうと思いながらも諦め悪く周囲を探して居るわけだ。

 

「もう電話してみれば良いんじゃないか。はる子は番号を知っているだろう」

「うーん、それが今さっき掛けたんだけど繋がらないんだよね~」

 

 そう話しながらも最後、ここで見つからなければ帰るかと駅舎の裏に入った時。

 急にはる子が消えた。

 

 

 

「……はる子?」

 

 曲がり角の前で立ち止まっているのだろうか。

 そう考えて僕が踵を返したタイミング。そこで僕の視界は真っ暗になった。

 

 

 

 

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 終点である高須名駅に到着すると、私の膝に乗っていた尾袋鼬はぴょんと床に降り、軽快に降車していった。

 

 随分と都会派な獣である。

 階段を登り、通路を通る。さて、ここで何かがあるのかなと思いながら彼の後を追っていると、その先には違う番線の電車。

 

 どうやら、さっきまで乗っていた高須名-青網までの「青網線」から、高須名-釜伊里の「鴨凪線」に乗り換えをしなければならないらしい。

 

 

 私、今日そんなにお金持ってないんだけど。

 

 不安に駆られたが、ええいと電車に乗り込んで財布の中身を確認する。

 ……よし、なんとか行き帰りは出来そうだ。

 

 

 そこでようやく車内を見渡す。

 

 平日の帰宅ラッシュとは微妙に外れた時間、先程の電車と同じく席はそこそこ空いていた。

 だから手近な席に座り、安心ついでに足元でウロチョロする尾袋鼬をサッと抱き上げて膝に載せてやると、獣は呑気に欠伸をする。つられて私も欠伸をしてしまった。

 

 それから暫く経っても電車は動かない。

 発車時間までそこそこ掛かるのかな、と窓から外の電光掲示板をどうにかして見ようとしていると、後ろから誰かに肩を叩かれた。

 

「よっ、五花」

「……悠里かぁ」

 

 クラスメイトの加満田(かまた) 悠里(ゆうり)である。

 あの一週間の休校の時に高須名で遊んだ後から、向こうが五花五花と下の名前で呼ぶようになったので、それならばと加満田さんの事は悠里と呼ぶことにしているのだ。因みに小野さんの事はまだ恐れ多くて美祈(みのり)と呼べていない。

 

「悠里かぁってなんやねん。もっと嬉しくせえ」

「悠里かぁ……!!」

「うわ、めっちゃ嬉しそう!」

 

 なんて適当な会話のような何かを続けていると、悠里は当然の疑問として何故この電車に乗っているのか聞いてきた。

 寮生の私が平日のこの時間にこんな所にいるのは確かに不審である。

 

 で、良い言い訳が思いつかない私は「ちょっと用事があって……」一辺倒で押し通した。そして暫くそうしていたら悠里もそれ以上聞いてこなくなった。

 不味い、変人に思われたかも知れない。

 

 逆に悠里に釜伊里に帰るのかと聞いたら、彼女は頷いて、普段白島に居る父親が帰ってきているから一家で揃って夕食をするために呼び戻されたのだと話してくれた。

 こんな素直に話されたら、なんか私も素直に話した方が良いんじゃないかと一瞬思い、しかし精神病院を勧められる未来が見えたので閉口した。

 

 

「それで、その膝に乗ってる可愛いのは何なん」

「あ、これ? ……なんだか知らないけど……懐かれたわ?」

 

 そう言うと、悠里はあからさまに怪しむ素振りを見せる。

 見せるが、その間にもチラチラと尾袋鼬を見ていたので、それを指して撫でる? と聞くと無言で頷いた。

 

 そうしてとりあえず追求を逃れた私は流れる景色を見ながら一体何処まで行くのかと不安になりながら徐々に落ちていく太陽に目を細めたのだった。

 

 

 




青島の地理が分かりづらいかもなので、はる子の絵と共に地図を投下しておきます。
と言っても、青島内でここまでに出た地域以外を描写する予定は今の所ありませんが……

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