みみたぶがり   作:佐那木じゅうき

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山珊瑚の箱入り娘 ⑤

 国営青網引鉄道─鴨凪線。

 

 高須名駅から釜伊里駅までの計20駅を通過するこの路線は、特急を選ばない場合、終点まで凡そ3時間という長い乗車時間を要する。

 現在、曜引五花(ひびきごばな)とそのクラスメイトの加満田(かまた)悠里(ゆうり)が乗車しているのは特急であったが、それでも終点まで乗ろうとすると1時間程の移動時間が掛かる路線であった。

 

 最初こそ色々と喋っていた二人であったが、この長い距離である。30分も経過してくれば話題は尽きるもので会話は終わり、2人して無言になっていた。

 

 電車という物に乗り慣れていない五花は、隣で文庫本を広げた悠里を見て、自分も何か暇を潰せるものを持ってくれば良かったと後悔しながら視線を下に落とす。

 そこに居る尾袋鼬は、当分降車はしないという事なのか、自分の膝の上で身体を丸めて呑気に熟睡していたので、何となく髭の先端を触っていたら、その獣は片目だけ開けて迷惑そうに鼻を鳴らしてきた。謝罪の意を込めて頭を撫でてやると、また目を閉じて夢の中に旅立っていったのだが。

 

「まさか、釜伊里まで行くんじゃないでしょうね……」

 

「ん、何か言った?」

「ううん、なんでもない」

 

 危ない。聞かれていたら完全に頭のおかしな人の発言だ。

 既に手遅れであったのだが、それに気付かない五花は姿勢を正し、丁度トンネルを抜けた外の様子を見遣った。

 

 

 背後で陽が落ちている所なのだろう。

 既に周りは夕暮れに赤く、畑を黄色に染め、海を白く輝かせている。

 

 一体自分は何処まで行ってしまうのだろうか。そして何をやっているのだろうか。彼女は、前方の綺麗な景色とは裏腹にそんな風にげんなりとした気分になっていた。

 

 

「海。そろそろ終点やん」

「えっもう!?」

 

 悠里の言葉に、五花は慌てて身を乗り出し車内の時刻表示を確認する。既に時間は17時半を指していた。

 

 どんどん減速していく電車。五花が立ち上がったのに合わせて起き、床で呑気に伸びをする尾袋鼬。

 そうして降車した2人と1匹は、そのまま駅舎の外に出た。

 

 

 どうやらここからの乗り換えは無いようだ。と一人安心する五花に、別れ際悠里は振り返った。

 

 

「……五花、もしかして乗り過ごしたか?」

 

 そんなもの、目的地の知らない五花には知りようの無い事である。

 

 

「そんな筈は無いと思うけど……」

「……な、五花。理由はもう聞かんけどホントに大丈夫か? 今日寮に戻るんやろ? ちゃんと1人で帰れるか?」

 

「かっ帰れるし……多分……ね?」

「いや、イタチに聞いてどうすんのや」

 

 既に五花の奇行の理由を追及するのを諦めていた悠里は、最悪自分の家に泊まっても良いから困ったら電話しろと、無理はするなよと、そう言って釜伊里の街の中に消えていった。

 

 それを見送った五花は、手を振るのをやめて目の前の街並みに目を向ける。

 

 

 

 釜伊里(かまいり)町。

 

 青網引島の南方に位置する、遺跡に半ば埋もれたような景観を持つ街である、らしい。

 

 その評判に反しこの街は南部で最も人口が多く、ここから見ても駅前には雑居ビルが幾つも建って居て、聞いていたような寂れた感じはあまりしない。

 埋もれていると言うよりか、大きなモニュメントが散りばめられている地方都市といったような印象を五花は感じていた。

 

 

 そうやって辺りを見ていた五花の足に、尾袋鼬は自分の身体を擦りつけると、歩くのを止めて再び駆けだした。

 

 その方向は、遺跡の中心地へと。

 

 

「また走るのかぁ……」

 

 曜引は、縁門(アーチ)を持ってこなかった事を酷く後悔しながら、遠くに見える一際大きな遺跡の方へ一歩踏み出すのであった。

 

 

 横断歩道を2つ程渡り、傾斜の緩やかな坂道を暫く登っていくと、周りの建物の背はどんどん低くなっていき、やがて遺跡の立ち並ぶ整備の行き届いていない山の入口に差し掛かる。

 フェンスの破れているところを何とか潜り抜け、そうして森の中に入って間もなく、何かが視界に入り込む。

 

 それに五花は反射的に身を屈めた。

 

「……なんだ?」

「鹿か何かだろ」

 

 すぐ近くに地味な色のボロの服を着た男が2人居たのだ。

 尾袋鼬も彼女の動きを見て立ち止まり、辛うじて向こうから見えない所でこちらを振り向いている。

 

『大きな遺跡には浮浪者が住み着いている事があるから危ないの。絶対に近寄っちゃ駄目よ』

 

 五花は、いつか言われた母の言葉を思い出していた。

 あの2人もそういったホームレスなのだろうか、と彼女は茂みの隙間から男たちを観察する。みすぼらしい格好で、靴はサンダルと、穴の空いた黒い革靴。どちらもボサボサの髪の毛で、その内1人の腕には縁門(アーチ)が巻かれている。どうも片方は少なくとも適合者であるようだ。

 

 暫く観察していると、彼らは何か見張りでもしているかのように周囲を見渡しながらその場からゆっくりと去っていった。

 ……いや、見張りだ。間違いなく、誰かに雇われている。

 

 五花はそう分析して、彼らの姿が完全に見えなくなってから立ち上がると、それを見ていた尾袋鼬は、意を汲んでくれたのかゆっくりと歩き出し。

 

 

「何してるのかな、お嬢ちゃ────」

 

 その言葉を最後まで聞く前に、五花は後方に脚を突き出した。

 

 

 運良く腹か何かに当たってくれたようで、確かな感触がするのを確認し、跳ぶように前方に歩を進め、身体を捻って着地と同時に後方を確認する。

 三人。

 

「……ぐ、何すン、だ……てめぇ」

「おい、捕まえるぞ」

「指図すんなよ」

 

 さっきの2人組ではない、これで合計5人の見張りだ。

 とうとうキナ臭くなってきたと五花は眉間にシワを寄せて、その場から思い切り駆け出した。

 

 駆け出して、尾袋鼬が茂みの中に隠れているのを確かめ、そのまま走り続ける。

 後方からの足音から、追手は2人。先程蹴りを入れた男は来ていないようだ。

 

 彼女が走っているのは最初に見た見張りの2人が歩いていった方面で、間もなくお目当ての人影を見つけると、その内の1人の縁門(アーチ)を巻いている腕に抱きつき。

 

「ぁあ?……なん────」

 

 その男の位相をずらして消した。

 

 

 

「…………お、おおおおっ前ッ!」

「離れろっ! 何かの神通力だ!」

 

 そして五花は残しておいた縁門(アーチ)を腹に当てながら距離を取り、こちらを見ている三人の男を見ながら出方を探るその時、彼らの内の1人が懐に手を入れた。

 

 

 その動きは、彼女にとっては見慣れていたもので。

 

「は……?」

「消えたァ!?」

 

 だから、撃ち込まれたソレを紙一重のタイミングで「隠匿」を使い避ける事が出来た。

 暫し、姿を消した状態で呆然と立ち尽くした彼女であったが、直ぐに我に返り。

 

 

(冗談じゃない! なんで銃なんて持ってる訳っ!?)

 

 そう心の中で悪態を付いた。

 

 この世界でも、「日本」には銃刀法が存在する。

 銃や刀の類の所持は厳しく取り締まられていて、だからこの国でそれを持っているのは警察と軍人だけである筈なのだ。有象無象の犯罪組織が、ましてやその辺の浮浪者が簡単に手に入れられる物では断じてない。

 

 今世で銃なんて、祖母の家にある小さな猟銃くらいしか見たことが無かった五花である。

 体中の鳥肌が立つのを感じながら、迷いなく縁門(アーチ)を最大まで開き、神力を目一杯放出した。今まで躊躇ってやった事の無かったその行動は、赤色への本能的な嫌悪感が原因であったが、命の危機に直面した事で、今回。生まれて初めてそれを行う事になる。

 

 

 そうして。

 イソギンチャクのようだった彼女の赤い神力は。

 細長い数多の赤い触手となって目の前の男達に殺到し、反応する間も無くそれらの姿を消し飛ばした。

 

 

 

 

 

 

「────」

 

 

 なんだ、今のは。

 

 五花は呆然とした。

 彼女自身、出来るような気がしたから実行したのだが、何がどうなったのかまるで理解が追いつかなかったのだ。

 

 普通、こんな悍ましい触手みたいに排出した神力の形状を保つことは不可能だし、ましてやそれらを手足の代わりに操るなんて聞いたこともなかった。

 ……しかし、しかし。今は非常時だ。

 

 暫く深呼吸をして心を落ち着けた彼女は、「向こう」で呼吸してしまい意識を失った男たちの位相を元に戻して裸の姿で地面に落とし。

 

「良く分からないけど……使わない手は無いわね」

 

 置いてきてしまった尾袋鼬の元へと一直線に戻るのだった。

 

 

 

 

 

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 青網引神秘研究所。

 

 日も暮れようかという時間帯、その建物の「実験室2」のモニタリング室にいた所長の(わたり) 創輝(そうき)は、隣の駒井(こまい) (ここの)と共に机の上に置かれた紙を前にうなだれていた。

 

「駒井くんはさ、これどう思う?」

「どうと言われましても……」

 

 2人が目を落としたその紙には、一週間前程に測定をした2人の被験者の適性値の印字がされている。

 

 

 

 対象:沙村 綾間 1年 青網引 :   21641

 対象:曜引 五花 1年 青網引 : 808000020

 

 

 

 

「普通の適合者なら900台が限度。例外として「三番金鉱石」に対応している人間は持っている間の適性値が100倍程度になるんでしたよね。沙村さんの入学時の数値は……ええと」

「274、だね。歴史上最高の適性値を持っていた人間も「三番金鉱石」持ちで、あっちは8万くらいだったかなぁ」

 

 彼のその言葉の後、再び沈黙が場を支配した。

 

 正直な所。

 渡も駒井も、目の前にある前代未聞の結果を直視出来ず、どうして良いか分からなくなっていた。

 

 

 なにせ、こっちは通常の神憑きの100万倍である。

 

 

「沙村君は所縁石のお陰だとして問題ないんだけど…………ねぇ、やっぱり機械の不調かなぁ?」

「けど所長、それを確かめる為に今日測定したんじゃないんですかぁ……?」

 

「うんうん、そして出てたね。前回と寸分変わらず同じ数値が」

 

 渡は天井を見上げて頭を抱える。

 

「こんな馬鹿げた数字ある? 本部に連絡すべきかなぁ? けど、もし機械が本当に故障してたなら俺赤っ恥だよ。どうしよっかなぁ」

「まだこの子も一年生ですし、様子見で良いのでは……?」

「君もそう思う? これ、黙っててくれる?」

「はい……私、責任とか負いたくないので……」

「駒井くんって時々凄い発言するよね」

 

 そうして2人は問題を先送りにすることにした。

 駒井は言った通りの事しか考えていないようだったが、所長の渡としては、貴重な研究対象を本部の白島の連中に取られたくないという気持ちがあって、むしろそれが大部分を占めた本音だったのだが。

 

 

 

「私は言いふらしたりしませんけど……望月さんにも言っておいたほうが良いですよ?」

「望月さんねぇ、なーんかあの人真面目っぽいからなぁ」

 

 

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