みみたぶがり   作:佐那木じゅうき

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釜伊里ぶるーすとーむ ①

 青網引島、大釜山。

 そこにある日本四大遺跡の一つ「釜伊里南地下大回廊」の最深部。

 

 やけに乾燥した冷たい空気が淀むその空間。

 数年前に立入禁止となり、誰も居ない筈のそこには、持ち込まれた大量の明かりが床や壁を照らし、そしてそこに散乱する様々な鉄塊の姿を浮き上がらせていた。

 

 その中に、人影が4つ。

 この遺跡の中に簡易的な拠点を作り上げていた小男は、配下の2人を引き連れた巨漢にある物を手渡した。

 

「それで三都橋(みつはし)先生、これが適性値を上げるっていう縁門(アーチ)かい」

「へえ、そうですわ」

 

 三都橋と呼ばれた小男は、その名前に先生を付けられた事に若干顔を顰めたが、気を取り直し目の前の威圧感のある大男に応じて首肯した。

 

「妙な仕込みも勿論してねぇですが、不安でしたら確認してくれて構いませんよ。それで取引の話ですがね……」

「ああ、分かってる。俺達はこれを人数分手に入れる。その代わり、用意するまでは先生の護衛と、「ささやかな手伝い」をすれば良いんだろ? 任せときなぁ」

 

 その返事を聞いた三都橋は内心安堵した。

 噂には聞いていたが、目の前の巨漢────反社会的組織の「炉旗会」を率いる炉旗(ろばた) 虎雄(とらお)はかなり単純な性格をしているようだったからだ。

 

 十数個も縁門(アーチ)を作るのは骨だが、警察や殺し損ねた「洞見」持ちがこちらを脅かす危険を思えば悪い取引ではない。三都橋は小さく溜息を吐いた。

 後輩とはいえ、青特内に潜伏している「あの組織」からの紹介であったのでかなりの不安があったが、対面した限り凡そ要望通りの集団であった。という事は、ちゃんと自身に利用価値があると組織が認めたという事だ。三都橋はそう思った。

 

「「洞見」持ちのゴロツキが私を狙っている……ってのは話しましたよね? 一応その辺のホームレスを雇って見張りはさせていますがね、仲間を呼んで来られたら辛いものがある。炉旗の旦那にそういって貰えるとありがてえ、助かりますわ」

「がっはっは! なんてことはねえ、これは取引だろ? 貰えるもんが貰えるなら、俺達もやる事はやってやるさ」

 

 炉旗はそう言って三都橋の背中をバンバンと叩くと、子分の2人に声を掛け遺跡の出口の方に歩いて行った。

 それを釈然としない気分で見送っていた三都橋であったが、彼らの姿が見えなくなって、それからようやく思い出したかのように顎まで垂れていた冷や汗を拭った。

 

 炉旗 虎雄という人物は、「業火の虎」と呼ばれ、この裏業界の中でもかなりの大物であった。

 豪快で、身内には優しく、しかし約束事を守らない人間には誰よりも残虐な一面を見せる。相手が何処に逃げようとも必ず追い詰め、自慢の「燐火の神通力」で消炭にしてしまう。

 そんな話を噂で知っていた三都橋は一先ず話が上手く纏まった事に安堵していたのだ。

 

 そうして彼がやれやれと折り畳みの椅子に座り、脱力した。

 その時だった。

 

 

 カタン。

 

 

 自分以外誰も居なくなった部屋の中で、その決して小さくない物音が響き渡った。

 続いてひたひた、ひたひたとそこら中を何かが張っているような湿った音が暫く続き、彼は無意識に自身の骨の浮いた両手を握り締める。

 

「……大丈夫、大丈夫」

 

 最近の彼を襲う怪奇現象の数々は、日に日に酷くなる一方であった。

 

 「洞見」の事もあり、釜伊里にあった拠点を飛び出しこんな所に場所を移したにも関わらず現象は収まらない。その内彼は、これらの怪事が神々の所縁(リレーションズ)の神秘に近づく人間への警告なのだと思うようになっていた。

 しかし、この生き方しか知らない三都橋は突き進むしかない。

 

「ヒヒッヒヒヒ……。音を出したり、物を落としたり、その程度かぁ? クソ共がよぉ!」

 

 震えないように、大声を張り上げる。

 自分の怒鳴りが空しく辺りに反響して彼は鼻を鳴らした。

 

 焦る必要はない。アイツ等は自分を害する事は出来ないのだから。そうに決まっている。

 

 そう思い直し、三都橋は卓上に意識を戻した。

 この最深部にある遺物は「呪い」────青い神力が豊富に含まれる遺物の中でも更に濃く、昏い光を灯す物ばかりだ。非常に濃度が高いのであろうそれらは彼にとって財宝と同じで、最高の研究対象でもあったのだ。

 明日にでも届く筈の赤い神力の実験動物の事もある。三都橋は、これから一気に進むであろう自分の研究に思いを馳せながら縁門(アーチ)の作成に取り掛かるのであった。

 

 

 

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wmwm m   wm

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 あれから、木田 各理はやっとの思いで尾袋鼬が集っている場所に着いた。

 

 場所は大釜山。

 その中にある「釜伊里南地下大回廊」の内部のずっと深くに獣たちは集っているようだった。目的の分からない奇妙な聶獣たちの行動は、その場に到着してようやくその理由の一端を知る事ができた。

 

 

 「洞見」が、ずっと探していた目的の男を捉えたのだ。

 

 

 場所は、この遺跡の最深部。

 正直、木田は彼らとあの男が繋がっているとはあまり思っていなかった。勿論心のどこかで「もしかして」と考えたからこその追跡であったが、こんなに上手く事が運ぶとは思えず、まるで掴んだ頼りない藁が、実は鉄線の束だったかのような釈然としない気分で。

 

 だから彼は状況の確認に少しの時間を要した。

 荒い息を整えながら罠の可能性も考えていたが、それもなさそうだった。

 

 というのも、警備が余りにも厳重すぎるのだ。

 

 この辺りの浮浪者でも雇ったのか、そこらを見張りが歩き回っているし、入り口付近にも縁門(アーチ)をもった人間が複数うろついている。こちらを罠に掛けるつもりだったのなら、あんなに堂々と周囲を警戒させる必要も無い。

 そう考えた彼は、次に侵入経路を探った。

 

 しかし、3つしか無い地下回廊の入り口には見張りが交代でついているようだったし、仮に忍び込めても身を隠しながら奥に侵入するのは不可能に思えた。

 

「……こんなに警戒してるなんて、思わなかったな」

 

 思わずそう愚痴を零す。

 

 憎たらしい小男を襲うだけのつもりだった。

 しかし、こうして隙もなく護衛がついていると、視ることしか出来ない「洞見」としては、余りに無力であったのだ。

 

 そうして何か突破口は無いかと周囲を探っている時、ある言葉が耳に入ってきた。

 

『頼まれていた子供を攫ってきました』

『おう、早かったな。……間違えてないだろうな?』

『ははは、ちゃんと駅裏に来た青特生を連れてきましたよ。女でしたよね? なんか近くにいた男のガキに見られたっぽいんで二人いっぺんに連れてきましたけど』

『またヘマを……まあいい、それで足はついてないんだなぁ?』

『勿論です!』

 

 おいおいマジか。

 

 木田は声に出さず口を動かした。

 幾らここが多少派手にやってもバレない立ち入り禁止の山だったとしても、派手に動きすぎでは無いだろうか。あの小男は何か焦っているのだろうか。彼はそういう印象を受けた。

 それにしても青特生がここに連れてこられた。という事は、これは間違いなくあの小男の為であり、何か実験に使うのだろう事は明白。それ以外にわざわざ力を持った適合者を狙う理由は考えられない。

 

 木田は、とりあえずあの男の邪魔をしてやろうと思った。

 場所は割れたのだ。いつまでこの場所に留まるつもりなのかは知らないが、ここまで来たら持久戦で、急ぐ必要も無い。

 

 あの顔もわからないリボンの女生徒の事がちらりと頭を過ったこともあり、彼は攫われてきたであろう学生たちの居場所を探った。そして────。

 

 

「まった、待って! 僕は敵じゃないって!」

 

 現在に至る。

 

 颯爽と助けて、軽やかに去る。

 木田の正義の味方のような救出プランは、もう既に2人が脱出していた事から早くも破綻していた。

 

 分からなかったのだ。遺跡の陰に居たことから、縛られて一時的に置かれているものだとばかり思って、よく見ずに声をかけてしまったというのが顛末だった。

 

 しかも最悪な事に、二人の学生共は僕を奴らの仲間だと思っていてひどく警戒していた。

 ここはひとまず「洞見」を使って会話を上手く誘導してやるしかない。木田はそう決心すると、伏せた顔を少し上げ、前にいる男子生徒の顔をチラリと見た

 

『赤い神力……この間の祟り騒ぎと何か関係が? 縁門(アーチ)が足にあることから海神。先ほどの反応から「洞見」の可能性が非常に高いな。それならばこの思考も読まれている危険性もあるが……』

 

 最悪だ。

 自分が赤い神力を出している事を忘れていた。というか、早速手の内がバレていた。

 

「あ、あのー。信じられないのは当然だけど、僕は彼らとは違いますからね?」

「そうなんだ~」

 

 そうなんだ~、じゃねえよ。

 思わず暴言が飛び出しそうになったのは置いておいて、木田は内心苛立ちながらこれっぽっちも話を聞いていなさそうな女生徒の方を見る。

 

『……』

 

 無だった。

 

 木田はこれを知っている。

 今の会話、ひいては状況に毛ほども興味を抱いていない人間のソレである。

 

 しかし、警戒心が無いのはまだマシな方。

 木田は男子生徒の方に向き直り、とりあえず彼を納得させて事を抑えようと口を開く。

「さっきので分かっちゃいました? 僕の神通力」

 

 

 とりあえずはもうバレてしまっている手の内を自ら明かすことで警戒心を緩める。

 

「やはり「洞見」なのか」

「ええ。だから余計に怪しいとは思いますけど……安心してください。僕はあなた方を助けに来たんです」

 

 目の前の男子生徒の出所不明な自信ある態度に、先ほどから思わず敬語が出てしまっているが、選択を間違えたら最悪吹き飛ばされ、そうして山中の急斜面を転がって行くことになる。だから一応口調はこのままにしておくべきだな、と彼は思った。

 

『胡散臭すぎる』

『……』

 

 まあ、殆ど意味は無い。というか、下手したら逆効果のように思えたが。

 

「と、とにかくこの場から離れましょう。釜伊里はこっちです。僕がこの「洞見」で先導しますよ」

 

 

 木田はそう言って立ち上がり。

 曖昧に頷いた彼らを誤魔化すように背を向け歩き出そうとした、その時。

 

「……」

 

 「洞見」が何か異常な物を捉えた。

 

「なあ、どうしたんだ? 先導するんじゃ」

「静かにして下さい、悲鳴です」

 

 それだけ言って木田は男子生徒を黙らせる。

 銃声、叫び声。明らかに穏やかじゃないそれらは間違いなく一直線にこちらへ向かっていて。

 

『赤いのがっ……ぎゃああっあああっ!!』

『ば、化け物……!』

『聞いてねぇよぉ!こんなのっ!』

『たっ……たた祟りぃ……?』

 

 

「赤い……化け物……祟り……?」

 

 祟り。

 拾えたその単語だけで十分だった。

 

「祟りだって?」

「もしかして、ごばちゃんかなぁ」

「いや、そんな訳無いだろう……祟りだぞ? ははっ……無いよな?」

 

 静かにしろと言っているのに子供の2人が何かを喋っている。

 苛つく木田であったが、しかし再び注意する余裕なんて無かった。

 

 このままじゃ鉢合わせである。木田は彼らを一瞥すると、自身の脚に巻いてある縁門(アーチ)を縛り直した。

 

「逃げましょう。「近くに居るだけで障る」タイプだったら取り返しが付かない」

 

 

 

 

wmwm w mw

 

 

 

 

 

「あぎゃああああああああっ!!」

 

 いや……そんな怯えなくてもいいじゃん。

 

 私はそう思いながらも、最後の命乞いする見張りを行動不能にした所で神力の触手を緩め、足を止めた。

 そうして自身の周りをゆらゆらと揺れている触手をまじまじと見て、乾いた笑いが出た。

 

 確かに、傍目から見たら物凄い多脚の……蜘蛛の化け物……いや、巨大な芋虫のように見えたのかも知れない。

 

 

 

 しかし。

 しかし、これは銃弾がどこから来ても大丈夫なように試行錯誤した結果なのである。

 

 それにこうして縁門(アーチ)を全開にしてみて初めて知ったのだが、私の赤い神力はなぜだか人や物に触れる事が出来るらしかった。

 「位相をずらす」という能力の応用なのだろうか、私が無意識にやっているのかは分からないが、とにかく物理干渉が可能なのだ。

 

 そして私は思った。

 

 「これ、移動に使えそう」と。

 

 そう思って早速縁門(アーチ)を背中に回して脚代わりの触手を生やし、それらを操作して移動してみたら、これが面白いほどうまく行った。

そうして中でぶら下がりながら走って……走って? 走っていたらなんか先導している尾袋鼬が物言いたげな目で私を見てきたけど。

 

 うん、楽なのだから仕方ないよね。

 

 確かにずっと隠れて行動するのも手ではあったが、相手を消そうとする一瞬、自分も姿を現さなければならず、そこに必ず隙が生まれる。それならばずっと神力に包まれていたほうが都合が良かったのだ。後、楽だし。

 それにこんな山の中。どうせ私のことを知っている人間もいないだろう。

 

 

 

 そうして何とも言えない気分に折り合いを付けた私は、目の前に意識を向ける。

 

 先導していた尾袋鼬がその案内を止めたのは、山の中にある遺跡群の中でも、一際大きいドームのような建造物の前だった。

 

 舗装された道と、植物が絡み、色褪せた案内看板の数々。

 どうやらここが数年前まで観光地として開放されていたという「釜伊里南地下大回廊」であるらしい。

 

 

 

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