青網引島。
釜伊里町の南に位置する低山「大釜山」。
その地下には最近、大規模な遺跡が眠っており、多層の空洞が無数に存在する事が発見されている。
そんな地下遺跡の、更に下。
どのように出来たのか、まるで切れ目のような小さな天然の洞窟が人知れず存在していた。
横は大人1人が肩を張れば両脇に岩が付くくらい狭いが、縦は見上げる程の高さで、成人男性が立って歩くには十分なスペースがある。
そんな空洞が、ある遺跡と「釜伊里南地下大回廊」を繋いでいる。
三都橋 堅留は、数日前に偶然発見したそれを、避難用の通路として確保していたのだが、現在。不本意にも早速それを利用する事態になっていた。
「聞いてねぇ……聞いてねぇよ……」
そう呟きながら、フラフラと暗がりの岩道を進む三都橋は、背後から聞こえるペタペタとした自分の物ではない無数の足跡を無視して頭を抑える。
来るとしたら、「洞見」持ちのあの男だと思っていた。
警察は明らかな異変が起きなければこんな場所にはわざわざ来ない。浮浪者の溜まり場と化していたこの山を下手につついても、釜伊里の治安が悪くなるだけ、だという事なのだろう。
この辺りの様子は、拠点を作る前から知っていた。
最も、あの男が陽動するか、炉旗という協力者が派手にやらかすかして、来る可能性があるとは思っていたが、いや、しかし。これはないだろう。そう呟く三都橋はいますぐ卒倒してもおかしくない程の精神状態になっていた。
それも。
襲撃に来たのが「洞見」でも警察でもなく。
正体不明の悍ましい化け物であった為だ。
「祟り」ではない。
三都橋は呆気に取られ、炉旗を囮にすぐに避難したが、確かにソレを目視していた。
まず実体が無いのだ。「触ると障る」タイプの物と形状こそ似ていたが、あれは完全なエネルギー体のようであり、祟りの特徴である膨張した肉の塊のような体表は確認出来なかった。
最も、ここは灯りを配置しているとはいえ地下深くの暗所。あの中に何かが居たのかも知れないが、今となっては確かめようの無い事である。
「くそっ……くそっ……くそっ……」
彼にとって「正体不明」はなによりにも勝る恐怖の対象であった。
祟り自体は、何度も目にしてきた。
だけど、あんな物は知らない。
普通の生き物じゃない。祟りでもない。見たことがない。
触手のような形状の毒々しい赤い神力が無数に蠢き、多脚の虫を思わせる形状を取って此方に突き進んでくる、そんな理解の追いつかない化け物が、まるで自分を殺しに来た神域からの刺客のような気がしてきて、震えが止まらない。
数日前から起きている霊障など些事だと思わせる恐怖がそこにあった。
ともかく、アレが仮にただの祟りだったとしても、幾ら「適性値を上げる
三都橋は自身が一先ず命の危険を脱した事に少しだけ安堵した。
そうしてフラフラと歩き続け、ようやく洞窟の終わりまで幾ばくかとなった時。不意に猛烈な縦揺れが彼を襲った。
咄嗟に頭を庇ったのは正解であった。
訳も分からず反射で手を当てた直後、彼の身体は宙に投げ出され、岩壁に激突したのだ。
幸いにも軽傷で済んだ彼は、痛みを抱えながらも地面にしがみ着いてその場をやり過ごすことにした。
まさか「地震」だろうか、それとも。あの正体不明の化け物が何かをしたのか。
恐怖で頭が一杯になる前に、必死で現状把握に努めようとする三都橋の思考は、すぐに停止する事になる。
視界全体が、青くなったのだ。
しかし、直後に轟音が起き、背後数mにある所が土砂で完全に埋まった事で視界は元の暗闇に戻った。
これは、発生源が「地下大回廊」にある事を意味している。その事実に、三都橋は逆に落ち着きを取り戻した。
「……」
────
今のは本体じゃない。それらが発生させているただの光だ。しかし、こんなにも強く発光する事など、今迄の実験で一度も無かった。
脳裏に過るのは、置いてきた最深部の遺物の山の事。
あれらは
そして、それらは抽出の経過を見る為に、遺物の鉄片から極小に削り取ったテストピースを乗せていた物。当然出力は全て全開にしてあった。
もし、あれが。
今の揺れで遺物の山に触れてしまったとしたら。
三都橋は、背後が土砂で完全に埋まった幸運に感謝し、外の様子を確認するために、地上へと急ぐのであった。
無数の足音は、未だに着いて来る。
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所々で噴出している青が視界に映る。
僕は現在、ずんずん進む2人になんとか着いて行く格好で目的地へと進んでいた。はる子曰く「尾袋鼬がたくさん居るところ」だそうだ。なるほど確かに曜引が居そうな場所である。しかし、今になって考えると、本当にこんな遠方まで来ているのかは大分疑わしいように思える。それとも別の何かが居るとでも言うのだろうか。そう、例えばあの喋る聶獣とか。
まずいな、ちょっと興奮してきた。
僕は額にかいた汗を服の袖で拭い、幾ばくか見えやすくなった地面を草をかき分け進んで行く。
ところで、青い光は「洞見」を使っても尚正体の分からない物であるらしい。
木田に言わせれば「ただの神力」だという事以外分からないとのことだ。
これはつまり、神力の色が緑だとか黄だとか、赤だとか。未だに科学的にハッキリとした区分が付けられていないこれら色の中の一つでしかない、という事なのだろう。「青い神力」と呼称して差し障りは無さそうだ。
そんな事を考えながらひたすら足を前に出していると、前方の二人が停止した。どうやら目的地に着いたらしい。
見ると、そこは石が積み重なって出来た建造物の一つ。
「丁度出て来るところです」
ほう、ほうほう。
さて、何が出てくるのか。
曜引か? 喋る聶獣か? それとも喋る聶獣なのか?
そうして期待で胸いっぱいの僕の前に現れたのは、なんと。
息も絶え絶えな中年男性であったのだった。
m m
mwmwm
wwmwmm
目の前の人が物騒な物を取り出すのが見えた。
想像はしていた。だから私は、遠くで動かしていた空気を一握り引き寄せて、今出てきたばかりのオジサンの横面に当てた。だけど、少し遅かったから体勢を崩しながらも引き金を弾いたみたいで、辺りに小さくない発砲音が鳴り響いた。
「じゅ、銃!? 聞いてないぞ!?」
「今更何いってんだアンタは……!」
二人共怪我はないみたいだ。
そう確認しながらも、倒れたオジサンの手を蹴って危ない物を弾く。
やっぱり居るなぁ。
周りに沢山。それも空気のゆらぎが出来るほどの浅いところに居るみたいだ。
何のため? 理由が全然見えてこない。
「ねぇ、ごばちゃんはどこ?」
「ぐっ……はっ……?」
何にも答えてくれない。質問がいきなり過ぎたかな?
そう思って違う聞き方を考えていると、足元のオジサンへと、別の足が伸びてきた。確か木田っていう人だ。
「この、クソッ、ジジイ!」
脇腹に、何度も、何度も、何度も蹴りを入れている。……殺す気は無いみたい? だけどこれじゃあ質問しても答えてくれなさそうだ。
困ったなぁと思っていると、尾袋鼬の一匹が姿を現してこちらを見ていることに気がついた。
それはまるで「こんな危ない所に来るな」って言っているみたいで。
本当に……本当に気に食わない、嫌いな生き物だと、再確認する。
そうして睨み合っていると、背中をバンバンと叩かれた。痛い。
「おいっ上! 上だっ!」
「うえ?」
そう言いながら叩いてくる手を払って顔を上に上げてみると。
お空が一面、青く光っていた。