みみたぶがり   作:佐那木じゅうき

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濁水の社

 

 日里 はる子は自分の操れる範囲の空気全てを以て暴風を発生させた。

 イメージしたのは、自分たちに行き先が向かない上昇気流の渦。竜巻である。そして幸いにも、狙い通りエネルギー体は風に靡き、静止した。しかしそれだけで、光はその場に留まり続けている。

 彼女はそれを見て冷や汗を垂らした。

 

「きださ~ん! 青いやつが湧いてない方向は~!!」

「ちょ、丁度アンタの背後!」

 

 返答は早かった。

 はる子はそれを聞いて、真後ろに居た沙村の二の腕を掴んでどけ、逃げの手を打つことにした。 

 

「ジャンプして~!」

 

 彼女はそう言って竜巻を収めつつ、跳んだ木田の背中に突風を当てた。

 蹴られていた小男は横になりながら地面を転がっていく事になるので、より強い風を当てる。下手をしたら死ぬが、何もしなければ確実に死ぬ。彼女に人を気遣う余裕はほとんど残っていなかった。

 そうして最後に沙村の腕を内側から掴み、その場から離脱する。

 

 

「あれは……足、か?」

 

 着地して、フラフラとした沙村がそう呟いた。

 それを聞いて、振り返る。

 

 

 足、足だ。本当だ。

 胴体も手もあって、まるで人間の形をしているみたいだ。

 

 彼女は、そんな風にぼんやりと思いながら、その場に腰をストンと下ろした。

 

 

 

 

 

 

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 やけに湿った感じの空気だと、最初にそう思った。

 

 目を開けると、そこは岩と沼しか無い場所。下を向くと、その沼の一つに私の足は膝下まで浸かっていた。

 

 遠くは霧がかっていて何も見えない。空も一面灰色だ。

 それなのに、周囲は妙に明るい。

 

 そんな光景が、ここは現実世界ではないのだという事を私に理解させた。

 恐らくここは神々の所縁(リレーションズ)が睡眠中の自分の意識と繋がって見せる幻想世界というやつなのだろう。実際に見るのは初めてだ。

 

 「幻想世界」という物は、適合者の一部が見るとされている特殊な夢だ。

 

 見られる条件に適性値などは関係しておらず、謎。

 空の上だったり、草原だったり、洞窟の中だったり。人によって景色は違うけれど、聶獣がその辺を歩いていたり、真ん中に決して入れない建造物のような物がある。という共通点がある。

 そして、この建造物こそが神の住処「神域」へと繋がっていると言われている。

 

 ……まあそんな事はともかく、ここが幻想世界だったとしても夢は夢である。

 現実の状況がアレなだけに呑気に寝ている場合じゃないのだ。一刻も早く目を覚まさなければならないんだけど、どうしよう? 考えて自分の頬を抓ってみたら痛かった。幻想世界凄いな。

 

 

 そんな事をやっている内に、目の前を真っ白な鹿が横切っていった。

 

 確かあれは絶滅危惧種で聶獣の黒子鹿(ほくろじか)だ。

 ちょっとビックリしたけれど、よく考えたら「隠匿」は別に尾袋鼬としか関係が無い訳じゃないのだ。他の生き物だってちゃんと来るし、尾袋鼬も尾袋鼬で、他の神の元へ赴く事もあるのだろう。

 

 ともかくこのままジッとしていても何も始まらないので、体重を思い切り横に掛けて何とか足を沼から引き抜き岩肌へと脱出。神域の建造物とやらを探しに行く。

 

 そうして泥まみれの裸足で歩いている内に、先程の鹿を発見。

 コイツに着いていけば神域に着くのでは? と思い歩いていると鹿は嫌そうにこちらを2、3度振り向いたが、諦めたのかそれきり振り向かなくなった。

 

 何かごめんね。なんて呟いてペタペタと岩肌を歩く。

 岩の感触がなんとも心地良い。砂利があったら最悪だったなぁと思いながら進んでいくと、噂の建造物は、思ったよりも近い所にあったらしく、すぐに着いてしまった。

 

 

 建物の外観はぼんやりとしていて良く分からない。霧で見えない訳じゃないのに目を凝らしてもさっぱり分からないし、なんだか気分が悪くなってきたので観察するのはやめた。

 

 それで、これからどうしよう?

 やることが無くなった。例の鹿は建造物の扉らしき壁を通り抜けるようにして消えたのでもう居ない。

 それで、「隠匿」ですり抜けて中をちょっと見てみようという気になった。

 

 今更だが、私の服装は靴下と靴が消失した以外一切変わっていなかった。

 だからこうして神通力が使えるのだが、考えてみたら神の御前でその神の力を使うのって結構罰当たりなのでは無いだろうか?

 まあ……それはそうと中が気になるので普通にくぐり抜けて入った。

 

 直後、何かに抱きしめられた。

 私と同じ灰色の髪の毛の、私と同じくらいの背丈の少女。引き剥がすと、私と同じ黄色の目でこちらに人懐っこい笑みを向けてくる。

 

 ……私じゃん。

 うん? いや、私こんな顔しないから私じゃないな。

 

「……誰?」

 

 そう聞くと、少女はキョトンとして、口を開いて息を何度か吐いた。

 首を捻ってもう一度吐く。まるで声が出せないみたいだ。

 

 しばらくその光景を眺めていると、彼女は何か閃いたようで、その場にしゃがみ込み床を指差した。

 その指は床を滑り、『ま』の字を書き、次に『わ』。

 最後に『り』を書いて、期待するようにこちらを見た。

 

「ごめん、もう一回書いて」

 

 そう要求すると、少女はもう一度3文字丁寧に書いて、目をキラキラさせながらこちらを見た。

 

「ごめん、もう一回書いて」

 

 同じ事を言うと、少女は少しムスッとして物凄くゆっくりと『まわり』と書いた。

 

「ごめん、もう一回書いて」

 

 そう言うとのけぞってから地団駄を踏んだ。ヤバい、面白い。

 笑っていると頬を思い切り抓られたので適当に謝って、恐らく(まわり)であろう少女へ違う疑問を投げかけることにした。

 

「なんで此処に居るの?」

「……」

「いや、ホントごめんなさい。茶化さないから教えて?」

 

 促してようやく廻は床に手を付けた。

 曰く『わからん』。そっかー、分からんのか。

 

「じゃあ、なんで私の姿になってんの?」

 

 質問を変えてみると、またもや『わからん』。

 

 そんな調子で質問を続けていった。

 廻は赤島の実家で今まで寝ていて、気がついたらこの状況になっていた、らしい。表情が分かりやすくコロコロ変わるので、恐らく嘘はついていないだろう。

 

 そうして結局。この状況については、分からんという事が分かったのだった。

 

 

 私は途方に暮れ、床に座りながら周囲を見渡す。

 白い壁、木の梁。そして背後に木製のタンス。部屋の隅に置かれた何枚かの座布団に、水の入っている瓶、更にはヤカンまで置いてある。私は人にここが神域ですと言われたら相手が神でも帰る自信がある。

 

 しばらく部屋の中を漁ってみたが、後は湯呑とか皿とかそのくらいで、結局目を覚ますヒントはどこにも転がっていなかった。

 仕方ないので一度最初に居た場所に戻ろう。そう思って引き戸を開けて外に出ると、廻が物凄い顔でこちらを見ていた。

 

「え、何?」

『あかずだったから』

 

 開かず? ああ、開かなかったのね。

 確かに入るのに「隠匿」を使う必要があった特別な空間なのに出る時はやけにあっさりだなぁとは思ったけども。まあ、そういうものなんじゃないと言いながら外に出て振り返ると、あんなにぼんやりとしていた建物の外観がボロい日本家屋で固定されていた。はぁ、まさに夢って感じだ。

 

 

 帰り道でも発見があった。

 

 前世で見たことのある植物がポツポツと生えていたのだ。確か山に生える植物。じゃあここが山の中なのかと言われれば何とも言えないが、とにかく今の世界では存在しない植物である。前の私の名前と同じだったので、興味本位で調べて、ちょっとがっかりした記憶がある。

 

 だから少し得したような気分になって、そのちっちゃな白い花を一つ摘んでしげしげと眺めた。私の記憶からこんなに精巧なものが作れるとは、なんとも不思議な気分である。

 そうして感傷に浸っていると、隣に居た廻が心配そうに肩を叩いてきた。なので見てみろという意図でその花を渡すと、口に入れて咀嚼しだしたので思わずすっ転びそうになった。

 

 仕方ないのでもう一つ摘もうとしたその時、視界が急に白くなって来た。

 ああこれ、ようやく目が覚めるやつだ。へんてこな夢だったなぁと廻の方を見ると、向こうもこちらの方を向いて目を擦っていた。

 

 

 そうして視界は真っ白になった。

 

 握っていた手の感覚もなくなり、後は目覚めるのを待つだけ。

 だけど、なんだか妙に時間が長い。

 

 

 

 

 ……そういえば、さっきの花。

 前の世界では、一回も実際に見たことが無かった。

 

 大体は、写真で。そう、そういえばその写真を貰ったんだ。

 私と同じ名前の花だなって事で。

 

 

 誕生日のプレゼントだった。

 幸せな記憶。だけど、今になっては私が。

 

 私が祈りの度に思い出していたのはいつも。

 

 

 

 

 

「もういやだ」

『死んじゃ嫌だよ』

 

 

 

 あの時。

 

 最期に見たあの景色で。

 ぼんやりとした意識の中、沈むように遠くなっていく世界で。

 応えられない私自身への憤りで。

 

 

「ゆるさない」

『───さん』

『───っ!』

『───ちゃん!』 

『───……』

『───さんっ!』

『───!!』

『───!』

 

 

 もう思い出せない私の名を呼ぶ皆の顔で。

 

 

 そっか。

 

 

 私があの世界で、最期に聞いていた言葉は。

 自分の名前だったんだ。

 

 

 

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