みみたぶがり   作:佐那木じゅうき

3 / 63
隠匿の神通力

 尾袋鼬の(まわり)は、私が中学に通っていた頃に突如人の言葉を喋りだした。

 

 廻自身は、これを「神憑き」程の強固な神々の所縁(リレーションズ)が自身を進化させたのでは無いかと言っていた。そういう事もあるのかと納得しかけたが、神憑きであっても普通にそんな前例は無かったらしく、後ろで会話を聞いていた母親により緊急家族会議が開かれた。

 結果、この事は家族だけの秘密になったのだ。

 

 きっかけは分からない、ある日部活から帰って来た時に何の前触れもなく「おかえり」と話し掛けてきたのだ。いよいよ能力バトルが始まるのかと戦慄したが、数日経っても特に何も起こらず、今考えると身構えていたのが馬鹿なのではと思うほど穏やかな三年間を過ごせたと思う。

 

『では新入生代表挨拶。1-1 曜引五花』

 

 ふと意識を戻すと、丁度司会の教員に自分の名前を呼ばれた所だった。

 新入生代表は入試の試験成績で選ばれる。そう、つまり私は主席なのである。

 

 むふ。

 

 前世は最終学歴が中学校だったので高校受験は不安だったのだが、まさか主席になるだなんて思ってもないことだった。だからニヤケるのも仕方ない事なのだ。

 さて、私は舞台袖の中、スカートを外から軽く叩いて原稿が確かにある事を確認し、壇上に上がって紙を開く────と、そこには〈入学式次第〉という文字。

 えーっと……目を擦ってみても、校長挨拶だとか、開会の言葉だとか、本文らしきものが見つからない。

 

「曜引さん?」

『はい! すみません大丈夫です!』

 

 慌てて探した原稿は反対側のポケットに入っていた。

 

 

 

 

mw mw

 

 

 

 

 

「なぁ曜引。朝のことで聞きたいことがあるんだが」

「うわ」

 

 

 なんとか入学式を乗り切った五花。

 

 しかし、やれやれと教室に入った途端に入り口の横から誰かに話し掛けられた。目をやると今朝の男子生徒である。マジか。とか、名前覚えられててウケる。とか、様々な自嘲の思考が頭を巡ったが、何より同じクラスだったという事実に彼女は思わず天井を見上げた。

 

 しかし何時までもこうしている訳には行かない。

 彼女は擦り減った精神を労りながら口を開いた。

 

「……なんですかぁ?」

「今朝起こったことをもう一度詳しく教えてもらいたいのだよ。やっぱり、喋っていたような気がしてな……」

「……」 

「おっと、名乗って無かったな。僕は沙村、沙村 綾間(さむら あやま)だ。」

「いや、そういうんじゃないけど……何が喋ってたって?」

「獣が」

 

 佐村は簡潔にそれだけ返す。

 心なしか怒っているような雰囲気に五花は内心焦った。

 

「……ああ~、あの時言ってたやつ。それで……沙村くんね。えっと、今朝はごめんね?私驚いちゃって」

「気にしていない。それより教えてくれ」

「えーっとぉ……ちょっと顔近くない?やめてよ」

「……何故話を先延ばしにしようとする? やはり虚偽だったのか? 話をしていたのか?」

「んな訳無いでしょ。だから獣なんて居なかったのよ。言い合いしてたのも沙村くんの勘違い────」

 

 しまった。

 そう思った五花は口を噤み、沙村の口は端が釣り上がった。

 

「おや『言い合い』?僕は獣が話した、あるいは喋ったとしか言っていなかったが……何故僕が「君と獣の口論を見た」と思った?」

「いや、言ってたわよ言ってた言ってた。あの時沙村くんは……こう……「口論してたな!?」みたいに言ってたわようん」

「言ってないぞ。見苦しい」

「言ってたわ。ニュアンスから判断出来たもの」

「それ結局言ってないって事ではないか?」

「あー、今の無し」

「今の無し!?」

 

 どうしよう、完全に怪しまれている。

 呆気にとられた沙村を余所に、今朝の事で押し通せると思っていた五花は唇を噛んだ。

 

「……そう。だから結局、沙村くんの勘違いだったって事ね」

「急に締めに入って騙せると思ったのか?」

「チッ」

「思ったのか……」

「あー、あのね、言った言わないとかもう良いでしょ? 言葉尻を捕らえてもそれだけじゃ証拠にはなりません。そうね……私は記憶違いをして佐村くんを誤解させた。そして佐村君は幻覚を見た。うん、こうしましょう。これで話は終わりよね?」

「もうこれ自白しているようなものではないか?」

「なんの事だかわかりませ~ん!……ん?」

 

 ふと、教室がやけに静かだなと思った五花が周囲に目をやると、クラス中の視線が自分達に突き刺さっている。

 沙村も気付いたのか黙りこくり、それで妙な沈黙が教室内を暫く支配していたが、幸いすぐに担任らしき先生が教室に入って来る事によって皆の注意が霧散した。

 

 五花は話が終わって嬉しいと思う反面、さっさと会話をブツ切りにして終わらせるべきだったと後悔しながら席に着くのだった。

 彼女は気を取り直して、入ってきた担任教師の姿を見る。

 

 

 

「はい、1-1の皆さんはじめまして。これから3年間君たちのクラスを受け持つことになった余目(あまるめ)です」

 

 髪を短く切り揃えた快活そうな容姿とは裏腹に、やたら平坦な声を出す男教師である。

 話は簡単な校内の説明から学生証などの支給品の説明、学校生活のルールへと淡々と進んでいき、最後は学生寮の話になった。

 

 青特には、他の島から来ている生徒の為に学生寮が用意されている。

 

 そこで新入生の歓迎会が夕方にあるそうで、当日組は早めに自室の荷解きを済ませておくように。といった話だった。明日以降の学校生活をスムーズにするため既に入寮している「前乗り組」の新入生も居るのだが、五花は両親の手伝いをしていた為に当日組となっている。

 

「えー、まあ。数ある特殊業学校から、せっかく名門である青特に来た君達なのですから、ここでしか学べない事を沢山覚えていってくれると先生嬉しいです。各教科の先生方も僕もね。できる限りのことはしてあげたいと思っているので、聞きたいこととか相談とかあったらどしどし聞きに来てねー」

 

 そんな言葉を最後に余目先生は手を2回パチパチと叩いて教室から出ていった。

 

 

 

 

mwmwm w

 

 

 

 

「なんか覇気の無い先生だったね」

「覇気が無いと言うか……心がこもって無いと言うか……」

「あはは、確かに。曜引さんって結構容赦無いね!」

 

 急に話し掛けられ、思わず返事をしてしまった。

 隣の席を見ると、髪を後ろに束ねた知らない女生徒。というか名前覚えられてるし。

 

「えっと……」

「私、小野 美祈(おの みのり)っていうの。青島出身!曜引さんは?」

「私は赤島。それじゃあ小野さんは通いの子?」

「そうだよ! 寮生活、憧れてたんだけど……定員がね。だから今年の青島組は強制的に通いになるのだよ……」

「ああ……今年からクラスが2つ増えたみたいね」

 

 話を聞くと、小野さんは合格通知を貰った後、直ぐに入寮の申請をしていたらしいのだが、後から学校側にそう言われて泣く泣く通生になったらしい。これなら他の島に行けばよかったとボヤいていたが、寮の為に離れた場所に行くのは何か違うと思うんだ。

 

 日本の適合者は近年増加の一途を辿っている。

 

 その関係で、青島だけではなく他の特殊業学校の定員も増えているらしく、数年前は全寮制だったという学校も、今では通いの人間が多く含まれている。

 それでも他の島からの受験者の多い青島は七割ほどが寮生になるのだが。

 

「ところで、曜引さんってあの男子と知り合いなの?」

「え?」

「さっき口論してたじゃん!あのキッチリ七三分けしてる奴だよー」

 

 小野さんの指差す方を見れば例の男子生徒が教室を出る所だった。どうやら廻の事を追及するのは諦めたらしい。良かった。

 ……っていうか。

 

「いやいやいや、ぜんっぜん知らない人です」

「……とても初対面には見えなかったけど……まあいいや。寮の中どうなってたか明日教えてね!」

「え? ああうん。帰るの?」

「うん、午後からじいちゃんの手伝いしないとなんだー」

 

 小野さんはそう言って机の上に置いた鞄に配布物を詰め込んでいく。

 今日の新入生全体での行事は午前中で終了になる。考えてみれば通生の彼女はもう下校する時間に差し掛かっていたのだ。

 

「その代わり街に行くときはまっかして!案内するよ!」

「うん、また明日ね」

 

 私がそう言うと小野さんはひらひらと手を振って軽やかに教室を出て行った。人当たりの良い子が隣で良かったなぁ。

 周りもちらほらと教室を出ていく人が目立って来た。時計を見ると11時も中ごろに差し掛かった所、適当なグループに混ぜて貰って食堂に行くとしよう。こういうのは初日の友達作りが肝心なのだ。

 そう思って鞄を背負い女子が集まっている所に行こうとした時、校内に放送が流れた。

 

『1-1 曜引五花さん。曜引五花さん。至急職員室まで来てください』

 

 いや入学1日目から呼び出される事なんてある?

 しかしこうやって名指しされてしまえば行くしかない。嫌だなぁと思いつつ女子の集まりから回れ右して、私は教室を出て行った。例の獣が脳裏を過るが、気のせいであってくれ本当にお願いします。

 

 

 

 

mw

 

 

 

 

「君、神通力使った?」

 

 開口一番これである。

 否定すると、職員室の入口で待ち構えていた余目先生はまったりとした声色で部屋の中に使って無いってさーと声を掛けた。態度には微塵も感じないが、入口に立って居た辺り急を要する事なのだろうか。

 一体なんだっていうのか。

 

「実は今朝、高須名……ほら、この学校のすぐ近くにある町。知ってる?」

「はい、昨日泊まった所なので」

 

 というか、青島の玄関とも言われる大きな港のある町なので、他の島から来た生徒でも大抵は知っている筈だ。

 

「実はその街中で宙を浮く猫を目撃した生徒が居てねー」

「宙を浮く猫」

 

「曜引の神通力って透明化でしょ」

「ええ、そうですけど……違いますよ?」

 

 えっと、つまり。

 私が神通力を使いながら猫を抱えて街中を走り回っていたのかと先生は疑っているらしい。なんだその不審者。

 

「そもそも私のは、触った生き物も透明にしますし……」

 

 『隠匿の神通力』

 これが登録された私の持つ神通力の名称だ。

 

 息を止めている間、自身と自身が触れている者の「位相をずらす」能力。

 便利な力に思えるが、使用中に息をしてしまうと気を失ってしまう微妙な能力である。

 

 私が赤い神力を持つ事を心配した四葉さんの勧めで早期に検査していたので、他の学生と違い小学生の頃から既にこの神通力は国のデータベースに登録されている。先生が知っているのもその為だ。

 

「だよねー、まあ。一応所縁石が無いか荷物検査だけさせて貰っても良いかな」

「良いですけど……」

 

 背負っていた鞄を渡し、先生が職員室に入って行くのを見てからため息を吐く。

 

 しかしこの一件。気の抜けた事件だが、実は結構重大な事態だったりする。

 仮に私がやってないとして……いや、やってないのだが、未確認の神通力を使う者がいるケースと「祟り」の前触れであるケースの二つが考えられる。

 「祟り」とは、誰とも所縁の無い神力がこの世界に顕現し、拡散して起こると言われる特殊自然災害の事である。有名な物だと、数年前に「浮遊」の性質を持つ祟りが緑島で発生し、家屋や人が空中に投げ出され大きな被害を出した事件が思い浮かぶ。

 

 今回の事象はその「浮遊の祟り」っぽいので、こんな騒ぎになっているのだろう。だけどちょっと考えすぎなんじゃないかな? と思わずにはいられない。前触れだとして、祟りにまで発展するのは稀らしいし。

 そんなことよりお腹がすいた。お昼ご飯食べたい。まーだ時間かかりそうですかね~。

 

 

 

 

 

mwmwmwmmmm mwmmm mwm

 mw mm wmmm

 

 

 

 

 

 

 青網引島。

 高須名町の外れに位置するとある民家。そこに革の黒いジャケットを着た男がどこからかフラリと現れ、玄関のインターホンを押した。

 しかし、暫く経っても反応が無い事に眉を寄せて、鍵が開いていたドアを開き中に入って行く。

 

「不用心だな」

「あー、こら旦那。お久しぶりっすね」

 

 部屋には灰色のスウェットを着た小柄な男が一人。男の方を見て並びの良い歯を見せて来る。

 その顔目掛けて男は思い切り自分の足を突き刺した。

 

「ガッ……ッ…………!!」

「おい、言ったよな。俺達は明日動くと。どういうつもりだ? 返答次第じゃ……」

 

 そう言った男の腕から黄色の光がチラつくのを見たスウェットの小男は血相を変えて声を荒らげた。

 

「ま……待ってくだせえ! 確かに俺ぁ間違いなく手順を踏んで、アンタ達の計画を実行したんだ! 今日! ちゃんと今日だっ! それなのに発生しなかったんだ!! 猫が一匹浮いて騒ぎになっただけ……!何が「浮遊の祟り」だよ! 先ずは話を聞いてくれよ!!」

 

 その予期せぬ言葉に男は考え込んだ。

 

「ふむ……青島と緑島では条件が違うのか」

「お、俺のミスじゃねえっつうのに蹴られたんじゃ身が持たねえよ旦那。な、やり方変えてみたらどうなんだ」

「確かにその必要があるな。悪かった、顔を洗って来ると良い」

「ちっ……」

 

 彼は男の態度に苛立ちながらも洗面所の方に向かう。

 その後ろで、男の腕から黄色い光が湧き上がっていた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。