"あの子達も、この世界に来ているかもしれない"
そう私がそう思い至ったのも、今考えれば自然な事だった。
赤島の養成校に入った後すぐの日、私は両親に祖母の家に行きたい行きたいと駄々をこね、実家の田舎から出て来た。そして祖母と二人になるやいなやすぐに転生や、それにまつわる話がどこかに転がってはいないかを調べ始めた。しかし、見つかるのは信憑性の薄い記事ばかり。
宗教家や自称霊能力者には居たが、記事を見てみても、そこには私の時と一切合致しない体験談。到底信じる気にはなれなかった。
そうして現在。私以外に「転生」した人がいるのかは、結局わかっていない。
……いや、おそらく存在しないのだと思う。
しかし、それでも。
あの頃の私はそれが受け入れられず、養成校に入った後も、度々転生について調べていた。
授業で教わった祈祷のやり方や祝詞を実践して「隠匿」の神とどうにかコンタクトが取れないか試したりもした。
さみしかったからだ。
あの頃の私は新しい両親の元で愛されて暮らして居た癖に、勝手に自分は一人ぼっちだと、そう考えていたからだ。
祈りの習慣は、この頃から始まった。
中学生……いつも付き纏っていた
『明日もきっと、平和でありますように』
なんて台詞、一体脳味噌のどこから出てきているんだか。
勿論、この世界が前世のようになって欲しくないって思いが始まりだったけど、それをこんなに続けていられたのは、きっとそれを思い出して、私があの日々を忘れたくなかっただけで。
簡単に言えば、孤独を埋めたかっただけだったんだ。
だから、今までの。
この祈りは、私が、私の為に行って来た訳で。それは大分前から自覚している所でもあった。
でもさ、祈りってそんなものじゃないの?
それに勝手にやってる行動を「誰かの為」だなんていうのはどうかと思うし。だからこれでいい。最近は寂しいと感じる機会も少なくて、この行動も意味が薄くなって来たような気もするけれど、私はこれからも私の為に、この祈りをずっと続けて行こうと思ってる。
『わるいこと』が起きませんように。
『わるいひと』が誰かを傷つけませんように。
『あしたもきっと、へいわでありますように』って。
あの頃の記憶は、あの頃の気持ちは、貰ったものは。
思い出す度に元気を貰える、大切な私だけの糧だから。
ねえ、見ていらっしゃいますか。
私の神よ。
この願い、貴方が叶えてくれなくても良い。
まあ「赤」を示す貴方はきっと何もしてくれないのでしょうけど。これを言ったら更に怒るのかも知れないけれど。
それでも。
恐れながら申し上げます。
どうか、どうか。
お願いいたします。
縁だけは。
このまま嫌いな私と。
縁だけは結んだままでいて下さい。
「……なんちゃって」
そう呟いた私は合わせた手を降ろして、息をつく。
というか、どのくらい経ったのだろう。
あれから視界は相変わらずの真っ白で、一向に目が覚める気がしない。
暇なので、上を見て、下を見る。うん、真っ白だ。
そうしてぼんやりしている内に、私はさっきの神域の入口? の光景を思い出し、その場に居なかった「隠匿」はいったい何処に行ったのだろう、と考える。
こんな世界だし、適性値もそこそこあるんだし、なんか何処かで会う事が出来るんじゃないかと密かに期待していたのだけど、全然そんな事はなくて。
まあ、そんなもんか。とは思うけど。今回はちょっとだけ期待していた所ではあったのだ。
「あーあ……?」
声を出して伸びをしてみる。
その途中で、違和感を覚えた。
何故か真っ白な筈の周囲の様子が、分かるのだ。
広い場所。石造りの床で、石の壁……というかここ、私が眠る前に居た場所「釜伊里南地下大回廊」の最深部だ。
なんだか妙な感覚だ。
言葉にすると「何も見えないのに、何でも見える」みたいな感じで、モヤモヤする。
思えばさっきからこんな変な気分になっているのは、あのロバタトラヲ? から拝借した縁門を付けた時からな気がする。
よく考えると普通のとなんか形も違っていたし、変な機能でも付いてたりしていたのかも知れない、例えば所有者以外が使うと死ぬとか……。それって、不味くない?
いや、そうと決まった訳じゃない。
私はどこにあるのかも分からない首をぶんぶんと回してから、この妙な感覚で周囲を探ることにした。
遺跡、土の中、地表の森の中。
探っている内に分かって来た。
おそらく。
私は今、自分の神力で出来た触手の方に意識が移っている。
意味が分からないけれど、私の身体を起点として、動かせる腕が沢山あるのだ。これはもう、そうとしか考えられない。
もしかして夢の途中なのかも知れないけれど、もし現実だったらたまらない。何故なら、地表。森の中であちこち青い光が噴出していたからだ。
逃げ回っている熊や猿などの野生動物。私が眠らせた浮浪者と、これまた眠らせた恐らく反社の構成員。集団で身を寄せ合っている警察の制服を着た人たち。……見知った顔もチラホラと。
そして今にも青い光に呑まれてしまいそうになっている命が沢山あると、知覚した。
それで私は、とにかく触手だけでも地表に出そうと意識を向けた。
上へ、上へ、上へ。
地下大回廊の通路を通っていたんじゃ間に合わない。触手の大きさに合わせて壁を消し、土を消してその全てを上へ突き進ませる。
夢中でやっていたから、なんか触手の本数が滅茶苦茶増えているだとか、さっきはこんなに伸ばせなかったとかは粗方消した後から気付いた。
「まあ、夢なんだろうけどね」
私は何処から出ているのかも分からない口で、溜息をついた。
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高須名町。
勤務を終え、自宅のあるその町に戻って来た青網引神秘研究所、その所長である
「いらっしゃい」
「どもー、席空いてる?」
いつもの台詞を言って、渡は店主の返事も待たずに目に入った空席の並ぶカウンターの一つに座った。
「おや、先生この間ダイエットするとか言って無かった?」
「ん? 酔ってたから覚えて無いなぁ」
そう言いながら店主の苦笑を交わして何時ものメニューを注文すると、彼は座り直して、ボーっとテレビを見ながら今日の仕事中の珍事を思い出していた。
対象:曜引 五花 1年 青網引 : 808000020
早めに仕事を切り上げた主原因が、これだ。
彼はこの数値について、あれから一人で悶々と考えてみたがさっぱり分からず、他の業務にも差し障りそうなので一度帰って思考をリセットする事にしたのだった。
それにしても8億って。
「頭おかしいだろ」
出て来たビールを一気に煽り、思わずそう呟く。
「お疲れですね」
「ビール!」
「はいはい」
それにしても、とお通しとして出された煮豆を摘まんで彼は考える。
馬鹿げた数字は一旦置いて、他にも気になる事があったのだ。
同じ数字だったのだ。
と言うのは。検査はミスを防ぐため2回行ったのだが、彼女に限ってはその両方が全く同じ数字だったという意味だ。
これがおかしかった。
普通、神力の計測なんてものは、数値の5%程のブレが必ず存在するものであり、それは今年、同じ検査を行った沙村という3番金の男子生徒も例に漏れず、800程のブレがあったのだ。
それなのに、あの女生徒は寸分違わず同じ数値だった。
これが何を意味するのか。
計測の限界ではない。アレは理論上画面が一杯になるまで正確な数値を出せる装置であって、その可能性は早々に排除した。そうなると、考えられるのは一つだけ。
すなわち「到達点」である。
「適性値」というのは、
それならば「繋がりの太さの到達点」とは。
対象者が対応している神そのものである事以外、考えられないのだ。
「あーくっそ」
こんな荒唐無稽な仮説すら出て来てしまう程、あの数値は現実離れしていた。
あれは、浪漫の塊だ。浪漫を超えた浪漫だ。
解き明かすまで絶対白島の連中には渡したくねぇ。そう思いながら2杯目を飲み干し、3本目を注文する。
「なんか今日の酒美味くなぁい? なんか変なの入れてる?」
「失礼な事言わないで下さいよ」
段々と良い気分になって来た。
店主がぶつぶつ言っているのを無視して、次のつまみに手を伸ばす。
そんな時、視界が縦にブレた。
「おお?」
「地震……だねぇ」
大分大きい揺れだ、震源はここから近いだろう。
そう思い、いつの間にかバラエティから緊急放送に切り替わっていたテレビをぼうっと見る。
震源、青網引島、北方沖。
高須名の裏側かよ。
思わず渡はそう呟いて、中継に映っている釜伊里の様子を見る。
『見て下さい! 現在釜伊里の町は暗闇に包まれています! 一部の家屋は倒壊しており、住民の避難が進められていますが、ここに居ても現地からの動揺の声が聞こえてきます!』
どうやら余りに大きい揺れのせいで停電が起きているらしい、カメラに映っているリポーター以外殆ど見えない。
『ここまで大規模な地震は100年以上遡り……?』
ここでリポーターの声が途切れた。
何か、マイクの故障だろうか、スタジオから現地へ声を掛けているが反応が無い。
ここで渡は酒を口に流し、同時に固まっていたリポーターがハッとしたように動き出した。
『何かが! 山、何かが! 青い何かが山に居ます! ちょっカメラ! カメラ向けて!』
明らかに緊急事態といった感じだ。
彼はなんだか映画でも見ているような心地でテレビの画面を見ていると、すぐに向けられたカメラの映像がテレビに映し出された。
『な、なんという事でしょうか! 巨人です! 青い巨人が山……大釜山の方面、大釜山に佇んでいます!』
ここで渡と店主は同時に立ち上がった。
両者とも、2人の年代では余りに有名な「滅亡の予言」騒動の事が頭に浮かんでいた。直後、映像がスタジオの方に切り替わる。
「あーっ! なんだよくそっ映せよ」
「先生、あれ不味いんじゃないの。専門家でしょ?」
「いや、俺だって知らないよぉ、何だよあれバッカじゃねえのぉ」
そう言って直ぐ、渡の携帯が揺れた。
テレビ局からだ。以前取材を受けた時の番号を登録していた渡は、「ATV」と表示された画面を渋い顔をして眺めた。
しかし、自分は五島に一つずつしかない神秘研究所の責任者である。おまけに渦中の青島のである。応じるほかは無かった。
深くため息をついてから応答しようとした彼は、しかし、テレビから流れる叫び声を聞いて手を止めた。
『ああ見て下さい! 巨人が足踏みを始めてっ……釜伊里の町に移動を始めたのでしょうか……え、違う。その場で足踏みをしています!』
ちゃんとリポートしろよ。
彼は若干苛々しながら取り落とした携帯を拾い上げる。そうして再び画面に目を移そうとした時、店主がボソッと呟いた。
「なんか光ってない?」
「光ってるって、巨人が?」
「いやいや、違うよ、山。 山が微妙に光ってるように見えるんだけど」
「えー? 本当かよぉ」
なんそう言って半笑いで画面に目を移し、数秒後。結果渡のその表情は凍る事になった。
『今度は山! 山全体が赤く光っています!! それによって巨人が苦しんでいるように見えます!! 一体何が、何が起きてるんでしょうか!! 我々の手に負えない何かが、起こって居るのでしょうか!! 一体青島は、どうなってしまうんでしょうか!! あっ! 見て下さい! 巨人が赤い何かに絡まって、苦しそうにもがいています!! これは! いったいどういう事なのでしょうかっ!!』
「どういう事なの?」
「俺に聞くなよぉ」