最初はよかった。
望む設備を与えられ、所縁学、とりわけ神力を動力とする太古の遺物に強い興味があった男は、それらが何に使われたのか、何故作られたのかの研究に没頭した。
あらゆる反応を試し、動かし。寝る事も忘れてひたすら検証を繰り返す。
やがて、男の居る研究チームは
様々な人に賞賛されていた。名誉があった。しかし、それらは全てチームの代表である「縁動遺物の父」とまで呼ばれた上司にのみ集まる事になった。
当時はそれでも良かった。
男にとってただ研究する事が、この世の神秘を紐解く事が楽しく、それが彼の全てだったからだ。
地位も名誉も要らなかった。ただ、設備さえあればいい。
そんな彼であったが、何時しかその実績が認められ、自分のチームを持つまでになった頃、その研究は行き詰まるようになる。
それは縁動遺物の、そもそものエネルギーとして使われる「神力」の更なる解明を行っている所であった。
当然成果は出なくなり、予算は減らされた。
そうこうしている内に、上から規模の縮小までチラつかされる。
以前の上司はもう病気で死んでいて、研究にしか目が言って居なかったその男は、当然組織内での発言力も低迷していたのだ。
男はここでようやく焦った。方々に顔を出して頭を下げ、士気の薄くなったチームの人員を何とか宥め。ともかく存在感を上げようと、出版社の人間に勧められるがままになんとか絞り出した研究成果の本まで出した。
しかし、様々な人に暗に言われるのだ。
『見苦しい』と。
なんだ、それは。
男は呆然とした。
足掻いても、足掻いても、誰にも認められない。研究を続けるには、地位も名誉も必要だという事に気付いたのは最近で、だけど、何をしても周りの冷めたような視線は無くならない。
それは。
誰も彼も「お前には価値が無い」と言っているようで。
だから、更に研究にのめり込んだ。
見落としが無いように、非難など承知の上でグレーな事にも手を出した。
この研究が、やはり必要だったという証明を得る為に。そうしていつか、その先にある神域の全てを丸裸にする為に。
そうしてある日。
あっけなく男の守ろうとしたものは無くなった。
その朝、自宅を出ると複数のパトカーが止まっていて、時が止まったかのような心地で取り調べを受けてみれば、どうやら部下の誰かに隠れて聶獣を何匹も実験に使っていた事を告発されたらしかった。
幸い大事にはならず釈放され、フラフラと自宅に帰ってみれば出発前に玄関で見送ってくれた妻はそこには居らず、家財も幾つか無くなっていた。
電話をかけてみても、耳に届くのは機械的な台詞だけ。
男は「やはりお前は無価値だったんだ」と、世界に言われた気がして。
肩の荷が下りたような、そんな気がした。
考えてみれば単純な事だった。
環境なんて、自分で作ればいい。研究成果なんて、誰も知らなくて良い。
自分の価値も分からない社会など、どうでもいいのだから。
そんな奴らの言う名誉も、地位も、技術の進歩も、自分にとっては必要の無いものなのだから。
ただ、探求を。
視界が開けるような、あの湧き上がるような喜びだけがあればそれで良かったのだ。
そう悟った男は、今では馬鹿馬鹿しいとすら思える組織の処分も待たず、表舞台から姿を消した。
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三都橋は、地面の至る所にびっしりと生えた赤い神力の触手の上に横半ば埋もれるようになりながら、空を覆う青い巨人が暴れ回っているのを見ていた。
まるで浅い海底の中に居るかのような、幻想的とすら感じる理解不能で、悍ましい光景だった。
そんな中、近くで口論のような会話が聞こえてくる。1人は、「洞見」の男の声である。
自分はこれから殺されるのだろう。
何もかもが分からず朦朧としながらも、男はただそれだけ。諦めのような表情でぼんやりとそう思って、目を閉じる。
死にたくは無い。しかし、もう自分は心身ともに疲弊していて、こちらに向かって来る足音を黙って聞く事しか出来なかった。
そうして。
「もしかして三都橋、三都橋 堅留教授ではないですか?」
「は……?」
思いもよらない言葉に、目を開く。
そこには顔も知らない子供が立って居て、後ろに不機嫌そうな様子の「洞見」の男がそれを睨みつけている。
「聞いたんだ。三都橋という名前を。問いただしてみたら縁動遺物の技術屋だと言うじゃないですかっ! ……で、どうなんですか?」
「た、確かに俺はその名前だが────」
もう教授じゃない。
その続きを言う前に、子供は興奮気味に後ろを振り返った。
「ほぉら! やっぱり三都橋先生だっ! 木田ァ! 君はなんて大変な事をしたんだ!」
「五月蠅いなアンタ! 話聞いてたのか!? 僕は! 仲間ともどもコイツに殺されかけたの!」
「三都橋教授! 貴方の本を読みました。当時僕は非常に感銘を受けて……ああ、なんて言ったら良いのか。まさか本人に会えるなんて!」
「聞けよっ!!」
理解の追いつかない会話。その中身をぼんやりと聞いていた三都橋はピクリと動いた。
今。この子供は何と言った?
「……本を、読んだ?」
「ええ、ええ! 読みましたとも! 他には無い視点で神力の本質を追っている他とは一線を画いたあの研究は現在でも最先端を行っている! それに、あの後書きの最後の一言は今でも覚えています!」
「そう、か……もう、何を書いたのか、覚えてもないが」
「おい木田ァ! 僕は分かったぞ! 全部君が仕組んだ事だったんだな! 先生の研究成果は渡さないぞ!」
「いらねーよそんなもん! 何が分かっちゃったんだよっ!!」
そう言って「洞見」を使っても尚理解不能なのか頭を抱える男を見ながら、彼は先程の言葉をゆっくりと頭の中で繰り返す。
覚えている。
確か、後書きの最後に書いたあの言葉は。
『
本。あの発行した部数も殆ど無かったあの苦し紛れの。
それでも自分が先頭に立って行った、道を違う前の自分の全てが入った本。
それを読んで、しかも賞賛するような人間が目の前に居る。
しかし、どうして子供があんな10年以上前の古いものに興味を持つ? 「洞見」の男と打ち合わせて嘘を付いているのか? ああ、そうに違いない。
「嘘じゃないぞ」
男がそう結論付けようとした時、そんな声が聞こえた。
見れば木田と呼ばれた「洞見」持ちの男で、三都橋は、心を読まれた事も気にせず呆けてその顔を見た。
「ムカつくけど……なんか、もういいや。 別に元々殺そうなんて思っちゃいなかったんだ。一発ぶん殴って……盗られた物とかを取り返せればよかったんだ」
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木田は疲れていた。
数日かけて、目の前の小男を捜索していたのだ。それに現在目の前で繰り広げられている巨人が触手に絡みつかれてのたうち回る様を見ていてなけなしの精神まで摩耗してきていたし、おまけに横に居る頭のおかしい青特生のせいで喉が痛い。
忌々しい「颶風」持ちの女生徒が後ろで目を光らせていなければボコボコに殴りたい気分であったが、それが出来ない以上、彼の中に残った物は眠気と、勢いの失った憎しみだけで。
「……って何だかわけわからない事が起き過ぎて有耶無耶になっていたけど、そうだよ、所縁石とか大回廊にあるんだよな?」
「ぁあ……それは、もう無い。 お前等の上に居たあの『組織』に全部引き渡した」
「はぁ? もう無いとか……って何で奴等が出て来るんだ? それじゃあまるで────」
そこまで言って木田は言葉を止める。
目の前の男の心を読んで、そしてどういう経緯があったのか調べて。
「最初は俺が、持ち掛けたが」
「あーはい、そういう事ねっ! クソが!」
警察に追われているだけじゃない自分の現状に、思わずそう吐き捨てた。
彼は理解した。「組織」は自分達を用済みとして処分しようとしていたのだ。そして1人捕まりもせずにこうして潜伏している今もまだ機会があれば敵性存在として殺しに来る可能性がある。
なにせ、処分しようとしていたのだ。
「洞見」はもう利用価値が無いとされているのは確実で、そしてこうなった以上、向こうとしては生き残った自分は敵視してくる不安分子の一つとみなされているに違い無い訳で。
「なぁ、何の話をしてるんだ?」
「……ややこしくなるから話しかけて来ないでくださいよ」
もう帰ろうかな、と。
木田はもう見る影も無く小さくなった青い巨人を見て思ったのだった。
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