ここは釜伊里町、その南方。
先程の光景が嘘だったかのように、かの山の麓は静寂を取り戻し、月明かりに照らされている。
そんな中、辺りの住民は避難の為東方の鴨凪町方面に避難を始めており、人気のなくなったそこで、警察官の青年が一人、通信機を片手にジッと山の方を睨みつけていた。
春も後半に差し掛かり、早くも初夏の気配が漂う優しい風に、ノイズが乗った通信音が流れてくる。
『こちら具藤。消失した祟り反応、未だ再現の兆候ありません。遺跡群はどうですか』
『阿原です。こちらでも祟り反応確認出来ませんので引き続き学生の捜索を続けます。「厄除」は到着しましたか?』
到着していない。
そう伝えようとした時、背後から何か車両が近づいてくる音。
「あと数分で……っと、今登山口前に救助隊到着しました。退路は気にせず進めて下さい」
彼は話しながら振り返り、その姿を確かに確認する。
間違いなく青島の救助隊が乗る白と緑の車両であった。
『了解』
『了解』
その返事を聞いた警察官は無線を口元から離し、腕に付いている簡易計測機に目をやる。
そうして反応が無い事を自分でも確認してから溜息をつき、後ろで待たせている2人の救助隊の方を見た。
そこには大柄な男性と、刺又を持った小柄な女性が1人づつ。
「お疲れ様です。『厄除』は……」
「私です。それでこっちは」
「ただの適合者です……当初近くに居た隊員がこれだけしかおりませんでしたので、すみません」
手を上げたのは男性の方。
続いて小柄な女の方が頭を掻いてそう言った。しかし地元警官の男としては、こんな大事になっているのに、これだけしか来られないのか。という苛立ちがまず湧いた。だが先の大地震と停電により本部の高須名から釜伊里までの交通状態は非常に悪くなっているのは事実。
「いえ、来てくださりありがとうございます」
緊急の要請を受けて来て貰っている仕事仲間である。
男は故郷の危機に苛立っていた事を自省して、頭を下げる。だが、それでも。
「……しかし『厄除』は1人ですか」
最低でも2人は欲しかった。
特殊災害の際に活躍する「厄除」は数が多く、青島の救助隊に在籍している「厄除」の所有者は10人以上居ると聞いた事がある。それを考えると、どうしても「何故」という思いが溢れてしまうのだ。
「急ぎ追加の人員がこちらに向かってはいますが……いやはや」
「1人でも皆さんの安全くらいは保証して見せますよ、バッチリとね! 何せ私は『神憑き』ですから」
「……『厄除』の神憑きとは……頼りにしています」
「ええ、ぜひ頼りにして下さい」
「神憑き」だからなんだと言うのか。
男はそう言いかけて、自己嫌悪した。
危機に直面した時、矢面に立つのは彼だ。
暗い雰囲気を払拭しようとした彼なりの気遣いであろう言葉に、後ろで守られていることしか出来ない自分が何を言えるだろうか。
せめて自分の役割は確実に果たそう。
そう思い直した彼は、早速二人に現在の状況を共有しようとする、その時。
「あの」
その声に警察官の青年が振り向くと、そこには灰色の髪を後ろで束ねた女性が居た。
年齢はわからないが、そのしっかりとした佇まいから、恐らく逃げ遅れただけの住民ではないと青年は判断する。
「……すみません、一般の方ですか? 今ここは大変危険なので避難を……」
「いえ、何かお力になれること無いかなと思いまして……あ、ちゃんと『神通力免許』もありますよ!」
彼女はそう言ってわたわたと肩に掛けていた薄い鞄をしゃがんで探り、一枚のカードをこちらに見せて来た。
動くと残念な美人という感じだ。
青年はその動作に拍子抜けしつつもそれを受け取る。
この国には「神通力等認定特殊能力使用免許」というものがある。
略して「神通力免許」と呼ばれるこれは、一部の大変危険な神通力を除き、その効果や範囲を検証した上で社会で使っても良いと国から認められた人間が持つ資格を保証する物である。
また、この資格には3つの区分があり。
区分A:禁止区域以外のどこでも使用が可能
区分B:指定された場所と、特殊災害時またはそれに準ずる時の使用が可能
区分C:原則使用禁止だが、特殊災害時またはそれに準ずる時の使用が可能
上記によって分けられている。
そして、目の前の女性が持っている免許は「区分C」。また肝心の神通力は────。
「『
「おお『浄化の神通力』! 私どもとしても是非お願いしたい所です」
青年がそう呟くと、救助隊の男がそれに反応してホッとしたような顔を見せる。その反応を見るに、やはり無理をしていたのだろう。しかし青年には懸念する事があった。
「確かにご協力いただけるなら有り難いですが……区分Cというと」
「あー、もう10年ぐらい使って無いですね……けど、大丈夫ですよ」
何が大丈夫なのか。
青年が断ろうとカードから視線を外すと、そこには薄く微笑む女性が。
「私こう見ても以前『特殊犯罪対策部』の刑事だったんです。特殊災害だってお役に立ってみせますよ」
そう言ったので、青年は少し混乱した。
近年特殊犯罪や祟りが激減したせいで、「特殊犯罪対策部」といえば、事件現場に顔だけ出して特に何もせずに帰る連中というイメージの強かった若手の彼としては、ここでその名前が出てくるとは思わなかったのだ。
「勿論ブランクはありますけど……それで、どうでしょうか?」
「どう、とは?」
「災害対応に協力させて貰えるかどうかの話ですが……」
「……あ、はい。そうですね……いや……元刑事の方でしたら大丈夫です。それではご協力お願いします」
しかし、自分たちの組織に居た人物ならば問題ないだろう。
そう思い至った彼が言ったのを、聞いた女性は「まっかせてください!」と返事をし、彼の持っていた自分の免許をつまみ取った。
「免許の方にも書いてあったと思いますが、私は
wmwmwmwm
wmwm mwm
階段をコトコト登る。
両肩に掴まっていた2匹の尾袋鼬は、私の髪や服の匂いを嗅いでいたっぽいがそれ以外目立った動きもなく大人しく、そうして歩いている内に月明かりの反射が私の視界に現れた。
やっと地表に出てこれた……。
私は若干感慨に耽り、少し夏風が紛れているような温い空気を吸い込んで伸びをした。何だか寝起きみたいに清々しい。……今日寝られるのかな。
そんな事を考えながら、山を出ようと一歩外に出た所で、遠くの方で白い光がチラチラしているのが見えた。
それに私はさっき山全体を俯瞰していた時に見た警察の集団がそれらしい懐中電灯を持っていたのを思い出し、合流するためそちらの方に歩き出したのだった。
「嬢ちゃんよ、オメェ一体あの場所で何やってた?」
その結果がこれである。
事情聴取だと言われ、釜伊里の最寄りの交番に連れて行かれる事になった私であったが、それに待ったを掛けたのがこの刑事のオジサンである。
曰く、青特の演習場の時にも深く関わっていた私を怪しんでいるらしい。
「
「うるせーな
あ、付けっぱにしてたわ。
そりゃ疑われるわ。なにしてんだ私。
「……あ、ホントですね」
「お前ら俺達が釜伊里に来てなかったら見過ごしてたろ。ナワバリ云々のレベルじゃねぇミスだ。ちゃんとしろよ!」
そうしてオジサンの説教が始める。
私は何を見せられて居るのだろうか、そう思ったけれど、しかし口を挟める状況ではないのでただそれを見ていると、ひとしきり怒鳴ったオジサンが疲れたようにこちらを見た。
「……それで、青特の緊急措置だかは学内の話だろ? なんでそんなモン持ってる? とりあえず寄越せ」
「はい……どうぞ……えっと、これはその……あそこで倒れている人からお借りした物です……」
そう言って私が遺跡の入口前で倒れている反社っぽい人をを指すが、視線の鋭さは増す一方だ。どうしようこれ、嘘泣きでもするか? あんまりやった事無いけど有耶無耶になるのでは?
よしやろう。
「うぇーん……うぅぅ……」
いい感じに嗚咽を漏らし、ちらりと向こうの様子を伺う。
「……馬鹿にしてんのか?」
馬鹿にしてません。
……ダメだった。オジサンの隣りにいる背の高い人は鼻をほじってあらぬ方向を見ているし、背後に居る他の人達も何だかシラケた目で見てくる始末。
うん、もう金輪際嘘泣きはやめよう。
「とにかく危ない
「うわ、開き直った」
「釈然としねぇな……」
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