みみたぶがり   作:佐那木じゅうき

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込められた思い ③

 サラサラと、紙の上をペンが滑る音。

 ジージーと、蛍光灯の劣化から来る軋みの音。

 

 沈黙が満ちる中、それらだけが聞こえてくるような空間で、ペンを走らせていた長身の警官はようやく何かを書き終えたのか、バインダーの上に乗った紙の束をカサリとめくった。

 

 

「それで……結局君は友達を探しに山に入っていたらあの『青いの』に襲われかけて、止む無く倒れていた奴から縁門(アーチ)を剥ぎ、『隠匿』でその場を凌いでいた、と」

「そうですぅ……とっても怖かったです……」

 

 場所は山を下りてすぐの交番の応接スペース。

 

 直ぐに山の方に戻った4人を除き、大人3人と私が入って少し狭くなったその部屋で、私はパイプ椅子に座らされて事情聴取を受けていた。

 そうして説明を聞いていた長身の警察官は無言で頭を掻く。

 

「……どう思います?」

「山があんな滅茶苦茶じゃあ真偽も確かめられねぇなぁ……」

 

 後ろを向いたその人に、小茂呂と呼ばれているオジサンがそう返す。

 ……縁門付けていたせいで1ミリも信用無くて笑えない。というのはともかく。

 

「……まあ、仮に嬢ちゃんの言ったことが全て本当だとして、何で先に警察に通報しなかった? 遺跡の周りは怖い人が一杯だから近寄るなってご両親に教わらなかったのか?」

「すみませんでした」

 

 実際2割くらいは嘘である。

 

 だって、聶獣に案内されて山に来ました! なんて言ったら確実に嘘扱いされてしまうからである。綻びがないように喋るのは大変しんどい。

 なので今度からは最後まで見つからないようにしよう、なんて思いながら頭を下げる。

 

「小茂呂さんまあそのくらいで。……今度から気を付けてくれれば良いよ。ご両親は青島の人?」

「いえ、両親は赤島に住んでます。赤島の酒水(さかみ)です。あの……少しお手洗いお借りしてもいいですか?」

「あ、ごめんね。そこの通路入ってすぐ左だから」

「すみません」

 

 そう言って席を立ってトイレに入る。正直催してはいなかったのだけど、両親の話に移って私の精神はギリギリだ。そういう意味でも一度リフレッシュしたかった。

 うー、いよいよお母さんにやらかしたのがバレてしまいそうだ。

 

「酒水? ってどの辺でしたっけ」

「なんか聞いた事あるよなぁ」

「夏にお祭りやってるとこですよ」

 

 トイレに向かう私の背後からそんな会話が聞こえる。

 あー私の地元、意外に知っている人居るんだなぁ。なんていう風に、私は若干現実から目を逸らしつつトイレに向かうのであった。

 

 

 

 

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 部屋に戻ると、警察の人達がなにやら外に出ていた。

 

 何かあったのかと私も入口から顔を出すと、そこには十数人程の人。

 半分くらいは警察で、後は救助の人や、私服や制服を着ているのも居て、何の集まりか分からない……ん? 制服?

 

 人混みの中、私はその青特の制服を着た人の顔を見ようとした所で、横から何かが思い切りぶつかって来た。

 

「はる子?」

「……」

 

 はる子だ。山に居たのは分かっていたけれど、そうか。別の捜索班がこちらに合流した所であったらしい。

 しかしこの友人、声を掛けても黙ったまま、私のお腹を絞めつけて来る。いや、凄く痛いんだけど?

 何か生命の危機を感じるので、腕を引き剥がそうとするが、中々剥がれない。そうやって攻防を繰り広げていると、徐にはる子が口を開いた。

 

「……ごばちゃん、携帯は?」

 

「え? 携帯……あれ? 携帯……落としたみたい」

「落としたみたい、じゃないよ~!!」

「痛い痛い痛いっ!!」

 

 そういえば携帯……。

 電車乗ってる時から持ってなかったような気がする。連絡が付かなかったから心配させてた? それなら、まあこうされるのも別に不服ではないけれど。

 

「はぁ……そういえばなんでこんな所に居る訳?」

「誘拐されて、気が付いたらここに居たんだよ~」

「え、誘拐?」

 

 それなら何でこんな遠くまで来れたのか。そう聞こうと思ったところであまりにも不穏な単語が彼女の口から発せられた。その言葉に思考を止めていると、いつの間にか隣に居た沙村が腕組をしていた。

 

「そうだ、誘拐だ」

「あれはビックリしたね~」

 

 明らかに誘拐されましたって人間の物言いじゃ無いでしょ。

 と、一々言うのも無駄な気がしたので、詳しく話を聞いてみる。

 

 曰く、向こうは神通力を持つ「青特の女生徒」を狙う為、駅の裏に網を張っていたらしく。

 そこに彼等2人が通りかかったので、2人とも連れ去られた。という話だった。

 

 うーん「青特の女生徒」ね……。

 はる子は「颶風」で神憑きだけど、本当に彼女狙いだったのだろうか。

 明確な狙いが居たのは間違いなさそうだけど、今回の結果がもし取違いだったとしたら本命は……うーん、分からない。

 

「もしかして私狙いだったりして」

「少なくとも僕はそう……痛っ! おいっ!!」

「そんなの言いがかりじゃん。適当言わないでよ~」

「ふーん、本当に私狙いって?」

 

「ああ!」

「ああ! じゃないよ~!!」

「ちょっと邪魔をするな、僕は今コイツに借りを作ろうとだな……!」

「……」

 

 それ言うのかよ。一気に信ぴょう性無くなっちゃったよ。

 

 そうして、沙村は不穏な空気を感じその場から逃亡。はる子と決死の追いかけっこを始めた彼を視界から外し、私は服のポケットを確認する。ハンカチ、財布等々。だけどやっぱり携帯は無さそうだ。はー、しくじった。

 取り調べ終わったらついでに遺失物届も出しておこうかな、なんて考えていると、さっきの取り調べに居た長身の警察官とオジサンが一人の女性を連れてこちらに来た。

 

「久しぶり五花」

「四葉さん。……え? 四葉さん?」

「うん、正真正銘四葉だよ」

 

 小海(こうみ) 四葉(よつば)さん。私の叔母で、普段は緑島に住んでいる筈の人物がそこに居た。

 

 

 

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 釜伊里町。

 その西方にある鴨凪町の近く。九重(ここのえ)という土地にあるスポーツ施設に、釜伊里の避難民の一部が受け入れられた。

 

 海岸に近い場所に立っているその大きな施設は「九重ドーム」と呼ばれ、千人程度なら問題なく収容出来る程のスペースがあり、件の怪しい学生も、その学友と共にそこで一夜を明かす事になっていた。

 

 

 夜も更けに更け。避難民の会話も全く聞こえなくなった頃。小茂呂は夜風に当たる為に建物の外に居た。

 やれやれと息を吐き、煙草を吸って腕時計を見遣れば、もう単針が0時を指している。そんな時。

 

「久しぶりですね、センパイ」

「小海」

 

 かつての後輩が建物の中から出て来た。

 

「いや、ビックリしちゃいました! 青島とはいえここは高須名から大分離れていますし、センパイとは会わないだろうなと思って居たので」

「……お前の姪も終始疑問だったみてぇだが、小海。お前こそ何で青島の、それもこんな北方に居るんだ?」

「姉さん……あ、五花のお母さんがですね、この間の……青特の祟り騒ぎ。あれ見てとても不安がっていたので私が代わりに姪の様子を見に行く事になってたんです」

 

 小茂呂のその疑問に、四葉は苦笑いをして耳を掻いた。

 その仕草に彼は懐かしい気持ちが湧いて来るが、直ぐに顔を逸らして次の煙草を箱から取り出し、続きを促す。

 

「それで青島に?」

「はい、明日青特に行こうと思いまして、ついでの諸用もあったので今日は鴨凪の方に宿を取っていたんですが……アレでしょ? ビックリしましたね……」

 

 青特から一番近い「高須名」じゃなく「鴨凪」に宿をとった事に小茂呂は少し違和感を持ったが、この元後輩が言う「諸用」には大体当たりが付いたため、溜息を付く。

 

「洋菓子か? 和菓子か?」

「今回は洋菓子です、焼き菓子なんですけどね? これがまた────」

 

 そうして始まった彼女の菓子評を聞き流しながら「太るぞ」と以前よく言っていた言葉を返し、立ち上がる。

 

「どうしました?」

「俺はもう帰る。しかし四葉、俺ぁてっきりお前の仕事は激務だと思って居たんだが、随分と暇そうじゃねえか」

「ええ、私『お飾り』なので。結構暇なんですよ?」

 

「それじゃあ、今の俺と同じくらいかもな」

「……いや、センパイには暇の度合いでは負けますよ。辞めて正解です」

「ハッ『引き留めてくれないんですか』とか言ってた奴が何言ってんだ」

「まあ、私も若かったって事で」

 

 四葉のその言葉を聞き、小茂呂はここで会話を打ち切って車へ戻ろうとする。

 事後処理はまだ山ほどある。明日に向けて早めに寝なければならない。しかし、数歩歩いた所で四葉が再び彼に声を掛けて来た。

 

「センパイは、どう思います? 『青い巨人』について」

「知らねーよ、研究所の連中に任せておけば良いんだ」

「私は思うんです」

 

 その言葉に、小茂呂は怪訝そうに振り返る。

 

「思うんです。神力は、神様の私達への思いが込められた結晶だって。『緑』は親愛。『黄』は無関心。『赤』は悪感情。……そしてあれは青い神力で、だとしたら『青』を思う神様は、私達にどんな感情を向けているんだろうって」

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