みみたぶがり   作:佐那木じゅうき

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明日もきっと、その先だって

 目を開けると、そこには既に何回も見ている薄茶色の天井。

 そのまま身体を横に倒すと、目の前の茶色の頭が窓からの風に当たって一本ぴろぴろと揺れている。

 

 どうやら昨日の夜、はる子は窓を開けっ放しで寝たらしい。

 注意する気も起きないのでそのまま揺れるアホ毛を見ながら目だけで壁際の時計を見遣ると午前の9時半。学校が休みでなければもう二時間目に入っている時間である。

 

 しかし今日は授業が休みの土曜日。

 

 門限を破った私達は寮の監督生に大層怒られたが、はる子の誘拐事件のお陰で罰らしい罰は私にも与えられなかった。しかし、代わりにはる子をちゃんと病院の検査へ連れて行くようにと、はる子の担任である梧桐(ごどう)先生に言い付けられている。

 という訳で、受付時間に遅れるわけにはいかない。

 時間的にギリギリである。私は起き上がって、隣でムニャムニャ言っているはる子をベッドから引きずり出した。

 

 

 

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 休日に寮で出てくるご飯は作り置きの簡素な物になっているらしい。

 私服で部屋のある棟から出て来た私達は、食堂のカウンターにギリギリ残っていた握り飯を2つ取って、平日だったら食べそびれていたね、なんて言いながらそのまま寮の外に出る。

 病院は高須名にあるので、行きの電車で食べてしまおうという訳だ。

 

「そういえば、携帯は見つかったの?」

 

 電車に揺られていると、はる子がそう言った。

 確かにまだ警察から連絡が無い。とはいえ昨日の今日であるので、焦ることは無いだろうと思いつつ私は一口食べたおにぎりの断面を見た。おかか。

 

「ん、見つかってない」

「じゃあ今日帰る前に買おうよ。はる子が選んであげる~」

「買うのは様子見て明日にしたいのよ。学校の近くに携帯買える所あるし、後あんまりお金使いたくないし」

「えー」

 

「けどどんな機種があるか確認はしたいかも」

「おお~」

 

 おお~ってなんだ。

 余りにも上の空な返事に気になって横を見ると、はる子は手に持っているおにぎりの断面を見ていた。シャケ。

 

「あ、ズル。私のおかかなんだけど」

「これも、はる子の日頃の行いが良いからかもね~」

 

 聞けや。

 と、言う間も無くシャケのおにぎりははる子の口の中に納まったのだった。

 

 

 

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 高須名町、高須名駅。

 その駅舎から徒歩10分程の場所にある高須名総合病院の受付で、私は待合席に座り新聞を読んでいた。

 普段読まない所の新聞だったのだが、一面に「青い巨人の正体とは」なんて書かれていたので思わず手に取ってしまったのだ。

 

 そして事件から全く経っていないのに思ったより事細かに書かれている内容に内心ビクビクしながら目で追っていたのだが、やはり核心には至っていなかった。そりゃそうか。

 

 そうして溜息をつき、流れで次のページを見ている時。視界の端に誰かがこちらにやってくるのが映った。

 

「なんだ、はる子の付き添いか」

「うわ」

 

 沙村である。

 そういえばコイツも一緒に誘拐事件に巻き込まれていたのだった。

 

「毎回『うわ』と言わないといけないのは義務か何かか?」

「ごめん、反射的に言っちゃったのよ」

「尚悪いんだが」

 

 その返しに確かに。なんて考えていると沙村は私の横に腰を下ろしていた。え? 何で隣に座るの?

 

「あの赤い触手。君だろ」

 

 

「……チガイマスケド。いきなり変な事言いますね~?」

 

 ビックリした。

 唐突にそう言われたのでとりあえず否定すると。沙村は信じられないような物を見る目でこちらを見てきた。あれ、なんでそんなに狼狽えてるの……?

 

「う、嘘だろ?」

「嘘じゃないんですけど?」

「本当に滅茶苦茶だな……じゃあどうやってあんな事をしたというんだ? ……いや、聞いても教えてはくれないんだろうが……」

 

 うん、会話が嚙み合ってない感じが凄い。

 これ以上墓穴を掘りたくないので、考えに耽る沙村を横目に逃げるかどうか検討しているタイミングで奥からはる子が出て来た。

 

「終わったよ~……あややだ」

「昨日ぶりだな」

「そだね~。じゃあごばちゃん携帯買いに行こっ」

 

 おおう。

 なんというか、思ったより二人の仲は冷え切っているようだ。

 もしかしたら吊り橋効果で良い感じになってるのかなと、勝手に思ってたりしてたんだけど。……うーん、考えてみたらはる子だしそういうのは無いか。

 

「いやお金無いから見るだけね? じゃそういうことで」

 

 それはそうと好機である。

 私はそう言って立ち上がり、はる子を口実にしてその場から離脱する。この件はうやむやになる。完璧な作戦だ。

 しかし、入口手前まで行ったところで沙村に呼び止められ。

 

「おい君、所持金に不安があるのか?」

「いや……え?」

 

 謎の質問をされた。

 戸惑っているうちに沙村は続けて口を開く。

 

「携帯を無くしているのは聞いているぞ。そんな中懐が寂しいのは実によくないな、うん。曜引、実は簡単に稼げるバイトがあるんだが興味は無いか?」

「なにそのいかがわしい誘い文句」

「しかも短時間で数万稼げるバイトだ。少し身体を委ねているだけで────」

「えいっ」

 

 そして聞き終わる前にドサリという音もなく沙村の身体は崩れ落ちた。

 

「常識的に考えてあれは無いよ」

「ちょっと。いや、私も引っ叩こうかと一瞬思ったけども……生きてる?」

 

 

 

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「データ収集?」

「そう、データ収集だ。青網引神秘研究所で神通力に関する『機能確認』に協力するバイト」

 

 あの後。

 流石に衆目のある院内での出来事であったので受付に助けを求めようとした所で沙村は起き上がり、はる子に何かグチグチ言った後にバイトの内容を私に説明し始めた。

 

「けどさ、協力なら何回もしてるよね。無償で」

「あれはあくまで『検査』だ。この間の隠匿(仮)みたいに、検査は生活や授業カリキュラムへの影響が懸念される場合に学校の要請で受けさせられる物であって、そんなの基本的に研究的に価値の低いゴミデータだろ?」

 

 ふむふむ。なんとなく分かった。

 つまり神通力の「機能確認」……種類によるんだろうけど、例えば出力・有効射程・効果時間・挙動・それによる影響とか、いろんな項目をデータ化する作業に協力するという話なのだろう。

 

「しかしおかしいな。曜引ほどの奇妙で奇怪な神力ならあの時データ収集の要請を受けていると思っていたが」

「酷い言われようね。もしかして需要無いんじゃないの?」

「まあ確かに需要が無ければバイトの話も無いだろうが……それはありえないだろ。僕が保証する」

 

 その保証、言うほど安心出来ないんですけど。

 そうは思ったが、お金が欲しいのも事実。わざわざ言う必要もなかったのでその後バイトの申請の仕方を軽く教えてもらっていると、後ろから肩に手を掛けられた。

 見るとそこには如何にも不満ありますという風に頬を膨らませたはる子。待たせすぎたらしい。

 

 そうして言葉を交わさずとも解散する空気になって、私達は沙村と別れ、近くの家電量販店に向かうのだった。

 

 

 

 

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「……見た目は完全に縁門(アーチ)だな」

 

 検査を受けた日の夜。

 鴨凪に実家があるという同室が帰省している土曜。僕は机の上にあの日教授に貰った妙な縁動機械を置き、それを眺めていた。

 

『特別製だ』

 

 それしか聞いていない謎の機械だ。

 当然警察に出すべきものなのだろうが、もしこれを渡してしまったら二度と自分の元には戻らないだろう。だから僕は黙ってポケットの中に入れたまま持ち帰って来てしまったのだ。

 故に、これは誰にも見せる訳にはいかない。

 

 僕は思い切ってそれを太腿の上に乗せ、バンドで固定し、ゆっくりと開いてみた。

 すると、やはりそこからは緑の光が湧き上がってくる。縁門であることは間違いないらしい。

 

 よしやろう。

 そう決心して分かったことを纏めようとノートを開き、ペンを取り出そうと引き出しに目を向ける。

 

 そんな時ベッドの方に何か茶色いものがチラついた。

 

尾袋鼬(おぶくろいたち)

 

 思わず呟いて立ち上がり、僕のベッドの上に鎮座しているそれを持ち上げると、聞き覚えのある声が頭に響いた。

 

『明日もきっと平和でありますように』

 

 ……状況を整理しよう。

 と僕は、持ち上げられ大人しくしているイタチを床に置き、頭を掻く。

 

 試しに「使う」と念じてペンをベッドの方に放る。するとペンは僕の足元まで戻ってきて転がった。

 

 なるほど。

 つまり、僕は今「回帰」を使用出来る状態にあるのだろう。

 

 原理はまるで分からないが、適性値が一時的に上がっている。という線が濃厚だ。僕は夢中になって他の可能性を粗方ノートに書き込む。

 

 書き込んだ後で、床をゴロゴロしているイタチを見遣る。直後に響く声。

 

『明日もきっと平和でありますように』

 

 先ほどノートを見ていた時には聞こえなかった。以前まではサンプルが少なく判断出来なかったが、これで「祈りの声」は彼女の聶獣を見ている間にのみ聞こえる物だと判断。ノートに書き込む。

 

 書き込んでいる間にふと思う。

 では、この声はどうやって僕に届いているのか。

 

 最初はただ念話の類だと思っていたが、どうにもそれは違う気がするのだ。

 入学式の時に見た喋る聶獣の不思議な声や、念話のような事が出来る神通力の其れとは感覚的に異なっている。例えるならば、そう。

 

「何かを思い出すかのような……そんな感じ、か?」

 

 口に出してみて、しっくりくるような。しっくりこないような。

 判断出来ないので、ともかく言語化出来たものをノートに書き込む。

 

 

 検証。その結果。所感をノートに書き込む。その繰り返し。

 

 そんな風に僕が「回帰」の性能確認を一通りした頃には、辺りは明るくなっていた。

 伸びをして窓を開けると、一層温くなった風が部屋の中をかき混ぜる。

 

 夏が近いな、と。

 欠伸をしながら何気なく部屋を見渡してみると、ベッドで寝ていた尾袋鼬は消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『明日もきっと平和でありますように』





 ここまで読んでくださりありがとうございます。
皆様のお陰で「みみたぶがり」はこちらで1章終了まで話を進める事が出来ました。重ねて御礼申し上げます。

 評価・お気に入り・ご感想大変励みになっております。このまま第二章「赤い島の逆さ巫女」の投稿も間を開けず始めて行きたいと思っておりますので、完結までお付き合い頂ければ幸いです。



 
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