結局お昼を食べ損ねた私は、悲鳴を上げるお腹に手を当てながら自身の寮へと向かっていた。
というのも、荷物検査があれから散々待っても終わらなかったからだ。痺れを切らした私がドアを開けて中を覗き込んだら談笑していた余目先生と目が合った。え?検査は?と思っていると気まずそうに忘れてたと私の鞄を返して来た。この人嫌いだ。と思ったけどお詫びに貰ったクッキーが美味しかったので許そうと思う。それにしても、友達作りも小野さん以外と碌に会話も出来ていない始末だし、これからの生活が憂鬱である。
荷ほどきが終わったら購買で何か買い食いしようと決心した所で、特徴的な外観の建物が見えて来た。周囲の携帯で写真を撮っている新入生らしき人達に便乗して自分も写真を撮ってみようかなと思ったけれど、今の私には余裕が無いのでさっさと入口に向かうことにした。
青特の寮は、度重なる増築の為に非常に奇妙な形をしている。
外から見ると乱雑に積んだ積み木のようにあちこちが飛び出しているし、中身だって玄関の中にもう一つ玄関があったり、男子トイレが二つ並んでいたりする。古い建物と新しい建物が融合したような建物は、随所に使用禁止の黄色いテープが貼られている。
それらを横目に私は自身の部屋を探し、間もなく振り分けられた部屋に着きそのドアを開けると、既に部屋の中で誰かが寛いでいた。
「はる子?」
「ごばちゃんっ!」
私の呼びかけにそう叫んで思いっきり身体に突っ込んで来た女生徒は「
部屋割りには同じ出身の生徒を合わせる意図があるのか、同じ赤島の出身であるはる子が私のルームメイトであるらしい。中学の頃から同じ「神憑き」であるという理由からか、彼女とは結構仲が良い方であった。うん、とりあえず変な人では無くて良かったなぁ……って。
「はる子って『赤特』行くんじゃなかったの?」
「いやぁ、ダメ元で受けてみたらはる子も合格しちゃって~」
「何で黙ってたの……?」
「ごばちゃんが驚くかなぁって~」
いや、はる子って大分変な人だったわ。
授業中は殆ど寝ているし、不思議な発言で同年代の女子に距離を置かれていたし、だけど身体能力はかなり高くて、部活の後輩には慕われていたし、先輩には一目置かれていた。素直で私なんかよりずっと良い子なのだけど、神憑きはどこか性格がおかしいという風説の補強に大きく貢献していたような少女だった。
話を聞くと、彼女のクラスは1-3。入学式の時私は舞台袖に居たし、お昼も私は職員室に呼び出されていて会えなかった為、ネタばらしが今になってのタイミングになったらしい。いや、同じ部屋じゃなかったらどうするつもりだったんだろうか。下手したら翌日、翌々日じゃないのか。
「常識的に考えても、これは運命だよね~」
そんな事を言って引っ付いて来るはる子を雑に引き離し、部屋に置かれている自分のダンボールを片付けていると、廊下の方でぽんぽんぽん、と変な音がした。
怪訝な顔をしていると、はる子が寮内の食堂が開いた音だと教えてくれた。大体16時半から食事の提供が始まって、20時半に閉じてしまう食堂は、事前の希望者には作り置きもしてくれるのだとか。やけに詳しいねと聞いてみると、先程談話室で新入生女子の集いがあったのだとか。参加したかった、おのれ余目。
結局あの後、新入生の歓迎会に出て寮の簡単なルールを聞かされた後、お風呂に入って日課のお祈りを済ませたら普通に寝た。
寮生活ってこんなものなのかぁなんて中卒並みの感想を抱きながら現在は朝。洗面台の前で髪を整えている。暫く寝癖と格闘していると滅茶苦茶眠そうなはる子がとろんとした声で話し掛けて来た。
「おはよ~」
「おはよう。時間不味いんじゃない?」
「え~? まだご飯まで20分もあるよ?」
なんてお互いの私生活のギャップを感じながら支度をしていると、話題は受験時の適性値検査の話に変わる。
適性値検査。
数値の「1」から「999」まで測定が可能で、一般的に100以上が「適合者」。そして900以上の表示が出た人間は「神憑き」と呼ばれる。またこの数値は「適合者がどの程度神力を制御出来るか」に直結する。例えば、神力を「神通力」として行使するには少なくとも神憑きかそれに準じる「800」に近い適性値が必要になるらしい。
そして、小学校の時に一度だけ行うこの測定は、特殊業学校の生徒になる際にもう一度行われるのだ。
「はる子、試験の時は961だったんだ~。ちょっと下がったけど……ごばちゃんは~?」
「えーあー、どうだったかなぁ覚えてないわね」
「……また999だったりして?」
「えっ、え?いやー、下がってたような気がするかなぁ?」
普通、神憑きであっても適合値は日によって変動する。確かに私は変わらず999であったのだが、大体40前後は変動する良く分からない指標なので、多分小学生の時みたいにまた上振れを引いたのだろう。だからあんまり言いたくないのだ。
はる子が疑いの目を向けて来るので「970くらいだった様な気がする」と言ったら「やっぱり999だったんだ!?」と驚かれた。何で?
mw mw
mw mw
沙村綾間は憮然とした表情で朝餉の味噌汁を啜っていた。
思い返すのはやはり昨日の喋る聶獣の事ばかり。
それに対応する適合者らしき曜引はあの様子で意地でも話さなさそうであったので、どうにか別の切り口を探していた所、後ろから何者かに声を掛けられた。
「よお沙村」
「……白比良だったか?おはよう」
振り返ると昨日隣の席だという事で少し話していた
何か様子がおかしい、というか、顔がおかしい。額にマジックか何かで良く分からない模様が書かれている。
「どうした?」
「……いや、さっき寮の廊下歩いてたら占いしてやるって言われていきなり落書きされたんだよ。坊主頭の3年だ、お前も気を付けろよ」
「は? なんだそれは……?」
「俺もまだ理解が追いついてないぜ、因みに死の宣告された」
「さ、災難だったな……なあ、この学園は変人が多すぎる。そう思わないか?」
「お前が言うのか」
「自作の暗号でしか喋らない男、それどころか一切を喋らない男、唐突に1人ミュージカルを始める男、奇声を発しながらお菓子を配る男、動物と会話をする女……」
「あー、その辺りはお前に比べたら濃いよなぁ……」
白比良は遠い目をしてそう言った。
どうやら僕と同じく昨夜の歓迎会と言う名の地獄を思い出しているのだろう。さっきからズケズケと喧嘩を売っているのかと思ったが、憔悴しているような表情を見る限り心の声が漏れただけのようだ。それはそれで失礼なのだが……。
話を戻すと、男子寮は変人の上級生がそこらを練り歩いている魔境であったのだ。
食事も出ると言うので半ば強制的に出席になった我らが1年生も中々の曲者ぞろいで、それら上級生と意気投合をし、それはそれは酷い事になっていたのだ。爽やかそうに撮られていたパンフレットで得た男子寮のイメージはもう跡形も無い焦土と化していた。
「まあ僕だって中等学院の頃は変人と呼ばれていたが……ここはレベルが違いすぎる、段違いだ。濃すぎて逆に君みたいな地味な男が目立つ始末……!」
「地味ってお前なぁ……いや、個性的よりかは良いか。……あぁ格好悪ぃ……マリアに会いたいぜ……」
「なんだその人物は」
唐突に会話に出て来た英名に疑問を呈すると「見るか?」と嬉しそうに白比が言うので差し出された携帯の画面を見ると服を着たカラスのような鳥が映っていた。白比良、君もそっち側だったのか。
mwmmw mmwm
mwm mwmmwm mwm
wmw mwmw mwm wmw m
昨夜は風の強い日だった。
朝早い夫を家から送り出した三鶴は、自分の支度をしてから境内に行き、そこで案の定散らばっていた桜の花びらを箒でかき集めていた所、ひょいひょいと茶色い毛玉が足元に駆け寄って来た。
「帰ったぞ~」
「廻ちゃん。お帰りなさい、どこ行ってたの?」
「ん?いや、ちょっと青島までな」
その言葉を聞いた三鶴は箒を取り落とし、廻に駆け寄って身体を抱き上げた。
急に持ち上げられた廻は驚きの声も上げずに自分の尻尾を丸めた。
「ちょっと……危ないじゃない……! 怪我は無かった? 五花の所について行ったのね?」
「……ビックリしたわい。ヘーキヘーキじゃよ。ワシも透明になれるもん」
「まあ」
三鶴は表情を凍らせた。
それに対し廻はしまったと彼女の手から逃れようとするも、尻尾をしっかりと掴まれていて逆さ吊りのような格好になってしまう。
「どうして? その力は使っちゃダメって言ったじゃない。いい?貴方がそれを使っている所を誰か悪い人が見てしまったらどうなると思う?私も有人さんも何度何度も言ったわよね??ねえ???一昨年の事、もう忘れたの?????聞いてる?ねえ廻ちゃん。私、貴方の為を思って言ってるのよ??????」
「すみませんでした」
「いーえ、許しません。今日はお説教です!」
その言葉に廻は震えあがる。
廻は聶獣の身でありながら、何故か「隠匿の神通力」を扱える獣であった。最も触れた他者に干渉できるほどの力は持って居なかったが、いざとなればどんな場所からも逃げる事が出来ると言う自負を持っている。
「五花ー!早く来てくれーっ!!」
「五花は居ません。さあお家に行くわよ」
しかし、大抵の場合怒った三鶴からは逃げられないのだ。