みみたぶがり   作:佐那木じゅうき

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「隠匿」ほるだーず ②

曜引(ひびき)さんですか……先程はすみません。わたし動揺しちゃって」

 

 目の前の女の子は、ぺこりと頭を下げてそう言った。

 確かに先程の取り乱し方は凄かったけれど、こんな場所で自分以外の人間に会ったのだ。驚くのも無理は無いだろう。私も内心相当ビビっている。

 

「気にしてないよ。私も最初営野(えいの)さんの事神かと思ったし」

「ふふっ、こんな制服着た神様なんて居ませんよ」

 

 寝間着を着た神の方がよっぽど居ないと思うんだよね。

 

 さて、今会話している同年代らしき女の子……営野(えいの)香織(かおり)は、どうやら私と同じくこの「幻想世界」に迷い込んだ適合者であったらしい。

 という事は、今さっき開けた引き戸の先にある沼地が彼女の「幻想世界」なのだろうか。ちょっと気になるが、彼女の目の前で入ってみるのもなんだか気が引けた。

 

 ともかく立って話すのも悪いので、奥の部屋に彼女を案内し、座布団を二枚引っ張り出してそこに座る。

 

「それにしても、この建物は何なんでしょうか……」

「『幻想世界』にある建物って言ったら神域の入口じゃないの?」

「それはそうなんですが……神域の入口にしては何か……」

 

 まあ、見た目ボロい民家だしね。困惑するのも分かる。

 ……というか確かにここ、本当に神域の入口なのだろうか。言われてみれば不安になって来る。家主であろう神も居ないし。

 

「とりあえずお茶淹れよっか?」

「……お茶淹れられるんですか!?」

「多分」

 

 水瓶とか湯呑とかあるし、茶葉もありそうだし。

 そうして思わずと言った感じで立ち上がった彼女と箪笥や棚の中を漁ってみると、それは直ぐに見つかった。箱を開けて中の匂いを嗅いでみると完全にお茶である。

 

 お湯は沸かせないので急須に水を入れて暫く彼女と雑談していると、不意に奥の方から大きな物音が聞こえて来た。

 

「なんでしょうか……?」

「ちょっと見て来る」

 

 そう言って立ち上がり、先程営野さんが入って来た玄関の方に目を遣ると、その通路から誰かがひょっこりと姿を現した。

 今度は男の子である。寝間着にしているのだろうジャージを着て、髪の毛はボサボサ。部屋の中が静まり返っている中そうやって彼の事を観察していると、男の子は我に返ったように身構えた。

 

「まさか我が主神が2柱だったとは……!」

「違う違う」

 

 なんだそのファインティングポーズは。まさか挑む気なのか。

 

「へぇ……なんか面白い人が来ましたね。戦うんですか?」

「!!」

 

 営野さん? 一気に剣呑な空気になったんだけど。

 能力バトルでも始まるのかな?

 

「誤解を生む発言をするんじゃないの。待って、違うからね?」

「いざ!」

「いざじゃないっつーの!」

「痛ッ! クソっ……2人掛かりとは卑怯な!」

「戦ってるの曜引さんだけですけど……」

 

 いや私も戦ってないからね。

 そう言う間も無く芝居掛かったような物言いで私の方に突っ込んで来た馬鹿の方に足を伸ばそうとすると、急にその馬鹿の姿がブレる。

 それを知覚した瞬間、後ろに下がると直ぐに目の前を馬鹿の拳が通過して行った。

 

 今の「隠匿」か。

 確か小刻みに自分の姿をずらしているとこんな風に相手をかく乱できる効果があった筈だ。

 

「オレの"幻影拳"を避けるとは……やるな」

「やるな。じゃ、ない!」

「ぐふっ!」

 

 お、当たった。

 とりあえず転がっている馬鹿の腹をもう一度蹴って、隠し持っていた縁門(アーチ)を回収。ついでに部屋の中にあった紐で腕を縛って無力化しておく。

 

「中々手馴れてますね曜引さん」

「ちょっとは手伝ってくれても良かったんじゃないの?」

 

 そう言うと、営野さんは「私は体力に自信が無いので……」とかなんとか言ってお茶を湯呑みに注ぎ始めた。この子もかなりの大物、というか変人である。

 なんかすごく帰りたくなってきた。

 

 

 

w

 

 

 

営野(えいの)香織(かおり)です。制服を見てもらった通り学校は『黄特(おうとく)』で、一応適合者ですね。」

 

 営野さん。

 眼鏡を掛け、髪の毛は肩の辺りで切り揃えた見た目をしている。実家も学校も黄押桐島(きおうとうじま)出身。それで……何故かこの時間に制服を着ている女生徒。後で聞いてみると、帰って部屋で本を読んでいる内に寝落ちしてしまっていたらしい。先にシャワー浴びれば良かったのに。 

 

「……太田(おおた)信太(しんた)。学校は『緑賀特(みがとく)』。神憑きじゃあないけど、適性値は880もあるんだぜ。まあ、隠匿の神のお眼鏡に適った挑戦者ってところか」

 

 馬鹿。

 如何にも寝起きですみたいなボサボサの髪でジャージを着ている男子生徒。言っている台詞は半分くらい意味が無い。寝る時も縁門(アーチ)を付けている辺り、多分神通力を手に入れて少し遅い厨二病にでも掛かってしまったのだろう。話があんまり通じなさそうなクソガキである。

 ……おっと、私の番か。

 

「私は曜引(ひびき)五花(ごばな)。学校は『青特』適性値は……まあ神通力を使えるくらいにはあるよ。勿論人間。そこの営野さんも人間。……人間だよね?」

「人間ですよぉ!」

「人間だってさ、太田は人間?」

「ある意味では神に近い存在と言ったところかな」

「はい私達三人、ただの人間って事ね」

 

 自己紹介を済ませ、お茶を一口。うんうまい。

 

「あ、オレにもくれよ。ずるい」

「あげてもその恰好じゃ飲めないでしょ」

「じゃあほどけよ」

 

 暴れるから駄目です。

 と言っても納得しないだろうし無視して次の話題に移る。

 

「太田と私が『隠匿』持ちって事は、営野さんも『隠匿』って事でいいのかな」

「私、適性値は300くらいしかないので分からないですけど……状況から見るに、恐らくそうなんでしょうね。となると、やはりこの建物は「隠匿」の土神様の元に繋がる入口のようですけど……大丈夫なんでしょうか?」

「何が?」

「だってほら、こうやって勝手に侵入してお茶飲んでる訳ですし……」

 

 言われてみれば確かにそうかも。

 

「……やっぱ罰当たりだったかな?」

「そうじゃない事を祈りますけど……まあ『隠匿』の神様はお優しいですし大丈夫ですよきっと」

「お優しいって、お前会った事あるのかよ」

 

 すると営野さんは口を挟んで来た太田の方と見て、キョトンとした。

 

「知らないんですか? 自分の(ゆかり)のある神を? 伝承で残ってるのに。びっくりしました。挑もうというのに全然調べて無いんですね」

「ぐっ……」

 

 この自然に煽る感じはわざとやっているのだろうか。

 太田もそれを聞いてぐうの音も出ない様子。いや、半分は出ているか。

 

「この無知な馬鹿に教えてあげてよ営野さん」

「くっそー……このロープさえなければオレの幻影拳でお前等も神も一撃なのに……」

 

 調べてもない神に会えるの?

 なんて煽るのも不毛なので黙っておく。

 

「え、ホントに知らないんですか……? えっと、それじゃあさわりだけ説明しますね。まず、『隠匿』の土神(くにつかみ)様は、黄島にある村の守り神と言われています」

 

 そう前置きし、営野さんは「隠匿の神」について説明を始めた。

 

 

 遥か昔。黄島のある集落で、権力者の愛人の一人であった女性。

 その人物は特に権力者から好かれており、そのせいで権力者の正妻から酷く恨まれていたらしい。そしてある日、このままだと近々子供諸共殺されてしまうという側近の一人の助言により、産まれて間もない自分の子供を抱えて山の中に逃げ込んだそうだ。

 しかし、それに気付いた正妻は、直ぐに追手を差し向けて彼女を殺してしまおうとする。

 

 徐々に追い込まれる中、彼女は山の中腹にある大きな湖までたどり着く。

 

 「このままでは我が子も自分も殺されてしまう」

 そう思った彼女は、息子を抱いたまま湖に入水。そうして懐の小刀で自らの胸を掻っ捌き、命を絶った。

 

 すぐにその場にやって来た追手は、一面血で染まった湖と浮かぶ彼女の遺体を見て、親子共々心中したと判断し帰っていく。

 しかし血の濁りで隠されていた彼女の息子は服の中に溜まっていた空気のお陰で生き延び、やがて権力者の跡を継ぎ村を治めた。

 そうして彼女は息子の手により祀られ、いつの日か息子の治めた村をいつまでも見守る土地神「にごりさま」として後世にまで残った。

 

 

「というお話です」

「ほぉ……」

「グロすぎんだろ……」

 

 久々に聞いたけどやっぱり中々グロテスクだなと思って居たら、悲しい事に太田も同じ気持ちだったらしい。

 

「分かってませんね、太田さん。とっても慈愛に溢れた素晴らしい神様じゃないですか!」

「そうじゃなくて……いいや。戦うって感じじゃないし。オレもっと筋肉ムキムキのカッコいい奴かと思ってたのに。逃げるだけの奴じゃん。ダッサー」

 

 言動に違わず小学生みたいな価値観の奴である。あとここ、その神の御前なの分かってるのかな。罰当たっても知らないからな。

 しかしそれはそうと、結構ツッコミどころが多いお話かも知れない。

 

「思ったんだけど、死後硬直で息子も腕の中から出て来れなくて死ぬんじゃないのかな、この話。空気が溜まってるっていうのも謎だし」

「伝承にそんなリアリティ求めないで下さい曜引さん。……とはいえ恐らく、実際は長い時間を掛け、お話が脚色されていったのかも知れませんね」

 

 確かに私の実家の神社に祀ってあるのも大概おかしな伝承が残っているし、殆ど誇張されたものだったりするのだろうか。

 

 なんて考えていると、突然太田が後ろの方を見た。

 

「どうしたの?」

「いや、なんか物音が」

 

 ……また誰かが来たのだろうか。

 

 正直これ以上来ないで欲しいんだけど。なんて思いながら太田と営野さんを部屋に残して玄関の方に確認に行ってみる。

 しかしそこには誰も居らず、異変といえば私が最初に開いて閉じた扉が開けっ放しになっているくらいである。恐らく太田はここから入って来たのだろう。

 

 何か風で戸が揺れたのだろう。そう結論付けて元の部屋に戻ろうとする。

 

 その時、一瞬。

 小さな人影が岩の陰にこちらを見ているのが見えた。

 

 閉じようとした戸を止め、再び開けると察した人影は私から逃げるように走り出した。なのでとりあえず私は太田から奪っていた縁門(アーチ)を取り出しながら追いかける。

 

 そうして体格差もあり、間もなく正体不明の人陰を捕まえた。

 

 やはり子供である、それも小学生も上がりたてのような年齢の。

 ちんちくりんな着物を身につけて男か女かは分からないけれど、かなり怯えたような表情でこちらを見ている。

 なので安心させようととりあえず頭を撫でてやると。

 

「助けてぇ! 何方か助けてぇええ!」

 

 不本意にも泣き叫ばれたのだった。

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