みみたぶがり   作:佐那木じゅうき

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伝えられる事なんて

 静まり返った林間の練習場。

 いつの間にか空を覆っていた分厚い雲は薄らいで、逆光が少し視界を霞めるそんな中。何倍にも引き延ばされているような時間の中で、アタシはそのただその音を待つ。

 

 ピッ

 

 そして来た。

 開始を告げる電子音、乗用機(パドル)のロックが外れる僅かな振動が来る前に、私はレバーを大きく前に倒して加速を始めた。

 動揺なんてするもんか。

 

「フゥー……」

 

 曜引がなんで部活から離れたのか、その理由が分かって驚いたのは確かだけど、今は試合中。これが最初で最後の真剣試合。

 相手ははる子程じゃないけど、全国大会まで行った強者。高校の乗用機(パドル)に慣れていないかもしれないけれど、迷って勝てる相手じゃない。

 

 最初の120度カーブ。アタシは内側ギリギリをついて問題なく乗用機(パドル)の端を地面に付くか付かないかのギリギリまで傾けて滑らせる。中学にもあったコースだ。数えきれないほど練習はやって来た。お互いミスは無いだろう。そうして短い上り坂に差し掛かった時。

 アタシに降っていた日光が、突如何かに遮られた。

 

 思わず視線を横にずらす、その刹那。

 宙に浮いた赤い乗用機(パドル)が私の前に滑り込んで来たのだ。

 

「なっ……」

 

 短い坂を一気に上るのにジャンプをするのは普通だ。寧ろ馬鹿正直に坂を上るのは、そのままタイムを無駄食いするのと同義。そのまま私の進路の妨害をするのもセオリーだ。

 驚いたのは、内側の最速ルートをミスなく進んでいたアタシが抜かされたっていう事実。つまり、そう。ただ早すぎるって事で。

 

 レバーを倒しっぱなしで、最高速のままあのカーブを曲がり切ったという事に他ならない。

 

 乗用機(パドル)に流し込む神力は、一定の推進力になった所で余剰分が排出される。だから、人によって違うその神力の出力差は、競技のタイムには影響しない。

 

 したがって重要なのは、安定して「一定の速度の供給」を続ける事。

 

 走行中に掛かる振動、呼吸、その一つで供給量は容易く変わる。そして、連動して乗用機の使用感もまた変わってくる。乗用機(パドル)の最高速を出し続けるには、心と体をしっかりと重ね続ける強い集中力が試されるんだ。

 

 ……いや、待ってよ。

 それなら、なんで中学の電動パドルしか乗ってこなかった曜引の方が早いの?

 

 その疑問は頭に残ったまま、だけど私はこの時、分かり切った答えから目を逸らしていたのかもしれない。

 

 私は動揺してない。

 私は動揺なんてしていない。

 

 その自己暗示は、彼女から徐々に距離が離れて行く度に弱くなっていく。

 

「ぐぅ……ぅぅう!」

 

 なんなのよ。

 

 アタシは何をやっているの?

 だけどこんなのだって、想像付くわけない。

 

 知らなかった、知らなかったのよ。

 何で教えてくれなかったの。

 

 アタシは肩に掛けた襷を握り締めて、ずっと遠くなっていく彼女の背を睨みつけた。

 

 

 

 

 

mwmwmwmmwmwmwm

mwmmw mwm

wmwmwmwmwmmwmw

wmm w

 

 

 

 

『アタシは代大(よだ) (かなめ)!最後の一年だけだけど、この部活に参加させてもらうわ!』

 

 考えていた台詞を一息で言うと、向かい合っていた十数人の生徒が思い思いに感嘆の声を発して、拍手をしてくれる。

 赤島。適合者の中学生が集まる準宕(じゅんとう)学院という学校での一幕だった。

 

『代大さんは、家の都合で赤島に引っ越してきました。この間の白島選抜大会で個人ベスト16にもなっていた強い選手なので、君達も負けずに練習するように』

 

 そんな顧問の先生の言葉にアタシは得意になって、今思えば恥ずかしい事を付け加えてしまった。

 

『アタシの事は、名前の(だい)(かなめ)から大要(たいよう)って呼んでよね! 団体戦では、きっとチームの大要な存在になるんだから!』

 

 

 かましてしまったら、皆がポカンとした顔になった。

 これでいい、有言実行。ここでアタシはもっと強くなって、何時か世界大会の天辺を獲ってやるんだ。

 

 そう決心した日から数日。

 アタシは夏にある大会に向けて練習をしていく中で、部に居るとんでもない奴を探していた。

 日里(ひさと) はる子という、去年のインターミドル個人2位の化け物である。何度か見てみて分かった、あれは別格だと。今は無理でも、あれに勝てるくらいになれば、私はもっと上のステージに行ける。そう思っていたのに。

 

 日里は何か家の用事で休んで、少し前から部活を休んでいた。

 

 話を聞いても「あー……あの子ね」と濁されるばかりで相手にされない。

 なんとか得られた情報と言えば、練習をさぼりがちで、部で少し浮いているという話だけであった。

 

 それもその筈。個人の一枠はアイツで確定。そういう空気で残りの席を皆で争っている状況なのだ。そして私自身は日里とあまり戦えていないことに焦りを覚えていた。

 

『太陽ちゃんって、熱血だよねー。なんかこう……ぐわぁー! ってさ。貪欲って感じ?』

 

 同じ部活の子に言われた言葉である。

 この部は評判通り他の学校に比べてかなりレベルが高かった。だけどそれは「凡人の中では」という言葉が付く。

 所詮部活動だからという事も分かっている。だけど、アタシは奴がこの部活に来なくなった原因が朧気ながら分かった気がした。この部は比較的ふわふわとしていて、真剣にやっている人間からしたら居心地が悪いのだ。

 

 だから私は自主練を増やすことにした。真剣に、難しい区間を何度も繰り返して、撮った動画を見てフォームを修正したりして少しでも強くなるために、日里が部活に来たくなるような選手に少しでも近づく為に頑張った。

 

『タイヨー? じゃあサンちゃんね。サンちゃんよろしく~はる子だよ~』

 

 そして数日後。

 部活にやってきた日里は、部の中で飛び抜けてふわふわとした人間だった。

 

 あの時はまさかそっちの方面で浮いているとは夢にも思わず。肩をがっくりと下ろしてしまったのを覚えている。

 

 しかし、やはり個人全国2位は別格だった。

 まさに天才。何時もの様子とは違い、感覚派というよりかは理論派で、どうしてそんなに速度が出るのかも一見すると分からないような精密な乗用機(パドル)の操作を可能にしている、異次元の走りを見せる選手。

 

『チームのタイヨウって、チームの柱って事? よく分からないけど「ごばちゃん」みたいに?』

 

 そんな存在が、そんな事を言った。

 

『ごばちゃんって?』

『お? 太陽ちゃん。数日前から来なくなった子が居るって話したじゃん、それが元部長の五花(ごばな)ちゃん。確かに私も同じかな。太陽ちゃんは、「大要」ってより「太陽」ちゃんだし。めらめらぁ~ってね!』

『あ、曜引さんの話? この間クラスで聞いたらもう部活来られないって言ってたんだよね。今年の団体不安だなぁ』

『ごばちゃん先輩、引継ぎしたからって取り合ってくれないんですよね……』

『去年は全国行けたけど、今年は難しそうだよね』

 

 私が思わず聞き返した言葉に、近くに居た部員がそう口々に言ってくる。

 去年のチームの精神的支柱だった曜引(ひびき) 五花(ごばな)という存在を、私がはっきりと認識したのはその時だった。

 

『今年はアタシが居るでしょ! 何弱気になってんのよ!』

 

 思わず叫んだが、望んだ反応は得られずにその日の練習は終わり、後になって聞いてみると、日里には及ばないものの、一回戦落ちとはいえ個人戦で全国大会に歩を進めた実力のある選手であった。

 

 なるほど実力はアタシくらいはあるらしい。

 そう考えてから、ふと同じクラスに「曜引」という名前の生徒が居ることを思い出したアタシは、彼女にどうして部活を止めたのか聞くことにした。

 こんなに面白いスポーツを、最後の大会の前に自ら辞めるような人種にアタシは少し興味が湧いたのだ。

 

 

 

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『何って……タイヨウが入部してきたから?』

 

 なんで辞めたのか、曜引にそれを聞いた答えがこれだった。

 なんてことの無いように言われたその台詞は、受け止めるのに少しの時間が必要になった。

 

『なんでアタシが入ってきたら部活を止めるのよっ!』

 

 そうして思わず声を荒げて聞くと、彼女はふと目を逸らして溜息をついた。

 

 

『なんか、楽しくなくなっちゃったんだよねぇ』

 

 それは前の学校で、私が過去に耳にしていた言葉だった。

 

 才能が無いとか、やる気が無くなったとか言って、挫折を覆い隠す言い訳の言葉。その時のままの言葉を彼女は紡ぎ、事実その口調からは嘘の臭いがした。

 幼馴染の、アタシがこの競技を始めたきっかけになった、大切な親友「だった」人もそうだった。今思えば、それは一方的な押し付けで、思い込みだったのかもしれないけれど。

 

 あの時は。

 その後も「ちょうど良いかなと思って」なんてふざけた事を並べる曜引に、最終的にアタシは思わず啖呵を切ったんだ。

 

『むしろそんな腑抜け居なくなってくれてせいせいしたわ……見てなさい、今年も準宕(じゅんとう)は団体で全国に行くわよ!』

『応援してる』

 

『そ・し・て! 去年よりも上に行く! 全国一位を狙うわっ!』

『すごい』

『そうなったら、悔しい?』

『……』

『悔しいわよね!?』

 

 そこまで言うと、曜引はさっきまでのふざけた生返事をやめて黙りこくり。

 

『……まー、悔しいかもね』

 

 そう言って、ニヤリと笑ったから。

 「アイツ」とは違うって思ったから。

 

『アンタ、高校は?』

『青特』

『同じね!』

『マジか……もしかして高校も続けるの?』

『当たり前よ! 曜引も勿論やるんでしょ!?』

『あー、いや。私はなぁ』

『やらないの?』

『うーん……ま、実際進学してから考えるかな』

 

 まだ、続けてくれると思ったのに。

 

『……曜引、乗用機走(パドリング)は今も好き?』

『好きよ。嫌いになるなら最初から入部なんかしてないっつうの』

 

 アタシのライバルになってくれると思ったのに。

 

 

wmm w

mwmwmwmmwmwmwm

mwmmw mwm

wmwmwmwmwmmwmw

 

 

 対戦相手に突き放され、一人で走る。

 自分がどのくらいの速度が出ているのかも分からないまま走って、そうしてゴールに辿り着いた頃には、はる子と、何故か加満田が近くに来ていて、そうしてアイツは乗用機(パドル)から降りて、こちらをジッと見ていた。

 

 何を言おうかと口だけ先に開いてみても、何を言えば良いのか分からなくて。情けない声にもならない息だけが身体の外から出て行った。

 それを見ても曜引は変わらず私を見ていて、こう言った。

 

「タイヨウ、乗用機走(パドリング)は好き?」

 

 好きだ、好きに決まっている。

 だけど言葉にならず、目を閉じて首を縦に振る。そうしたら。

 

 私は胸倉を掴まれていた。

 

「そんな実力で、よくも私のライバルなんて言いふらせたわね」

「……」

 

 曜引が半身を乗せている私の乗用機は向こうに傾いて、体重を向こうに預けている状態。目の前で見るアイツの目は澄んでいて、こちらの考えを全て見透かして、いるように見えて。

 

「お陰でとっても恥ずかしいよ。どうしてくれるの?」

「……何よ」

 

 苛々した。

 

「何よ、何よ! こっちの台詞よっ! そんな真っ赤だなんて、教えてくれなかったじゃない! 乗用機走(パドリング)が好きだって言ったじゃない! アンタがそんな曖昧だから勘違いしちゃって、アタシの方が恥ずかしいわよ!!」

「ごばちゃん……?」

「あれ?」

「……これ曜引が悪いんちゃう?」

「そうよ! 全部アンタが悪いのよっ! 続けないなら続けないって────」

 

 最初から言いなさいよ。

 そう続けようとした時、曜引は私の口を抑えてきた。そしてそのまま近くに立っている残りの二人の方を向いた。

 

「私が高校で部活に入らない理由ってなんだと思う?」

「え、赤色だからやろ? 実際そう言ってたし」

「目立ちたくないから、でしょ~?」

 

「そうそう、悪目立ちするから。でもさ? さっき走る前、改めて考えてみたら、別に続けてきた部活をやめる程の理由にならないなぁって思ったんだ。中三の頃に部活を辞めたのだって、今になっては『どうして辞めたんだろう』って思うくらいで」

 

 それで分かったの、と。

 曜引はそう言ってアタシの掴んでいる手をパッと放した。

 

「多分、熱くなれるライバルが居ないからだと思うのよね」

「んなっ!」

「……ほー、そこの奴は兎も角として、私とはる子はライバル足りえないって言ってんのか? 大きく出たな」

「悠里の事はよく知らないし……はる子は、うん」

「うんって何ぃ」

「気持ちは分かるわ」

 

 曜引の言葉に、思わず乗用機から落ちたアタシは焦って立ち上がる。

 そのくらい聞き捨てならない言葉だった。だからアタシはだらだらと雑談を始めた曜引を睨みつけた。

 

「さ、さっきはアタシも本領じゃなかっただけで万全ならむしろアンタなんか全然私の敵じゃ!!」

「団体、全国行くんじゃなかったの?」

 

 そして、その言葉に一気に冷水を被ったかのように頭が冷めたのだった。

 

「ねえ、(かなめ)は今年の大会出られるの?」

「……出られる……かはまだ……いや、出る! 出るに決まってんでしょ!」

「因みにはる子は出られま~す」

 

 アンタは当然でしょ。

 そう言って絡んできたはる子を交わし、アタシは目の前の灰髪の少女を見据え。

 

「インターハイ、出るくらいのライバルなら燃えると思うんだよね」

「望むところよっ!」

 

 言った。

 そして今度は確かに、約束をした。

 

 そうしてアタシは、その時初めて曜引の顔をちゃんと見た気がした。

 

 

 

 

 

 

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 夕暮れ。

 もう寮の門限も近くなって来るような時間帯。私は悠里と要の2人と別れ、はる子と寮への帰り道を歩いていた。

 

 いやー、なんかドッと疲れた。

 今考えると何様だよって発言をたくさんしてしまった気がするけれど、あれでどうにか丸く収まってくれたので、その安堵で気が緩んでいるのもあるのだろう。良かった良かった。

 そう思ってふと横を見る。

 

「はる子、ねえはる子?」

「……」

 

 まだ怒っているのか。

 あのよく分からない試合の後、私たちは黙々と片づけをしていたのだけど、その時から既にこんな感じのはる子である。

 私なんか怒らす事言ったっけ。

 

「……あれって嘘?」

 

 そう思っていたら、はる子は徐に口を開いた。要とした約束の事だろうか。

 

「嘘じゃないけど」

「え~、嘘だったらよかったのに」

 

 なんだと言うんだコイツは。

 

「全然分かんないんだけど。嫌な事は嫌って言いなさいよ」

「言われなくてもはる子はごばちゃんにはそうしてるよ~。ねえ、ごばちゃん。もし部活に入るんだったら。秋? それとも来年? 別にそれは何時でも良いんだけどさ」

「何よ」

「その時は、はる子がごばちゃんよりも上手いって所をタップリ教えてあげよう!」

 

 ……はは、何が不満なのか分かった。

 

 だけどそれは仕方ないじゃん。この娘強すぎるんだもん。

 今年インターハイ優勝しても私は驚かないぞ。

 

 私はすっかり調子の戻ったはる子を横目に苦笑いして、寮の入り口をくぐったのだった。

 

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