その薄暗い会議室の中では、ある一つの映像が投影されていた。
男は、大釜山を覆いつくさんばかりに伸びた数多の赤い触手が蠢き、食事をするかのように突如現れた「青い巨人」を削っていくその光景を見て、目を擦る。
ここは、白島の南東に位置する「
その大会議室では現在、五島各地から正規の救助隊員が集められ、講習として例の大地震から連なる特殊災害の映像が流されていた。
今回の災害を受けて、政府は今後の災害発生件数が増加する事を危惧したらしく、近年の特殊災害の現象によって縮小されていた組織の再拡張を検討しているらしい。と、白髪交じりの男は小耳に挟んだのを思い出す。
眉唾物だな、と欠伸を一つ。
人伝手に聞いただけの話であるので「今後実際に増えていったら」という前提の話がどこかで抜け落ちたのだろう。だからこの世界が「もうずっと平和なまま」だと考えている男にとっては、完全にデマだとすら思っていた。
今回の講習も実際形だけである。皆考えるのは同じなようで、何のためにやるんだと不満を露にする正規隊員もちらほら見かけた。
しかし、危機感を覚えさせ、祟りと向き合う心構えだけでも改めてさせておくのは大事なのだろう。彼は自身の鼻を弄りながらそう思っていた。自身も真面目に聞く気は無かった。
そうこうしている内に映像は終わり、配られた薄い教材に書いてある見知った災害対応の方法を眺めていると、視界の隅に見覚えのある人物が居る事に気が付いた。
直ぐには分からなかったが、よく見たら学生時代の同級生で、そこから暫くは関係の続いていた親友だった男。確か今も青島に配属されている筈だと記憶を掘り起こし、その同級生に白髪交じりの男は、講習の後で声を掛ける事にした。
「よっ」
「ん……
「あア、お前老けたなぁ
「そんなに白髪を増やした奴に言われたくはないよ」
見れば見るほど懐かしい顔であったが、その後の会話が続かず、
「青島配属だろお前、行ったのか?」
「ああ、丁度近くまで来ていたからね。私含めて二人で」
「二人? それはまた随分だな」
加子母はそう言い眉を潜めると、直ぐに思い当たったのか苦笑いにその表情を変える。
「地震なんてセットでくればそうなるか」
「そうそう、えらい目に遭ったよ。しかも片方は神通力の扱えない地元の非正規。途中から現地の人も手伝ってくれたが……あの後は何も起きなくて本当に助かった」
当時の事をそう切り出して語り始めた夕森を見て、加子母は大丈夫そうだと口を開く。
「なア……あの巨人の事なんだが」
「明日香の『予言』にあった『青い光を讃えた龍の使徒』だと、私は思ってる」
食い気味に返され、次の言葉に詰まった加子母は「だよなぁ」と息を吐いた。頭の中で思い出すのは、その言葉を紡いだ女性の顔。
「じゃあ、あの赤いのが、アレなのかね」
「……そうだろうね、予言が起こらないというだけじゃ実感も湧かなかった。今回の事件のお陰で兄として、妹の死が無駄ではなかったと実感する事が出来たよ」
全然嬉しそうじゃないな。
そんな言葉を思わず呟きそうになった加子母は、しかし救助隊員として余りに不謹慎な事を言う夕森の脇を突いた。
「馬鹿言え、俺らは災害から市民を守る救助隊員だぞ。祟りを肯定するなよ。それに……お前はアイツが勝手に死んだ事を肯定するのか?」
「そう、だね。悪かった」
謝るのは自分にじゃないだろう。と、苛立ちを隠せなくなってきた加子母は次の瞬間、耳を疑うような言葉を捉えて。
「加子母。加子母は、明日香に会いたくはないか?」
「……何言ってんだ? お前」
そう返すしか、彼にはできなかった。
夕森はその言葉に嬉々として口を開き、堰が切れたかのように口を動かす。
「付き合っていたんだ、恋人だったんだ。私よりも大切だった筈だ。当然そう思うだろうね」
「何を……」
「だから私も必死で考えたよ。明日香を取り返すために何をするべきか、でも何も分からなかった。毎日藁を掴むように探したけど、何も分からなかった。だけどね、見付けたんだ。見つけたんだよ加子母。きっとこれで明日香を僕たちの元に────」
それ以上は聞きたくなかった。
唾を吐くのも気にせず喋るその顔に加子母は拳を叩き込み、信じられないような目で倒れた男を見て、辛うじて開いた口で言葉を紡ぐ。
「明日香は、死んだんだよ。馬鹿野郎」
「……」
返事は無い。
そうして暫く経った後、ようやく目の前の男が気を失っている事に気が付いた加子母は、夕森を近くのベンチに引き摺って行くと、そのまま早足でその場から離れた。
ショックだった。かつての親友が、恋人だった存在の兄が、ここまでおかしくなっている事に。直視したくなかった。それに気付かずのうのうと暮らしていた自分の事を考えたくなかったのだ。
「『神降ろし』は成功していた」
そう彼が寝言のように呟いた、唯一実感の籠った短い台詞は、暫くの間加子母の頭の中に残っていた。
wmwmmwm
wmmmwmwmwmwmw
mwmwm ww
今日の授業が全て終了し、担任から直近の予定についての話を聞き終えた僕は、壁に掛けられている時計を見て席を立った。
午後3時。
約束の時間が近い事を確認した僕は、用のなくなった教室を出て、「縁歴会」の活動場所である多目的棟の3階に向かっていた。
一年生の教室が集まる棟を出て、外通路に足を踏み入れた僕は、夕方の湿っぽい空気を顔いっぱいに感じてしまい、思わず顔を顰める。
6月も半ばになった。
生徒それぞれの神通力の扱い方を学ぶ為の「第二回特別課外授業」も先週行われ、その時は特にアクシデントも起こらず無事終わった。思えば春は色々と事件が起きすぎたな、先生方がやたらとピリピリしていたのを思い出す。
そうしてその時、夏休み明けから「特別課外授業」は「所縁学」として座学を含め、本格的な神力の扱い方を学ぶという話が出た関係で、数日経った今日も未だに教室は「神通力」の話題で持ちきりだ。
現在僕のクラスで神通力をまともに扱える人間は、所縁石が必要になる僕を除けば、
当然の事なのだが、政府が個人情報だからとやたら神通力の所有者情報、それに関連して神通力自体の詳細を基本的に秘匿しているので、皆その手の情報には飢えているのかもしれない。最も警察や研究所、救助隊等の関係者が身内に居ればそうとも限らないのだろうが……まあ、流石に家族であっても情報を漏らしてしまう関係者なんてそうは居ないと思う。
まあ、とにかく。
たまに深く知らない神通力の話をエピソードを交えて聞けるので、僕も便乗してその話に参加している。願うならば、少しでもクラスでこの話題が続いて欲しい所だ。
そんな事を考えながら多目的棟に入ると、そこには研究所の