みみたぶがり   作:佐那木じゅうき

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神降ろし ④

 何かが擦れる音がした。

 

 見ると、開けたままにしておいた寮の部屋の窓。そこから僅かに風が差し込んでいるのだろう、カーテンがしきりに動き、同時にぱたぱたと何かを打つ音が入り込んでくる。

 また雨が降り出したらしい。私はカーテンを開いて窓の戸を閉め、そうして外に映り込んだ自分の姿をはたと見た。

 ぼんやりとした表情の自分の顔。そこには特に何の感情も乗っていない。

 

『太田君。曜引くんの言っていた男の子ね。数週間前から入院しているらしいんだ』

 

 帰る前に渡さんの言った言葉を思い返す。

 数週間前。詳しく聞くとそれは私が幻想世界に行って彼等と会った時期であり、彼はそれからずっと目を覚まさずにいるらしい。

 営野さんの事も聞いた。しかし「隠匿」である事が判明していない彼女については向こうも把握していなかったらしく、私の言葉を受けて調べて貰えることになったのだが、今の所不明。

 

 この事態に、渡さんは直接的な事は言わなかったが、色々聞くに、どうやら「神域」の入口に私が彼らを連れ込んだのが原因かも知れないという事が分かった。

 

 「神域」はすなわち死後の世界の事ではないか。という説がある。

 

 以前に聞いたことがあった。「ふーん」なんて思いながら、だけど確かに授業で触れているのを聞いていた。

 それなのにぼんやりと、軽い気持ちで彼らを招き入れた馬鹿がここにいるのだ。

 

 ファンタジー的現象の「一歩間違えれば」。その危険を理解しておきながら。

 

 肝心の「隠匿」の神様は無害そうであったが、権能とやらを無くしているらしいので正直過度な期待は出来ない。

 ただ今は、こんな事になっているなんて思いもせず、一人戻って呑気に生活を送っていた自分をぶん殴りたい気分だった。

 

 幻想世界に入る事の出来る条件は未だに解明されていない。

 なので私が今一人で悩んでも全くの無駄だというのは分かっているけれど、悩む事しか出来ないというのだから仕方ない。また、それを仕方がないとスッパリ切り替える事も難しい。私の脳内は今の季節のようにジメジメとしていた。

 

「ごばちゃん、どうしたの?」

「んー?」

「どうしたの」

「いや、考え事」

 

 はる子に心配を掛けたくない。というよりかは自分が落ち込んでいるのを見せたくなかったので、私はそこでようやく思考を止めて、カーテンを引いて窓に映る少女を視界から消し、ベッドに腰かけた。

 

 日課のお祈りもまだである。

 はぁ、本当にもう。なんだか。ムカつく、自分にムカつく。

 

 

 

 

 その時背中に違和感を感じた。

 振り返ると、そこには尾袋鼬が一匹。

 

 どこから入り込んだのか、「わ」なんて小さい声を出したはる子が手引きしたようには見えないし、ついさっきまで外に居たかのように湿った土の匂いがする。

 

「はる子、あっちの窓開けてた?」

「開けてないよ~。いつもみたいに突然パッと現れたの」

 

 手を横に大きく振って否定するはる子。

 ……いつもみたいに? 廻の事を言っているのだろうか。

 

 いや、それはともかく。

 廻以外の鼬が現れたという事は、また道案内をしてくれるのだろう。無邪気に体を転がし布団を毛まみれにしていく目の前の獣を見て、私は心底ホッとした。

 

 きっと、酷いことにはならない筈だ。

 

 根拠の薄い理由であったが、私を慰めるには十分な事だった。

 しかし幻想世界へ案内なんて、どうやってやるのだろう。

 

 そんな事を考えながら机の上の縁門(アーチ)を手に取ると、不意に視線を感じて振り返る。

 

「どこか行くの?」

「……多分」

「多分って何。言っておくけどはる子も行くから」

 

 そう言いながら足に付いた縁門(アーチ)をこちらに見せてくるはる子。どうやら鼬の道案内の事を知っている様子。……そういえば私が中学生の時にそれっぽい事を言ったような気がする。

 

 心配してくれているのだろうか、分からない。

 私は「ありがとう」と冗談気味に言う余裕すらなくて、ただ彼女から顔をそらして時計を見る振りをした。

 

 そんな中、傍らにいた鼬の尻尾が「白く」光り出した。

 

「なにこれ」

「……」

 

 いや、本当になんだこれ。

 

 聶獣が聶獣と呼ばれる所以。それらが持つ耳朶のように柔らかく大きな腫瘍を抱えた尻尾。

 そこから溢れ出した白い光が、何か輪っかのような形をとり、ゆらゆらと浮かび上がったのだ。

 

 神力なのだろう。しかも自ら形取っている「白」。

 青もそうだったが、白色もまた見聞きした事が無い。

 

 ……今更なのだが、こんな世界では本当に今更なのだが、なんかとんでもない超常現象が起きているような気がする。しかも徐々に私の方に向かってきているし、正直どうしていいのか分からない。

 はる子が横から手を伸ばして掴もうとするが、神力なので当然無理。一部が霧散した後すぐに元の形に戻る。

 

 何とも言えない空気の中、白い輪っかは徐々にその形を変えて外側に無数の短い突起を生やしていく。

 

 ちょうど歯車のような形状。

 それは遂に私の元に到達し、お腹に入るようにその姿は隠れた。

 

「入っていった?」

「ぽいけど……うーん、駄目だ『隠匿』でも分かんない」

「常識的に考えて、そんな変な物受け入れちゃ駄目だよ~……」

 

 ごもっともである。

 しかし案内の一環なのかも知れなかったから避ける気はさらさら無かったのだ。

 

 そうして二人で顔を見合わせていると、いつの間にか尾袋鼬は消えていた。どうやら今回はこれだけが目的であったらしい。これで寝れば向こうに行けるって事なのだろうか?

 

「よし寝よう」

「寝るんだ」

 

 ポカンとしているはる子に断って照明を消して、布団に潜り込んだ私は目をギュッと瞑る。

 そして次に目を開いた時には、期待通りとは行かず、普通に次の日になっていたのだった。

 

 

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 朝になり、寮を出た私は一直線に研究所に向かっていた。

 人命の関わる事だ。研究所には朝から人を集めてくれるらしかったので私は昨夜の内に余目先生に事情を説明し、その日の授業を休む事になっている。

 

 約束の時間より一時間も早く着きそうだったが、それくらいが丁度いいだろうと渡り廊下を歩いていると、陰から現れた大きな人陰にぶつかってしまった。

 

「やっすみません」

「んぉ?」

 

 良く分からない返事だったが、私は急いでいた。だからそのまま脇を通り抜けようとしたのだが、何故か少し歩いた所でその人物に手首を掴まれた。

 

「お前……占いに興味はないか?」

「占い? ないです」

 

 そう言って掴まれた手を離そうとするが、向こうは逃がす気が無いらしくガッチリと掴んだままで。

 

「そうかそうか、助かるなぁ、最近俺が寄ると皆逃げるのよ」

 

 あれ? なんか占いをやる体で話が進んでるんだけど。

 その人物……先日会った縁歴会の部長のような坊主頭で、ゴツく、非常に人相の悪い男子生徒の先輩は、ニタリと笑って懐から小さな水晶を取り出した。そんな時、入学当初の頃に新入生の男子を狙った占い魔の噂が流れていたのを思い出した。恐らくコイツである。

 

「どれ、一年坊の未来を見てやろう。なに、昔は違ったらしいんだが今や外れる事も多いんだ……この『逆睹』はな。そんなに身構えるな。最近は特に的中率がゴミだしな、手短に終わるから参考に聞いて行け」

 

 そうして私が何か言う前に腕の縁門(アーチ)を開き、黄色い光が湧き上がるのを見ながら何かブツブツとしだした。まあ……手短に終わるなら良いか、とそう思って私は逃げるのを諦めた。因みに、校内の許可されていない場所での神通力の使用は基本的に禁止されているのだが、指摘する気も起きない。

 

 そして数分が経過した。

 いや、長いわ。この間彼が唸っているだけで終わったんだけど、どこが手短なんだ。

 

 そう思ってからも暫く経ち、このまま「隠匿」使って逃げてしまう事を考え始めていた頃、目の前の先輩はポツリと呟いた。

 

「……見えない」

 

 そう言ってどんどん表情を硬くしていく先輩。

 「逆睹」は神通力だし、私の変な適性値が邪魔でもしているのだろうか。

 そんな事を考えていると、彼は唐突に私の掴んでいた手を開放し、両手を上げ「やれやれ」と言ったような仕草をした。

 

「では占い料500円。……と言いたい所だが、これでは金は受け取れないな。時間を取って悪かった」

 

 本当だよ。

 しかも何か見えてたら500円請求される所だったらしい。押し売り通り越して最早カツアゲである。

 

 ……もういいや、何でも良いから離れよう。

 そう思い「それじゃあこれで」とその場から離れようとした時、後ろの方から誰か女生徒が走って来た。

 

「てめゴリラぁぁぁぁあああ! 復学早々何してんだオラぁ!」

 

 そう叫びながら向かって来た女生徒の先輩は、隣に居た占いゴリラの胸元に飛び蹴りを放ち、倒れ込んだ彼にマウントを取って顔を殴り始めた。

 

 よく見ると女子寮の監督生その人であったのであるが、いい加減時間が惜しくなった私は、命乞いを始めるゴリラを余所にその場から逃げるように研究所へと向かうのであった。

 

 

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-

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 青網引神秘研究所。

 その建物に入り、言われた広い部屋の中に入ると、幾人かの研究者が既に居て。中には春の検査の時に所長と一緒に居た研究者の女性……駒井(こまい)さんも居た。思ったより大規模な事をやるらしい。

 

「ご無沙汰してます……」

「お、お久しぶりです」

 

 駒井さんは何やら準備をしていたらしく、入って来た私の返事を聞いた後「少し待っていてください」と言って、手に持った書類を机に戻してバタバタとモニターの前で何かをし始めた。

 

「お、曜引さん早いね」

 

 その声に振り返ると、渡さんが入口に入って来る所であったので、私は思わず小声で話し掛ける。

 

「おはようございます。あの、ここでやって良かったんですか? さっきも白島の人達が居ましたけど……この部屋にも多分居ますよね?」

「……ああ、今日は神通力自体の事は調べないからね、つまり仮の付いてない方の『隠匿』として来てもらってるから大丈夫。ま、そこは心配しなくて良いよ」

 

 それに人の命が掛かっている事だしね、と渡さんは言って、持っていた荷物を机に置くために机の方に向かっていった。

 今回の件は白島の本部にも、緑島の方とかとも連携しているらしい。よく見ればこの間受付の隣のテーブルに座っていた人もいるし、なんだか改めて大事になっていることを実感した。

 

「じゃあ少し早めだけど始めましょうか」

 

 仕切るのはやはり渡さんであるらしい。

 彼がそう言って一旦部屋が静かになると、次にはそれぞれの席に座り、そこに駒井さんが資料を配っていった。そうして私も一部貰ったのでとりあえずはそれに目を落とすと、駒井さんの名前が書かれていた。専門家この人だったんだ……。

 

・「幻想世界」にて「隠匿」の神と接触したという女生徒(私)が居る。

・その証言から、現在緑賀崎特殊業学校一年生である「太田(おおた)信太(しんた)」の精神が「神域」に入り込んでいる可能性が浮上。

・以上の状況から、これから彼の精神を戻す為に行うアプローチの説明。

 

 簡単に言えば、それだけの事が書かれている冊子であった。

 駒井さんの説明を聞きながら読み進めていき、最後には肝心のアプローチの内容。

 

 まず私が「幻想世界」に入り「神域」の状況を絶対入らずに確認。その後私に詳細な聞き取りを行った後、良く分からないが緑島の方で精神に干渉するいくつかの「神通力」を使用するらしい。

 

 えっと、あれ?

 「幻想世界」に入る方法というか、法則、判明してたんだ……。

 

 思ったよりもこの国……というか海外も含め、この手の情報漏洩を頑張って防いでいるみたいだ。なんて思っていたら、どうやら本当に最近分かって来た最新鋭の技術らしい。

 私がこれ聞いてていいのだろうか、なんて思ったりしながら説明を聞いていると、間もなくいよいよ始めると言う事になった。

 

 部屋の隅にあった簡易ベッドに寝かされると、心拍やらを測るための装置や頭にヘルメットのような物を付けられる私。

 これちゃんと眠れるのかな? と心配していると、どうやら向こうに行くための麻酔のような物を打つらしい。

 

 そうして何時打つんだろうと次はドキドキしている私であったが、いつの間にか意識が途切れていたらしい。

 次の瞬間には何度か見た沼の中に嵌っていた。

 

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