「おはよー!曜引さん!」
「おはよう、小野さん」
青特での生活も二日目。
いよいよ高校の授業が始まると浮足立った空気の教室で、小野さんはそう言って私の隣の席に座ると、返す言葉にへへへっと笑った。はる子で慣れたとはいえ、元来根暗な私にとっては朝から眩しすぎる仕草である。溶けるかと思った。
小野さんは昨日祖父を手伝いに行くと言って帰っていったのでその事を聞くと、どうやら彼女の祖父は大農家で、そこの畑仕事に駆り出されて半日鍬を振っていたらしい。こんな小柄な女の子に何をさせているのかと思ったが、彼女はその事を楽しそうに語っているし、「豊穣の神通力」を使う祖父の事を誇りに思って居るらしく、寧ろ自分から進んでやっているかのように感じた。
『豊穣の神通力』
この神通力は、実は結構保持者が存在する。
というのも、
その後、昨日の約束通り寮についても話していたが、言葉の合間合間に「へぇー!」とか「そうなんだ!」とか文字に起こすと何ともわざとらしい相槌も、小野さんの声色を乗せて聞くと不思議と嫌味が無かったので、話しているこちらとしても気持ちの良いものだった。話す度にポニーテールがぴょこぴょこと揺れるのを何となく目で追っていると、「もしかして寝癖付いてた……!?」と頭を抑えて焦りだしたのでもう駄目だった。溶けた。
「私、通生だから友達出来ないか不安だったけど……曜引さんの隣で良かったぁ」
そしてHRの始まる間際、小野さんはそう言って私にへにゃと笑いかけたのだ。
……いやいやいやいや。昨日は分からなかったけど、あざとすぎるわこの子。今正面、正面向いてなかったら私即死してたわ。直視してたら蒸発する所だった。あれはヤバすぎる。
もしやわざとやっているのではないだろうか。もうそれでもいいか。
なんて考えている内に教室に入って来た余目先生が授業に入る前に何点か連絡がありますだとか言って昨日の浮遊猫騒ぎの注意喚起とか、明日は第1回目の特別課外授業があるとか、部活勧誘会があるだとか言っていたような気がするけど、全部頭を通り抜けてしまった。
これでは授業にも集中できなさそうだったので、私は余目先生の顔を見て気分を萎えさせることでなんとか事なきを得た。
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その後、中学のおさらいのような授業をこなし、無事にクラスの子複数とご飯を食べ、はる子にせっつかれて部活勧誘会に行ったりした。
授業中に上級生が歌いながら乱入して来たとか、そのまま数学の先生とその上級生とのラップバトルが始まったとか、中庭に居る謎の男子学生のデモ隊のせいで外廊下の窓の一つが割れたりとか色々な事が起きたが、概ね悪い事が何にもない良い日だったと思う。ただ……この学校の男子は大変そうだなぁと部活勧誘会を見て思った。強く生きて欲しい。
「ごばちゃん。昨日も思ったんだけど……それ、何やってるの~?」
回想に浸りながら寝る前に日課のお祈りをしていると、布団から顔だけ出したはる子が話しかけて来た。
「……ん……お祈り」
「へぇ~、どんなお願いしてるの?」
なんてことはない、ただ両手を繋いで空を拝んでいるだけなのだが、いざ聞かれると、私って何を祈ってるんだっけ?という疑問が湧いて来た。いや違う。なんというか……言葉にするのが気恥ずかしいだけであるのだが。
「…………世界平和?」
うん、世界平和。
何処のロックスターだよと言われそうだけど割と本気で言っている。らぶあんどぴーすである。
私は別に神様とか目に見えない物を信じる気など無かったのだが、この世界だと普通にいそうなので一応やっているのだ。神主の娘で神憑きだからご利益があるかも知れないし。
考えても見て欲しい。祟りだの神通力だのが飛び交い神の存在が身近にある不穏なこの世界。何かの拍子で一気にモヒカンが蔓延る世紀末を迎えてもおかしくないと思わないだろうか。
少なくとも幼年期の私は思った。だから前の世界のようにならないように「平和なままでありますように」と空にお祈りするのを習慣にしていただけなのだ。
ただ……最近は大分惰性でやっていたような気がする。
だって仕方ない。な~んにも起きないんだもの。
高校生まで生きて来て、そろそろ前世の年齢を追い越しそうな今世の私。今の所は廻がおかしくなった以外、無事に平穏な生活を送っているのだから。慣れという物は恐ろしい物である。まあ、今日からちゃんと身を入れて祈ろうかなぁとは思うけど。
「はる子もやる~」等と言って自分の成績が良くなることを祈り始めたはる子を見て、私も祈りの続きに戻るのであった。
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mw mwm wmwmmwm
深夜。
山風の強く吹く、街の灯りも道を形作るのみとなった港町。
とある民家のインターホンが静寂に際立ち鳴った。
続いてドアを開けようとする音を聞いて、中に居たスウェットの男は慌ててドアを開くと、そこには日中現れた黒ジャケットの男が立っていた。
「どうだ」
「へ、へぇ……そろそろ完成しますが、中で待ってて貰えますかね旦那」
「ふん、思ったより早いな。貴重な所縁石をやったんだ、そうでなくては困るがな」
その黒ジャケットの言葉に、スウェットの男はあからさまにホッとした顔をして、ではこちらにと家の中に招き入れた。
散々脅されていたスウェットの男は額に脂汗を垂らしながら何か飲みますかと尋ねるも、相手の男が勝手に冷蔵庫を開けて中に入っていた水を徐に飲み始めたのを見て、表情を消して作業台に戻る。
ここ高須名町の外れには、青網引特殊業高等学校が建っている。
非常に敷地の広いこの学校は、一般の高等教育に加え「適合者」に神力を扱う術を教える教育機関の一つだが、その実国内に産まれた適合者を集めて管理しやすくし、他国に比べ遅れ気味である「
当然、国家機密にもなる「
そして最近。青特の一角にある研究所に所縁石の中でも特別な性質を持つ「3番金鉱石」が運び込まれたという情報が流れて来た。
そこで彼らは以前緑島でやったように「浮遊の祟り」で騒動を起こし、その最中に所縁石を奪う計画を立てていたのだ。しかし以前のように上手く祟りが起きない。ジャケットの男に命じられ彼がこの地を検証した結果、どういう訳か現在の青島は祟りが非常に起こりにくい性質の土地に変わっている事が判明した。
例えるならば、火を起こそうにも薪が水を吸って湿気っている。あるいは、部屋に水蒸気が充満しているような状態。この報告を受けた黒ジャケットは渋い顔をしていた。
スウェットの男には良く分からなかったが、彼等はどうやら焦っているらしく、あれから計画は直ぐに修正され、メンバーの「神通力」を用いての奪取計画に変更されたらしい。
「それが適性値の上がる
集中している所に、後ろから声が掛かる。
心情的には無視したかったが、スウェットの男は努めて明るく応対することにした。
「へぇそうです! 中はもう調整したので、後はガワを仕上げるだけ────ちょっと!?」
説明している途中で、いつの間にか近づいていたジャケットの男は彼の手元から円環の形をした機械を掠め取り、興味なさげにそれを懐に収める。
「良いんだよ、どうせ使い捨てだ。一度使えればいい」
「そ、そりゃあ……それなら……良いですが……」
奪われて痛めた自分の手を揉みながら、彼が下を向いてそう言うと、男は鼻を鳴らし。
「問題なければ報酬は振り込んでおく。また頼むぜ」
そう言い残して家から出ていった。
ドアの閉まる音を聞いて、暫く経った後、微動だにしなかった家主のスウェットの男は顔を下に向けたまま震えだす。
「……ひ、ひひひ……バカ、馬鹿が……俺を舐めやがって。お、俺を、俺を舐めやがってよぉ……ひひひひひひっ……!」
「この俺に『祟りの正体』なんて教えたのが運の尽きだったなぁ……?ひひひっ……へへへへへへっ…………!! 嬉しいだろうなああアイツっ! 「自分自身が祟りそのものになっちまう」んだから……っ! これで派手にやらかしたアイツ等は全員死ぬか、良くて豚箱……っ! ひひひっ終わりだ……終わりだよ全員!! 報酬ぅ? 金なんかいらねーよ!!! バァァァァァァカ!!! くふふひひひひっひひひっ!! ひゃひゃひゃひゃ!!」
「みつけた」 「みつけた」 「わるいひと」 「わるいこと」 「みつけた」 「いつおこる?」「いつかかる?」「いつとどく?」 「みつけた」 「みつけた」
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