みみたぶがり   作:佐那木じゅうき

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繋がっている

 幻想世界。

 「隠匿の神」が持つ神域の入り口、その内部────何の変哲もない民家の玄関のような内装の部屋の上がり(かまち)に二人の子供が座り込んでいた。

 

 だから必然。

 彼等の視界にはこの部屋の唯一の違和感である、ずらりと並んだ玄関口が否応なしに入り込む。

 全開になっている1番左の扉。

 半開きになっている2番目の扉。

 そして、未だに閉じたままの3番・4番・5番目の扉。

 

「他の扉さ、開いたらどうなるんだろうな」

 

 太田(おおた) 信太(しんた)は、目線をそのままに半ば独り言のようにふと呟いた。

 

「……開かないで下さいよ。絶対碌な事になりませんから」

 

 その言葉に、隣で膝を抱えていた営野(えいの) 香織(かおり)は僅かに眉間に皺を寄せる。

 

 二人は「隠匿の神」由来の神力を受け取る事が出来る適合者である。

 数時間程前だろうか。そこまで共に居た曜引(ひびき)五花(ごばな)が本来決して開くことの無い扉を開け、そこから入って来てしまった2人は、いざ帰るという時に神から「ある言葉」を聞き、こうしてただ待機しているのだが。

 

「やらねーよ。大体ここ、崩れるかも知れないんだろ? それなら……」

 

 そこまで言った所で、遠くの方で轟音が鳴り響く。

 太田はそれに肩を短く震わせ後ろを振り向き、隣に居た営野は抱えていた膝を思わず離し、顔を上げた。

 

「来たんですかね」

「来たんだろ。凄い音だったぜ……」

 

 パラパラと、小さな粒が天井からこぼれ頭に当たったのを太田は一つ摘まんで目を凝らす。

 光っているような、光っていないような。「粒」としか言えないその物体はどうも建物を構成していた一部なのだろう。彼は小さく鼻を鳴らしてそのまま床に落とし、そしていよいよ現実染みて来たなと「居間」のあるであろう方向に顔を向ける。

 一方隣の営野は眼鏡を掛け直して天井に目を凝らす。

 

 「隠匿」の力が作り出した「神域の入口」の崩壊。

 微動だにしていない木目のような天井は、それがまだ始まっていない事を告げていて、営野はホッと息を吐き、下を向く。

 

「なあ、本当に崩れたとして『幻想世界』ごと無くなっちゃったとしてよ、そうしたらやっぱりオレの神通力も無くなっちゃうのかな」

「だとおもいます。そもそも神々の所縁(リレーションズ)を経由して神様からお借りしているのが『神力』ですからね。それと……それ聞くの、もう5回目ですよ」

「だって気になるだろ」

「……一応言っておきますけど、見に行かないで下さいよ? 他でもない神様がここに居ろって言ってるんですから」

「『崩壊し始めたら戻れなくなる』だっけ? けどここで待ってるっていうのも情けなくなって来るぜ」

「あのですね、私達無理言って残してもらってるんですからね? 大人しくするというのを条件にです。忘れてないですよね?」

「うるせーな、分かってるよ」

 

 そう言って、嫌だなぁと木目の床に寝転ぶ太田を横目に、営野は再び視線を落とす。

 実のところ彼女自身、その気持ちは十分に分かるのだ。

 

 神域の入り口たるこの世界の崩壊と「隠匿の神」の消滅。その可能性を当の神から告げられた時は頭が真っ白になった。

 

 繋がる先にある神が居なくなるのだから当然自分たちは神々の所縁(リレーションズ)を失い、今の学校に在籍している意味もなくなってしまう。大好きな神話に触れる機会が無くなってしまう。

 

 しかし、今となってはそれらは彼女にとって大した事でなかった。

 そんな煩悩の為に、小さくあどけない顔立ちの土神(くにつかみ)の、怯えながらも笑みを浮かべる顔、あんな表情をさせてしまったから。

 彼女は痛む胸を埋めるように両脚を抱き寄せた。 

 

「……曜引さんも私達の神様も無事だと良いのですが」

 

 隣から聞こえたその言葉に、太田は思わず立ち上がる。

 

 

 あの時。

 五花が帰っていった直後。最後の別れになるかも知れないと告げた神に、思わず二人は理由を聞いた。

 

 この世界は現在かの神と、権能を奪った曜引五花の2人によって維持されている場所である事。

 彼女と唯一繋がっている聶獣「尾袋鼬(おぶくろいたち)」の最後の一匹の寿命が近い事。

 その聶獣が死んでしまえば、恐らくこの世界を維持する事が出来なくなり、「隠匿」の力の源泉を持った神が消えてしまうという事。

 

 だから、営野は半ば諦めたような態度の神に思わず言った『どうにかならないのか』と。

 それを受けた神は首を横に振って言った『藁にも縋る物しかない』と。

 その言葉に、太田は『諦めるなよ』と半ば懇願するように言った。

 

 結果、今に至っている。

 

「……オレさ、身勝手だったかも知れない」

「……待ってください。落ち着きましょう。ね?」

「『諦めるな』って無責任な言葉だったよな。言われたら嫌だぜ、オレ。何もしない奴が言ってきたら猶更さ」

 

 こんなの卑怯で、弱虫のやる事だ。そう結論付けたらもう、駆け出すしかない。

 彼の性格上、今の状況は耐えられない物だったから。

 

「待って下さいって!」

「こんな場所に居て、何かの役に立つのかよ!」

 

 苛立ちに腕を振り払い、目指すは自らが修羅場に送った今にも潰れてしまいそうな神の元へ。

 

「やっぱ分かって無いじゃないですか! ちょっと、ああ……もう!」

 

 だから残った営野もたまらなくなって、何が出来るかも分からないのにその場所へ走りだす。

 

 狭い廊下を抜けて。

 居間のような部屋に入り。

 開け放たれた戸を潜って。

 

 そして辿り着いた先では。

 

 先を走っていた彼が立ち尽くしていて。

 その遥か向こうに、遠くからでも見える程の巨大な白い光を放つ存在が2つ。

 

 よく見ないでも分かる。

 戦っているとはとても言えない様相の、一方が攻撃を与え続けているだけの場面。

 

「『隠匿』の土神(くにつかみ)様が……」

 

 白いゴテゴテとした何か不気味な形を成した存在が、もう一方の白い巨大な存在を蹂躙している。

 絞り出そうにも言葉が続かない。それほどの酷い光景であった。

 

 

 

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 青網引神秘研究所。

 その一室の中にいきなり入ってきた研究員の一人……望月(もちづき)(はるか)を見て一時動作を止めた所長の(わたり)であったが、再び言い損ねた指示を出そうとして。

 

「状態回復しました!」

「回復って、どういう事ぉ!?」

 

 背後から聞こえた職員の一人の声に思わず体の向きと声が裏返る。

 慌てて「祟り」現象の発生した女生徒……曜引五花(ひびきごばな)の方に向かいその顔を見れば、額に発生していた腫瘍が目に見える速度で小さくなっている所であった。

 

「……『破邪』使ったの?」

「あー、使ってません」

 

 問われた白島から派遣され来た「破邪」持ちの半研究職の男がそう言って両手を上げるのを見て、渡は軽い眩暈を覚えたが、ここで気を失っている場合ではない。渡は気合を入れ直し、モニターを凝視している駒井の方を向いた。

 

「脳波は?」

「せ、正常です……」

「じゃあ意識の引き上げを……いや逆に危険か。そのまま経過見てて、何か異常があったら直ぐに言うように」

 

「はい……」

 

 その返答を皮切れに、部屋の中で張りつめていた空気が弛緩する。

 渡自身も、予想外な事態の一応の収束に途轍もない疲労感を覚え壁にもたれ掛かり、そうして先程の言葉を思い出して、入口の近くに手持無沙汰に立っていた望月に声を掛けた。

 

「『神降ろしの儀』って……あの昔話題になったやつだっけ。っていうか望月さん。ここ今立入禁止なんだけど。危ないんだけど?」

「それはすみません。ですけど……非常時だったみたいなので思わず」

 

 そう言って苦笑いする望月を見て、渡は眉間に皺を寄せる。

 もし先程起きた「祟り」現象が収まらず、外に広がったら大惨事である。幾らこの部屋に「破邪」持ちが居たとしても、追いきれない可能性だって十分にある。

 

 よって今すぐにでも怒鳴って部屋から追い出したい気持ちがあった。

 あったが、今さらまた扉を開いて追い出すのは逆に危険だと思い直す。

 

「見たことあるの? あの『服毒自殺』」

「はい」

 

 何でもないように答えた望月を見て、渡は眉を顰めた。

 

 神降ろしの儀。

 百年余りも昔、黄島の遺跡から発掘された物に書かれていた馬鹿げた方法で、その名の通り、神を現世に降ろそうとする儀式。

 

 手順は理解不能な祝詞や手順を省けばシンプルな物で、

 適合者自身が、自分に対応する聶獣が備えている腫瘍。それを切り取って生のまま食べるだけ。

 

 腫瘍には摂取すると人体を死に至らしめる猛毒がある。

 それを食べた適合者の命を以って供物とし、然る後その適合者の身体に神が宿るという。

 

 当時、この方法が書かれた遺物を発見してしまったのは近くに住んでいた庶民だったらしく、彼は自分の家族を実験台にしてそれを実行し死亡させた。

 事態が明るみになる前に国は箝口令を敷いたが、この野蛮な儀式はどこから漏れたのか今になっても噂話として残ってしまっている為、数年に一度その手の事故、或いは事件が起きている。

 

 だけど、と渡はマスク越しに顎を掻く。

 

「さっきのどこかにあの儀式に似た所あった?」

「白く発光した所です。赤は祟り現象そのものですけど、どうもあれやった時は暫く身体中が白く光るみたいですよ、だけど……通常は最後に絶命しますので、今回のとは違ったみたいですね」

「ふーん……」

 

 噂程度であったが、その現象は所長である渡も聞いたことがあった。

 「なんだか神秘的な感じで死ぬ」そんなアホみたいな言葉を。

 

 「白」色は他の色の神力と違い、その意味合いがハッキリと違う。

 適合者が使うような借り物じゃない、「神自身が自分の力を使う時の色」だと言われているのだ。

 

 だからあの遺跡に書かれている手順だって、恐らく尽く間違っていなくて、そうして発光した「なんだか神秘的な感じの雰囲気」を昔の人がそれを見て神が降臨しただの言っていただけなのだろう。

 それを命と引き換えにやるというのだから本当に下らない。

 

 渡は「分かった」という風に右手を挙げて、望月との会話を終わらせた。

 

 今は前代未聞の試みの真っ最中である。

 真面目だと思っていた彼女がこんな事をするとは思わなかったが、恐らく適当な理由を付けて自分もこの場に立ち会いたかったのだろう。渡はそう結論付けてあからさまに大きなため息をつく。

 

「居て良いから終わった後の片付け手伝ってよ。重めなやつ」

「すみません、ありがとうございます」

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