「隠匿」が持つ神域の入口。
その前段にある
沼は干上がり、白い花は枯れ、岩は風化して。
色が無くなった地を覆う霧が、闇と溶け合って灰色のグラデーションを見せていて。
そんな中で現在、対峙している「白」と「赤」が何度か衝突。
その度乾いた音が鳴っていた。
ぱん。
何度かそうしてお互いの力で構成された「手」を打ち合った所で、両者が見合う形になる。そして目の前の五花に張り付いている自身の子供達だった半透明の
思ったよりも遥かに手強い。
隠匿の神は、大きな三日月の口から深く息を吐き、反撃を始めた彼女の動きを決して見逃さぬように触手の中に埋もれた大きな雙眼を細める。直後。
『!』
右下から。
上空から。
背後から。
地中から。
様々な方向から襲い掛かってくる赤を自らの触手であしらってやり過ごす。
そうして何本かの赤い触手が狙いを外し地面を叩いた事で、目の前のどす黒く赤い暗光が目視出来なくなる。
土煙だ。
世界の寿命を告げるように枯れ果ててしまった浅い沼の底から、二人を隔てるように乾いた粒子が立ち昇って。
それを撫でるようにユラリと動かした白い触手が、煙の中から勢い良く飛び出して来た赤のそれを、1つ残らず受け止める。
瞬間。
炸裂音が連続して鳴り響き、双方の触れ合った場所が空気ごと消滅する。
「こうするしか、無いの!?」
それら真空を埋めるように暴風が駆け抜けて。
なおも色濃い煙の向こうから、
『無い』
神は短く息を吐くよう簡潔にそれだけ返して、攻勢に出る為に身を前に傾けた。
前面にある全ての触手を押し出して、とても数えきれない程のそれを一斉に。まるで崖がそのまま迫って来るかのような面の攻撃に、対する五花は
轟音と共に地面が抉れ、空気が滅茶苦茶に千切れて世界が揺れたかのような錯覚を覚える程の衝撃。
それを受けながらも何とか全ての攻撃を捌き切った彼女は、抉れた地面の中で立っては居たが、肩で息をして明らかに疲弊しているようだった。
対する「隠匿」も、既に体力の限界が近づいていた。
現在、無理をして本来の姿を維持している神は、それだけでも少なくない力を消費する。
「隠匿」は大きな歯を食いしばり、相手の出方を窺う。
それは向こうも同じだったようで、ゆっくりと起き上がった五花は、しかし体勢を低くしたままの回避の構えを取る。
そんな中、こちらの世界から「ずれるように」存在している半透明の聶獣達が、自分達に危害が及ばないと分かっていても恐怖を感じたらしく、もう既にかなりの数が彼女からの退避を始めていて。
「それ」を見て隠匿の神は手を止めた。
身体が、数多の手がザワつく。
恐怖を抑えるように地面にそれらを突き立てて、堪えるように睨み付ける。
何故なら。
自分と同じ白い神力────「化け物」のみが持つことを許された力の源泉。
しかし何故かそれを目の前の化け物を差し置いて勝手に濫用し、今もなお自分から奪った子供達を苦しめ続けているその存在が。
彼女の直ぐ上に「本命」が現れたからだ。
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隠匿の神は、幼少期の彼女に「縁切り」を何度も試みた。
しかしそれは成功せず、ただ神の中に得体の知れない恐怖を植え付けた。
自分の子供達であった尾袋鼬を奪い、常に何匹も身に纏わせている異常で冒涜的な存在である。
だから数週間前に、不本意ながら遭遇してしまった時は自身の終わりを覚悟したが、しかし、直に会って、言葉を交わして、そして。
嗚呼、もっと早く会っていれば良かったと。
彼女の「背後に居る存在」に気付いた時に、心からそう思った。
隠匿の神は今回、
実際に手を握ってみて、確かめてみて。
今まで彼女から力を奪い返すことが出来なかったのはそもそも「そこに無かった」から上手く行かなかったのだと理解したからで。
同時に、目の前の存在は自分と同じ化け物に違いは無かったが、しかしそれだけだったと。
彼女は他の縁を持つ者たちと同じく祈りを持ち合わせた1つの人間として生きているのだという事を理解したからだ。
だから。
「隠匿」は
彼女を追い詰めて背後の存在を引き摺り下ろし、そこから力を奪い返す。
「隠匿」の目的は、始めからそこにあった。
かくして、それは半分達成した。
『く、そ……!』
しかし半分である。
目の前の「ソレ」は顕現して間もなく彼女と一体になってしまい、赤が消え、白一色の光を纏いだしたその異形はゆらりと動き出した。
眼の付いた円盤のような物を幾重に重ねたような形容し難い見た目の内から、自身と同じ白い触手を超速で繰り出して来る。それは先程とは一線を画くような鋭い攻撃で。
何十手、何百手の先を見ているのか、彼女の動きの全てに一切の無駄が消え去り、「隠匿」の神をゆっくりと、しかし確実に追い詰めていく。
当然、消耗していた「隠匿」は碌な抵抗をする事が出来ずに防御に徹して、ただされるがままに転がされる。
叩かれ。
突かれ。
飛ばされて。
撃ち落される。
必死に探る起死回生の一手は、悉くが潰された後で。
既に、体力は毛程も残っていなかった。
姿が保てなくなり、再び人の形に戻ってしまった「隠匿」は最早これまでと、自身の終わりを受け入れる。
そんな時。
神は何かに抱えられ、その場から「ずれて」消えた。
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「生きているんですか」
神域の入口。
「息はしてる」
淡々とそう告げられた言葉を聞いて、そうして初めて床に寝かされた神の元に駆け寄った彼女は、生傷だらけで横たわる子供の姿を見て、それから何も出来ずに座り込んだ。
「すげー戦いだったよな。なんつーか……」
「無茶ですよ、あんなの」
太田の声を塞いで、営野は堰を切ったように口を開く。
「曜引さんの後ろに潜んでいる『何か』をどうにかするという話でしたけど、あんなの無理ですよ……! さっき見て分かりました……あれは『戦いに慣れ過ぎて』います。正攻法じゃどうやっても……」
「あいつ、オレの事が見えて無かったんだ」
しかし挟み込まれた彼の台詞に、営野は言葉を途切れさせた。
「逃げてる途中にチラっと見てたんだけど、わざと追って来なかったって感じではなかった。だから多分、『隠匿』で隠れたものまでは見通せないんだと思う」
「……そうだとして、それで何が出来るんですか? ただ殴っても、絶対微動だにしませんよ」
震えた声で反論すると、太田は「だよな」と頭を掻いた。
営野はその平然とした態度を見て絶句した。まさか戦う気なのだろうか、アレと?
「死にますよ。ジュッて感じで、蒸発した方がマシな死に方を」
「戦わずに逃げてもやっぱり神は死ぬんだろ」
その疑念はやはり正解だったようで、営野は自分の額に手を当てた。
しかし、彼の言う通りこのまま隠れていても結果が変わらないのは事実。
「だったらオレが戦って勝つさ。……ふっ、元々我が主神を打倒しに来たんだしな」
だとしてもイカれている。
馬鹿としか言いようがない発言だった。
彼女がそう思っていると、太田は開いて緑色の光を零れさせていた
「だからさ、なんか良い案ない?」
「今の台詞は何だったんですか……」
営野はその言葉に肩の力が抜け、ガックリと下を向く。
そうして心に余裕が出来たからか、ようやく思考が回り出す。
「────あの姿……『目』がいっぱい付いてました」
「目?」
「神力が『祟り』に転化する時、それを持っていた人が特定の形を取ることは知っていますよね? そして、自然発生する通常の『祟り』とは違い、それぞれ見た目で分かるパターンがあります」
触れると障る形は『手が沢山生えている物』。
近寄ると障る形は『球体に近いもの』。
そして、視られると障る形は『目が沢山付いている物』。
「言われてみれば似てるけど、それが?」
「はい。だから人に発生した祟りは、神様の本来の形を模しているんじゃないかと思うんです……それで言いたい事なんですが、その祟りの性質。そのまま神様の方にも適用できるんじゃないか、という話です。現に『隠匿』の力は触れなければ発生しないようでした」
「じゃあ、さっきの奴は神様を『見る』事で何らかの能力を使っていたって事か?」
そう言いながら太田が指を立てると、営野は小さく頷く。
「名前は分かりませんが、恐らく非常に強力な『予測』のような能力です」