みみたぶがり   作:佐那木じゅうき

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深緋の伝承島 ①

 梅雨が明け、朝日に干された温い空気が木々を揺らし始める季節。

 聞き覚えのある虫の鳴き声に男が一人、手で日差しを避けながら青々とした山の並ぶ景色を眺めながら目を細める。

 

「おー、良い天気だな……」

 

 五島の一つ、赤曜引島(あかひびきじま)

 その西方の山奥に位置する酒見村の「種踏(くさふみ)神社」。

 

 その小規模な神社を管理している宮司の曜引(ひびき)有人(ゆうと)は、溜まっていた雑務の合間を縫い、気晴らしにと建物に傷んだところは無いか一人敷地を回っていた。

 

 娘の五花が学校で何かあったようで、妻の三鶴が青島に向かっていったのが一昨日。

 

 その報せを聞いた時、何も手に着かず生きた心地がしなかった有人であったが、昨日掛かって来た妻からの電話によると大事無かったようで、大変安堵した。

 とりあえず三鶴だけ向こうで一泊してから帰って来るという話を聞いたので、彼は久々の一人の時間を密かに楽しもうとしていたが、しかし別の心配事が出て来てしまい、結局今に至るまでぼんやりとしていた。

 

 そんな時、我が家に住んでいる聶獣様────尾袋鼬(おぶくろいたち)(まわり)が地面の蟻の行列を眺めているのを発見する。

 

「……廻、具合は良いの?」

「有人? 全然元気じゃけど?」

 

 その何でもないような言葉を聞き、有人は自分の腰に手をやってから、地面を見ている(まわり)の傍にしゃがみ込む。

 心配事とは、この聶獣の事であった。

 

「本当か? この間から何でもない所でこけたりしてるのを何度も見掛けたし、昨日は夜にふらっと何処かに行っちまうし」

「少し風邪を引いていただけじゃし、もう治ったぞ」

「治ったってオイ、病み上がりなら余計にウチで大人しくしてろよ。……母さんの所に行ってたのか?」

「そんなとこじゃな」

 

 ふむ、母さんの所に行った訳ではないのか。

 有人は廻のはぐらかしに暫し考え込んだが、無理に追及する事ではないか。と判断し立ち上がる。

 

「まあ、あんまり三鶴を心配させるなよ。その内ケージに閉じ込められるぞ」

「ケージ……! まさかまた買ったのか!?」

「いや、まだ買ってないようだけど」

 

 有人がそう言うと、跳ね上がった廻はホッと息をついて、ぐでっと地面に伸びた。まあ、ケージは嫌だよな。と彼は一昨年の惨事を思い出して乾いた笑いを出していると、廻は寝そべったままゆっくりと空を見上げ鼻を鳴らしていた。

 

「廻?」

「いや……そろそろ夏じゃなぁって」

「ああ、満曜(まんよう)の季節だ。そろそろ人も増えて来るぞ」

「お空がキラキラしてるの、ワシ眩しくて嫌じゃ」

「ほんの数日なんだ、我慢しとけ。あと……去年も言ったが、観光客には気を付けろよ。この間みたいな騒ぎになったら面倒だ」

「分かっとる」

 

 一昨年の夏。

 酒見村では、呪いの叫びを発する怨霊が出たと大騒ぎになった事がある。

 発端は、夜の散歩に外に出ていた観光客が鼻歌を歌っている廻と遭遇してしまった事から始まり、興味本位で問題の場所に訪れた学生達もその声に何度も遭遇。結果、近くにある湖───酒見湖で大昔に無理心中した一家の子供「酒見河良(さかみかわら)の怨霊」として、爆発的に話題が広がってしまったのだ。

 

 幸い客足に影響は無く、去年も祭りの季節に沢山の観光客が来ていたが、この騒動は今でもネットの片隅でオカルトなサイトに残されてしまっている。

 

「全く、人の鼻歌を亡者の叫びとは失礼な奴等じゃ」

 

「まあな。窮屈な思いをさせて悪いが頼んだ……それより廻、背中に蟻んこがいっぱい乗って来てるぞ」

「じゃーっ!? 有人取って! 取って!」

 

 その元気な反応に有人は杞憂だったかとくつくつと笑っていたが、グルグルと回り出した廻から登っていた蟻が撒かれ、それどころではなくなったのだった。

 

 

 

 

m m m

mmmmmmmmmmmmmmmmmmmmm

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「おはよう曜引さん……大丈夫?」

「うん……大丈夫。おはよう小野さん」

 

 顔を上げる活力も沸いて来ず、机に突っ伏したままの私は、隣の席に着いたらしい小野さんの挨拶に返事をする。

 

 幻想世界の騒動が終わった後、……つまり、昨日の昼間。

 目覚めた私は、何故か傍に座って居た母親に抱きしめられ、その後夜まで延々と付き纏われていて、一夜明けた今でも心身ともに疲れていたのだ。

 嬉しいし有り難い、そしてあんなに心配を掛けてしまって申し訳無いとは思っているのだが、心配性もあそこまで来ると疲れる。昼休みに会ったはる子は笑顔で「自業自得だよ」と言って助けてくれないし、正直勘弁して欲しかった。

 

 そんな中、中々帰ってくれない母親に何時まで居るのかと聞いてみると、どうやら高須名で宿を取っていたらしく、結果終電間際まで色々と世話を焼かれたのだった。だけど、それも仕方ない事なのかもしれない。

 

 どうにも、あれから2日も経過していたらしいのだ。

 

 世界が壊れかけていたのが原因かも知れない。

 実際私が最初に1、2回あそこに入っていた時は時間はそれ程経過していなかったし、単純に時間の流れが違うとかでは辻褄が合わないのだ。時空が捻じれてなんかこう……こうなったのだろう、うん。多分。

 

 そして言いつけを守らず「神域の入口」に入ったのかと静かに怒っていた駒井さんに慌てて詳しい状況を説明すると、目の色が変わった彼女によって本格的な聞き取りが始まってしまい小一時間掛かってしまった。

 

 ……ともかく、確かに向こうに居た2人に「現実で寝たきりになっているよ」と伝えたら驚いていたからまさかとは思っていたけれど、自分も少しとはいえ寝たきり状態になるとは思わなかった。

 

 

 しかも「隠匿の神」に詳しく話を聞く前に目覚めてしまったから結局アレが何なのかもよく分からず仕舞いで、踏んだり蹴ったりである。

 ともかく、当面は何とかあの世界は大丈夫になったらしいので、また会う時に聞こうと思う。

 

「曜引さん? 聞いてる?」

「うん……?何?」

 

 そうして、考え事をしながら伏せっていると、隣から小野さんに呼ばれたので何事かと顔を上げる。

 そして席の近くにいつの間にか、陽子(ようこ)────小野さんと同じく青島出身の安納陽子と、悠里(ゆうり)が居て、何かを話しているようだった。

 

「おう五花」

「おはー。五花研究所で酷い目にあったんでしょ? 急に教室来なくなってビックリしたよ」

「まだ体調悪いの? 大丈夫?」

 

 時計をチラリと見ると、HRまでまだ時間があるようだった。

 

「あー、大丈夫。ごめん聞いてなかった、何の話?」

「ええっとね。私達、満曜大祭(まんようたいさい)行こうかなって思って! それで、曜引さん赤島に住んでるんでしょ? 一緒に行きたいんだけど……どうかな?」

 

 満曜大祭。

 小野さん言ったその単語を聞いて、目を擦った私はキラキラした表情でこちらを見てくる彼女に「行きたい」と即答しようと思って口を開いたが、よく考えなくても私は手伝いで運営側の方に居るだろう。

 

「……私の実家、酒見(さかみ)なんだよね」

「酒見ってどこ?」

「開催地やん……あっ、手伝いとかで忙しいって事か?」

「えっと、そうなの?」

「うん。お祭りの手伝いとか、当日ちょっとね。だから少し抜けるくらいなら出来るんだけど……因みに何日目のに来るの?」

「3日目」

「3日目だねー」

「3日目だよ!」

 

 3日目か……小一時間くらいなら抜けられる、筈。

 私が思案していると、小野さんは残念そうな顔を切り替えて、両手をぱんと合わせた

 

「そっか……じゃあ絶対行くから! その時は一緒に遊びに行こうね!」

「うん、ありがと。来たら電話してね」

 

 そう答えた所で、授業開始のチャイムと共に余目先生が入室して来た。

 この人毎回ギリギリに教室入って来るよな……。

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