みみたぶがり   作:佐那木じゅうき

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本年もよろしくお願いいたします。


深緋の伝承島 ③

 

 赤曜引島(あかひびきじま)

 

 五島の中でも西方に位置するこの島は、緑島程の観光地でもなく、黄島のように所縁石が多く採れる訳でもなく。

 また青島程一次産業が発達している訳でもなく、特筆するべき所といえば土地の多くが緑で囲まれているくらいの、他の4島の平均をとったような、有体に言えば特色の少ない土地であった。

 

 びゅうびゅう、と。

 深夜、夏の海上を滑る激しい風を煩わしそうに目を細めた木田(きだ)各理(かくり)は、この島の最も大きい港町────乙海岩都(おとみいわと)町の灯りを遠くに認め、呑気に酒盛りをやっている船室に声を掛ける。

 

「炉旗さん、そろそろ着きますよ」

 

 そう言い終わり、ドアから出て来た嫌に酒臭い空気に吐き気を催したが、顔には出さずに居ると、その中でも一層ベロベロに酔っぱらった様子の炉旗(ろばた)虎雄(とらお)が何かを彼に放る。

 

 受け止めた手を広げると、そこには炉旗組のシンボルである虎をモチーフにした腕飾り。

 

「……各理、それはやる」

「あっと……ありがとうございます」

 

 それは貴重な組員の一員である証であった。

 ヤクザとして働いていることに抵抗があった木田にとっては正直微妙な物であったが。それでもこれを渡して来た意味の大きさを受け止め恐縮した。

 

 そうして立ちすくんでいると、炉旗に顎で指示された組員の一人が何か名刺を木田に押し付け、彼の背中を叩いて出て行った。

 見るとそこには何の変哲もない一般企業の名前。

 

「それと……そこは小せえ会社で悪いが知り合いのトコだ。話は通してあるし『あそこ』には繋がってない。俺達は一眠りして酔いを醒ましたらオジキの所に行くが……用が済んだら青島に帰る。お前は好きにしろ」

「!」

 

 

 青島・釜伊里での巨人騒動。

 

 洞見(どうけん)の神通力を持つ木田は、一部始終が終わった時。自分の今後の身の振り方を考えていた。

 

 取引していた組織に裏切られ、下手すれば命すら危うい立場になっていた木田は、後盾を欲していて。

 そんな時、「洞見」で例の裏切り者の護衛をしていた集団に目を付けた。

 

 その場で雇っていたような浮浪者とは違う、縁門(アーチ)や銃器を装備している間違いなく日陰者の集団。この連中に恩を売ってひとまずの隠れ蓑にしようと考えたのである。

 

 そして幸運な事に、この集団────「炉旗組(ろばたぐみ)」はかなり律儀な連中であった。

 

 警察の捜索が始まる前に意識の無い状態で散らばっている彼ら全員を起こし、見つからないように逃がすというのは「洞見」持ちの彼にとっては不可能な事ではなく、そうしてやっとの思いで成し遂げた木田は、かくして彼らの信頼を勝ち取ったのである。

 

 しかし彼は元々ヤクザをやる気が無かった。

 狙われていることを恐れ、今の今まで仕方なく炉旗組の中で働いていたのだ。幸いな事に彼等にとって「洞見」持ちの木田は非常に有用な人材であったが、それが逆に抜けたいと言い出せない原因となっていた。

 なので内心もうここでずっと生きていく覚悟でいたのだが。

 

「良いんですか……?」

「確かにお前はつくづく失うには惜しい人材だ。だがな、お前……堅気に戻りたいんだろ? それなら借りは返さなきゃならねぇ。これは今日までよく働いてくれたお前への礼だ」

「炉旗さん……!」

 

 そうして船室内は俄かに騒々しくなる。

 木田の船出を組員は囃し立て、それぞれ激励を口にしたり、組長である炉旗を称える。

 

「てめぇ木田! アニキの面に泥塗ったらただじゃおかねぇからな!」

「達者でやれよ!」

「くそっ……焼き鳥クンがしょっぱいぜ……アニキはやっぱり最高だ!」

「アニキ!」

「アニキ!」

「オォ! 俺こそが『業火の虎』炉旗 虎雄だァ!!」

「炉旗さん……お世話になりましたァ!!」

 

 感極まった木田はその場で涙を流し、それは深々と腰を折ったのだった。

 

 

 

m

 

 

 

 乙海岩都町(おとみいわとまち)

 

 赤島の中でも一二を争う大きさであり、青島で言う高須名(たかすな)のような、島の玄関とも言える港町である。

 

 他の島から初めて赤島に来る人間は、大抵この港町を目にして最初に、建物を縫うように配置され異常に密集した看板広告の多さに驚くことになる。

 赤島と言えばここ、というほどに印象深いこの「看板の町」には、赤島の様々な機関が集まっており、また緑島ほどではないが多くのレジャー施設が揃っている。

 

 そんな町にある乙海港水族館という場所で私、曜引五花(ひびきごばな)は入口のイベント告知を凝視して固まっていた。

 だってしょうがない、先ずはこちらを見て欲しい。

 

 

『背袋鯆の子供! エルドルフィンの「クーちゃん」本日限定公開!』

 

 魅力的なデザインで描かれたポップな見出しに、愛くるしい生き物の写真が前面に押し出され、正に目が眩みそうなこの素晴らしいポスターを。

 

「うぁ、あ あ あ」

 

 思わず意味の無い呻き声が口から洩れる。

 前々から赤ちゃんが産まれた事はニュースで知っていたし、公開された動画も何度も見て頬を綻ばせていたのも記憶に新しい。

 

 まさか、本当に実物が見られるなんて。

 

 夏休みの入る直前の土日。

 急遽水族館のホームページに掲載されたこのイベント告知を見た私は研究所の「機能確認」で得た泡銭を手に、朝から定期船に乗ってここまでやって来たのだった。

 

 誰か誘おうとも思ったが、今はテスト前最後の連休。

 それなので結局一人で来てしまった訳なのだけど、私は一切後悔していない。行く以外の選択肢などなかったのだから。むふ。

 

 変な声が出てしまったせいで近くの人にチラリと見られてしまったが、最早そんな事どうでもいい。クーちゃんの頑張る姿を目に焼き付ける事で私の頭はいっぱいだ。

 入ったら先ずは応援用にグッズの購入、いや、正午のイベント席の確保を先にした方が良いだろうか? そんな事を考え、思わず整理券を握る手に力が入る。

 

「なんだ? あれ」

 

 そんな声が後ろから聞こえたのは、そんな時だった。

 我に返った私は、周囲の人達が一様に上を向いているのを見て、それに倣い空を見上げる。

 

 そこは沢山の野鳥が一斉に南方に飛んでいく場面であった。

 渡り鳥の類ではなさそうな、色々な鳥。

 

 祟りの「先触れ」だろうか。

 ざわめきの中、何事かとそれを眺めている私の足元に何かが当たって、見るとリスのような動物がぶつかって来たらしい。鳥だけではなく他の生き物も一斉に森から出て来て大移動を始めていた。

 

「誰か来て」

 

 そう静かに呟くと、赤島の尾袋鼬が一匹私の足元で停止し、何の用かと見上げて来た。

 

「なにか森であったの?」

 

 続けて質問すると、イタチは首を傾げてそのまま走り去って行ってしまった。

 ……うーん、彼等にも分からないという事なのだろうか。

 

 まるで何か天災が迫っているかのように、島中の生き物が逃げ出しているような異常事態。

 嫌な予感を覚えた私は、水族館から出て来た飼育員らしき人が受付の人やスーツ姿の人と何か話しているのを凝視する。

 

 間もなくスーツ姿の人は難しそうな顔で頷くと、開館を待つ私達に向かって拡声器を構えた。

 

「申し訳ありません! 今日のイベントは生き物達の体調が悪い為中止にさせて頂きます!」

 

 予想通りの言葉が飛んできて、私は眩暈がした。

 土日の二日間限定公開であるクーちゃんのショー。なんとその半分が失われてしまったのだ。

 

 控えめに言って最悪である。

 

 ……だけど中止は今日だけ。

 そう、今日は土曜日。まだ日曜日がある訳で、それならばまだ傷は浅い。

 

 私はとりあえず、今日は近くの祖母の家に泊めて貰おうと懐から携帯を取り出したのだった。

 

 

 

 

m

 

 

 

 

「という訳で、泊めて欲しいの……」

「よかよか、泊まって行きなさい」

 

 乙海岩都町の南端。

 小さい裏山の麓に建っている祖母の家の玄関で私がそう言うと、お祖母ちゃん────曜引笠音(ひびきかさね)はそう返し部屋の奥に消えて行った。

 

 お茶を淹れに行ったのだろう。

 私は小さくお礼を言って靴を脱ぎ、洗面所で手を洗った後に居間に行って、湯呑をテーブルに置いている祖母に水族館内の土産コーナーで買って来たプリントクッキーを手渡した。

 

「青島のじゃなくて悪いんだけど」

「いやいや十分じゃ。お茶請けにするかい……しかしイルカのショーねぇ、ハナちゃんが昔からイルカが好きだったのは知ってるけど……まあ変わらないのは良い事じゃねぇ」

「ただのイルカショーじゃないのよ? イルカが親子で出て来るの。凄くない?」

 

 祖母がそう言っていやはやと箱のパッケージを眺めているのに補足をして、急須で二人分の湯呑にお茶を注いでいた私は、ふと部屋の片隅に置いてあった動物用のベッドに目を留める。

 

(まわり)は最近来てるの?」

「来とるよ。ちょうど昨日おやつを食べて昼寝していったわ。まだまだ元気いっぱいじゃで、安心したわ」

 

 入れ違いだったか。

 と、私は湯呑に口を付ける。

 

 幻想世界のあの一件以来、電話越しに話すくらいで、私はまだ廻の様子を見れずにいた。

 妙な力を押し付けてしまった訳で、なにか良くない異常があれば「ずらして」取り除くか四葉さんに相談したいのだが……本人……人? 本鼬は平気だとしか言わないものだから心配になる。

 

 それでも周辺の人から変な話が出て来ない以上、表面上は健康そのものなのだろう。

 

 夏休みになったら出来る限り相手をしてやろう。

 そう思ってクッキーを齧った私は、ここで祖母が考え込んでいるのに気が付いた。

 

「どうしたの?」

「いや……どうも怖くてねぇ。動物たちが一斉に逃げていたんじゃろ? 青島でもあんな事があったし、この島にも何か恐ろしい事が起きそうで……」

「考え過ぎよ。それに、あんなのただ何か山が光ってただけじゃん」

 

 そう言うと祖母はキョトンとして、それからくつくつと笑い出した。

 

「最近の子はなんだか頼もしいのぉ、それもそうじゃね。どれ、明日のイルカショーっておばあも一緒に行って良いか?」

「もちろんいいよ。ただ、並ぶだろうからすこーし早めに行って待つ必要があるから、それで良ければ……」

 

 水族館は一人で行くのも楽しいが、他の人と一緒に行くのも楽しい物だ。

 そうして私は年甲斐も無くはしゃいで当日のスケジュールを祖母に説明しながら、そのまま夕食まで2人お喋りしてしまったのだった。

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