みみたぶがり   作:佐那木じゅうき

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深緋の伝承島 ④

 青網引島(あおあびきじま)

 「青い巨人」騒動の調査も落ち着き、出向して来た職員のその大部分が減って、漸く普段の様子を見せ始めて来た青島神秘研究所。

 

 その建物には現在、2人の警察官が所長である(わたり)と対面になるように座っていて。

 

「えー、それで捜査協力ですか。今回はどのような?」

「忙しい所申し訳ない。とにかく、この動物について学者先生の見解をお聞きしたいんだ」

 

 そうして向かいでそう喋った小茂呂(こもろ)が、テーブルの上にある写真を広げた。

 監視カメラだろうか。不鮮明な映像の切り出しのような画像を、渡は「どれ」と一枚摘み取って朧げになっている動物の姿を検める。

 

 体毛は灰色、中型犬くらいの大きさ。

 尾は丸く小さくて、代わりに手足が不釣り合いなほど大きく広がっていて、白い。

 

灰毛熊(はいげぐま)でしょうね。どこの映像?」

鴨凪(かもなぎ)だ」

「それじゃ、青島に生息しているそれとも合致しているし、まず間違いないですね」

 

 渡はそこまで言って、望月に持って来てもらったコーヒーを一口飲んだ。

 

 警察────特に特殊災害を担当している目の前の彼等は研究所の持つデータベースの大部分を共有している。

 こうしてわざわざ聞きに来たという事は、残りの共有されていない部分である「検証中の情報」か「非常に重要な機密」が目当てだという事。

 職業柄、小茂呂とはそれなりに付き合いの長い彼であるが、これは下手な事を言えないぞと緊張による口の中の渇きを潤した所で、再び小茂呂が口を開いた。

 

「灰毛熊といえば『厄除(やくよけ)』『豊穣(ほうじょう)』『焦爛(しょうらん)』……そして『隠匿(いんとく)』と繋がった事もある神無木石灰(かむなぎせっかい)の聶獣だ」

 

 その分かりやすい台詞に、渡は「隠匿」……最近更にとんでもない事が判明した「ある学生」の件が目的なのかと若干げんなりとした。

 彼女の場合は尾袋鼬(おぶくろいたち)別羽山珊瑚(べつわやまさんご)なのだが、そんな事は百も承知だろう。

 

「本人とはもう何回か喋ったんでしょう?」

「……今回俺が聞きたいのは『先生の見解』だ。色々調べているんでしょう?」

 

 そう言って小茂呂は懐から透明な袋に入った黒い塊を取り出す。

 

 渡は目を見開いた。

 今現在、白島の研究所が総動員を上げて調べている「青い神力」の発する金属。彼が持っているのは正にそれであったからだ。

 

「今、五島の特殊災害や、それに係る犯罪数が異常に少ない原因。知ってるよな?」

「『噛まれ』ですよね」

「ああ。そして、その原因がこの熊じゃないかって話になっている」

 

 小茂呂は渡に今回死亡が確認された人間のついて、続けて簡単に説明をする。

 

 鴨凪のコンビニエンスストアの横で、全身を噛まれ失血死していた事。

 その遺体の歯形と、コンビニの防犯カメラに何匹かの灰毛熊らしき影が確認された事。

 そして状況的に、被害者は向かいにある銀行を狙った強盗を働こうとしていた事。

 

「その仏さんが持っていたのがこれだ」

 

 その話を聞いた渡は、いよいよ大きくなって来た話に神妙な表情を作る。

 

「ええ、まあこれくらいなら話しても良いでしょう……それは『所縁石(ゆかりいし)』です。我々もまだ確認していなかったね。新種なので検証は終わっていませんが」

 

「この石っころに聶獣を興奮させる性質は?」

「まだ分かりません。まぁ確かに聶獣に対応する所縁石を近づけると様子がおかしくなる現象はありますが、今回は「神無木石灰(かむなぎせっかい)」の「灰毛熊」。この石が特定の条件で「青い神力」を放つような異常な物質だといえ、その事件に関係しているとはまだ言えない」

 

 所縁石「遺存不銹鋼(いぞんふしゅうこう)」。

 それが今回、新たに所縁石として登録された物質の名称である。

 

「いつ頃分かりそうなんだ?」

「白島の人に聞いて貰わないと何とも……ただ、聶獣を介した実験を行わないとどうにもならないらしく、その申請さえ通ってしまえば早いと思いますよ」

「その結果は聞ける話なんだよな? ……それじゃ、それはまた聞きに来ますっと。それじゃこれが本題なんだが……おい」

「はい」

 

 今のが本題じゃなかったのか。

 と、渡は内心苦笑いを浮かべ、小茂呂の後輩が鞄から取り出したクリアファイルを見た。

 

 そこには何枚かの紙に、思わず渡の微笑が凍り付くような一枚のイラスト。

 

「これ、『巨人』騒ぎの時に山に取り残されていたホームレス何人かの話を聞き取って書いた似顔絵。それとこの文字だけの方が当時の状況で……」

「────これ本人には?」

「まだだが、あんまり女子高生に付き纏ってもよくねえだろ。どうなんだ? 知らねぇならそれこそ本人の所に行くしかねぇが」

「……はい、お答えしますよ。ただ、少し本人に電話してきても良いですか?」

「あー、分かった」

 

 渡は聞いていた。聞いてしまっていた。

 

 つい先週のことである。

 何度目かになる「機能確認」の最中、件の女生徒が測定中に縁門(アーチ)を少ししか開けていない事に気づき、ちゃんと全開にしてくれないと困ると、そう言ってしまったのだ。

 結果、異常な神力の出力が部屋に満ちてしまい、視界が真っ赤になった後彼は放心しながら黙っていると、何を思ったのか焦った彼女の方から自白を始めたのだ。

 

 「幻想世界」の件含め、胃に悪いという次元ではない。

 

 幸いにも、縁歴会(えんれきかい)の生徒が帰った後で聞いたことであったのでこれは渡しか知らない事であったが、データベースに嘘はつけない。

 「隠匿(仮)」含めいつ情報を明かすべきかの考えを、先延ばしにした翌週すぐにこれである。

 

 しかし別に警察に話したところで公になる訳でもないし、小茂呂という警官の人柄を知っていた渡は観念して全てを話すことにしたのだった。

 

 それでようやく満足したらしく、いよいよ彼等が帰るとなった去り際。

 小茂呂は去り際に「そうだ」と呟いて、渡の方を振り向いた。

 

「妙な目撃情報があってな」

「はぁ」

 

「地元の住民の話だが、現場周辺を妙な集団がウロウロしていたらしい。気になったから調べてみたんだが、付近にコレと同じ黒い石みたいなものが落ちていた。ご丁寧に紐でアクセサリーのようにしてな」

 

 それがこれ。と、突き出された黒いキーホルダーのようなものを渡は受け取ると、あからさまに大きなため息をついた。

 どう考えても彼等にとっての今日の本題はこれである。

 

「また厄介ごとですね。とりあえずこれは調べておきますけど……」

 

 なんとも、まあ。

 渡はそう言わんばかりに受け取った危険物を服の中に仕舞った。

 

 つまり、この「青い神力」を生み出す「所縁石」を何かの目的で実用化……もしくはそうしようと目指している集団が居るという事だ。

 

「分かったらまた取りに来る。最近青島は突拍子も無い事が連続して起きているが……先生も気を付けろよ。色々とな」

 

 そして物騒な事を言い残した小茂呂が去り、静かになったエントランスで渡は呟く。

 

「何から手を付ければいいのやら」

 

「所長? どうしたんですか」

「ああ、望月さん。今後の事を考えてたんだよ」

「……なんか穏やかな話じゃないですね? さっき警察の方々が出て行ったみたいですけど……」

 

 そう言って何かに思い至ったような望月を見た渡は、慌てて手を振った。

 

「いや違う。そういう意味じゃない」

「そうですか、所長上の階で呼ばれてましたよ。急ぎみたいですので捕まる前に行ってあげてください」

「ああそう……すぐ行くから……いやホントに何もしてないよ? 変な事言いふらさないでね?」

「冗談です。早く行ってあげてください」

「はい……」

 

 

 

 

mmmmmmmmmmmmmmm

 

 

 

 

 真昼間。

 窓から差し込む光が絞られて、赤い反射光が充満する冷たい部屋の中。

 自分の荒い息遣いだけが聞こえる。

 

 俺は今、赤島から白島を経由する「青網引島」行きの定期船に乗っている。

 しかしただの定期船ではない。一日に2、3回しか渡航しない上等席付きの定期船である。

 

 そして、ここには赤島のさる地方議員が搭乗しているのだ。

 

 俺はコイツに人生を壊された。

 ギャンブル依存症対策だのなんだの宣ったコイツのせいで岩戸乙海(いわとおとみ)町での規制が厳しくなり、慌てて他の島や店に段々と拠点を移そうとしていたが、グレーゾーンに片足突っ込んでいた俺の経営していた遊戯店は全て見せしめに選ばれて、即座に摘発されて潰れてしまったのだ。

 

 刑期を終え、世間に復帰した俺の手元に残ったのは何一つ残されていなかった。

 ただ勝たせる客を選んで少し工作していただけだと言うのに、この仕打ち。

 

 

 そうしてこの世を恨みながら路上を歩いていた時に、俺は運命と出会った。

 

『神通力に興味はありませんか?』

 

 神通力。

 神様とやらに選ばれ適性を得た人間の更に上位だけが使えるという、トンデモな超能力の事だ。

 

 俺は首を縦に振った。

 力が欲しかったからだ、俺を嵌めたあのクズ議員と、それがまかり通る腐った世界を暴力で変えられるような。

 

 そうして言われるがまま行った青島のある町で、縁門(アーチ)と適性を得る事が出来る「黒い石」を得た。

 

焦爛(しょうらん)の神通力」。

 

 俺が得た神通力の名前である。

 しかし、「焦爛」はただ触った物を熱して焦がすだけの物なのだが、俺のそれは違った。

 

 何故か生物を蒸発させる程の超高温を出力する事が出来たのだ。

 おまけに気体を介する事で、威力こそ低い物だが触れずに相手にその力を押し付ける事すら出来るらしい。

 

 初めて神力を得て、その神通力を使ってみて、癖になりそうな全能感が俺を襲った。今なら何でも出来る気がした。

 それは力を与えた代わりにと、俺達を指図する大男すら一瞬で殺せそうな程であったが、同じ事を思った他の奴がそれで無惨に殺されたので、大人しく従う事にした。

 

 そうして貰った初めての指示が、今この船に乗るあのクズ議員の抹殺である。

 

 正直感激した。

 奴等「組織」が何を考えているのかは知らないが、俺の願いを汲んでくれたというのは分かったからだ。手始めにこの仕事を終わらせ、今後もこの「組織」の元で働いても良いと思えるくらいには、俺の心は動いていた。

 

 作戦は単純。

 まず、定期船の近くに「組織」の船が肉薄する。

 原因不明の民間船だ。そうして騒ぎになったどさくさで俺は議員を殺し、その船に乗り移る。

 

 そうしてその時が来るまで待っていた俺だったが、約束の時間が来てもまだ外は静かなままである。

 

 ……まあそれでも良い、先に殺してしまおう。

 そう思った俺は、腕時計を最後に確認してから両手で顔をパチンと叩き、人の寄り付かない機械室をコッソリと出る。

 立入禁止の柵を超え、人気のない通路を早足で進んでいると、目の前に誰かが居るのに気が付いた。

 

 灰髪の少女だ。

 中学生か、高校生かは分からないが、不気味に佇んで、感情の読めない瞳が此方を映している。それはまるで鏡のようで。

 

「……なんだお前」

「いや……」

 

 そう言って何か言いたげな少女を見た直後。

 俺は何か異様な存在が口を開けて、こちらを飲み込もうとしている、そんな得体の知れない恐怖を感じ、反射的に姿勢を落とした俺は勇気を振り絞って腹の縁門(アーチ)を開ける。

 

「あ、縁門(アーチ)

 

 そうすると少女は軽く驚いたようにここで初めて表情を変えた。

 小馬鹿にしているような、そんな口調で。

 

「ァアアアアアああああ!!」

 

 両手を前に突き出す。

 

 力を使うと毎回覚える全能感は即座に消えた。

 全身が怒りと恐怖で満ち溢れる。

 

 出力の上限いっぱいに出した神力を「焦爛の神通力」に変換。

 制御の事など度外視の、自滅覚悟で放出した渾身の放熱。

 

 紛れもない全力に、通路の壁や天井が熱で黒に、赤に染め上がる。

 

 

 そうして目の前の「ナニカ」に駆けだした次の瞬間、俺の視界は真っ白になった。

 

 

 

 

m

 

 

 

 

「えぇ……」

 

 そう漏らした声は、船内で空しく反響し私の耳に返って来る。なんなの、とか。意味が分からない、とか。そんな言葉がすぐ出る余裕すらない。

 多分大抵の人が私と同じ場面に遭遇したらこうなるだろう。

 

 赤島の水族館を堪能した私は祖母と別れ、そのまま青特に帰るための定期船に乗っていたのだが、まさかテロリスト? が居るとは思わなかった。

 予想外過ぎる。やっぱりこの世界、全く安心できないじゃん。

 

「それにしても何だったの今の……壁溶けてるし……」

 

 恐らく高温を発する神通力。

 あんなヤバそうな能力、正直種類は分からないけど一歩間違えれば船の動力炉が壊れて大惨事である。

 

 夏場の定期船の中は冷房が効きづらく、過ごしにくいのでちょっと最下層に涼みに来ただけなのに。

 何故か暴漢に襲われるし、むしろ暑い目に遭ってしまった。

 

「とりあえず引戻して……縁門(アーチ)回収して……?」

 

 そこまで呟いた所で、違和感に気付く。

 私、縁門(アーチ)付けてたっけ?

 

 上着の下から手を入れて身体を(まさぐ)ってみても何も無し。

 そう、私は反射的に迎撃で「隠匿」を使った訳なのだが、縁門(アーチ)無しで何故使えたのかが分からないのだ。

 

 そうして悩んでいると、戻した男の裸体の横に、何か黒いキーホルダーが落ちている事に気が付いた。

 

 これ……なんか持ってると不思議な感じがする。

 でもなんだっけなこれ。

 

「────あっ、大釜山の時の」

 

 そうだ。

 地下大回廊の奥にあった黒い物。あれと同じ感覚がする。

 

 あの時は量が多かったせいなのか、立っていられなくなる程ふら付いて倒れてしまった訳だけど、この位の量であれば少しぼうっとする程度で済むらしい。

 

 となると、そう。

 あの時、色々不思議な体験をしたのは例の変な縁門(アーチ)が原因かと思っていたけど、そうではなくこれが近くにあるのが原因だったようだ。

 

 ともかく、こうしてずっと持っているのもあんまり良くない気がするので、さっさと確かめる事を確かめてしまう事にした。

 

 先ずは、こうしてキーホルダーを持ったまま念じる。

 ……うん。神力がお腹から出て来る。

 

 次に、キーホルダーを床に置いて少し離れてから念じる。

 ……おお、出て来ない。

 

 結論。

 この石は縁門無しで神通力が使えるようになる物質でした!

 という事になるわけだけど。

 

 ……いやいやいや、なんか常識がぶっ壊れそう。

 

 私は首を左右にブンブンと振って持っているキーホルダーを眠っている暴漢に投げつけた後、船の職員の方に不審者が寝ていると報告すべく、上の階に登って。

 そうして諸々が終わり物凄く疲れたせいか、座っていたらいつの間にか寝てしまっていた。

 

 尚、その後やっと起きたのは青島の高須名に到着した時であった。

 明日は期末テストだから早めに帰ったのに、もう勉強する気力ないよ……。

 

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