みみたぶがり   作:佐那木じゅうき

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成就

 ごうごうと。

 船の機関が動く音だけが聞こえる客室内に到着を知らせるアナウンスが流れた。

 

 ジトッとした室内でうつらうつらとしていた私はそれで目を覚まし、眠気覚ましに入口を開け海原駆ける潮風とは反対に顔を向けると、丁度遠目に乙海岩戸(おとみいわと)の街並みが見えるようになった所であった。

 通り過ぎる船からも見える為なのだろう。特大の看板が大量に並び、その隙間を縫うように大小様々な形状の看板が詰まっているのがここからでも見える。

 

 これが赤曜引島(あかひびきじま)の玄関である。

 先週水族館に行ったのもあり、それ程感慨深くも感じない。だけど、やっぱりこの眺めが一番「帰って来た」という感じがするのだ。

 そんな全体的にカラフルな街並みから目を外して、船が徐々に減速するのに合わせて下船口に行き、係員に切符を見せて、すたっと降りると、磯の香りが鼻元を掠める。

 

 夏休みが始まった。

 

 学校での生活も一旦終了。

 私達学生はこの一ヶ月ほどの長い休みをどう過ごすかと考えるにも、まだ十分間に合う最初の一日である。

 

 朝のピークが過ぎた午前中だからなのか、乙海港は人が思ったよりもまばらで新鮮な気分になる。

 そう思いながら着替えを詰めた大き目の荷物をカウンターの上に乗せ、6番ゲートをくぐったら、もうそこは乙海岩戸の街中。私は携帯にメモしておいた四葉さんとの待ち合わせ場所を再度確認する。

 

『深海Cafe沈没船』

 

 船に乗って来た相手にこの店名はどうなんだと思いながら、恐らく喫茶店であろうそこに向かうため、差し当たって私は肩に掛けた荷物を預ける為に最寄りの駅に向かうのだった。

 

 

 

 m

 

 

 

「久しぶりね五花。何飲む?」

 

 店名を意識したのか全体的に薄暗く青い灯りが満ちた店内で、やっと見つけた四葉さんは私にメニューを差し出して来た。

 

「一カ月ぶりくらいですかね、えっと……ブレンドコーヒーで」

「一カ月半。ケーキセットで良いよね? ここの『黒いモンブラン』気になってるんだ」

 

 なるほど、今回はこれ目当てで店を指定したらしい。

 私は「じゃあそれでお願いします」と答え、持っていた荷物を足元のボックスに入れていると、四葉さんは通りかかった店員に声を掛けていた。

 

「ちょっと頭貸して?」

 

 注文が終わった四葉さんがそう言うので、疑問に思いながらも少し頭を前に倒すと、彼女は両手で私の左右のこめかみに手を当てる。

 

「……はい、良いよ」

「四葉さん、縁門(アーチ)付けてるんですか?」

「さて、どうでしょう」

 

 その言葉にテーブルの下を見る。

 ワイドパンツというのだったか、四葉さんが今日履いているのはやけにだぼったいズボンであったので、これは付けているなと思わず苦笑いしてしまった。中学時代のはる子みたいな事をやっている。

 確かに免許のある四葉さんは縁門自体は持ち歩いていても大丈夫なのだが、身に付けて行使しているとなれば話が変わってくる。

 

「捕まらないで下さいね?」

「ごめん、今日忙しくって……お昼には緑島に戻らないといけないの。トイレでやるのも嫌でしょ?」

「それはそうですけど……」

 

 うん、トイレは嫌だ。そして、そもそも私の為にやってくれている事を理解しているので余り文句も言えない。どうも四葉さんは今日、例の「幻想世界」での件を母から聞いて私の様子を見に来てくれているのだ。

 

 そうして先程までの和やかな雰囲気から一転。

 四葉さんは真剣な顔になって何か考え始めた。

 

「四葉さん?」

「五花、最近その……釜伊里での後。自分自身を『ずらし』た事は何回ある?」

 

 自分自身を「ずらした」事。

 頭の中で反芻し、振り返ってみる。

 

 基本的に「特別課外授業」では神通力を使わない。

 二年から選択授業になる「神通力の使い方」まで進んではいないし、あの騒動でもなんだかんだそういう事はしなかった。

 そこまで考えて、研究所での「機能確認」で沢山使った事を思い出す。

 

「神秘研究所のバイトで結構使いました。回数はあんまり覚えて無いですけど」

「正直に言うと、ちょっと酷かったよ。まだ五花が子供の頃は沢山使っても問題無い感じだったんだけど……何万回とか使ってたとかじゃないよね?」

「そんなにですか? ……100回も行って無いと思います。多分」

 

 「ちょっと酷い」か。

 正直大釜山のあの件の時の方が神通力を酷使していたような気がするが、どういう事なのだろう。

 四葉さんもそう思って居るらしく、丁度テーブルに置かれた飲み物に口を付けつつも、視線は何もないテーブルの角に固定されていた。

 

「やっぱり行ってもそのくらいだよね? ……うーん。アルバイトもやるなとは言わないけど……いい? 何かおかしいな、と感じたらすぐに使うのを止める事」

 

 自分自身に使い過ぎると曖昧になって戻って来れなくなってしまう。

 イメージしづらい状態ではあるが、私は度々彼女にそう言われてきた。四葉さんが言うならそうなのだろう。私は神妙に頷いた。

 

「多分五花は、もう自分の『隠匿』が普通じゃないと気付いてるよね?」

 

 頷いた所で、気になる事を問いかけられた。

 確かに私が聞きたかったことである。

 

「知ってたんですか?」

「黙ってたのはごめんなさい。そうね、多分そうなんじゃないかな、と思ってたの」

 

 そう言って四葉さんは続ける。

 私の使う「隠匿(仮)」は、ただ「ずらす振れ幅が非常に長いだけ」なんじゃないかと。

 それは概ね休み前に「機能確認」の際に聞いた所長の見解と一致していた。私としても、「隠匿の神」が全く同じ能力を使っていたのを見ているので腑に落ちる所であった。

 これは間違いなく「隠匿の神通力」であると。

 

 そういえば、と。幻想世界の一件の事を思い返す。

 

「『神力の源泉』」

「源泉?」

「言われたんです。私の使っている神通力は、『神力の源泉』から直接引き出しているって。効果が大きいのもそれが原因……なんですかね」

 

 両親と同じくその方面に詳しい四葉さんである。誰に言われたのかとは言わず、そう伝えると。

 四葉さんは携帯を取り出して私に画像を見せて来た。そこには見慣れた草踏(くさふみ)神社の祭壇があり、彼女は奥に書いてある文字の所を拡大した。

 

「これ、お義兄さん……五花のお父さんの居る神社の……ああそう、ここ『かなえと』って書いてあるでしょ? 祝詞でも結構出ると思うんだけど」

 

 中学で習った単語なので、私も知っていた。

 確か、全ての神々の更に上に位置する原初の神「成就(じょうじゅ)」。その神通力の別称であった筈だ。

 

「良く分からないけど、『神力の源泉』って事は叶通(かなえと)の事かもね。神話だから定かな話じゃないけど……」

 

 実際の所、神々の所縁(リレーションズ)によって存在がなんとなく担保されているそれら神と違い、「成就(じょうじゅ)の神」の存在はそれ程信じられていない。

 言うなれば、私の前世における神くらいの扱いであった。まあ、国によって違いがあるだろうから正確には「前世の日本」では、という所だけども。……正直私としては、普通に存在していると思ってる。寧ろこれだけあり得ないファンタジー的現象で溢れかえっているのに、逆に居なかったら驚く。

 

「五花なら知ってるだろうけど、『成就の神通力』を受け取ったそれぞれの神が各々、望みを叶えるための形に変えたのが『叶通力(きょうつうりき)』。それを経由して聶獣から人へ『神通力(じんつうりき)』が来る訳だけど……五花は段階を飛び越えちゃってる訳だ」

 

 そこまで言った四葉さんは苦笑いを浮かべる。

 

「そう考えると、今回蓄積が酷かったのは五花が『幻想世界』に行っていたのが原因かもね」

「えーっと、源泉────『叶通』に近い所で神通力を使ったから、って事ですか?」

「そういうこと」

 

 釜伊里の騒動以降、幻想世界で自分自身を隠した場面は無かった筈だけど、確かに気を失った時に使った可能性もある。

 引っ掛かるが、あり得ない話じゃない。私はとりあえずその仮説に賛同することにした。

 

「何か大変だったみたいだから責めるのも違う気がするけども兎も角。もうそんな場所でヤンチャしない事ね。師匠命令よ?」

「すみません……」

「謝らなくてよろしい。返事は?」

「はい」

「うん、あと何日になるか分からないけど……一度、お祭り前に酒見の方に様子を見に行くね。その頃なら結構予定空いてるから……」

 

 そう言いながら指を立て、四葉さんは静止した。

 

「四葉さん?」

「……」

 

 問い掛けて暫く沈黙していた彼女であったが、急に頭を抱えだし「何でもない」と言った。

 絶対何でもある態度なので追求しようとするも、直前に四葉さんは口を開いた。

 

「そういえば、学校はどう? 新しいお友達は出来た?」

「へ? うん。まあそこそこ、ですかね」

「……なら良かった。困ったことがあったら何時でも電話してきてよね……じゃあ私、ちょっと早いけど行く。お会計済ませとくからゆっくり食べてね」

「え? あ、はい」

 

 そう言って立ち上がった四葉さんの近くのテーブルを見ると、既に皿は空になっていた。

 ずっと話していたのに何時の間に食べたんだろうか、と考える間もなく歩き始めてしまった四葉さんの背中にお礼の言葉を言い、意味も無くテーブルに残された食器を再び眺める。

 

 何か予定でも忘れてたのかな?

 

 そう結論付けた私は四葉さんの先程の慌ただしい様子を思い返す。やはりかなり忙しい時期なのだろう。

 正直四葉さんが実際どんな仕事をしているのかふんわりとした事しか聞いた事がないのだが、それだけは分かる。なのでこうして時間を見つけて会いに来てくれたのは感謝しかない。私は申し訳なさを感じつつ飲み物に口を付け、息を吐く。

 

 それにしても、勝手に源泉使ってる分際で「隠匿」の神には悪いがやっぱこれ、微妙な神通力である。

 私も「浄化」とかが良かったな……なんて思ったら罰当たりなのでここまでにしておくけど、なにせ爆弾付きの回数制限があるのだ。

 

 ……そういえば、同じ「隠匿」持ちの太田とか幻想世界でバンバン「隠匿」使ってたっぽいけど、大丈夫なのだろうかアレ。

 廻のように使い放題なら良いけど、アレだって聶獣じゃなく人間である。今度それとなく確認してみよう。

 

 私はそう決心して、炭のような見た目に反し、ふんわりと柔らかいケーキにフォークを入れた。

 

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