その時間帯のバス便は、利用者があまり居なかった。
電車の方を利用する人間が多いのだろう。港のある
だから、その子供が目に留まったのかもしれない。
隅の椅子に座り壁に全身を預けながら時計を見ている男児。遠目から見ても汚れているシャツを着て、サイズの合わない大き目のズボンを履いたその子供は、私が眺めているのに気が付いたらしく、首を傾げてこちらを見ている。
気まずいので小さく手を振ってやると、その様子を見た子供は興味を失ったのか再び視線を時計の方に戻してしまった。……えっと。保護者は近くにいるのだろうか?
そんな事を考えていると、遂に子供の親は現れず目当てのバスがやって来る。
私がそのバスに乗り込もうと立ち上がると、その男の子も乗るらしく立ち上がった。大丈夫かなと思いながら乗車して後ろの方の席に着くと、その子が辺りをキョロキョロと眺めながら入って来るのが見えた。整理券を手にするのを忘れたらしく、運転手に注意されている。
「君、お父さんお母さんは?」
「向こうで待ち合わせしてるんだ」
その言葉に怪訝そうな顔をした運転手であったが、気にするのを止めたらしい。男の子が最前列に座ったのを見届けてから出発のアナウンスをすると、ドアを閉めてバスを出発させた。
なんだ向こうに親が居るのか。と思う一方違和感が残る。
知らない子供だから目的地は私の住む酒見の奥地ではなく、松鳴町か酒見の手前の方に住んでいるのだろう。だけど……正直、とても普通の家で生活しているような風貌の子供ではなかった。なにせホームレスのような恰好をしているのである。
不審者のようで気が進まないけど、この子の後をつけて親と合流するのを見届けるべきであろうか、と。そう思う程には危なっかしい雰囲気を纏った男児は席に着いた後は大人しくしているようで、後ろからでは姿が見えない。
そうやって、停車場所が近づく度に男児が降りるか確認するのを繰り返している内に、とうとう
酒見村は、大雑把に分類すると手前の「
ちなみに、私の実家のある方が「酒見平」である。
酒見河原の方は比較的人が多く、他の町とあまり変わらない街並みを見せてくれるが、酒見平はドの付く田舎。当然住む人も少ないので私が知らない住民は居ない筈なのである。
そう思っていたのに、バスが酒見河原を通過し、トンネルに入る頃になっても何故かその男児は乗車したままでいた。
こうなってしまえば、必然降りる停車場は終点の「
……えぇ。
一体村の誰の子供なのだろう、と考えて幾つか隠し子が居そうな近所の人をピックアップしてみるが、ちょっと失礼なので思考を打ち切る。
まあ、ともかく狭いコミュニティだ。近所に虐待疑惑のある人間が住んでいると私が出しゃばっても問題ないだろう。そう私は男児をストーキングする事を決心して腕を組み目を閉じた。
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酒見村には「赤島山社」と呼ばれる神社が4つ存在している。
そしてトンネルを挟んだ
村の最も手前の
現在、そんな赤島山社の一つである
その境内から、用事を済ませた宮司の妻である
「あら、五花おかえりなさい! 無事に帰ってこれたのね。これからお家よね? お母さんもこれから帰る所だから、一緒に行きましょ?」
「えっと……お母さん。こっちにこのくらいの男の子が走ってこなかった?」
困ったようにそう返して来た五花に、三鶴ははてと首を傾げる。
そのくらいの背であると、小学生低学年くらいの子供である。現在そんな歳の子供がこの集落に居ただろうか。
「男の子どころか誰も見なかったけど……その子がどうかしたの?」
「
「うーん……残念ながら知らないわね。今日来てる観光客の誰かの子かしら……? 五花以外の子供と言っても今いるのは2人だけだし、
「毎美、もう帰って来てるの?」
「帰って来てるわよ。あっちももう夏休みで登校無いみたい」
「ふーん、じゃあ後で顔でも見に行こ……ってそんな場合じゃなかった。お母さん、交番の
「分かったわ。今日も本殿の裏に居るわよ」
「ありがとう」
先週あった乙海岩戸での「先触れ」といい、最近赤島でも奇妙な事が増えてきている。三鶴はその「迷子」に妙なざわつきを感じ胸元を抑える。
短い礼を返して境内の方に入っていった自分の娘を見送った後、彼女はひとまず村の交番の方に向かうのだった。