みみたぶがり   作:佐那木じゅうき

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浄化の祟り ①

「ワシ、見とらんぞ。他の奴も見ておらんようじゃ」

 

 草踏(くさふみ)神社。

 その本殿の裏で日向ぼっこをしていた(まわり)に、私は件の男の子の行方を聞きに来たのだが、以上の返答が返って来た。

 

「皆は今森の中に居るの?」

「んーそうじゃな。赤島では基本的に集落から西に行ってすぐの辺りに集まっておるが、他の方面にも住んでいる奴は居る。人里から離れておれば目撃されとるじゃろうから……少なくとも人里に居ると思うぞ」

「そっか……建物の中にでも居るのかな」

 

 幻想世界での一件の後。

 廻は「隠匿」の所属となった尾袋鼬(おぶくろいたち)と離れていても意思疎通が出来るようになったらしい。「権能」のお陰なのか同じ隠匿に連なっている尾袋鼬だからなのかは分からないが、電話で聞いた限りの廻の異変はこれくらい。こうして会ってみて、とりあえず見た感じ、特に病気とかの異変も感じず至って健康体であったので、少し安堵した。

 

「見た子が現れたら、また教えてくれる?」

「分かったぞ」

 

 そうして私と一言二言交わしながら、だらけた体勢で顔を上に向けた廻は、ピクリと思案する私の顔から視線を外し、後方を見た。

 その方向に私も首を向けると、そこには懐かしい顔が覗いていた。

 

五花(ごばな)ちゃん、帰って来たのね!」

毎美(ことみ)

 

 近所。といっても私の家から歩いて15分くらいの場所に実家のある橋詰(はしずめ)毎美(ことみ)という名前の女の子。

 他の多くの子供のように港の方の学校に通っている中学生2年生……つまり私の2個下である。そんな彼女は、笑みを浮かべ大きな屋台のような物を牽きながらこちらの方に歩み寄って来る。屋台?

 

「廻ちゃんも昨日ぶりね!」

「きゅーん」

「あっ」

 

 屋台から手を離し、流れるように廻を持ち上げ撫で回し始めた毎美に対し、廻は尾袋鼬のそれとは微妙にずれている鳴き声で返して森に早足で去って行った。

 毎美は廻を会うたびに撫でまわして来るらしく、かなり苦手にしているのだ。……まあ、それは今は良いか。

 

「えっと、その屋台何?」

「お客さん……一杯いかがですか?」

 

 疑問に答える代わりに、毎美は仰々しく屋台から缶ジュースを取り出して私に一つ手渡して来る。

 なんてことはない、普通の冷えたサイダーだ。

 

「これでお祭りに来るお客さんにドリンクを売りつけるのよ。一獲千金だわ!」

「ああそういう……」

 

 ビジュアルが完全におでん屋のソレなので一瞬意味が分からなかったが、彼女はどうやら観光客に対しての小銭稼ぎを画策しているらしい。

 随分と地道な一攫千金である。私は呆れながら缶のプルタブを起こしてサイダーを口に含んだ。

 

「まいど! 100円ね!」

「お金取るのね、えっと……はい」

 

 屋台に「一本100円」と書かれているのを悪戯っぽく指差す毎美に私はちょうど懐にあった硬貨を彼女に渡す。そして狼狽えた彼女を見ながらもう一口。シンプルに美味しい。

 

「えー……ありがとう!? けど今のは冗談だから返すわ!」

「返さなくて良いよ。というか何でウチの境内に?」

「五花ちゃんのお父さんがね、ここで練習して良いよって言ってくれたから来てるの! けど……あんまり人が来ないわね?」

 

 そう言って毎美は本殿の方をチラリと見遣る。

 どうやら先程まで表の方で屋台を展開していたらしい。話を聞くと、今は余りに客が来なくて休憩中らしく、私が裏手に向かっていったのを目撃したのでここまで来たらしい。……廻と会話してたの聞かれてないよね?

 

「平日昼間ならこんな感じよ。多い方が困るんじゃないの?」

「そうなんだけど、練習にならないのも悲しいわ……本番上手く行くかしら」

 

 彼女らしくなく悲観するのを聞いて、今日何本売れたのか聞くと私のを合わせて2本らしい。

 因みに残りの一本はお父さんが購入したそうで……うん、つまり結局まだ参拝客の誰も買ってくれていないようだ。そりゃ手ごたえも感じないよね。

 

 そうして実家の倉庫から出して来たという屋台をサイダー片手に見ていると、今度はお父さんが此方の方にやって来た。

 

 ……?

 真剣な表情だ。何かあったんだろうか。

 

「五花……帰ったなら俺に顔くらい見せたらどうなんだ? お父さん悲しいんだけど」

「ごめん。後で行こうと思ってたのよ、ただいま」

「本当かぁ? おかえり……あーえっと……毎美ちゃん、ちょっと良い? 今、表の方に君のお母さんが来てる。屋台は僕が片付けておくから、先に行っててくれるかな」

「? うん、わかったわ!」

 

 何かあったのだろうか。

 お父さんの言葉に不思議そうな顔で了承した毎美は、屋台から自分の荷物を取り出して表の方に走り去っていった。

 その姿を2人で見送っていると、お父さんが一言。

 

「橋詰の祖母さんが死んだ」

「……」

 

 何となく悪い報せなんだろうと思っていたが、そうか。

 橋詰のお祖母さんといえば、毎美の祖母の橋詰(はしずめ)登代子(とよこ)さんである。子供の頃からよく世話を焼いてくれて……そうだ。毎美が産まれてすぐの頃に、3歳にも満たない私に毎美と仲良くしてくれなんて会うたびに言って来たのが記憶に残っている。

 

「毎美、お祖母ちゃんっ子だったから……辛いでしょうね。具合は前から悪かったの?」

「いや……今朝はピンピンしてたよ。まさかこんなコロっと逝っちまうなんて……はぁ、俺は(もがり)の準備があるから五花。あの子に着いてやっててくれ、頼んだ」

 

 そう言って屋台を折り畳み始めた父親に頷いて、私は橋詰家に向かうべく歩を進めるのだった。

 もう、迷子の男の子を捜している余裕はなかった。

 

 

 

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 この世界では、人が死んだ時に話したり、泣くのは良くない事だとされ、その葬儀は驚くほど静かに行われる。

 昼間だというのに、深夜のような静けさの中、人の影が音も無く並んでいるのは正直、時が止まったかのような光景に見える。

 

 橋詰の家に私が着いた頃には、もう沢山の人が集まっていて、入口に固まっていた。

 

 なんとか家の中に入ると、そこには毎美の両親と、叔父と、毎美が座って布団に眠っている登代子さんと、その近くに居る見覚えの無い若い医者を見つめている。

 近くの川の遠い音だけが聞こえる空間。父親に着いてやってくれなんて言われて来たものの、両親と身を寄せ合って座っている毎美の傍に、私が入る余地はないように思えた。

 

 そうして所在なさげに部屋の隅で佇んでいると、部屋に入って来た私の母親と目が合った。母は私に薄く微笑むと、どうやら登代子さんを(もがり)のため、村の安置所に移すらしい。橋詰家の人達に身振りで説明をすると、毎美の叔父と父親が彼女の遺体を専用の担架に移し、間もなく家から運び出されていった。

 毎美の母親もそれに着いて行こうとしたが、毎美がその場から動かず、その場に留まる。部屋には最早私達3人しか残っていなかった。

 

「まだ、仲直りもしてなかったのよ」

 

 ポツリと毎美が呟いたその声は、喉につっかえ非常に言いづらそうで。

 私は思わず毎美の母親とは逆の方に座って手を握った。途切れ途切れの言葉を聞くに昨日、毎美は祖母に酷い言葉を言ってしまい、それきり口を利いていなかったらしい。

 

 人が死ぬとき、残された人は後悔を口にする。 

 けどさ毎美。残してしまった方にだって、きっと後悔がある筈なんだ。

 

 橋詰の広く古風な家の中はその後もバタバタとしていた。

 そうしていつの間にか(もがり)の為にやるべき事が全て終わり、私は俯いたままの毎美にポケットに入っていた飴を渡して家に帰ることになった。

 草踏神社の隣にある私の実家の姿が見えて来た時には、なんだか自分の事がたまらなく嫌になった。なので、なんとなく家に入らず、母親に断って裏手にある森の中の空き地に入る。

 

 時刻は夕暮れ。

 木々の間から差し込む夕暮れの赤い光は、目に入ると痛いくらいに眩しい。

 空き地の真ん中にある切株に布を敷いただけの椅子に腰かけて、私は光が入らないようにオレンジの草の絨毯を眺める。その視界に小さな影が入り込んで来た。

 

(まわり)

「落ち込んどるのか?」

「別に。ただ……うん、(いた)もうとしてるだけ」

「悼もうと思って悼むのはどうかと思うんじゃが」

「分かってるわよ、馬鹿」

 

 

 

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 (みどり)賀崎(がさき)(とう)

 その三賀張(みかばり)という街の、とある豪邸の地下。

 

小海四葉(こうみよつば)が10日に酒見を訪れる」

「いよいよか」

 

 小さなテーブルと椅子が不規則に散らばった大部屋に、まばらに座っていた人々が顔を上げる。

 

「人死が出るが」

 

 控えめな抗議の声が上がり。

 

「100人も居ない程度の集落だ。祭りの前に全てを終わらせば、それ程数も伸びないだろう」

「小海四葉、3番金の『罪穢(つみけがれ)』持ち、そして────『逆睹(げきと)』。満曜の日に、図らずもこれだけの材料が揃った……この好機、見逃す理由は無い」

「……ならば必要な犠牲だな、致し方ない」

 

 予定調和のように、それらの説得がされる。

 初老の男は、それを待ってから立ち上がり、仰々しく両手を広げた。

 

「それでは私が出ます。異論はありませんね?」

「ああ」

「夕森、妹の無念を晴らすと良い」

「ありがとうございます」

 

 男は感極まったような振りをして、襟元を正す。

 そんな様子を見た周りの人間は頷いて、1人が紙に包まれた物を彼の前に差し出したのを受け取り中身を検める。

 

 所縁石(ゆかりいし)「3番金鉱石」。

 

 掌の上にあるその石は、部屋の照明を受け、毒々しいまでに光り輝いていた。

 

「『罪穢』は既に現地に向かわせた」

「承知しました」

 

 男は金鉱石を懐に仕舞い込み、首元に下げた「黒い石」を握り締める。

 

「逆睹の『叶通力(きょうつうりき)』を奪い、神々の所縁(リレーションズ)の撲滅を」

「神を騙る者共から人の世を取り戻す」

「我々はその為だけにここまでやってきた。いいな?」

 

「ええ、必ずや成し遂げてみせましょう」

 

 

 

 

 

 

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 その後。

 青島への夜間定期船にて、汽笛の音を聴いた夕森は背後に座る女性に声を掛ける。

 

「『成就』と繋がった生徒は居ませんね?」

「はい。幻想世界で会っていたという二人にもその兆候はみられず、現在繋がりを持っているのは『明日香』と繋がる貴方を除けば未だ1人だけでしょう」

 

 その言葉を受けて、夕森は顔を伏せ笑う。

 

「ククク……例えそれが神と呼ばれる存在だろうと、手の届くところに落ちてくるような紛い物。あぁ明日香……あの子がそれを証明してくれた……! そしてこれから私がやるべき事の手助けさえも……出来た妹だよ……本当に」

 

 

 

「明日香に代わりこちら側に落ちて来た『逆睹』の神擬き……アレが妹の代わりというのならその力、私の所有物でない訳が無い」

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