もう何年前だったかも忘れた話。
もう縁も希薄になっていた実家からの電話は、久しく忘れていた幼少期の緊張を思い出し、更にそんな事を言われてしまったものだから、心臓が止まったかのような錯覚を感じた。
そして報せの後には「家に戻ってこい」というだけの素っ気ない一言が付いて来た。
部屋の窓を開ける。
入って来た冬の冷たい風を肺いっぱいに吸い込んで、身体の中の空気を入れ替える。
吐いた息が白くなったのを見て、幾分か心を落ち着かせる。
そう、単純な話。姉はもう嫁いでしまった後だったし、急死した兄の後の代わりになる人物が必要だったのだ。
仕方ない事だった。
私は生き甲斐に感じていた職を手放し、まもなく用意された後継者候補と婚姻した。仕方ない事だったけど、自身がこれまで積み重ねて来た物が全部無くなった気がした。
相手は悪い人では無かった。
ただ、その頃はお互いに半分初対面のような人物であったので、最初の頃私は与えられた席の中で心許せる人も無く、独りぼっちで過ごしていた。
だから赤島で幸せそうにしている姉さんが気に障りだした。
何がきっかけだったのかは分からない。
連絡は普段から取り合っていたし、兄さんの葬式で再会した時には身を寄せ合って悲しむ程に仲は良好であった。
孤独な私と、幸せそうな姉さん。その環境が段々と、蝕むように私の中に染み込んでいったのだろう。
私が家に戻り3カ月ほど経過した時、姉さんが身籠っていた子供が産まれそうだという連絡を受け取って、私はすぐに酒見村へと向かった。両親を含めた家はそれに関心が無いようだったので、私だけで行ってやったのだ。
姉さんは私の顔を見て「来てくれてありがとうね」と言った。
私はそんな姉さんを見て「当たり前だよ」と笑いかけた。
馬鹿みたいなやり取りだと思った。
その日のうちに陣痛が酷くなり、産まれる兆候を見せたので、曜引さんのお義母さんと私は姉さんの傍にずっと居て、そのあまりの修羅場に目が回りそうだった。
末っ子だった私は、出産に立会うのが初めてであったのだ。
だけどその時だけは、長く抱えていた心のモヤモヤも晴れていたような気がする。
逆子であったため長丁場になってしまい、一時は姉さんの命も心配する程であったので、産まれて来た子供の姿を見た時にはとても安心したのを覚えている。
良かった。良かった。素直にそう思える自分が嬉しかった。
だけど産まれた子供は息をしていなかった。
どうしても泣き声を上げず、医者が詳しく見ると呼吸すらしていなかった。
気絶するように眠る姉さんの傍で、崩れ落ちた曜引のお義母さんが静かに死んだ赤子の頭を撫でているのを見ながら、私はその場に呆然と立っていた。
そうしている内に、部屋の中に曜引のお義兄さんが入って来た。
何かあったのだと察したのだろう、最初に姉さんの元に行き、直ぐにお義母さんが抱えている赤子の元に行きそれを静かに受け取って。
私の方を見てこう言ったのだ。
『今日は来てくれてありがとうございました、四葉さんも赤ちゃんの顔、見ます?』
心底嬉しそうな顔で言うものだから、一瞬彼の気が狂ってしまったのかと思った。
しかし、状況が分からないまま視線を彼の懐にある赤子に映すと、そこには目を開きこちらを見ている「何か」が居た。
目と目が合っていた。
パチリと開かれた瞳は、光を反射して、まるで鏡のように私自身を写していて、それがとても嫌な感覚であった。
まるで無機質な機械のようなソレは、自分の内心を暴き、突き付けて来ているようで。
『五花……』
逃れるように、口にした。
そう、名前は知っている。
しかし目の前のソレは、とてもその名を与えられた赤子には見えなかった。
その後、暫く酒見村に滞在した。
元々無いに等しい仕事である。夫に秘書を通して連絡を送り、姉さんの家に戻ると、赤子は眠っている姉さんの腕の中で何か声を発する事も無く、無感動に服に印字された文字を指でなぞっていた。
私達は医者にそう伝えられていた。
しかし、動作を見れば見るほどそれは何かしらの意図を感じるものばかりで、妙に落ち着いていて。
「お人形さんみたい」と笑う姉さんとお義兄さんには悪かったが、ソレは泣くことも無く、笑う事も無く、そう。
ただ機械のように何かを学習していた。という表現が合っていた。
wwwww
mmmmm
「縄
その声に顔を上げると、庭に興味深そうにこちらを見るはる子が立っていた。
大きな荷物を手に持っている辺り、ついさっき来たばかりのようだ。……電話で今日来ると聞いていたけど、もうそんな時間だったっけ。
「うん、こうやって何本も作って大きな輪にするのよ」
「手作業で作るんだね~」
「業者に頼む所も普通にあるんだけど、出来れば材料はこの辺りの物を使わないといけないから……とりあえず荷物はそこに置いて。あと、冷たいお茶があるけど」
「飲む」
即答したはる子に苦笑いして私は手に持っていた草の束を置き、縁側から立ち上がった。
うーん、夢中で作業してしまっていた。
いつの間にか母は出かけて行ったようだし、先程まで家には私一人だったらしい。来客を忘れるなんてやらかしたなと思いながら、冷蔵庫から冷やしておいたお茶を持って縁側に戻ると、はる子は私が半ばまで作っていた草の縄を興味深そうに眺めていた。
「どうしたの?」
「どうって?」
「なんか珍し気に見てるからさ……見たことない?」
「うん。お祭りとかあんまり興味なかったから」
へー、お祭りに興味無かったのか……。
うん……なんか彼女の闇に触れそうだし、話題を変えた方が良いだろう。そう思っていると、彼女は積んであった草を一つ取り出して私に笑いかけた。
「これもお祭りの準備なんでしょ?」
「ん、じゃあ手伝って貰ってもいいかな」
「はる子に任せなさい!」
途端にテンションを上げて来たはる子が意気揚々と縄を綯いだしたので、慌てて作り方を説明しようとしたが、なんか指摘する事もなかったので私も隣で作業を開始する事にした。
というか私より作るの上手いんだけど、え、初めてだよね?
「そういえば、あのイタチちゃんはどうしたの?」
黙々と作業をしていると、はる子がふと私に問いかけて来た。
「廻は今は神社の方だと思う。最近本殿の裏の日陰でだらけてる事が多いんだよね」
「そうなんだ。う~ん、ちょっとお話したいことがあったんだけど」
「ちょっと……親の居るとこではやめてよ? 四葉さんにだって秘密にしてるんだからね」
mmmmm
wwwww
赤曜引島、酒見村。
木々が密集し、大人1人も通る隙間の無い暗い森の中。
獣のような何かがそれに紛れ動き回っている。
草を踏みしめる音、荒い息を吐く音────何かを抉る音。
時折動物のような短い唸りが聞こえるのを、様子を見に来た壮年の男は顔に笑みを張り付けたまま見つめていた。
そんな時、音の発生源……小さな男児が血まみれの格好で茂みの中から姿を現す。
「なんだ、お前か」
男児は鋭い目つきでにやつく男の姿を検めるとそう吐き捨てて、ナイフを手に低くしていた姿勢を戻す。
「何匹殺しましたか?」
「まだ10匹」
そう言って男児はその場で手に持っていた兎の首を落とし、柔らかい角から発せられた赤い光に手を翳した。
すると、その小さな光は残らず手の中に吸い込まれていった。
「
「『兆候が見えたら後は生け捕り』でしょ? 分かってるっていうか、こうして自給自足する羽目になってんの、お前の到着が遅いせいだからな。なあ、なんか差し入れくらい持ってきてるんだろうな?」
「食糧を選ぶくらいは出来たでしょう?」
「うるっせーな! この辺の獣でガキに殺せるのこういう警戒心のない雑魚だけなんだよ。鼬の生息域に行って良いっていうのなら話は別だけどな!」
男児はその反論にナイフを男に突き立てまくし立てると、男はやれやれと手に持っていた鞄から紙袋を取り出した。
男児はそれを奪い取って袋を開け、その中身に初めて狂気を孕んだ表情を消し、年相応の笑みを浮かべた。
「私は君の『
「よく言うぜ、カスが」