みみたぶがり   作:佐那木じゅうき

62 / 63
浄化の祟り ③

 早朝。

 祭りも近く、はる子が家に来た翌日。

 

 まだ冷たい霧が立ち込めた外気を吸って、私は家の傍の倉を訪れていた。

 懐かしい順序を踏んで鍵を開け、その中に入れば、見慣れた祭具や壊れかけの家具。そして未だに使い道の分からない大きなガラクタなんかが整理して収まっているのが視界いっぱいに入る。

 空気が停滞し、少し埃っぽい室内を気にせず奥に進むと、間もなく目当ての物は直ぐに見つかった。

 

 乗用機(パドル)である。

 競技の練習用としてではなく、幼い私が神通力の制御を覚えるのに良いからと四葉さんがおばあちゃんから譲り受けてきた「縁動機械」の乗用機(パドル)

 何故私がこれを探していたのかというと、島内大会で代大(よだ)(かなめ)が全国大会に出場することが決まったという話を昨日の夕飯時に聞いて焦った為である。

 

 そう。

 練習しとくかー、みたいな感じで呑気にお祭りの準備をしながらダラダラしてきた私は焦っていた。あんな態度をとっておいて無様を見せれば(かなめ)の性質上、無言で失望されること請け合いである。そんな事になったら効く。正直「曜引(ひびき)弱(笑)」と笑われた方がまだマシだ。恥ずかしいけど。

 という訳で、まだ長い夏休みを使い、今日からリハビリをしようという訳なのだ。

 

五花(ごばな)ー」

「うわっ……ビックリした」

 決心を胸に機械を引っ張り出そうかという最中。急に(まわり)が背中に張り付いてきた。まだ薄暗いのに元気いっぱいである。そういえば尾袋鼬(おぶくろいたち)は本来夜行性なんだったか。

 

「この時間に珍しいの。何かするのか?」

「ええ、ちょっと久しぶりに乗用機(パドル)に……って、昨日家に居なかったけど(まわり)、また港町の方に行ってたの?」

「ん? 行ってたが……どうかしたのか?」

 

 えぇ……迷子見つかったらすぐ教えてって頼んでた筈なんだけど……そっかぁ、忘れたのかぁ。そういえば(まわり)ってこういう所あったよね。まあいいや。

 

「ううん、一緒に行く?」

「行くぞ!」

 

 こういう時間も有限なのだ。走った後で改めて伝えておくことにしよう。

 私は(まわり)を頭の上に乗せたまま乗用機を倉庫から引っ張り出して、縁門(アーチ)代わりのベルトを腰に巻き付けて、その機体に赤い光を通した。

 

 足で地面を蹴り、その勢いを増したまま、私有の林の中に入っていく。

 刺すような冷たさを頬に感じながら、私は平常心を保つように姿勢を低くして、やがて木々の間をすり抜けるように下っていく。

 子供の頃は毎日やっていた事だったので身体が覚えている。そうやって無心で進んでいるうちに、ふと「隠匿の神」と話した事を思い出した。

 

 今の私は、これまで通り少し特殊な「隠匿の神通力」を使えるだけの人間である。

 そしてこの力は、私が神から奪っていた半分の「神力の源泉」を(まわり)に渡したことで、私と(まわり)だけで完結しているもう一つの「隠匿」となった。

 

 だから、もう私は幻想世界(あそこ)に行くことは二度と出来ない可能性が高いらしい。

 廻を通しまだ繋がり自体は残っているけれど、それもどうなる事かも分からないらしくて、それを聞いた時私はそうなんだ。ちょっと寂しくなるな。とかしんみりと考えていたのだが……ちょっと待って欲しい。

 

 何でまだ神力が「赤」のままなんですかね。

 いやホント。ねえ。会えて良かったとか言って震える声で別れを惜しんでたあれはポーズだったのだろうか。私が帰った後「よっしゃああああなのだよ!!」とかはしゃいでないよね? 軽く人間不信になりそうだ。相手神だけど。

 

 

五花(ごばな)! 前前前前前まえぇ!!」

 

 その声にハッと気づくと、目の前に目視しづらい細い木が迫っていた。

 

 ヤバい。

 反射的に体重を出来うる限り後ろに倒し、傾いた乗用機(パドル)の底盤を木に合わせ、思いっきりレバーを倒してスピンすることでそれを回避した私は暫く回り続けてから停止した。

 

「あっぶな……」

「クェ」

「うわあ! 頭に吐かないでよ!?」

「吐かん……吐かんから降ろして……」

 

 どうやら自力で降りる余裕すらないらしい。

 私が恐る恐る両手でそっと廻を茂みにおいてやると、間もなく嘔吐の音が聞こえてきた。本当に申し訳ない。

 

 暫くしてようやく落ち着いた廻に平謝りすると「もう二度とぱどりんぐにはついて行かん」と、その動物は言ってその辺でふて寝を始めた。なのでそっとしておこうと再び走ろうと乗用機を起こした所で、私達が既にゴール近くまで来ている事に気が付いた。

 

 寝た体勢のまま微動だに動かない(まわり)を乗用機に乗せそこまで牽いていき、その川辺にあるちょっとした広場に着くと、少し滲んだ顔を川の水で洗い落とし、持ってきていたタオルで拭く。

 

 少し考え事をしてしまってハプニングがあったが、思ったより走れた、うん。

 毎朝やってれば勘も戻るかなと見通しが立ち、さて家に戻るかと立ち上がったところで、林の中から枝を踏む音が聞こえてきた。この感じは人の足音である。

 

 そんな事を考えながら音のする方向を見ていると、直ぐにその人は現れたのだった。

 

「四葉さん?」

「ん、五花……奇遇だね。何、それで走ってたの?」

 

 そう言ってクスっと笑いかけてきたのは小海四葉(こうみよつば)さんである。

 そういえば祭りの前に一度顔を出すと聞いていたけれど、どうして連絡も無く、早朝にこんな場所に来たのだろうか?

 そんな私の疑問を察したのか、ああ。と四葉さんは手に持っていた鞄の中身をごそごそとやり、中からなにやらパンのようなものを取り出した。

 

「家に行く前に、なんだか懐かしくなっちゃって。よくここで五花の訓練に付き合ってたから。それにここ、眺めも中々良いでしょ? 朝食を摂りに来たの」

「朝食……ですか。家で朝ごはん食べていかないんですか?」

「ちょっと急用が入っちゃって時間取れなかったんだ。だからこっそり五花に会ってそのまま帰ろうと思ってたんだけど……手間が省けたね、五花も食べる?」

「食べます」

 

 うーん? なんだか変だ。

 違和感を覚えながら受け取ったサンドイッチを食べる。おいしい。

 確かに母は色々と世話焼きだから時間は取るだろうけど、それならわざわざこんな場所に来る時間も無いだろうに……うまっ。あ、そうだ。

 

「この子、廻。この間言ってた件なんですけど、ちょっと診てくれないですか?」

「ええっと……居ないみたいだけど……」

 

 その言葉に振り返ると、乗用機(パドル)の上に居たはずの(まわり)の姿が消えていた。

 

 さっきの回転に怒っていたにしては変なタイミングで消えるなぁと思いながら。

 食べ終わった後、私は心なしか焦っている雰囲気の四葉さんの診断を受けて、特に症状が進んでいないという事を伝えられた。

 

「それじゃ、またね!」

 

 そう言って四葉さんは足早に村の方に戻って行こうとしたのだが、直後。

 廻が全速力で走って来たかのように背後から走って来た。

 

「五花! 五花! 何かが来とる! 祟りじゃ! 多分祟り!」

「は……え? 喋ったぁ!?」

「え、あ、祟り!? ちょ、待って」

 

 ヤバい。四葉さんに喋るのバレた……じゃなくて!

 口を開くも、今の言葉の意味を問いただす前に廻は村の方に駆け出していた。

 

「ちょっとまっ……待ってよ!」

「色んな方向から! 『赤い』のが迫ってきておる! 他の奴(尾袋鼬)は隠れた! だが他の動物は呑まれた! 直ぐに里までやって来るぞ!」

「なんだっての!?」

「ちょ、五花! そのイタチ喋ってない!? 喋ってるよね!?」

「喋ってます!」

 

 走りながらヤケクソ気味に叫ぶ!

 

 廻の言葉が本当なら、相当大規模な「祟り」が発生している事は間違いない。

 下手すれば有名な「浮遊の祟り」以上の、いや、それよりも酷い事になるかも知れない!

 

 「幻想世界」で一瞬手に入れたあの予知のような力があれば防げただろうか? いや、そんな事を考えている暇さえない。

 

「四葉さん!縁門(アーチ)持ってますか!?」

 

 四葉さんは「浄化」。私は「隠匿」。この局面であれば「隠匿」でどうにか皆を向こうにずらして「仮置き」する以外の選択肢が無い。

 私は後ろを走っているだろう四葉さんに声を掛ける。が、返事が返ってこない。

 

「四葉さん?」

 

 

 振り返ると、そこには赤い光を帯びた四葉さんが遠くに蹲っていた。

 

 

 

 

 

 

 

mmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmm

wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

 

 

 

 

 

 「みみたぶがり」をしてはならない。

 

 遥か昔。

 もう誰も覚えていない事だが、この星に住む人間が皆、空を逃れて暮らしていた時代から残る教え。

 

 それは宗派を越えて、人類に浸透していて。

 聶獣(じょうじゅう)狩りは禁忌であると、いつしか星の人間はみんな知っていた。

 

 腫瘍の部分に毒があり、死ぬとそれが全身を巡り食べられないから。

 死んだ所が「祟り」の発生地になる可能性があるから。

 

 その教えが星中に広がったであろう理由はいくらでも考えられると、ある研究者は言った。

 

 

 しかし聶獣だって生き物。

 

 「みみたぶがり」をしなくても。

 高い所から落ちたり。

 重いものに挟まれたり。

 飢えたり、凍えたり。

 寿命で死んでしまったり。

 

 その「神々の子供(使徒)」達は容易く命を落とし、時にこの星に呪いを落とす。

 では、地上に住む今の人々は、そんな「祟り」をどう乗り越えて今を生きてきたのか。

 「神通力」だ。

 

 そんな神力を変質させて行使させる数多の神通力の中でも、神力自体を祓ってしまう「龍神」と呼ばれる特別な5柱が存在する。

 

 天神(あまつかみ)の「厄除(やくよけ)」と「破邪(はじゃ)

 海神(わたつかみ)の「浄化(じょうか)」と「回帰(かいき)

 土神(くにつかみ)の「罪穢(つみけがれ)

 

 嘗て五島が一つの大きな島だった時代、その土地を守護していたと伝えられる大きな龍の形をした神々である。

 

 そして今でこそ神々の所縁(リレーションズ)を介し、「祟り」から国を守るのに手を貸してくれている彼等であるが、一柱を除き、遥か昔に大きな恐ろしい祟りによって人類を脅かしたことがある。

 

 「神に手を伸ばそうとした傲慢な人類を見限って『厄除』と『破邪』は宙に隠れ、『回帰』と『罪穢』は星の懐に還ってしまい、島は『国割り(くにわり)』と呼ばれる大厄災により平穏を失って五つに隔たれた」

 

 これは今の「日本」に伝わる最古の神話の一節である。

 

 歴史研究の第一人者は、国内外に同様の記録が残っている事から、これを半ば事実とし、恐らくはるか昔に、これら四つの大変広範囲な「祟り」が同時期に発生し、天変地異にて多くの命を奪ったのだろうと言った。

 

 これらの「龍神の祟り」は星を揺るがすほど大変強力で恐ろしく、その時、残る1柱「浄化」の祟りまで起こってしまっていた場合、人類は現在まで生き残っては居なかったであろうと予測される程のものであった。

 

 「厄除」が存在するほとんどの神力を抑え込み。

 「破邪」が星にあるその発生源を全て絶ち。

 「回帰」が星をあるべき姿に戻して。

 「罪穢」が命あるものに呪いを落とした。

 

 そして「浄化」はそれらにより辛うじて残ったものを「存在しなかった」事にしたのかもしれない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。