みみたぶがり   作:佐那木じゅうき

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浄化の祟り ④

 霞む視界に、遠のきそうな意識を抑えながら、しかし彼女の思考は冷めていた。

 

 やられた。と、小海(こうみ)四葉(よつば)は肺に溜め込んだ空気をなんとか吐き出し、下手人であろう人物の姿を思い出す。

 

 数年前この村で会った事のある怪しげな男。

 「逆睹」を持っていた死んだ彼の妹を偲ぶために草踏神社を訪れたというその胡散臭い人物は、彼女にその狙いの一端を晒していたのだ。

 

 あの男は。

 いや、あの男の所属する集団は明らかに五花(ごばな)を狙っているようだった。

 

 四葉は自分の原型の無いほどに変質した「浄化」の事を誰にも話したことが無い。

 それこそ姉にも、五花にも、自分の夫にすらも。

 

 そしてその正体こそ知らないが、その変質を起こしえる因子自体も「隠匿」の副作用と偽り定期的に「洗い落として」いた。

 

 しかし知っていた。

 

 五花(あの子)が。

 他者の「神通力」を一歩先のステージに進ませる事が可能だという事を。

 

 どのように知り得たのかは分からない。

 だが、それに悩んでいる時間も無い。近い内に来ることが分かっていたからだ。そうして上空に途方も無い量の神力が発生する「満曜」の季節を狙うだろうと気付いた彼女は彼らの狙いをへし折ろうと奔走していたのだが。

 

「迂闊、すぎたなぁ……」

 

 先に狙われたのが自分の方だとは思っていなかった。

 

 耳朶狩り。

 考えてみれば自身に対応する聶獣である糊角兎(こつのうさぎ)の生息地であるこの場所に来ること自体が下策であったのだ。

 

 彼女が今の状況が彼等の狙いそのものだと気付くのに、そう時間は掛からなかった。

 

 

 

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 もう何年も前の出来事。

 

 私は曜引のお義兄さんの家に久方ぶりに訪れていた。

 前職の関係で免許を持ち、合法的に縁門(アーチ)を所持する事の出来る私に姉から「五花に適性があるか調べて欲しい」という依頼が話の流れで来たからだ。

 何も焦って調べなくても、少しして小学校に入学する直前に検査があるのだからそれを待てば良いのにとも思ったが、正直な所、あの子がどのくらいの適性があるのか、私としても少し興味もあったので二つ返事で了承した。

 

 とにかく聶獣によく懐かれている。という話をよく姉から聞いていたが、実際に家の中から尾袋鼬(おぶくろいたち)を頭に乗せて出て来た時には思わず笑ってしまった。

 

 五花(ごばな)は、普通の子供になっていた。

 

 具体的には、そう。感情表現が表に出るようになっていた。不愛想で、なのに妙に大人びている所は赤子の時の面影を残していたが、自分の足で立ち、喋るようになった彼女は笑ったり、恥ずかしがったり。あの頃の存在感が嘘みたいに普通の女の子であった。

 

 その日の暮れ。そのまま家に泊めて貰った私は、夕焼けの濃緋に満たされた部屋の中、少し張って来た自分の腹を見て、まだ動くような気配も無いそれを優しく撫でていると、部屋の襖から不安そうな少女が入って来た。

 不安そうな表情で、躊躇いがちに口を開く。

 

『あの……』

「大丈夫だよ。ただ『赤い』神力が出ただけ。それが判明せず学校の入学まで無事に育った子供は沢山いるし、死んだ例も無いんだから。適性値を見てから判断しても遅くないと思わない?」

「それはそうなんですが……そうですね、なんというか」

「怖い?」

 

 予想とは少し違う反応。

 

『どちらかと言うと「神力」なんて原理の解明されていない力を、平気で利用しているこの世界が「怖い」です。「神通力」なんて超常現象を起こしえる性質すらある、こんな力を「神憑き」なら平気で使えるとも聞きました。四葉さんは「浄化の神通力」を使う事が出来るんですよね?』

『えっと……使えるけど』

 

 そして、とても目の前の幼い子供から出て来たとは思えないその物言いに少し面食らってしまった。だけど。

 

『「神通力」があれば、使いこなせるようになれば。こんな世界でも私は自分や周りを守る事が出来ますか?』

『守れる……かぁ。それは言い切れない。私も、五花のお父さんもお母さんも、どんなに強い人間だって、差し伸べられる手には限界があるんだよ』

 

 ────きっと、抱え込んでいる「それ」は。

 両親にすら打ち明けていないのだろう。

 

 ただ一生懸命に見えた。

 頑張って背伸びをして、何かに駆られるように力を求めようと真剣だった。だから私も真剣に応えなきゃならない。

 

『「後少し強ければ」「気を配れていれば」「知っていれば」そういうのが色んな事を乗り越える瀬戸際になる。勿論それはきっとどんなに強くなっても無くならない。生きていれば絶対に後悔する場面が訪れる────だけどね、上がるんだ。限界は頑張れば頑張るだけ上がる』

『守れなかったかも知れない人が、守れる』

 

 そう呟く少女は、異質だった。

 これで彼女が中学生くらいの年齢だったら姉さんの教育を疑う所であったが、この歳でこんなに歪(いびつ)な性格にはまずならない。

 最早とても「普通の子供」とは言えない。人の形をした「何か」だと思える程に異質で、だけど。

 

『それで、五花(ごばな)はどうしてこんな話を私にしてきたの?』

『神通力の使い方を、私に教えて欲しいからです。四葉(よつば)さん』

 

 それは後悔を抱えて生きて来たような「普通の人間」のようだった。

 

 

 

 

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 赤い光を身体中から湧かせながらしゃがみ込み、下を向いたままの叔母の元に駆け寄る。

 何が起こっているのか理解が追い付かない。そんなフワフワとした心持ちのまま彼女の鞄から縁門(アーチ)を取り出して、とにかく「隠匿」でその光を除く。

 だけど、除いた先からその光は湧いて来るようで、ただ消すだけじゃどうしようもない事が分かった。

 

 神々の所縁(リレーションズ)から来ているそれは。

 紛れも無く「浄化」が祟りに転化した物だったのだ。

 

「五花(ごばな)。急いで家に戻りなさい」

「……」

 

 どうする。

 

「……だいじょーぶっ。知ってるでしょ? 『浄化』も『厄除』とかみたいに、最低限自分に障った『祟り』は抑える事が出来るってさ。だから、私は暫く大丈夫。それよりも、急いで」

 

 と言っても、そんなのは決まっている。

 

 縁門(アーチ)を付けて、私の身体能力は多少上がっている。

 「手」の数に余裕が無い訳じゃない。

 

「じゃあ、一緒に行きましょう」

「え? わぁ、あ!?」

 

 私はそう言って何か困惑した声を出す四葉さんをひょいと両手で抱え、廻が消えて行った方に全力で駆けだした。

 何か「私に構わず行って」みたいな状況になっていたが、ふざけないで欲しい。明らかに大丈夫じゃないし、制御不可能な神力を「浄化の神通力」として使える訳が無い。いくら四葉さんが私よりも強くて頼りになるからと言っても、この状況ではどうにもならない。

 

 その証拠に、間もなく四葉さんはぐったりと気絶してしまった。

 ……まあ、私が彼女の体内を巡る残りの神力を根こそぎ消したせいなんだけど。さて。

 

 「祟り」が起こるパターン。

 先触れがあったのかは分からない。だけどこういった広範囲に発生したという事は確か。

 

 ・繋がりの無い未知の種類の神力が自然発生した。

 ・繋がりのある既知の種類の神力に関連した聶獣が大量死した。

 

 大体前者なのだけれど、今回は恐らく後者。

 近くにそれと同種の力を持つ適合者が居た場合、共鳴するようにいち早く祟られるからだ。

 

 だから、押し寄せて来ているというのは「浄化の祟り」の可能性が高い。

 

 浄化の神通力は「隠匿」と同じく基本触って干渉する能力。だから「祟り」も触って障るタイプ。

 つまり私が村まで四葉さんを担ぎこんでも他の人に触らせなければ何も問題はないのだ。

 

 

 私は大きく息を吸い込んだ。

 

 祟りが落ち着くまでの間、皆をずらし「向こう」に避難させる。

 いつか大釜山で自分の意識が神力自体に移った時みたいな、山を覆ったあの時のイメージ。それを再現できれば、麓の方を含めた酒見村全体をカバーする事くらいは簡単な筈だ。

 

 問題はその状態になれるかどうか。

 あの「黒い石」があれば直ぐにでも出来そうではあるが、「青い巨人」が産まれる程ヤバい所にしかないアレを都合よく持っている筈も無く。

 

「五花(ごばな)っ!」

 

 これでは最悪地道に家を回るしかないと内心焦りを浮かべながら村に到着した私は、一気に見晴らしのよくなったその場所で廻(まわり)と合流し。

 少し遠くの方────酒見村の最奥「遠岳神社」の近くの、確か大きな湖のあった辺り。

 

「何じゃあれ……?」

「……」

 

 そこに見覚えのある神力の青いヒト型が徐々に立ち上がっている所を目にし、暫し硬直してしまった。

 

 色々起き過ぎでしょ。

 

 祟りに呼応して発生したのだろうか、いやそんな事よりどうする?

 アレの根本には恐らく「黒い石」がある。強行して取りに行くべき?

 

 何時か青島で見たのと同じような風貌のそれは、今こうして眺めている間にも湖の上で徐々に大きくなっている。

 

 折角の降って湧いた好機だけど、再び暴走する恐れのある四葉さんを抱えて抑えながらあの中に入って、それで駄目だった時どうする?

 先に両親だけでも避難させて────いや、そんなの駄目だ。その選択肢を取ったら、間に合わない誰かが出てしまうかもしれない。

 

 お祭りがあるんだ、これからの日常があるんだ。

 こんな形で人が死んでしまったら、そんなのは「平和」じゃない。

 

 

 

 ────そんな事を考えていると、突如巨人の身体に大きな風穴があいた。

 

「えっ」

 

 そんな声が漏れるくらいの時間差の後、周囲に物凄い暴風が発生したらしく、ここからでも空気の捻じれる音が聞こえて来た。

 まるで、空間ごとずらして消した時みたいな……いやだけど、混乱して来た。何が起きているの?

 

 目を細め巨人の方を見ると、続けて身体のあちこちに風穴……球状のえぐれが発生し、それがどんどん増えていってとうとう巨人はその場から跡形もなく姿を消してしまった。

 

 私じゃない。だけど、この消え方は……

 

「ごばちゃん!」

 

 その声にハッとなり、横を見ると急いで来たのか、服装の乱れたはる子がこちらに向かって駆けて来るのが見えた。

 

 そうだ、迷っている暇なんてない。こうなったらやる事は一つだけだ。

 体勢を曲げ、縁門(アーチ)を付けた背中をはる子に見せる。

 

「はる子、あそこに連れて行って」

「! うん」

 

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