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目を開ける。
天井を暫し眺め、半分目を閉じたまま上半身を起こし肩を回して欠伸をした男は、普段より少し遅めに起床をし、ややあって自分の家に娘の友達が泊まっていることを思い出した。
「……やべっ」
非常にだらしない恰好で庭を眺めていた自分を省みて、わたわたと身だしなみを整える。
そう思った有人であるが、実際には娘の方も諦めている。
兎にも角にも、そうして有人は髪型を整えた所でようやく居間に顔を出したのだった。
「おはようございます~」
「おはようー早いねぇ……あれ、五花は?」
「それが
娘の友達に挨拶を返し、妻に聞くとそういう事らしい。
珍しいことだ。中学3年に上がる前にぱたりと止めていたのに、再び競技熱でもぶり返したのだろうか、それとも。
「どこ行くとかは言ってた?」
「知らない。有人さんも何も聞いてないのね」
三鶴はそう言うと奥の方から食器を運びながら眉を下げる。
「かなり早朝だったみたい。起きた時にはもう部屋にも居なかったから……」
「小学校の時みたいな事やってんなぁアイツ」
思わずそうぼやく。
久々に帰ってきて相変わらず自由奔放で……色んな意味で手の掛かる娘である。今回は特に心配は要らないだろうが……とまで考えたところで、座って何かを飲んでいた娘の友達が元気に立ち上がった。
「はる子見てきます!」
「まあ。じゃあお願いしてもいい?」
三鶴の言葉に癖毛の少女は頷くと、飛ぶように部屋を出ていった。
しかしその空いたままの扉を2人で見ていると、彼女は直ぐに戻ってきた。
「どこに行ったのか、心当たりってありますか?」
「今は裏の空き地に居るな。この家を出て左に下る細い道があるでしょ?そこの突き当たり」
娘の友達は、僅かに首を傾げてからまた部屋を出た。
「……ん?」
「有人さん、コーヒーいる?」
「ほしい!」
有人は抱いた違和感を放り投げて、椅子に座り込んだ。
wwwmmwww
赤曜引島。
酒見村の奥地に建つ
そのため
そして勿論、祭りの日でなくとも満曜空をこの湖で見ようという観光客も居る。
酒見湖――青い神力の湧いていたその湖の近くに私が辿り着いた時には、辺りは騒然となっていた。
先程言ったように村の最奥といえど、名所である。
周囲には湖を見に来た観光客らしき人達がおり、頻りに言葉を交わしている。
……今はどういう状況なんだろう?
携帯で動画を撮っているのか、湖を撮りながら何か言っている人。
湖の近くに行くため、柵を越えようとしてる人。
どうやら、巨人が一瞬で消えたため、まだ状況を理解できず困惑している人が多いみたいだ。
この感じだと、怪我人も出ていなさそう?
それで現在、はる子に頼んでここまで
そこにあった水は殆ど枯れていて、底の中央に大きな穴が開いている。
恐らく先程の「巨人」は其処から噴出するように現れて、出来た空洞に湖の水が粗方吸い込まれてしまったのだろう。
……やっぱりあの中に、黒い石が。
「あそこに行くの?」
「うん」
私達も一部の人と同じように柵を越え、若干ぬかるんだそこを進み始め……ようとしたが、湖底の外周は泥が溜まっており、流石に地面が柔らかすぎて進めない。だから私達は、近くの管理用の船着き場と小屋が何個か建っている場所に回り込む事にした。
あそこからなら泥を避けて湖の中心に行けるだろう。
そうして、観光客向けの道からは分かりづらい横道を進む。
殆どの人はあの光景を見て「祟りもありそうだし、近づくのは危険だ」と思っているらしい。幸い誰も居なかった。
難なく船着き場の先端まで行き、遠くに見える湖の中心を改めて確認する。
……変わらず水の流入自体はあるみたいだし、あれさえ塞いでしまえばまた水自体は溜まるだろうか?
お祭りに支障が出ないと良いけれど。
そんな事を考えていると、横に居たはる子に声を掛けられた。
「青いの、完全に消えちゃってるみたいだね。ごばちゃん……さっきの釜伊里で見たやつだよね? 何が起こってるの? 背負ってるのは叔母さんだよね?」
ばったり会って直ぐ手伝ってくれたものだから説明を忘れていたけれど、考えてみれば疑問に思って当然である。
「『浄化の祟り』だと思う。四葉さんの神力が赤くなったから……それと、廻の話だと村の周囲に既に発生しているみたい」
「祟り……叔母さんの神通力も『浄化』だから~……そういうことなんだ。規模は?」
「うーん」
この間みたいに黒いのに触れて俯瞰できればすぐ分かるだろうけど、今のところは相当規模が大きいように感じるというくらい。
なんと言おうかと迷っていると、私の頭にしがみついていた廻が声を上げる。
「たくさんじゃ!」
「……まあ、そういう訳で時間が無いの」
言いながら張り付いてる獣を手で剥がして、地面に降ろす。
そうしたら次は足に纏わりついてきたので掴んではる子の手に乗せた。
「じゃ、行ってくる。ありがとね」
一度顔を見ると、はる子もこちらを見つめていた。
「大丈夫?」
「心配してくれるの?」
なんて。
反射で言葉が出てきてしまう。
「一応言ってるだけだよ~。それで?」
「まあ、大丈夫でしょ。廻お願いね」
それだけ言葉を交わし、私は自身の姿を消そうとした。
「――待ちなさい」
……後ろから聞こえてきた低い声。それに少し不穏な物を感じた私は神力を出したまま動きを止める。
振り返ると灰色のぴっしりした服を着た中年男性。
「……誰ですか?」
いや本当に、誰?
「
うわぁ、名前知られてるし。
なんて思いながら、私は今回の騒動と目の前の男の繋がりを半分確信した。あまりにも怪しい見た目。
「……なんですか?」
「草踏神社───『逆睹の神』を祀る一族の生まれにして、『隠匿の神通力』を使うことの出来る少女。ああ、少し話しておきたくてね……私の事を知っていますか?」
いや知らないけど……。
しかし男はそこまで言って私の言葉を待っているようだった。
「えっと知りませんし……忙しいんですけど」
「そうでしょうとも」
……うざ。
「じゃあ後にしてください」
「いやいや、答えてもらわなければ。私の事を知っている筈だ」
そこまで話すと、今度は男がこちらを見て思案している仕草を見せる。
「……」
……なんか不毛な会話? 知らないって言ってるのに言葉通じてないし……正直もう相手にしたくない、ちょっと……いや、かなり変な感じ。
何が目的なんだろう、足止め?
思わずはる子を見ると、彼女もこちらを見ていた。
その腕の中で、ひょっこり頭を出した廻もそれを見ている。
「知り合い〜?」
「知り合いだったんですか?」
「実は私が君と直接話したことは今までない『事』になっているんだけどね、要するに────」
「知り合いじゃないってさ」
「四葉さんの知り合いかなぁ〜」
「……」
「四葉さんの知り合いですか?」
「人をおちょくるなよ」
うわ、再度確認しようとした所で半ギレしてきた。なんなの? えーっと……。
「というか誰ですか?」
「私は夕森、と言います」
「夕森さんだって」
「はる子やめときなって」
はぁ……夕森さんね、はいはい。
はる子を軽くたしなめていると彼は私ではなく、私の背中を見ていた。
「小海四葉さん、随分酷い状態ですね?」
え? なに? ムカつくなぁコイツ。
というか四葉さんの知り合い……というには敵意を感じるな。
「誰のせいだと思ってるんです?」
「まあ、少なくとも私ではありませんよ」
ジャブを打ってみたが、シラを切られた。
……もう意味なくない? この人との会話。
今は本当にのんびりしてる場合じゃないからね。無限に話引き伸ばされるよこれ。
湖の底の巨大な穴の中身と、消えた巨人の下手人。
その後「浄化の祟り」の全貌の確認などなど……時間が差し迫ってる今、こんな話が長そうな変人となんて関わってる暇がない。
そう、例え犯人でも。
「じゃ、私行くので」
「待ちなさい」
「さよなら」
一歩踏み出したその時。
「……五花」
「はい?」
声に驚き確認すると、背負っていた四葉さんが目を開けている。
「降ろして」
まじか。
意識戻るの早すぎない? 私の所感だともう数時間はこのまんまかなと思ってたけど……。
「立てるんですか?」
「立てるから」
「えぇ……」
うーん……少し、いやこの感じ。
「無理ですって」
「五花」
「はい」
「降ろしなさい」
「…………」
ああ、声が少しだけ低くなった。
稀に見るブチ切れモード四葉さんだ。こういう時は面倒臭い。全く話を聞かなくなるし。
……あ、無理やり降りようとしている。
「倒れたらまた担ぎますよ」
仕方なく私は四葉さんを背中から降ろす。
そして案の定、足が地面へ着いた途端に身体が大きく傾く……が、彼女はすんでの所で止まり姿勢を安定させた。
「……?」
さっきからおかしい。
意識が戻っている上にまともに起き上がれる状態ではないはず。
なのにどうして……。
「五花。先に行って」
「四葉さん、今自分が祟られてるって自覚あります?」
「先に行け。確認することあるんでしょ?」
暖簾に腕押しである。
困っていると四葉さんが目線だけ右にずらす。
「はる子ちゃん」
「はーい?」
「五花、連れてってくれる?」
「え~……」
はる子が無表情で私を見る。
なに? もう面倒くさくなってきた。
ため息をついて、無理矢理持っていこうと思ったその時。
四葉さんが服の下の縁門を開いて……赤い神力が……ボッ、と。
服の下からすり抜けて溢れ出した。
「……?」
神に嫌われた適合者の浄化。赤いのは別に不思議な話じゃない……そうじゃなくて、何かがおかしい。
赤い神力が途切れる。
消えた。
そう思った直後にまた赤が噴出。
その一連の間隔が短くなっていき、不規則な空気と赤い神力との……マーブル状とでも形容すべきだろうか、とにかくそれが「赤いゆらぎ」となっていく。
「四葉さん、それ」
「くどいよ、五花」
四葉さんは、夕森と名乗る男を見たまま。
「行け」
「……」
なんか……本当に。
言うことを聞かない、けど、大丈夫そうな感じ?
「はる子、行こう」
「うん」
ここに変な人が居る以上、はる子を置いてはおけないので連れて行く。
彼女の腕の中で廻がくぐもった声を上げる。多分、自分も忘れるなみたいな事を言ったっぽい。
それで私達が湖へ向かい始めると、後ろから「待て」と叫んでいるのが聞こえた。
追いかけてくるかなーと後ろをちらっと確認したが、男の進路を四葉さんが塞いだらしく、先ほどより近い距離で向かい合っていた。
wwwwmmmwwww
「退きなさい」
「お断りします」
目の前の夕森の動きを確認しながら私──小海四葉は身体の具合を確認する。
……全く、暴力的な弟子。気を失っていたお陰で経緯が全然分からないが、この感じなら幸いなんとかなりそうだ。
「貴方に用はありません」
「私はありますよ」
私は笑顔で言った。
「姪に何の御用です?」
「……」
「本人が忙しいそうなので、私でよければ伺いますけど」
まあ大体わかるけどね。
救助隊──
うちの協会からなら簡単に情報が分かる。
「あなたでは意味がない、意味がないんですよ」
「そうですか」
よく見ると、少し視線がおかしい。興奮している。こんな場面だからかと思っていると、腕の赤い神力が急に大きく湧き、まばらにゆらぐ。
私の今の状態……長持ちすると思わない方が良さそうだ。
「はぁ……じゃ、諦めてください」
ため息が出てしまう。
手始めに神通力の確認をしておかないと、と私は距離を置こうとして。
夕森の視線が。
私の腕に釘付けになっている事に、ここで初めて気がついた。
「その神力」
指を差そうとしたのだろうか、夕森は手を力なく挙げ、指をビクリと動かしてまた腕を下ろした。
「……?」
「何故────」
夕森は何もない場所を見ていた。
赤い神力が消えている、その。
何もない筈の空白を。
「何故、あなたがそれを持っている……僕の……」
「……何の話です?」
再度聞くが、夕森は答えない。まるで自分にしか見えない「何か」に妄執しているかのように、だけど、目だけは私の神力をずっと見ている。
そして。
「……明日香」
ぽつりとそう呟いた。