みみたぶがり   作:佐那木じゅうき

66 / 77
遠望の湖畔

 水の抜けた湖底は、なんとも言えない歩きづらさであった。

 

 観光客の騒ぎも、先程のやり取りも。

 嘘のように遠くなっていって風の通る音が聞こえるばかりである。

 

 高くなりだした陽を見て、私はまだ今が朝方だったことに気が付いた。

 

「はる子、朝ご飯は?」

「食べ損ねた!」

 

 私も食べ損ねたからお腹が減ってきた。

 「ワシも!」と言っている廻を横目に跳ねた魚を見る。

 

 美味しそうだ。と言えたらどんなに良いだろうか。

 多分、隠匿で「向こう側」にずらしても負荷で死んでしまうだろう。

 

 それにしても……まぁ、上から見た時にも分かっていた事だけど、本当に大変なことになった。

 湖の底にあった地面は乾く暇もなく、歩く度にビチャビチャと音が鳴る。歩を進めるのが遅いのは水を吸った靴のせいか、気分のせいなのか。

 

「ごばちゃん」

「分かってる」

 

 後ろの方から、何か大きな音が聞こえた。

 反射的に振り返りそうになって、止める。

 

 四葉さんならきっと大丈夫。

 どんな武装をしてきた所で「浄化の神通力」を使った彼女が負ける光景はちょっと想像できない。師弟時代に手も足も出なかったし。

 

「あそこじゃ!」

 

 と、そこまで考えた時に廻の声。

 

 遠目で見ていた穴。

 泥と岩が吹き出したようにして、やはりと言うべきか下へ続く大きな空洞が開いていた。水がここから抜けた事を考えると相当に深い。

 

 ────そして、そこから覗く切り揃えられた石壁。

 

「遺跡……だねぇ?」

「よりにもよってここからアレ(巨人)が出て来たって事ね」

 

 うん……やっぱり自然に出来た物には見えない。

 穴の周囲には積み重ねられた石壁が円形に並び、その一部から階段らしき物が下へ続いている。

 

 そうなんじゃないかって思ってたけど。

 白島を除く、四島の地下には大量の遺跡が眠っていると言うけれど……こんな山奥の、高原である酒見平(さかみだいら)にまであるとは思わなかったよ。

 

 大釜山の地下大回廊を思い出す。

 あそこも地上から見える部分だけなら、山の中にある大きな遺跡の一つでしかなかった。

 

 構造も似ている可能性がある?

 あそこは確か……中に入れば何層にも分かれた円柱状の空間が地下深くまで続いていて……最下層はどうだったか。あの時は………ぼんやりしてたり焦っていたりでよく覚えていない。

 

 とにかく、ここで眺めていても仕方ないし、さっさと入ってしまおう。

 

「行こう」

「うん」

 

 そうして泥に足を取られながら、大きく開いた穴から覗く螺旋階段まで辿り着く。

 なんだか生臭いそこを、つかつかと下って段々と暗くなって行く所で、ドアがあったのだろうか、狭くなっている場所までたどり着いた。ので、顔だけそこに突っ込んで中の様子を確かめる。

 

 真っ暗だ。

 あと、相当広い空間のようで、私が足を踏み入れた所で何か落ちた音が反響して聞こえている。

 

 ここに入るのか……。いざ来てみて気づいたけど……光源が何もない中で、下に降りていくというのは中々危険な行為である。ポケットから携帯を取り出した私は、試しにライトをそこに向けてみる。うーん。

 

「はる子、ここで」

「今は外の方が危ないよ?」

「まあそれはそうなんだけど……いや、中の方が危なさそうじゃない?『青い光』の残りとかありそう」

「それは~、触れなきゃセーフだと思う? 逆に、もしあったら明るくて歩きやすいと思うよ」

 

 一理あるといえばあるんだけど……うん、最悪「向こう側」にずらして避難すればいいか。

 

「追撃者か、この中か。どっちが危険じゃろ? ふむ────悩むどころじゃな」

「じゃあ廻(まわり)だけここで待機ね」

「ええー!?」

 

 廻の抗議を話半分で聞きながら、暗い空間に2人と1匹で踏み込む。

 尾袋鼬はまだ中に一匹もいないらしいので、廻の索敵は期待できない。まあ何かあって怪我をしたら嫌なのでそれでいい。

 

 そうして進んでいくと、内部が朧気に分かって来た。

 ……やっぱりこれ、底の方に青い光が溜まっているらしい。

 

 巨大な空間とまだまだ続く螺旋階段。

 やはり青島の大回廊と似ている。

 

 大体の構造が同じなのであれば最悪、私単体で「隠匿」で床を壁抜けして一気に底まで行ってしまう事は可能だけど、着地時に両足の骨折が待っていそうだから最後の手段と考えておく。

 それにしても、何処も彼処も水浸しである。

 

「足元、滑るかもね~」

「うん」

 

 はる子の声と私の返事が空間に響いて残る。

 下に抜けているので足が浸かるなんてことは無いけれど、代わりに天井や壁から絶え間なく水滴が落ちて来ている。ぴちゃん、ぴちゃんと鳴る音が、広い遺跡の中で何重にも反響していた。

 ……あ、背中に大きい水滴が入り込んできた。最悪だ。

 

「湖の水、全部下に行ったのかなぁ」

「多分。どこまで続いてるのか知らないけど」

 

 そこまで言って、ようやく第一層の空間の床にまでたどり着いた。

 床の真ん中には大きな穴が開いている。青い光が照らす弱々しい反射を見るにまだまだ先が長そうだ。

 

 黒い石があるなら、一番下か、その付近?

 大釜山の時と同じなら、また何か変なのが居るかもしれない。少し気を引き締めるか。

 

「五花(ごばな)」

 

 と思った時、廻がぼそりと言った。

 その声に私が振り向くと、後ろを歩いていたはる子も立ち止まる。

 

「どうしたの?」

「何か聞こえるぞ」

「私達の反響じゃなくて?」

「ごばちゃんって、イタチちゃんにちょっと辛辣?」

 

 返事をする代わりに周囲を見る。

 

 水音。

 遠くで何かが擦れる音。……確かに何かいるっぽい。

 

「はる子が確かめ────」

 

 そう言ってはる子が周囲を見るために、足の縁門から緑の神力を湧き上がらせる。

 

 

 

 

 その時だった。

 

 

 目の前にいたはる子が                  

////////////////////////////////////////////

 

 横から飛び出して来た小さな身体が、はる子に勢いよくぶつかった。

 

「えっ!?」

「っ、ぁあああっ!!」

 

 はる子が水が滴る床へ倒れる。

 

 殆ど同時。何かよく分からない大きな音がして、して、破裂音?

 

「はる子!」

 

 駆け寄ろうとして、その手前に倒れたもう一人を見る。

 

 暗くてよく分からないが子供のようだった。

 汚れたシャツに身体に合っていない大きなズボン。

 

 その子が右腕を押さえ、濡れた床の上で身体を丸めていた。

 指の隙間から血が流れている。

 

「な、何……」

「伏せてろ!」

 

 怒鳴られ、反射的に身を低くする。

 男児の足から、緑色の神力が湧き上がった。

 

 傷口の中にあった何かが、僅かに動く。

 

「あっ……痛い痛い痛い! ぐ、クソッ、痛くて脳に後遺症が出たらどうしてくれるんだ!」

 

 子供らしからぬ悪態。

 腕に食い込んでいた弾丸が、床へ落ちる事なく傷口から抜けた。

 

 男児はそれに触れていない。

 ただ腕を押さえて、顔を上げただけで。

 

 次の瞬間。

 弾丸は再び空気を裂き、飛んで来た軌道をそのまま逆に辿って暗闇の中へ消えた。

 

 ……遠くでなにか砕ける音がする。

 

 誰かに当たった様子はない。

 だけど続けて来る筈だった攻撃は止まった。そんな感じ……そうだ、それよりも。

 

「っ、はる子!」

「生きてるよ~! ちょっとお尻打ったけど!」

 

 

 ───元気な返事。

 

 私は即座に縁門(アーチ)を全開にし、赤い触手を2人と廻を包み込むようにして展開した。

 これ、で、銃弾は、全部防げる。防げるよね。

 

 ふと横を確認すると、はる子が男児の腕を見て、珍しく笑っていない顔で口を開く。

 

「大丈夫? 血、すごいよ」

「大丈夫な訳ない、が、大丈夫だ」

 

 苛立った声。

 痛みに歪んだ顔。

 緑色の神力。

 

「僕は『回帰』持ちだからな」

 

 

 

m

 

 

 

 

 

 

 

 

wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

 

 

 幻想世界。

 

 かつて沼地と枯れた荒野が広がっていた場所には、今や鬱蒼とした森林が出来上がっていた。

 その奥地を進むと、まるで大きな壁が急に現れたかのように錯覚するほどの巨大な建造物。

 

 どこからともなく現れた聶獣たちが、非常に入りづらそうに出入りしているそこは、嘗て「隠匿」の神域の入り口であった場所である。

 

「今日も来たのか」

「おう!」

 

 元気な返事とは裏腹に、筐体の格闘ゲームから視線を一切動かさない太田(おおた) 信太(しんた)を見て、「隠匿の神」はげんなりとした顔をした。

 この男子高生、ここのところ毎夜来ている。

 

「私もお邪魔しています」

「確かに気軽に来いとは言ったが、たまり場にされるとは思わなかったのだよ」

「いいじゃねーか。なんか色々あって楽しいんだよここ」

「私も沢山知らない本が読めるので……」

 

 神が振り返ると、営野(えいの) 香織(かおり)が大量の本を抱えて立っていた。

 この女子高生も、ほとんど毎夜来る。

 

「其方共はいつ寝てるんだ。大丈夫なのか?」

「今のところ不調はねーな。まあヤバくなったら寝具屋で寝るぜ!」

「マッサージチェアもありましたよね」

 

 昏倒事件があったというのに、随分と図太い2人を見て「隠匿の神」は複雑な気分であった。

 有体に言って、舐められている。

 

「ジュースも飲み放題だしな!」

「フードコートのような物も……ああけど、人が居ないですし料理は望めませんか」

 

 この状況になったのは何故か。それは一つしかない。

 この間の化け物(五花)との騒動で、世界を修復する際に「せっかくだから大きくしない?」という提案を受け入れてしまったからだ。

 

「結局、此方の自業自得か……」

「神様だって、なんだかんだ楽しんでるじゃん。その服似合ってるぜ!」

「ああそうかな? とにかく、散らかしたらちゃんと片づけるのだよ」

 

 色々面倒になってきた神は、ふて寝しようとベッドのある管理室に向かおうとして、不意に周囲を見回した。

 

「……今」

「どうしたんですか?」

 

「ああ、いや。一瞬だけ……下界と断絶があったような……?」

 

 言葉にするのは難しい感覚。

 神がそう呟くと、太田はゲームをやめてこちらを向いた。

 

「またまずいのか?」

「いや、この場所は大丈夫だよ。しかし……早めに帰った方が良いかも知れないな」

 

「いや、起きる時間まで帰れねーって。営野さあ、喉渇いたしドリンクバー行こうぜ」

「私はこれから喫茶店に行こうかと。これを読みながら美味しいお菓子を食べるんです」

 

「じゃあいいや。またなー」

「はい、それでは神様もまた」

 

 考え込んでいる「隠匿」を横目に2人はそこまで言ってから、その場を去っていった。

 

 双方マイペースなのか、ただ舐められているのか。

 「隠匿」は両方だと思った。

 

「此方は仮にも神と呼ばれてるのだが……」

 

 

 「隠匿」の神域の入り口は現在、大型ショッピングモールの様相を呈していた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。