みみたぶがり   作:佐那木じゅうき

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赤島たんぱりんぐ ③

「聞き覚えがない?」

「ああ」

 

 加子母は頷いた。

 

 その顔をよく見てみるが、しょぼくれた髭面は嘘を言っている様子がない。

 ……どういう事だ?

 

「一応聞くが、加子母はこの島の出身だよな」

「おう、だが出身は関係ないな。業務上、地理に詳しくなくてどうすんだって話だ。「神社」まである村なら特にな。……なあ、一つ聞くが綾間(あやま)お前、それは赤島のどこにあった?」

 

「松鳴(まつなり)町の南方」

「松鳴ねぇ……南方って言うと丁度赤島の中央にある山岳地帯か。後で地図を持ってくるから詳しい場所を教えろ」

 

 山岳地帯。そして、そこに村という記録は無い。

 まさかとは思うが……今、酒見村はこの世から消えている?

 

「それが本当に実在した村なら、今回の『原因』に関わってるかもしれん」

 

 加子母の口ぶりからして、心当たりがあるようだが……。

 

「加子母さん! そろそろ出ます!」

 

 車両の中から声が飛ぶ。

 加子母はそちらへ片手を挙げて応じた後、僕に向き直った。

 

「さっきの話だが、絶対に他の奴へ話すなよ」

「『話すな』とは具体的にどのことだ」

 

「『その妙な記憶』の事と、お前が『その神通力』を使える事だ。悪いが後で話す。俺はこれから物資を運ばなきゃならねえ。……詰所に話は通してあるから、お前はそこで待ってろ」

 

「どれくらいだ?」

「二時間……いや三時間くらいかもしれねぇ」

 

 急ぎの用事なんだろうが、それにしても随分曖昧である。

 僕が不満を顔に出すと、加子母は苛立ったように眉間を指で掻いた。

 

「お前に何があったのか知らねえが、こっちにも優先しなきゃならねえ事がある。……いいか、勝手に妙な場所へ行くなよ?」

「分かった」

 

「信用できねえなぁ……」

 

 加子母は最後まで疑わしそうにこちらを見ていたが、再び部下に呼ばれた事で諦め、電車へ戻って行く。

 

 それから間もなく扉が閉まり。

 物資を満載した電車は、重そうな音を立てながらホームを離れていった。

 

 

「……さて」

 

 詰所で待っていろと言われたが、正直三時間近くも待機している事に意義を感じない。

 というより、我慢できない。僕は僕で必要な情報を集めることにする。

 

 怒られたらその時だな。

 

 

〇

 

 

 看板の街乙海岩戸(おとみいわと)。

 

 建物も道も、空を埋め尽くしている看板も殆ど変わっていないこの街は、しかし様相がかなり変わっているようだ。

 特筆すべきは、そこに居る人間と、防災シートの多さ。

 

 大通りの両側にはいくつもの天幕が張られ、炊き出しや医療相談、行方不明者の受付などが行われている。

 店の前に並んでいた土産物は撤去され、その代わりに何やら段ボールや毛布が積み上げられている。

 

 なだれ込んできた人の数に対し、土地が足りないという事だろう。

 

 上を見上げると、巨大な箱形看板〈ハートサイト乙海〉の一部が取り外され、中に人が沢山暮らしているのが見えた。

 なるほど雨風は凌げそうだが、昼間はかなり暑そうだ。

 

 遠くからでも見える両面に大きな蟹を掲げた看板 〈赤曜蟹(せきようがに)直売〉。

 屋根の無いあのようなタイプの看板には、なにか布で屋根が掛けられ、中で洗濯物が揺れているのが見える。

 風通しは良さそうだが、夜はかなり寒そうだ。

 

 これらの広告群を見ながら歩いていると、子供達がきゃっきゃとひときわ大きい看板〈夕空の伝承島で過ごすひと時〉の上で遊んでいる。

 

 いや、しかし。

 かなり現実味の無い光景である。

 

 そうして人の流れに沿って歩いていると、僕は駅前広場に設けられた給水所を見つけた。

 そこでは大きな貯水槽の前に列が出来ていて、係員が一人ずつ容器へ水を注いでいるようだ。

 そんな光景を見ていたら、特段喉が渇いていた訳ではないが、朝から何も口にしていない事を思い出した。

 

 だから水くらい貰っておくかと、そう考えて列の方へ近づき。

 少し前に並んでいる男を見て、足が止まった。

 

 

 ……見覚えがある。

 やや猫背で、周囲を気にするように時々落ち着きなく視線を動かしているその男は、両手に空の給水容器を持ってそこに居た。

 

 服装も髪型も記憶にあるものとは違うが、顔は同じだった。

 

「確か……木田(きだ)」

 

 思わず名前を呼ぶ。

 そうだ、確か青島で会った「洞見」持ちの男。

 

 その男が振り返った。

 

「……あ?」

 

 木田は僕の顔を見て、目を細める。

 それから何かを確かめるように視線を上下させ、眉間に皺を寄せた。

 

「……誰?」

「沙村綾間という者だ」

 

「いや、名乗られてもさ……何の用?」

 

 知り合いに似ていただけだ。

 

 そう言おうと口を開いたが、閉じる。

 というのも、木田の表情が少し引っ掛かったからだ。

 

「……僕を知っているのか?」

「はあ? 知らねーよ……いや」

 

 何か呟き、木田は酷く気味が悪そうに自分の額を押さえた。

 

 列が一つ進んだ。

 そこで一度会話が途切れ、後ろにいた人間から急かされ、彼は給水容器を足元へ引き寄せる。

 

「何だ。言いたいことがあるなら、はっきり言いたまえ」

「初対面の相手に随分偉そうだな……」

 

「本当に初対面か?」

「お前みたいな奴、会ったら普通覚えてるけどな!」

 

 そう答えながらも、木田は僕の顔から目を逸らさなかった。

 

「でも、何か……変だな。お前、何処の学生?」

 

「青特だ」

「青島ね。僕は緑島から。……うん、まあお互い大変だったね! それじゃあ」

 

 思考をやめたのか、明らかに面倒そうに木田が背を向けたので、僕はその背中を反射的に掴む。

 

「さっきから何なの?」

「そうか……君は『洞見』。洞見といえば、酒見村の遠岳(とおがく)神社に祀られている神で」

「待て待て! 意味わかんないって! 人違いだろ!」

 

 

△

 

 

 

「入れよ」

 

 木田(きだ)各理(かくり)は外に居る学生に声を掛けた。

 

 そうして数ある大きな看板の一つ、布で補強したその中に入ってくるのは沙村(さむら)という学生。

 

 何故こうなったのか。

 木田は何度目かも分からない大きなため息を吐いて、苛立ちとも焦燥感とも言えない気持ちを紛らわせる。

 

「僕は、木田(きだ)各理(かくり)。緑島出身で……そうだな、つまんねー生活を送ってたよ。ほら、お前も自己紹介しろ」

「さっきも言ったが。沙村綾間(さむらあやま)だ。赤島出身で、春まで青島に居た」

 

 前髪をきっちり七三分けにした見るからに変な学生は、そう言うと看板の急造小屋の中を見回した。

 見慣れていない反応に木田は少し疑問に思ったが、赤島に住んでいても乙海岩戸に来なければそういう事もあるかと納得する。

 

「あー、そこの学校に居たって言ってたな……で、話があるんでしょ?」

 

 埃臭い室内を換気する為、木田は外を仕切る布を開きながら水を向ける。

 

「それじゃあ早速言うが……君、この状況に違和感があるな?」

「強(し)いて言えば、あるね」

 

 木田は布の隙間から見える水平線を見ながら答えた。

 

「今の状況がおかしい気がするんだよ」

 

「『おかしい』か。具体的には?」

「それが分からないから困ってるんだよ。緑島がああなって、三ヶ月前からここで避難生活をしてる現状も元々現実味が無かったけど。朝起きてから……何か、明確に違う気がしてさ」

 

 彼の避難生活はもう長い。

 

 しかし彼は現在、言いようのない違和感を感じていた。だからこそ、気まぐれでこの学生を連れて来る事にしたのだが……そうでなければ何が悲しくてこんな変な奴を寝床に連れて来るのか。木田はそこまで思ってまた溜息をつく。

 

 そうしていると、目の前の学生がズボンの裾をまくって中に隠していた縁門(アーチ)を取り出す。

 

 それを見た木田は当然後ずさった。

 

「話をする前に、まずこれを付けてみたまえ」

「いや……お前縁門(アーチ)なんか付けて……許可取ってんの?」

 

「未成年が取れる訳ないだろう」

「うわあ、すっごく追い出したくなってきた!」

 

 目の前の学生がとんだ危険人物だった事に頭を抱えたい気分になりつつも、話が進まない事を察した木田は、嫌々その手にある縁門を受け取る。

 

「それで、君が適合者かどうか確かめる」

「適合者?」

 

 淡々としたその言葉に、木田は今度こそ意味が分からないという顔をした。

 適合者というのは「神々の所縁(リレーションズ)」を持っているかどうかという事だろうから。

 

「あのさ、僕はちゃんと学校で検査も受けている世代だぞ。神通力どころか、縁門を使えるような数値じゃなかったって」

「以前の君は使えた」

 

 また、この意味深な言い方。

 

「以前って何?」

「説明する。だからさっさと付けたまえ」

 

「えっと、何処に付けんの?」

「『洞見』なんだから腕に決まっているだろう?」

 

「知らねーよ……」

 

 彼はげんなりとしながら腕に縁門を付けて、開く。

 

 ───すると赤い光がそこから湧き出してきた。

 

「うわ……赤……は? なんで? つーかなんで赤いの?」

「あ!? おい! 壊れたらどうしてくれる!」

 

「いやいや……それで無くてもおかしいだろ! なんで僕から『神力』が出るんだよ!?」

 

 そうして木田が腕を振った瞬間。

 赤い光が一際強く揺らいだ。

 

 その直後、彼は何かに気付いたように動きを止める。

 

「……下」

 

「なんだ急に落ち着いて」

「店内に3人、内大人2人。その奥の部屋にもう1人。この看板の外に、子供が1人……目の前にクソガキが1匹」

 

「クソガキというのは僕のことか?」

「確認しなくても分かるでしょ。……うわうわ、こんな感じなのか『神通力』って……うわー」

 

 沙村は夢中になってうわうわ言っている木田から縁門をするりと取った。

 

「……何?」

「ここまでだ。少し冷静になりたまえ」

 

 木田は露骨に残念そうに彼の持っている縁門へ目を落とす。

 それを見ていた沙村は、疲れたのか苛立ったのかよく分からない溜息を付いた。木田は少しバツが悪くなった。

 

「まあ良いけどさ……それで、説明してくれるんだよな?」

 

「そうだな、まず『前の君』は犯罪者だった」

「は?」

 

 先程より明らかにぞんざいな声色。

 問答が面倒になって来たらしい沙村は、構わず覚えている事を並べていく。

 

「時期で言えば今年の春。青網引特殊業学校……青特に持ち運ばれた所縁石を盗む段取りを組んでいたらしい君等は……原因が何だったか忘れたが『洞見の祟り』を引き起こして突っ込み、僕ら生徒をパニックに陥れた。その後……」

 

「待ってよ? 急に犯罪者だと言われて次は祟り? なんで自爆テロしてんの? ……つーかそもそも『前の僕』ってなんだよ」

 

「いや、それは「言うな」と言われてるしなぁ」

「ここまで言っておいて!? 一番重要な所だよな!?」

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