辺りは曇天。しかし夜の闇はすっかり灰色の中に消え、木々のざわめきと共に朝の潮風がほのかに香るここは青網引特殊業高等学校────通称「青特」の敷地内。
研究室と隣接するように存在する神力使用の為の地下演習場。そこに沢山の生徒が入って行くのを見た女は眉を潜めた。
「何かあんの? 今日」
「ちょっと待って下さいよ……あった。特別課外授業?ですって」
「うげっ、あれか」
懐にあった何かの紙を広げそう言った童顔の男に対し、女は望遠鏡から目を離さずうんざりした声を上げ、背後に居る黒いジャケットの男を片方の手で小突いた。
「
「そうも言ってられん、今夜を逃せば「3番金鉱石」は中央に戻ってしまうからな」
「ん? ……あー、そういう事か」
「
「聞いてねーよ……あーもう、どうしてこんな行き当たりばったりになったのかねぇ」
美登利と呼ばれた女は望遠鏡から目を離し、クルクルと手元で回し始めた。
「おい、下に落として気付かれたらどうする。殺すぞ」
「あ? 殺してみろよハゲ」
「あーあ、2人とも落ち着いてくださいよぉ」
そうして流れるように睨み合いを始めた鍵屋と呼ばれた男と美登利と呼ばれた女の2人に対し、うんざりとした声でそう言った童顔の男は本当に何故こうなったのか。と暗雲立ち込める灰色の空を見た。
鍵屋が担当していた現地協力者のいかにも胡散臭い小男が言った「今の青島には、どういう訳か祟りを起こし辛い土壌が出来ている」という想定外の話に、折角練っていたプランの殆どが水泡に帰してしまったのだ。
初めに聞いた時は何を馬鹿な事を、と思ったが。
童顔の男は手元の適性値を上げると言う基盤が剥き出しの
三人は所縁石「3番金鉱石」を手に入れる為、夜に忍び込む算段を実際に現地を見ながら話し合っていた。
この所縁石は、伝承で「原初の神に対応する」と言われている「3番金鉱石」の中でも、特にその色が淡く、そして透き通りさえしている光そのもののような性質を持っている宝石であるらしく、もし対応する所有者が現れた時、その者に如何なる神通力をも跳ね除ける加護と絶大な程の神通力の強度を与えるのだという。
これを手に入れる事の出来る可能性は今夜しかない。童顔の男は気を引き締めた。
青特の研究所は他の特殊業学校に比べ築年数があり、その為セキュリティにもいくつかの穴があった。だからやりようは幾らでもあるように見え、三人はそう掛からない内に侵入経路を導き出した。
そして打合せも大詰めになったその時、不意に鍵屋が後方を向いた。
「……ん?」
「どうしましたか?」
「いや……そこに何か居たような気がしたんだが……」
鍵屋の目線を追いかけてみると、そこには貯水タンクの物陰。
「やめて下さいよ。目撃者とか洒落になりませんって」
「
そう美登利が言い、鍵屋は黙ったまま。
木田と呼ばれた童顔の男は、2人からの圧を感じながら仕方なくそこに向かうが、幸い物陰には何も居なかった。一応
木田の神通力は「
これは「周囲の人間が何処に居て何をしているか感知・把握し、また直接見ればその本質をも見抜く事が出来る」という能力であり、世界に数人しか居ないとも言われる珍しい神通力であった。最も、自分のようにデータベース上に記載の無い保有者の事を考えなければ、だが。
「居ませんよ、勘違いじゃないですか?」
木田がそう言いながら戻ると、2人は黙りこくっている彼の顔を見て後ずさった。
なんだ?
どうも様子がおかしい。嫌な予感がする。そう思いながらも状況が読めない。
「何ですか、僕は今神通力を使っているんだ。後ろに何も居ないなんて分かりますよ。揶揄うにももっと────」
「い、いや……お前、顔、デコ、あ、頭にも」
木田は怪訝な顔で自分の顔を触り、そこでようやく異常に気が付いた。
「はぁ…………?……あぁッ!?」
額に、頭に腫瘍が出来ていた。
続いて視界の隅に映った自分の神力が赤くなっているのを見て、それで何が起こったのか理解した。その合間にもそれら腫瘍はどんどん膨らみ増え続け、彼の体からあらゆるものを吸い起こし意識が遠のきそうな鈍い痛みを彼に与え続ける。その最中、辛うじて働く彼の脳は直ぐにその理由を導き出す。
「やられた……ッ! あのジジイッ! やりやがった!! ぁぁあの技術を流用しヤがったんダぁッ!! よりによって僕の「洞見」を……!! は、早く二人共僕かア────」
そう言って絞られていき瞼すら閉じられなくなった自身の視界から二人が辛うじて見えた。見えてしまった。
間もなくその二人も短い悲鳴と共に、同じく体中から泡ぶく腫瘍に呑まれ始めた。
祟りは広がる。
周りにあるもの、見たもの、障るもの。
元々の性質によって条件は様々あるが、共通する事がもう一つ。
それは波紋が揺れる水面のように。
それは粉塵が巻き上がる空間のように。
その時が来るまで連鎖は続き、終わらない。
wmwm mwmwmwm mwmwm w
m m m m m m m m m m m m m m m
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あの後校庭で他クラスと合流し、我らがDグループは24人となって演習場に向かった。
と言っても、演習場同士はFを除き近くに固まっていて実質学年でゾロゾロと移動していたのだが……。とにかくその場所についた時、各所から聞こえてきた雑談は自然と減っていき、最後には沈黙が辺りを支配するばかりになった。
だって、パンフレットで見たものとあまりに違う印象を受けたのだから。
特筆すべきはそのスケール感。
その建物……いや、遺跡のような大きな石壁は、こちらへ進むにつれてどんどん背の高くなっていた木々のそれより遥かに高く、上が見えない。
そしてその石壁の近くから更に下るとなんとも重厚感のある鉄扉が5つ並んでいるのだ。
因みにこの裏のゆるい崖の上に研究所があるのだという話だが、ここからだと全く見えない。
それにしてもまさか傍から平面的に見えていた森が、その実すり鉢状の地形をしているとは思わなかった。後に先生に話を聞いた所、中央に行けば行くほど日の当たらなくなっていく地形の関係上、木々が日を浴びようと遥か長い時間を掛けて伸びていった結果こうなったのだという。
水は何処に流れていっているのか気になったのだが、石壁の周囲には地下空洞があり、そこを介して海に流れているらしい。中々知的好奇心を刺激される場所なので、今度また来てみようと思う。
その後「D」と書かれた大きな鉄扉の前に行き、どうやって入るのか辺りを見てみると物陰に普通の扉があり、なんとも微妙な気分になった。
先んじて中に入ってみると、石壁に照明設備がしっかりあるのか思ったよりもそこは明るく、しかし洞窟のようなひんやりとした空気が停滞している普通の体育館ほどの大きさの空間だった。
「ちょっと失礼しますよー」
その声がした方を見ると、校庭で最後に話していた梧桐先生が何やら重そうな大きな箱を持ってひょっこりと現れた。それを見た1-3の面々は「あゆみ先生手伝いますよ!」「うおおお」などと続々駆け寄っていき、最終的に7人で1つの箱を持つ格好になっていた。絶対逆に運びづらいだろう、それ。
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