〇〇〇
かたかた、と。
たんたん、がちゃがちゃ、ぎぃぎぃと。
暗い周りで、歯車回し、ワタシは回る、その上を。
「分からない事ばっかだナー」
いつもいつも未来をかき回されて、とってもゴキゲンなワタシは指を上げ、隅で遊んでいたチビちゃん達を呼びつけます。
ころころ、きょろきょろ、動きを視ながら微睡むワタシは、自分の中の源泉をちょこっと切り離す。
さてさて。
「金鉱石のあの子に誰か付いてあげられる?」
チビちゃん達は、それぞれ顔を見合わせて、それ程時間もかからずに、その内一匹がきゅうと鳴く。
今回もどうにかなるかもって思える事は、ハッピーだね。
〇〇
そこはなんとも息苦しい空間であった。
太陽が照り付ける乙海岩戸。
その外とは裏腹に、僕らの居る小さな室内は、きっちりとカーテンが閉められて照明が付いているにも関わらず、うすらと暗く感じられた。
その土地の一角にある詰所の個室の中、僕は机上に広げられた赤島の広域地図に視線を落とす。
この地図から消えた酒見村は、確か二つの地域で構成されていた。
前者には土神の「颶風」を祀る
四つの神社がある村。
そう言えば小さな集落を想像する事は無いだろう。
しかし、僕がそこまで説明しても、向かいに座る二人の反応は変わらなかった。
「……まず、その神通力の名前から分からねえんだが」
加子母が机の上の紙を爪で掻く。
隣に座っている女の救助隊員は、僕が書いた四つの名前を眺めていた。
……彼女は普段「白島」にて勤務している救助隊員らしい。
「回帰」の事を知っていて、偶々こちらへ来ているから同席する、という加子母の紹介に続き、「
「『颶風』なら分かる。だが海神だろう?」
「
「うぅん。同じ名前なのに、別なのねぇ」
廿六木はそう言って、紙の「颶風」の横へ(土神)と書き足した。
「どんな事が出来るの?」
「自身の神力を広く霧散させ、大気中にある空気を操作し風を扱う。……海神のそれと作用に細かい違いがあるが、まあそれは今は良いだろう。殆ど同じだ。……で、他の三つも知らないのか?」
「ああ。少なくとも、俺が扱ってきた資料には無い」
「私も初めて聞いたわぁ。順番に教えて貰える?」
僕は椅子へ座り直した。
酒見村の場所を説明すれば済むと思っていたのだが、どうもそういう話ではないらしい。
「簡単に言えば、『
「それで、その『洞見』を使えるのがぁ」
廿六木が僕の横へ視線を向ける。
「心が読める」という言葉に何か考え込んでいた木田は、それに気付いて少し背筋を伸ばした。
「あ、はい。……いや、使えたんですけど」
「今は使えない?」
「
木田は僕を指してから、自分の腕へ目を落とした。
「でも、学生の頃の検査では駄目だったんですよ? 僕も今日初めてで」
「はぁい。そこも、もう少し詳しく聞かせてね」
廿六木の声は、随分のんびりしていた。
加子母はその横で黙っている。
木田は、僕が連れてきた。
今の現状に違和感を持っている人物だと紹介すると、廿六木が「そういうことならぁ」と許可を出したのだ。
そうして木田が廿六木に今の記憶について話している間、僕は二人の間に置かれた地図へ手を伸ばした。
「加子母。酒見村はここだ。松鳴町から南へ道があって、そこで繋がっていたんだ」
「その道は、ここに載ってるやつか?」
「途中までは同じだが……ここから違う……旧道との分岐の所で消えているな」
指で道路を辿っていく。
見覚えのある分岐はなく、直角に曲がった旧道の先は、ぐねぐねとその場で曲がり途切れていた。
「本来ならここは真っすぐ……山を突っ切る。トンネルを抜けた先にバス停があって……」
「バス停の名前は?」
「……いや、待て」
昔、村へ向かった時の事を思い出す。
見た筈の名前がすぐには出てこない。その間に、木田との話が終わったのか、廿六木が別の紙を引き寄せた。
「いぃの。あのさぁ加子母くん、バス停の名前なんて普通分からないでしょ。ね、思い出せる所からでいいわぁ。道の先には何があった?」
「酒見河原だ。真っすぐな部分は確かトンネルで、それが無くなったんだろう。酒見河原の街並みを抜け、その先が酒見平。集落の最奥にある遠岳神社の近くには酒見湖がある」
「湖ねぇ。大きさはどのくらい?」
「正確な面積までは知らんが……」
「じゃあ、見た感じでぇ」
……細かいのか大雑把なのか。
それから山や川の位置と地形。道の幅。建物が多かった場所。
神社同士がどれくらい離れていたか。村へは何度行ったのか。最後に行ったのは何時か。
僕は目を閉じて顔を擦った。
知っている筈の物事を、一から説明するのは妙な気分だった。「今の僕」の記憶を探ってもそれらが存在しないのも。
「実際に行って確認した場所はあまりないぞ」
「なら、実際に見聞きしたものと、知識として知ってるものを分けてくれ」
加子母が言った。
「
……廿六木という隊員は、結構偉い立場なのだろうか。
加子母が誰かを「さん」付けするのをあまり見たことがないが……いや、今はそんな事考えている場合じゃない。
「酒見村に知り合いが居たら、教えて貰える?」
廿六木に言われ、僕は少し考えてから口を開く。
「
紙の上を動いていたペンが止まった。
「字は?」
「こうだ」
僕は紙の端に名前を書く。
廿六木はそれを見て頷き、続きを促した。
……本当に妙な気分になる。
そもそもこの時間はなんだ。記録することは重要な事なんだろうが、何を確認するにしても、村へ行けば早いだろう。
言語化するならば、そう。本当に「終わった事」として処理されている感じだ。
……確かに、行っても何も無いし、何も出来ないかもしれない。
「僕はこれから酒見村に行く」
「駄目だ」
加子母の返事は短く、早かった。
彼は地図を見たまま、もう一度言う。
「今は行かせられねえ」
「何故だ」
「当たり前だろ……考えろ。村が消えて、道も湖も無くなったかもしれねえ場所だぞ。普通の山道を歩くのとは違う」
「だったら、誰かついて来てくれ」
「今すぐ人を出せる状況じゃねえよ」
加子母は背後の壁際にある長机を指した。
そこには書類が積み上げられていたが、何を示したかったのかは分かる。この詰所に来てからも、外では絶えず人が行き来していた。
「調査には行く。後日、準備を整えてからな」
「後日とは何時だ」
「正確には決まってないが、早く行けるよう善処する」
「待てないぞ」
僕が言うと、木田が横からこちらを見た。
加子母は眉間を指で掻く。
「綾間。お前が急ぎたいのは分かるが、俺達は『終わった事』よりも、今起きている災害を優先しなきゃならねぇんだ」
「終わってなんかいない!!」
思わず立ち上がると、無意識に大きな声が出た。
自分でも驚きながらも、続きの台詞が止まらない。
「というかこの聞き取りはなんだ!? 『話を聞かせてくれる』というから来たのに……『回帰』持ちだから改変前の記憶が残っているだけ、と来た! 僕はな、僕はこんな訳の分からない状況は認めない。未知は良い。だが、未知に弄ばれるのは勘弁ならない。自分の意志で触るのが楽しいのだろうがっ!」
今、何と言ったのか自分でも聞き取れなかった。……変な事を言ったような気がするが、それすら分からない。
沈黙が流れる部屋に、少ししてから廿六木がもの言いたげにこちらを見た。
「教えて貰った事は、こちらで確認するわぁ。何か思い出したら、また教えてね」
「確認するなら、僕も」
「うぅん。今日はここまで」
声はさっきと変わらない。
だが、僕がまだ話そうとしているのを見ても、彼女は続きを聞かなかった。
「調査の前にあなたが山で動けなくなったら、そちらへ人を出さなきゃいけなくなるでしょ? それは困るの」
「僕は」
「悪い、綾間」
加子母の声が重なる。
僕は二人を見たが、どちらも結論を変える気は無いようだ。
〇
乙海岩戸の南側に隣接している農業が盛んなそこは、田んぼの稲が色を付け始めたところであるらしい。
馬鹿みたいに晴れた景色を見ながら、黙々と歩く。
乙海岩戸で補充した水や配給の食料を詰め込んだバッグは重心が悪く、さっきから何回も背負い直している。鳥の鳴き声に、草木が風で揺れる音。なんともまあ平和な光景で、先程の怒りがぶり返して来そうになる。
『これから失うモノを諦めない事』
失う物か。
何故か未だに明瞭な夢の内容が、時間が経つにつれ意味を持っているように強く感じられる。
……救助隊が後日調査に行くと言ったが、待てるわけが無い。
彼等だけで行った所で、僕の覚えているものが見つかるかどうかも分からない。
「……この先だった筈だが」
どのくらい歩いただろうか。僕はそう振り返りながら大きな岩肌の前に足を止めた。
山沿いに続く細い道の横に、不自然な絶壁。
なるほどやはり、ここに在ったトンネルが消えている。
かつて、松鳴町から酒見村へ向かうための道は2つあった。
今は消えた「トンネル」、そして横にある元「旧道」だ。
前者は使用不可、後者は記憶より幅が小さく、とても自動車が進める状態ではない程荒れ果てている。選択肢が無くなった今、この旧道とも呼べない茂みを進んでいくしかないのだが、果たしてどこまで進めるのか。
「行くか」
旧道の雑草が生えた地面に足を掛ける。
草の下にある土は柔らかく、靴が少し沈む。この程度なら問題なく進めると木の枝を避けて行こうとすると、背後から声が飛んできた。
「おい!」
振り返る。
道の向こうから木田が歩いてきていた。片手を挙げているが、僕に手を振っているというより、止まれと伝えたいらしい。
「……何故居る?」
「はぁ、はぁ、は、それさ、僕が言いたいんだけど」
木田は僕の近くまで来て、膝に手をついた。
暫く息を整えてから顔を上げる。
「お前、家に帰るんじゃなかったの」
「帰るとは言っていない。用が済んだと言った」
「……なんつー奴だよ」
彼は僕の進もうとしている先に目を向けた。
「あのさ、殆ど獣道じゃん。遭難でもしようとしてる訳?」
「以前はちゃんとした道だった」
「今の話してんだよ!」
大きな声に、僕は少し眉を寄せた。
木田もそれに気付いたらしく、息を吐いてから言い直す。
「……あの後、お前だけさっさと居なくなるし。駅の方に行ったから、帰るのかと思ったら……街中うろついて食料集めてるし」
「ついて来たのか」
「お前歩くの早すぎ……途中で追いつこうと思ったんだよ。こっちだって、こんな所まで来るつもりじゃなかった。……くそっ、僕だってあの言い方は無いと……思ったんだよっ。……はぁ、つーかあの場所、僕居た意味あったか? 違和感あるってくらいで何も覚えてなかったのに……」
木田が露骨に嫌そうな顔をする。道路の先を振り返った。
「ほら。戻るよ」
「君は戻っていい」
「そういう話じゃないって分からない?」
言いながら彼は道路の端まで来て、僕の腕へ手を伸ばした。
僕はそれを避け、森の奥へ足を移す。
「トンネルが消え、残ったこの道……以前の旧道とは様子が大分違うが、続いてるかもしれん」
「だから、それは向こうで調べるって言ってただろ?」
「いつだ? 明日か、一週間後か、災害が収束してからか?」
木田の手が止まった。
「君は気にならないのか」
「気になるよ。だからって、命を投げ打とうとは思わないの」
「確認しにいくだけだ。無理はしない」
「もう無理してんだろ、このバカ!」
そう吐き捨てた木田が、こちらを強引に捕まえようと迫って来たので、僕はさらに後ろに下がる。
……そうしたら小石か何かを踏み、足首が曲がった。
「あ」
「うおっ」
そうしてバッグに引かれるように身体が傾き、僕は地面へ横倒しになった。
「あーあ、詰め込みすぎなんだよ」
木田が腰に手をやり、こちらを見ている。
その時───頭の上に何かが落ちてきた。
「……何だ?」
見るとすぐ脇の枝葉が揺れている。
そこから飛び出してきたらしい何かは、僕の頭を掴んでいた。いや、掴むというより……爪が食い込んでいる。
「痛い! おい、何か居る!」
「分かってる、動くなって!」
木田は僕の頭を見たまま、手を出しかけて引っ込めた。
僕は首を傾け、その生き物の胴らしきものへ触れる。
毛だった。
細長い身体が頭に張り付き、尻尾が顔の横へ垂れている。……その尻尾は、見覚えのある器官。
「尾袋鼬?」
「ああ……なんかそういう
「納得してないで、これを取れ!」
叫びながら身体を掴んで持ち上げようとすると、頭皮に痛みが走ったので慌てて手を緩める。尾袋鼬は離れる様子もなく、僕の頭へ更にしがみつき直した。なんなんだ、僕の頭髪に恨みでもあるのか?
「ちょっと待て。それさ、無理に引っ張らない方がいいんじゃない?」
「では、どうする」
「……とりあえず、起きられる?」
木田の手を借り、僕は地面に座り直した。
頭の上の尾袋鼬も一緒に動く。落ちるどころか、頭の1パーツであるかのような振舞いだ。
木田は暫くそれを眺めていたが、やがて僕と目を合わせた。
「……なんかさぁ、うん。『行くなー』ってソイツも言ってるんじゃない?」
「意味の分からない事を言うのはやめたまえ」
僕は乱れた前髪を直した。
すると、居心地でも悪くなったのか頭の上で爪が動く。
「痛い! だから、離れろ!」
叫んだが、尾袋鼬はどこ吹く風で。
もぞもぞと座り直してから、呑気にきゅうと鳴いた。