ただの道を歩くのはつまらない。
誰にも見られない道外れ。草木をかき分け、鼻を頼りに先に進むと、青臭い臭いの中に、何やら旨そうな匂いが混じった。
土の上で身体を転がし、毛並みを整えてから見ると、もうそこは最近ずっと居付いている家の目の前。
今日は自分も食べられるやつだろうか。
尾袋鼬は、軽快に塀を抜けて家の中に潜り込む。
「あら、廻ちゃん。今日は遅かったのね」
そう言いながら差し出される小皿に目を輝かせていると、聞きなれた足音が遠くから聞こえて来たので、一言鳴いて玄関に向かう。
『後で食べるから、取っといてくれぇ』
「あら? 今……」
後ろから何か聞こえたが、後回しにして到着した所で、玄関が開く。
そこには予想通り、肩に下げた大きな鞄を持ち、少し色素が抜けたような色の黒髪を後ろで纏めた少女が居たので、挨拶代わりに鳴く。
『おかえりぃ』
「……え」
それだけ言って扉を潜り、先程の小皿の元に戻り中を確認すると、柔らかく煮たなにかの肉が入っていたので有難くかぶりつく。
「五花、おかえり」
「ただいま。ねえお母さん、さっき何か言った?」
「何って……何も言ってないけど。ねえ、それよりさっき廻ちゃんが言葉を話したのよ」
「え、何。ドッキリ的な?」
「ドッキリ? あ! もしかして今の五花の悪ふざけ? やだ」
「いやいや違うって、今帰って来た所だよ? ……私もさっき『おかえり』って言われたからビックリしちゃって────」
……うまい!
『うまい!』
その思考そのまま鳴いて、それから尾袋鼬は、何故か五花と三鶴が自分を取り囲んでいる事に気が付いた。その状況に獣は不穏な空気を感じる。そう、以前獣医とかいう悪魔の元に連行された時のような。
『わし、また出かけて来るぞ!』
「あら! やっぱり喋ってるわ!」
「……マジかぁ……そういう導入? ここからバトル展開が」
そんな時は逃げるに限る。
急いで家を出た尾袋鼬は、藍と赤が混ざり合う空を見上げながら歩き、神社の軒下に潜り込んだ。
w
w w
トンネルの出口は、片側しか存在していなかった。
というのも、戻ろうとしてもすぐに何か真っ黒な壁に当たり、その先に進めなかったからだ。
そこに加子母が「地鳴」を当てても、揺れすらせずに反応はない。こっそりと「回帰」を試してみたが同様になんの手ごたえもない。
外の赤い空を見るに、時間も空間もずれているような感じがする。まるで「幻想世界」と言われる場所を連想させるが……もし、この先に記憶にある
「もしかして閉じ込められました?」
「……仕方ねぇ。おい綾間『回帰』やってみろ」
「もう試したが駄目だったぞ」
「……」
思わず言ってしまったことで、加子母が握った拳を見せて来たので距離を取る。
すると加子母は大きくため息を付いて、自分の懐から何やら取り出した。
「木田、そこの馬鹿同様にお前も付けとけ。恐らく『浄化の祟り』が関わってる空間だ。下手したら祟られるぞ」
「……あ! ありがとうございます」
縁門を受け取った木田は縁門を付けて、さっきのように赤い神力が湧き上がる。
僕も隠す必要が無くなったので、絞っていた脚のそれを全開にしておく。
「これからどうする?」
「とにかく、訳の分からん空間だ……さっきの
「けど、危なくないですか? 正直明らかに異常ですよここ。空の色もただの夕方かと思えば何かキラキラしているし」
「そこの壁を見てみろ」
木田の疑問に、そう返して加子母が指差した先はトンネルの側面。
……よく見ると先程あったコンクリートの継ぎ目が見えなくなっている。ということは。
「この空間が段々小さくなっているという事か?」
「え? あ、黒いのがこっちに少しづつ迫ってきてるってこと!?」
「多分な。結局ここに居ても俺達は集落の方に行くしかないだろう」
そう言って加子母がトンネルの外に出る。
それに続く形で僕も木田とそれを追って出ると、やけに明るい夕焼け空が木々をシルエットのように黒く見せて来る街道があった。
「眩しっ……」
「
「緑島にもありますけど……こっちのはこんな眩しいのか……」
道は直線に続いており、そう時間のかからない内に道路標識と村名が出て来た。表記はやはり「酒見村」。
「夜空になる前はこんな感じだぞ。時期を考えると少し早いような気もするが……綾間、お前は見たことあるよな」
「赤島に住んでるのだから見慣れている。が、少し変だな。赤味にグラデーションがない」
「なに?」
空をもう一度見る。
赤い空は一面同じ色で、真上と遠くで差異が無い。空気遠近法による色の掠れを考慮してもおかしい。それに道向こうの景色の山だと思っていたシルエットも、よくよく観察すると、ある地点でクッキリと黒い壁になっているだけのようだ。
「確かに……よく見ると変だな……」
「ドーム型になった空間と見るべきだろう。天井は赤い何かの神力。壁は黒い何か」
考えながらそこまで考察すると、加子母が「よく見てるな」と背中を叩いてきた。……今の衝撃で頭の尾袋鼬が逃げたらどうしてくれるんだ?
その逃走の心配から、そろそろ餌を確保しなくてはと考えていると、木田が上を見上げながら自分の両腕を抱えているのが見えた。
「どうした?」
「赤い神力って……絶対祟りじゃん……」
赤い神力出しながら歩いている人間が思うことなのだろうか。
気を取り直して、僕が酒見村の地理について話しながら進んでいると、道の端に何かが見えた。バス停と……倒れている人?
それを認識する。とほぼ同時に加子母が駆け寄って行ったので後を追う。
その横たわる体の前で、加子母は一度静止した。
見ると、その人間───中年くらいの男性の身体に、その下にあるであろう地面がうすらと見える。
……半透明になっているかのように。
「救助隊です。大丈夫ですか」
気を取り直した加子母が男に呼びかけ、その両肩に手を触れようとする。が、その手はすり抜けて地面に着いた。
僕は反対側に回り、その様子を確認する。……呼吸をしているらしい胸回りの動き、普通に寝ているかのような顔。ほかに異常はないかと見ていると、立って周囲を見回していた木田が声を零す。
「『洞見』で視ました。すぐ近くの集落にも、同じように半透明の状態で寝てるような人がかなり居ますね……というか、起きてる人が居ないって感じ? ここに住んでた人全員が何かしらの方法で寝かされているのかな……使っちゃ不味かったですか?」
「祟り対策とはいえ縁門を渡してるんだ。もうそれはこの際良い。……酒見河原全域の話か?」
「全域ではないですけど、大半ですね。奥の方は分かりません」
その木田の言葉に、加子母は何か考え込む。
その後、3人で眠っている住民が横たわる酒見河原の集落を見て回り、山社の1つ目「
「なあ綾間、この空間がドーム状って言ったよな」
「言った」
加子母はそこからまた考えた様子で「休憩する」と告げた。
よく手入れされているのだろう。僕等は小綺麗な神社の境内に入り、少し水を拝借してから、手編みの大きな藁輪が飾られた建物の中に座る。
埋葉神社。
「
名前の割に、境内の落ち葉が殆ど片付けられていて小綺麗なことを除けば特筆するところのない、一般的な地域の神社という感じの所だ。
そんなところに不法侵入した僕達は、こうして休んでいるのだが、黙る加子母に、なんだか気まずい僕と木田。そんな具合でいると「よし」と、ようやく方針が決まったらしい加子母が切り出した。
「集落で手がかりが得られないのだとしたら、その中心に行けば何かが分かるかもしれねェ。よって俺たちはこのまま
「視えません。結構離れてるみたいですね。2番目の酒見神社から先の山道が……ん?」
「どうした?」
「いや、酒見神社に
酒見神社に? 確かあそこは「稲光」の神社だったか。
そう思いながら床に置いた大きな荷物を探り、硬いパンをちぎって頭の上に遣ってみる。……食べない。
「消えた? ……いや、そういえばここに入る前も……アイツ『隠匿』持ちか?」