「浄化の祟り」が起きる前。
酒見平の最奥の、少し東に逸れた場所にある森の中。
一際大きい大樹の根本に腰を降ろし、足を投げ出していた少年は木々の隙間から見える酒見湖を確認し、隣に居た初老の男────夕森に声を掛ける。
「つー訳でさぁ、そろそろ何するのか教えてくんね?」
「……」
夕森は自身の配下である少年の方を見た。
目立たない暗色の服は、ここ数日の野営の為か返り血で半ば染まっている。少年は所持する「
「なんだよ……?」
「まあ、良いでしょう」
夕森は「今に至ってまで情報漏洩を気にする意味もないですし」と少年に聞こえるように呟いて。
懐から紫に光る金を取り出して彼に投げ渡した。
「
「その石に適性があるのを除いても『
漸く言葉を発したと思いきや、イマイチ意図の見えない言葉。
少年は遅れて理解する。道具が壊れないかの心配だ。
「……限界を万が一でも超えたら不味いってか。ジジイ共も心配性だねぇ」
「そうではなくて」
「あ?」
嫌味たっぷりに吐いた言葉の直後に否定され、眉を顰める少年であったが、夕森の次の言葉に僅かに目を見開いた。
「今の適性値では確実に限界になるから、必要なんですよ」
自身に触れた神力を吸収し、体内に溜め込んだり吐き出したりする事が出来る神通力。
普通の人間が祟られれば簡単に死んでしまうこの世界において希少な筈のその力は、溜め込みすぎたり、吐き出すときに一つ許容量を間違えれば使用者に「祟りの暴発」が待っているというリスクのせいで忌避されている。
しかも所持者の殆どが「赤」を示す事から、通常の社会生活を送っていれば幼年の頃に親や社会によって祓われているような嫌われた力。
「祟りに呼応して『青い巨人』が赤島にも出現する可能性があります。その石は、万が一それが起きた場合に君がそれに対処する為です」
「あーそうか。それが俺の使いどころって事ね……それで? 出現場所は?」
「あれですよ」
言いながら夕森が顔を向けた先は酒見湖。
青島で観測されたアレが、遠く離れた赤島にも出る。俄には信じられない事だが、少年はそれをひとまず飲み込む。飲み込んで、作戦のそもそもの主目的を聞けていない事に気が付いて、続きを目で催促する。それを見た夕森は。
「十数年前」
ポツリと。
それだけ言ってから、ドカリとその場に腰を下ろす。
普段の胡散臭い所作からは考えられないその態度に、少年は眉をひそめる。
「十数年前、緑島に自身を『
「遡るなぁ」
「まあ長い話にはしませんよ。……それで、当時の政府は彼の存在を秘匿しました。まあそんなものが知れ渡れば世の中が荒れますからね、当然でしょう。ただ……その際、彼の傍には『逆睹の神通力』を持つ女性が居た」
言いながら夕森はうすらと霧がかった酒見湖の方に目をやる。
「私の妹です」
「……あのさ、それって」
「ああ、君は『滅亡の予言』騒動を知っていましたっけ」
「まーな、最近都市伝説にハマっててさ。良い暇つぶしになる。でも、そうか。
「ありますよ。これから行う私の独断の作戦にね」
独断。その単語を聞いて少年はウンザリとした。
自分の仕事が追加で増えそうだったからだ。
「そうですね、君。もし自身の神通力の源を握っている「神」が適合者と遭遇してしまったら……どうなると思いますか?」
「あ? ……えーっと、適性値が上がる?」
「少し違いますが、まあそれで良いでしょう。……そう、上がったんです。そして適性値は「
「……狂うってか?」
少年はふと目線を夕森から離し、足元の糊角兎の死骸を見る。そこからは淡い光が発せられていた。
「先触れ」だ。
そろそろ祟りの発生条件を満たすだろうと、つまらなそうにその頭を撫でる。
「『逆睹』の身体が獄中で死んだ後『神降ろし』なんて馬鹿げたことをして後を追ってしまいました。前の日まで『こうするしか無い』なんて言って」
「……未来を予測できるまでに強まった『逆睹』がそう言ったって事は」
「ええ。どこがどうなって未来が変わったのかは分かりませんが、まあやり遂げたのでしょう。事実『滅亡の予言』はただの与太話となり、人々の記憶から無くなりつつある」
そこまで言って夕森は腰を上げた。
「その時用いられた『神降ろし』」
その場を歩き始めた男を見て少年はため息をつく。
「『神降ろし』は知っていますね?」
「前に言ってたよな。『神降ろし』は成功すればこの世に神を引きずり下ろす。でもそれだけじゃない。実行した人間は、その神の居た場所に入れ替わるように押し込められる。結果その系統の神力は変質し、劣化する」
事実、現在の「逆睹の神通力」は、従来のものより効力が低くなり、外れる事が多々ある「予測」程度のものに成り下がっている。
しかし、その一例だけを見て今回もそうなるとは限らないのではないか。少年はそう思ったが、どうでもいいのであえて口にするのをやめた。
「それを計画に使うのは分かったけどさ……まだ結論が見えねぇし、つまりどういうことだよ……手短手短言って長いんだよ説明がアンタは毎回よ」
「……確かにのんびりしすぎましたか。まあ、端折りますが要は、この辺りには『逆睹』を祀る神社がある。酒見山社の3つ目『草踏神社』という所ですね。その一人娘として『逆睹』が再びこの世にご降臨なさっているようですので」
そこまで言って、男は立ち止まる。
「使い物にならない力を持ってるアレを再び殺し利用して。神を名乗る奴等の親玉『成就』の『神降ろし』をしてしまおう。という事です」
「ふーん、じゃあ俺はその人柱ってワケだ」
背中を向けて佇む夕森の表情は見えない。
それに興味なさげに少年は鼻を鳴らし、懐から何かを取り出して齧りながら続ける。
「なんつったっけ、人の世を取り戻す? 『成就』をやっちまって神力という根本そのものを壊そうって魂胆?」
「その通りです」
少年───
これ以上狩ると「浄化の祟り」がすぐにでも起きるだろう。
となれば、後は満曜空の季節まで待つだけ。
明楽は大きく伸びをして、腹に付けている
「成功すんのか?」
「成功させますよ。私は勘が良いんです」
w
w
w
「ソイツ、早く殺した方がいいぜ。つーか俺がやってやろうか?」
明楽と名乗った少年。
彼は僕の頭上に居る獣を指差して、薄く笑った。
「断る。貴重なサンプルが大人しくくっついているんだ。ここは生かしたまま持ち歩くべきだろう」
そして持ち帰って飼うべきだ。
はぁ……突然何を言い出すのか。これだから粗暴な子供は嫌いだ。呆れながらそう返すと、少年はその表情を固まらせていた。全く、その表情をしたいのは僕の方だというのに。
「確かにこの白い光は『逆睹』だと推定される。この尾袋鼬を今直ぐ殺した方が良いというのなら、先にその根拠を述べたまえ」
「んなの、決まってんだろ。俺達をここに閉じ込めてるのがその『逆睹の神』だからだよ!」
「どういう事だ?」
ここで沈黙を貫いていた加子母が口を開く。
「逆睹の神」か。
この少年が消える前の酒見村に居たのなら、確かに今の状況を把握する手掛かりになる。しかし少年はその問いに答えあぐねているようで、短い沈黙を挟んだ後で続きの言葉を並べだす。
「俺は『逆睹の神』を狩る為にここに居た。そして逃がした」
聞いていなかったのか、後ろに居る加子母が僅かに表情をこわばらせる。
少年は何か言葉を選ぶように、続きを恐怖の色を帯びた口調で。
「そうしたら赤い何かが村を覆って、協力者は全員消えたし、でも抵抗できる俺は逃げ切ったが、その退路の途中で、雇い主が死んでいたのを見た。だからここにはもう用が無いっていうのに出られない」
ここで少年は廻の方をチラッと見た。
同意しているのか、話をよく理解していないのか、腕を組んで頷いている。少年は見なかったことにして目線を彼女から僕に移し、そして加子母に移した。
「だったら殺してでも何でもやって脱出するしかないだろ? 分かるか? ソレが空間を維持している楔かもしれない」
「あァ……残念ながら、この尾袋鼬は村の外に居た獣だ。結界の維持に関与しているかは怪しい所だな。それと、そこに居る綾間に「逆睹の神通力」を貸し与えているらしい。それだったら、コイツを手掛かりにその『逆睹の神』とやらの対処を考えた方が良いんじゃないか」
「はぁ?」
加子母の言葉に、前のめりになっていた少年は素っ頓狂な声を出し、その後思案するように顎に手を当てていたが、諦めたのか、端にもたれ掛かってため息をついた。
「仇討ちという訳か、ふむ。分からないでもないが冷静になるべきだな」
「ちげーよボケ。つーかさぁ、その喋り方やめてくんない? イラつくから」
その後、少年は村内の状況について語り出した。
まず、酒見平は腫瘍を持つ動物が多く徘徊しており、人間を見つけると威嚇したり、襲ってきたりすること。
続いて、突発的かつ広範囲に「赤い何か」が集落の周辺に発生する為、森の中の方が安全だと言うこと。
最後に、例外としてなぜか草踏神社には動物が寄りついておらず、つい最近までそこに居たこと。
ここまで言って、いつの間にか起きていた木田が手を上げる。
「いいですか? 草踏神社がこの空間の中心だったりするんですかね? だって『逆睹の神』の神社ですし。何かなかったの?」
「いや特に何も。ふつーの神社だったぜ……ん? 中心? お前等ここの中心目指してるの?」
少年の疑問に加子母は首肯する。
「心当りがあるのか?」
「多分な。中心っていうか発生源というか……俺が逃げて来た所『酒見湖』だよ。つーかあそこに行くのは無理だぜ。ウジャウジャしてるキモ赤触手にすぐ殺されるのがオチだ」