みみたぶがり   作:佐那木じゅうき

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平和の祈り ⑤

 青特の教諭である梧桐 亜弓(ごどう あゆみ)は持ってきた大きな箱から名簿の載っているバインダーを取り出すと、簡単な点呼を始め、生徒等が全員揃っている事を確認した後本題に入った。

 

「この箱には、様々な種類の所縁石(ゆかりいし)が入っています」

 

 この切り出しに、梧桐は最前列の生徒の息を呑む音を聞いた。他の生徒も真剣な顔で箱の方を見入っており、ここ演習場D室は緊張感に包まれた。

 

 この国において「所縁石」という物は、危険物に定義される。

 

 縁門(アーチ)が適合者であれば誰でも神力を安全に出力・制御することの出来る装備であるのに対し、この石は単純に「使用者の神力の出力」を上げる。それだけの目的で昔から使われてきた。そんなものを────神憑きは兎も角として、平凡な適性値の人間が扱えばどうなるか。勿論、神力の暴走が待っている。

 

 祟りにまで発展することこそあり得ないが、制御の出来ない神通力がいきなり発現する可能性があり、怪我を負ってもおかしくないのだ。

 生徒たちは概ねこれから行う事を察していた。

 

「皆さん縁門(アーチ)を開いて下さい。これは怪我の防止です。絶対に、閉めることの無いように」

 

 先程の優しげな雰囲気から打って変わり、硬い表情で指示を飛ばした梧桐に対し、Dグループの生徒たちは無言で各々身につけていた縁門を開いていく。その最中1-3の生徒の1人に向けて彼女は口を開いた。

 

「貝崎さん。縁門(アーチ)から神力を出しているとどのようなメリットがあるか、わかりますか?」

「は、はい。えーっと、神力の暴走を抑えられる……ですか?」

「……違います。私は縁門(アーチ)から「神力を出していると」と言っています。そもそも暴走は縁門(アーチ)を開いていなければ起こり得ないことです。勿論縁門(アーチ)は神力の制御の為にある物なのですが……すみません、そうですね「神力を排出している間、使用者にはどのようなメリットが産まれるのか」という質問に変えましょう。他に誰か────」

 

 そう言いながら梧桐が生徒を指名しようとする前に、端の方に立っていた男子生徒の1人が手を挙げた。確か1-1の生徒の筈だ。彼女はその生徒に発言を促した。

 

「1-1の沙村です。まず、神力というエネルギーを排出する行為によるメリットは全部で3つあると愚考します。

 

 1つ目は「他者の神力に対する耐性の獲得」。

 2つ目は「非常に微弱な身体能力の向上」。

 そして3つ目は────神憑きやそれに準じる適性値が必要になりますが、「神通力の行使が可能になる」です」

 

 沙村の説明に、梧桐は大きく頷く。

 

「よく勉強していますね、その通りです。特に先程沙村さんの言った1つ目の「他者の神力に対する耐性の獲得」。これがなければ今日の検査によって起こる誰かの神力の暴走で最悪死に至る事もあると理解して下さい。先程の質問はこれから座学で習うことなので知らない人が多いのも当然仕方ありませんが、これだけは理解して、決して縁門(アーチ)を閉めないで下さい。……前フリではありませんよ? 絶対! 開けたままにしてくださいね! ……くどいようですが皆さんの安全に関わることですので念のため言わせて頂きました。その上で────」

 

 梧桐は自身の左腕についていた縁門(アーチ)を開き、緑色の神力を滾らせた。

 

「所縁石の適性を調べる検査を始めます」

 

 

 

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「曜引。曜引五花さん。こちらに来て下さい」

「あ、はい」

 

 検査のトップバッターは私だった。

 なんか雰囲気出るなー、なんて呑気に考えていたから唐突に名前を呼ばれて軽く肩が震えてしまった。お陰で隣りにいる沙村が怪訝そうな目で見てきた。何見てんだコラ。というか何で隣に居るの? なんて言う雰囲気でも無いので、私は梧桐先生の隣りにある大きな箱の前に普通に向かった。

 

 お腹に付いている縁門(アーチ)がちゃんと「少しだけ」開いている事を確認してから背中に回し、先生に促されるままに箱の中身を覗く。

 

 中には、丁度貴金属のお高い指輪のように、等間隔で収められた様々な色の所縁石があった。実際問題、そこらの貴金属より遥かにお高いのが所縁石である。それらの下には番号が書かれた金属製のプレートがあり、無くしてもすぐに分かるようになっているし、ここまですれば持ち去る気の起こす生徒も居ないだろう。

 それにしても綺麗だなーと思っていると、梧桐先生が「ちょっと待ってください」とその箱に手を入れ、その上部だけを持ち上げて隣に置いていった。なんだかお弁当のようである。

 

「では1番から順番に手にとってみて下さい」

 

 そう言われたので、言われた通り一つずつ取り出してにぎにぎしてみる。と、あんまり握るのは止めてくださいと注意されてしまった。手に乗せるだけで十分らしい。最初に言って欲しかったよ。

 そうして何十個目かの所縁石を取り出した所で、ようやく私のぷっくりと出している神力が一際強い光を発し始めた。……私としては正直、やっぱりこれか。という感想しか出てこなかった。

 

別羽山珊瑚(べつわやまさんご)

 黄島の山奥で産出される濁った赤い石である。

 

 聶獣は対応する神の「所縁石」に素質がある人間を好む傾向がある。

 尾袋鼬(おぶくろいたち)がやたら絡んでくる私に対応する所縁石など、最初からこれに決まっているのだった。それを見た梧桐先生が手に持ったバインダーに何かを書き込むと、もう大丈夫ですと言われたので他の生徒のもとに戻ることにした。

 

 

 

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 我らDグループの面々は、演習室の壁際に座りながら順番に呼ばれ検査をしている生徒を見ながら順番を待っていた。正直そんなに危険な検査なら屋外で待たせたほうが良いんじゃないかと最初思ったが、恐らく防犯上の観点から僕等が出入りしないよう同じ部屋に置いて居るのだろう。それだけ所縁石は貴重な物であるし、こうやって屋内でやっているのも、万が一にも誰かが「燻み真珠」「3番金鉱石」等の特殊な所縁石に対応していた時、その事実が広まらないようにしているのかもしれない。

 

 何が不味いって、最悪拉致される。

 例えば今言った「3番金鉱石」など最たるもので、対応する適合者が持っていたら、その人間は凡そ100人分くらいの神力の出力が可能になるし、何故だか制御力も上がるらしいので、持っている間はただの適性値の低い適合者であっても神通力を使えるようになってしまうのだ。扱いの未熟なうちに捕まえて教育してしまえば戦略兵器の完成である。

 

 そんな事を自身の足に付いた緑色の光を見ながら考えていると、検査を終えた曜引がこちらに歩いてきた。

 

「曜引さん、何の所縁石だったー?」

「なんか赤い石だったよ」

「へぇ、イメージぴったりかも」

「神力も赤いしね、揃えてる訳だ」

 

 いや、揃えてるわけじゃ無いと思うが、と。僕は呆れつつ、クラスメイトと話している曜引の背から溢れる赤い光を盗み見する。

 

 赤い神力。

 

 かなり珍しい代物である。

 赤色の神力を持つ人間は大抵小学生の検査の時点で悪いものだからとお祓いに連れて行かれ、その後縁門を付ける機会がなくなるからだ。祓われていないのは……普通に考えて彼女が「神憑き」だからなのだろう。

 そして、凶兆を知らせる赤色を隠すように曜引はそそくさと壁にもたれた。

 

 赤い神力は昔から「祟り」の前兆の1つとして嫌われている。現代では激減し、なりを潜めている特殊自然災害であるが、当時を覚えている高齢者などからは特に恐れられ嫌悪されているのだ。

 先程名前を呼ばれた時彼女はボサッとしているように見えたが、その実過去に何かあり、自分の神力を晒しているこの状況にかなりのストレスを感じ放心していたのかもしれない。もしそうだとして、こういう時に何かを聞こうとしたら本当に口をきいてくれなくなりそうなので、うん。触らないでおこう。

 

 そう思った所で、僕の番になった。

 

 

 

「では1番から順番に手にとってみて下さい」

 

 ずらりと並んだ箱の中には絶景が広がっていた。

 どれも図鑑で見たことしかない希少な所縁石が目の前にズラリと並んでいるのだ。これに興奮しない人間など存在するのだろうか? 石の名前は番号でしか書かれていないが、僕には分かる。あれは「2番鉄鉱石」で、これが「黒曜硝子」。お、あれは間違いなく「燻み真珠」だ! いやぁ、あるとは思っていたがまさか────

 

「沙村くん?」

「……や、失礼」

 

 先生の一言で思考が霧散した僕は我に返り、思わず咳払いをして、箱の中に手を伸ばす。

 そうして事務的に手を動かしていったのだが、なんだか雲行きが怪しくなって来た。そういうのも既に8割ほどの所縁石を調べたのに、今の所自分の神力に反応が無いのだ。

 

 一つ一つ取り出しては戻していく。その手の動作が無意識に早くなっていく。

 まさか、と思った。だがしかし、自分の神力はそれでも反応せずに、石を戻す。

 

 そうしてようやく最後の石を取り出した時、足に付いている緑の光が強く光りだした。顔を上げるとぽかんと口を開ける梧桐先生と目があって、暫し見つめ合った。

 

 手に持っていた石の名称は「3番金鉱石」。

 まさしくそれだったのだ。

 

「と、とりあえず……箱に戻して下さい」

「あ、ああ……」

 

 我に返った先生が顔を反らしてそう言ったので、僕は生返事をして石を見つめる。

 そんな時、妙な声が聞こえた。

 

『こわい』

「……?」

 

 女の声だ、それも聞き覚えのある……。

 それが誰の声なのか考えながら辺りを見回す……までもなくそこに居て。

 

『わるいこと』

『へいわ』

『こわい』

『こわい』

『わるいこと』

 

 思わず思考が止まった。

 

「ぅ……あっ!?」

「沙村さん?」

 

 尾袋鼬だ。それも────何匹……いや、数えるのも億劫になるほどの。

 この部屋「演習場D室」の隅の至る所に、彼らが。まるで最初からそこに居たかのように。

 

『ゆるさない』

『へいわで』

『わるいこと』

『わるいこと』

『わるいひと』

『わるいこと』

『わるいこと』

『もういやだ』

『へいわでありますように』

 

 梧桐先生が僕から石を取り上げようとする。

 しかし反射的にそれを避けてしまった僕は、尚も辺りを見回す。何が起こっているのか理解できなかったが、それは間違いなく神々の所縁(リレーションズ)の神秘を知るために必要な事だと思ったから。

 

 そして────

 

 

 

『わるいこと』『こわい』『こわい』『ゆるさない』『こわい』『わるいこと』『あしためんどい』『こわい』『わるいこと』『こわい』『おやしょくたべたい』『きっとへいわでありますように』『ゆるさない』『へいわ』『ゆるさない』『ゆるさない』『きっとへいわでありますように』『しね』『みんなしんじゃえ』『ゆるさない』『ゆるさない』『しね』『ゆるさない』『ゆるさない』『おやしょくたべたい』『あしたもきっとへいわでありますように』『こわいよ』『もういやだ』『あしたもへいわでありますように』

 

『あしたもきっとへいわでありますように』

 

『あしたもきっとへいわでありますように』

 

『あしたもきっとへいわでありますように』

 

 

 ────彼らは誰かの祈りを反響させているだけなのだと、そう朧気ながら理解したその時。

 凄まじい轟音の中、外から何か大きいものが入り込んで来た。

 

 


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