みみたぶがり   作:佐那木じゅうき

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耳を掩いて鐘を盗む

 

 木田 各理(きだ かくり)が「適合者」だと判明したのは、大学を卒業してすぐ後の事だった。

 

 泥酔した元同級生との悪ふざけで町中を歩いていた「緑特」の女生徒をナンパし連れていた際に、偶然にも彼女の持っていた縁門(アーチ)を何気なく手にとった所、その輪から僅かに緑色の光が溢れ始めたのだ。

 

 それを見た木田は酔いが一気に醒め、手持ちの薄い財布から札を女生徒に幾つか渡し、そして、脇目も振らずに家に帰った。

 

 子供の頃に憧れた「人々を助け、巨悪や祟りに立ち向かう神通力使い(ヒーロー)」になれるかもしれないと、これまで生きてきてずっと隠して、壊れないように持っていたハズの大切な夢が。彼の根源であるハズだった物が、失われずに目の前にあったのだ。

 

 だから、もう一度手を伸ばしてみたくなった。

 それだけだった。

 

 

 木田は天涯孤独の身だった。

 

 それでも彼の生活は貧しくはなかった。ただ、仕事を辞め、専門学校に通えるほど裕福とも言えなかったのだ。

 それで「一か八か、検査だけでも受けて、そこでもし、もしも自分の適性値が800以上であったのなら、そうしたら、借金でもなんでもして絶対に夢を掴んでやる」と。そう決心した。

 

 しかし実際の所、小学生での検査で適性が無かった人間が「神通力」を使える程の適性を持っている事例は希少も希少だった。

 

 だから彼は、心の何処かで「これっきり」と。

 自分の中で折り合いを付け、夢を抱いていたという、その気持ちを思い出として大事に。胸を張ってこれからを生きていくつもりだったのだ。

 

 

 そして、来たる検査の結果は「786」。

 

 これがいけなかった。

 

 神通力が使えるかもしれない。

 だけど、使えないかもしれない。

 

 もしも、ここで迷わずに。

 すっぱりと諦めていれば。または、恐れず飛び込んでいれば。彼の人生は全く別の物になっていたのだろう。

 

 

 

 

wmw wmwmwmwmwmwmm...wmwmwmmwm

w mwmwmwm....mwmwmwmm ww

mwmwmmwmm.........mwmwmmwmm

 

 

 

「きゃあーーーッ!!!」

 

 目の前に居る誰かの鋭い悲鳴が聞こえる。

 見える、けれど自分が何をしているのか、ここが何処なのか。それすら分からなかった。

 

 立ち止まっていると、息ができないほど苦しかった。

 1人になろうとすると、体がバラバラになりそうだった。

 

 だから、誰でも良い。

 彼はひたすら「人間の居る方へ」歩いていた。

 

 他の2人は、何処に行ったか分からない。

 そもそも、その2人とは何の事だったのかも、よく分からない。

 

 そんな朧気な状態だったけど。

 幸いにも、人のいる場所に迷うことは無かった。だって視界だけは透き通るように晴れ晴れとしていて、本当に調子が良かったのだ。

 

 それこそ、心の声まで見えてしまう程に。

 

『化け物』

『ふざけるな』

『気持ち悪い』

 

 彼は思わず立ち尽くした。だが、苦しくなってすぐに再び動き出した。

 嫌でも動かなければ、苦しくて苦しくて死んでしまう気がしたから。

 

『嫌だ』

『化け物』

 

 同族が増えていく。

 自身を視てしまった子供達が、自分と同じようにこの地獄に堕ちてしまった人間が増えていく。

 

『痛い』

『苦しい』

『嫌だ』

『助けて』

 

 叫びたかった。だけど、彼の口はもう既に無かった。

 耳を塞ぎたかった。だけど、彼に寄り添う耳朶は空虚な孔になっていた。

 

 違う。違う。

 なりたかったのは、こんなのじゃない。こんなのじゃないんだ。

 

 ごめんなさい。ごめんなさい。

 

 助けて。

 

 助けて。助けて。誰か、誰か殺して。

 

 殺して、殺して、殺してくれ。

 

 彼は最早本能で次の人間を求め、近くの部屋に突っ込んだ。

 

 その刹那────。

 

 

 

 

 

 

『うわっなにこれ』

 

 ────何かに踏み潰されて死んだかのような錯覚に陥った。

 

 しかし、生きている。その事実に恐怖した。彼は心から恐怖したのだ。

 まるで自分が酷くちっぽけな虫以下の何かだったかのような気がして、そうして目の前の気の遠くなるような大きさで有ることしか分からない正体不明の"ソレ"が、自分を認識するまでも無く足を上げて、そして自分の頭上に向かって来るような。

 

 今までの痛みなど消え去った。苦悩など、全て吹っ飛んだ。

 彼は生き残るため本能で踵を返し、訳も分からずその場から全力で逃げ出した。

 

 

 

 

mwmmw wm

 

 

 

「皆さん、目を塞いでッ!!!」

 

 沈黙の走る「演習場D室」で、いち早く立ち直ったのはやはりというか教員である梧桐だった。

 それに対し僕は呆然としていた。だって「視て」しまったのだから。

 

 先程の腫瘍の塊のような大型の異形は、間違いなく「祟り」に遭った人間の末路のそれだった。

 「祟り」は感染る。しかし、どのように感染るのかはパターンがあった。

 

 近くに居るだけで感染する場合。

 視覚から感染する場合。

 空気から感染する場合。

 接触して感染する場合。

 

 

 1番上が最も質の悪いパターンで、今回は一つ下の2番めに質の悪いパターンだ。どのように見分けたのか? 簡単だ。今回のアレには「目が沢山くっついていた」。

 

 僕は素早く自分の身体をくまなく確認する。そして、腫瘍のような物はまだ見られなかった。そうして、一先ずは大丈夫そうだ。と一息つく。

 

 余裕ができたので周りを見てみても、それらしい症状の出始めた人間は居ない。

 どうやら、縁門(アーチ)を開いていればどうにかなる代物だったらしい。……しかし、そうなると。今のは────。

 

「痛っ」

 

 思考している最中、不意に尾袋鼬の一匹が僕の足に噛み付いた。なんだこの獣は。というか先程の事態がショッキングすぎて獣達の存在を忘れていた。それに怒っているのだろうか。なんて場にそぐわない思考をしてしまい、自然と苦笑いが出た。

 

「あれ、沙村君は大丈夫だったんだ」

 

 その声に獣を見ていた顔を上げると、そこには曜引が居た……ん? 曜引? ……曜引、だよな?

 いや、今の発言も気になるが、それよりも。

 

「なななんだその状態は、どうなっている」

「え? 何が? 失礼な奴」

 

 失礼にもなるってもんだ!

 なぜならだって、曜引の全身に無数の尾袋鼬が蠢いている!

 

 

「沙村君は祟り大丈夫そうだし、ここで皆と一緒に居てあげてよ」

 

 …………文字にしてみても、意味がわからないな。……うん、なんというか。その……。頭の上に、肩の上に、腕の周りに、胴の周りに、足の周りに。それぞれ複数の尾袋鼬がしがみつき、互いをすり抜けるようにして存在していたのだ。

 

「私はちょっと外見てくるから……いや何?」

 

 そう、そうだ。例えるのならば、3Dゲームか何かでキャラクター同士が重なって変な化け物に見えるかのような、そんな状態になっている。

 正直言って、見れば見るほど正気で居られなくなるような造形だ。さっきの異形よりも恐ろしい。

 

「それ、大丈夫なのか?」

「ぇえ……? ああ、神力の事?」

 

 そうではないのだが荒ぶっている獣が怖くて言及できない。 

 

「大丈夫大丈夫。私「神憑き」だから。まっかせときなさいよ」

 

 別のナニカが憑いていそうだ。いや、憑いている。

 そう言葉にする前に、フルアーマー曜引は忽然とその場から姿を消した。

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 

 突拍子の無い「祟り」の出現。

 意味不明な光景。

 突然消える人間。

 

 ────ああ、そうだったのか。

 全て繋がった。ようやく何が起きているのか理解した。

 

 全く、どこからだ? はぁ……。

 早くこんなくだらない夢から醒めなければ。 はぁ……。そもそも「3番金鉱石」が僕の所縁石な訳が無いのに。全く。ぬか喜びさせるなよ……。

 

 

 

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