TS娘の俺が戦隊モノのピンクをやっているのは、どう考えてもおかしい 作:戦隊モノエアプ
全てを閉ざす、黒い闇の中。
起床時間はいつも通り早朝、朝四時。まだまだ活動するには早く、窓の外は薄暗い。時々、楽しそうに笑う人々が通り過ぎては、離れて行くのが感じられた。自分の名前と同じ愛玩動物、猫のようにグッと伸びをすると、眠気はもう無い。人肌に温められた掛け布団から抜け出すと、ゆっくりと扉を開いた。
誰も居ない閑散とした部屋。その雰囲気からか、寒色である青白さを思わされた。
卓上の灰皿に盛られた吸殻。水にさらし、ゴミ箱に落としていく。喫煙者である等の本人がやらないのだから仕方あるまい。もはや自分の役目とばかりに処理をし、廃棄する。
役割を終え、慣れた沈黙に木偶の坊みたいに立ちすくんでいると、不意に人の気配を感じて目を見開いた。
「居たんだ、ママ……」
自身の母親が何時頃帰宅し、再び家を出るのか、ネコは知らなかった。
死人みたいに気配も無く、安価な缶チューハイを手に、虚ろで暗い眼差しを向ける母。ネコが声を掛けると、目を細める。目を凝らしたのか、はたまた自分を睨んだのか、ネコにはわからなかった。
「なによ……」
腹から唸ったような、低い声が響く。
「さっさと学校にでも行けば?」
冷たい瞳が、ネコを突き刺す。外はまだ薄暗く、学生が通学するには些か不用心だ。辛うじて登りつつある朝日も、雲翳によって隠されている。
「あぁ、そっか! モモって娘のとこに行くのか」
彼女は得心したように手を打つ。ネコは、自分の考えを見透かされたように思えて、冷や水を打たれたようにびくりと跳ねた。
「誰を好こうが知ったこっちゃないけどね、学生が色恋に現を抜かしてんじゃないわよ。……まったく、誰が学費払ってやってると思ってんのよ」
嫌味ったらしく言う母。ネコからしてみれば、余計な御世話である。自分だって碌な人生を歩んではいないのに、と心の中で毒を吐いた。
「なんなのよ、その眼は!?」
母が激昂する。どうやら顔に出てしまっていたようだと、ネコはその時になって気付いた。
わかった時にはもう遅く、母は般若のように顔を顰めてネコに詰め寄る。
「アンタなんてね……数ある男の種の一つが"偶々"当たったに過ぎないのよ。誰が父親かも判りやしない。ボンクラの子かも知れないアンタに、なんでアタシが睨まれなきゃならないのよ!」
ネコの長い髪を引っ掴み、罵倒する母。何度も聞いた自分の出生にネコは辟易とする。
ネコの母親は所謂一夜の関係を築き、金を得て暮らして来た。気に入った相手が居れば、数回抱かれるのも厭わなかったが、それも前提として金銭があればの話だ。夜の街で働く彼女。
ネコはその数多の男性関係との中で不幸にも生まれた命であり、父親の存在は定かではない。
当時の男性関係を手当たり次第あたり、DNA鑑定でもしていけば判明する事ではある。しかし、そのような面倒臭い事が出来ていたなら、ネコの母親は疾うに水商売から離れていただろう。
「大体、アンタなんてねぇ——」
ガミガミと言う母親の言葉を右から左に聞き流し、ネコは遠い目をする。
何も映っていない曇った瞳。直視したくない現実の逃避先は、いつも大好きな彼女の姿だった。
——鏑木モモ。
愛して止まない彼女のことを想い浮かべると、自然と胸が軽くなる。
誰にも渡しなくない。
ネコがどうして、それ程までにモモを愛することになったのか。あれはそうだ。忘れる事の無い思い出。
きっかけは……。
きっかけは——。
◆◆◆
きっかけは、有りがちな展開だった。
当時は虐められっ子だったネコに対して、優しい手を差し伸べてくれたから。それだけの事だった。
「母ちゃんが言ってたんだけどよ。お前ん家、父ちゃん居ないんだって? なんで? なんで父ちゃん居ないわけ?」
そう言ってネコを囃し立てる男児。
何処にでも居る虐めっ子。もしくは本当に幼い故の好奇心だったのかも知れない。或いは、当時から美少女としての片鱗を見せ始めていたネコに対して、好きな子を虐めるアレだったのかも知れない。それでも、ネコからしてみれば堪ったものでは無かった。
やいのやいのと、子供の出来得る限りのボキャブラリーで罵詈雑言を並べ立てる男児達。
それでも、ネコは力で抵抗しようとは思わなかった。数的有利を取られていたからか、暴力で解決しても無駄だと悟っていたからか。はたまた、喧嘩をして母に面倒を掛けるのを嫌ったのか。子供ながらにネコは聡く、耐える事しかしなかった。出来なかった。
「その目が腹立つって言ってんだよ!」
目。眼。め。
母もネコの目付きが悪いと言った。だから、自分が全て悪いのだとネコは思った。
「ちょっと、ちょっと〜。その子の親だとかの話は、その子を推し量る材料にはならないんじゃないかな?」
ネコを庇う様に、視界を遮る桃色の髪の少女。ネコを取り囲む数人の男児に立ち向かう。難しい言葉を並び立てる少女に、虐めっ子達は翻弄されていた。
「そもそも、この子はキミ達が言うような、ブスなんかじゃない。黒髪の綺麗な可愛らしい少女じゃんか」
少女はネコを可愛らしいと評した。しかし、ネコはそうは思わない。自分は醜い存在だ。皆が疎ましく思って当然なのだと思っていたからだ。
「突然なんなんだよ。お前誰だよ! だいたい、お前コイツの名前も知らないじゃん!」
少年達が抗議する。いきなり現れて何という無礼な奴だと罵る。
「痛いとこ突くな……。まぁ、知らないんだけど。——それでも、知らないからって放って置いて良い理由にはならない筈だよ」
その言葉を受けて、俯きがちだったネコの顔に光が差した。誰かも知らない初対面の少女から投げられた、有りがちな言葉。それでも、確かにネコは救われたような気がしたのだ。
「ほら、行こ。こんな奴らに構ってる必要ないよ。私達と一緒に遊ぼう?」
差し伸べられる少女の手。その手を取れば、変われると思った。
ネコは迷わずに手を取った。反射か本能か。もはや、そんな事は大した事では無い。
「レッドくん! 今日から、この子も一緒だから!」
温かい手。繋いだ手に引かれる躰。ネコは何も言わずに身を任せる。それでも結んだ掌を離そうとはしなかった。背後からは男児達が『逃げるな卑怯者!!』等と口にしているが、もうネコの耳には入っていなかった。
「そうだ。名前聞いてなかった。私は鏑木モモ。カタカナ二つでモモだよ。貴女の名前は?」
「わたしは……。わたしは、くろさわネコ……」
「猫……ネコ……。うん、素敵な名前」
自分の名前を素敵だと評した少女——モモ。モモに連れて行かれた先には赤い髪の少年が一人。
モモとレッドと名乗る少年。そしてネコを加えて三人で遊ぶ。時間も忘れて遊ぶ事はネコにとって初めての経験だった。
それからは明くる日も、また明くる日も三人で遊んだ。時にレッドの姉が増え四人になり、モモが連れて来た少年が増え、五人となった。
その時にはもう、ネコの顔には以前のような陰なんて見えやしなかった。
だからこそ、ネコにとってモモという少女は自分を連れ出してくれた恩人であり、大切な人だった。あの日のモモは、確かにネコにはヒーローに見えたのだ。
だから"あの時"も、ヒーローを待ち望むモモの横顔にネコは嫉妬心に近い焦燥感に駆られたのだった。
◆◆◆
あの日の光景は鮮明に、ネコの瞼の裏に焼き付いている。
自分のヒーロー、愛する人を想い浮かべた事で、目の前の嫌な事を忘れる事が出来ていた。幸せな気持ちが込み上げて、へらりと笑う。
「な、なに笑ってんのよ……気持ち悪いのよ!?」
ネコの母が掌を振り上げ、掴んでいるネコの頬を引っ叩く。乾いた音が鳴り、ネコは解放される。叩かれた頬を抑え、その場で蹲るネコと彼女を見下ろす母。まさに黒澤家の上下関係を示した構図だった。
「ご、ごめんなさい……。あ、アタシ何やって……」
母は膝をつき、ネコに謝罪を述べる。急に冷静になり、自身の犯した過ちを詫びる母親を横目に、ネコは無関心な、あたかも自分には関係無いといったような、傍観者みたいな様子だった。
「うぅ……。ごめんね、ごめんね。アタシの可愛いかわいいネコ」
彼女はネコを抱き寄せると、胸元まで抱え込む。
「ネコ……ネコ……アタシのネコ。その綺麗な顔はアタシに似たのよね。間違いなく、アタシの子。綺麗、綺麗」
母が打った頬を優しく撫でると、ネコは全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。どうしようも無い程の嫌悪感。それでもネコは何も言えずにいる。
「貴女は金の卵なの。アタシの金の卵。その綺麗な顔を使って、将来アタシを楽させてね。お願いよ、ネコ?」
これまた何度も聞かされた一人劇。母の目にはネコの姿など映ってはいない。ただその頭にあるのは、美しく生まれた自分の子供の利用価値だけだった。
美しく生まれたこと。それはネコにとって幸か不幸か——。
ネコは自身の境遇を嘆いてはいない。『顔が腫れなきゃいいけど』なんて考えるネコの頭には恋する少女の事しか無かった。
気取られてはいけない。
悟られてはいけない。
心配させてはいけない。
場合によっては、今日は学園には行かない。ネコがモモの前に現れない日は大抵今日のような事情からだったのだ。
暗い日常に光を差してくれた想い人。考えるだけで力をくれる愛しい人。
私だけを見てほしい。
私だけを見ていてほしい。
募る嫉妬心は、歪んだ愛へと変貌する。
愛に飢えたネコ。愛されることを知らないネコ。
だから……。
だから、ただ一人、モモにだけ。
——黒澤ネコは愛されたい。
お前のお袋は淫売のクソ女!!……ボソッ
おかげさまで、1000人以上の方からお気に入り登録、さらに沢山の評価・感想して頂けているみたいで、感謝しかないですね!
日頃のお礼になるかは不明ですが、表紙案のラフを置いておきます。表紙にするかは不明です。見なくてもいいです。
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