□2079年6月19日
「うん、大丈夫だよ、お母さん」
携帯越しにも分かる心配そうな雰囲気に、なんだか心が温まる。
少なくともこれから半年以上は聞くことが出来ない声。私の戦う理由。
「……じゃあ、そろそろ着くから。切るね、バイバイ」
携帯の電源を切り、メモリーカードを引き抜いてディバイナーの膂力で握り潰す。次いで難なく本体を真っ二つにへし折ると、海へと放り投げた。
これから任務だ。意識を切り替えないと。
船が重い汽笛を鳴らす。
視線の先には陸と言っても遜色のない島が見えた。
学園島。
または監獄島。
世界中のディバインウィルスに恨みを持つほとんどの人間たちと、ただそうであるからというだけで理不尽に苛まれ続ける少女達との全ての確執が集約した閉鎖世界。
オーストラリア近海、数万平方キロメートルにも及ぶ広大な面積を誇る人工的に作られたひとつの陸であり、本来大人達が想定していたその用途はディバイナーの子供たちを封じ込める為の隔離病棟。
そして今では学園島運営機構と呼ばれる組織の下、十の学区に分割され無数の学園自治体、その主体である二千万人弱程のディバイナー達によって運営・管理されている少女達の楽園。大人は成人したディバイナーや私達の母親、私達の存在を肯定する限られた人間しかおらず、その島ではディバイナーは人間らしく生きることが出来るという。
果たして、そんな
あるのだとしたら、是非この目で見てみたいものだ。もしくはその楽園の真実を。
そしてそれこそが私に与えられた任務の一つでもある。
学園島行きのフェリー上で。
生まれて初めて船に揺られて潮風を浴びながら、私は憂鬱と期待の綯い交ぜになった苦笑を零した。
◇
学園島最大の玄関口、ジェダーターミナル。
最大という名に恥じない賑わいを見せる港湾の喧騒をBGMにしながら、此方に着いてからの初日にやるべきことを脳内で再びリストアップしていく。
私に課せられたのは、所謂
潜入先はもちろん今いるこの学園島。ここでいくつかのタスクを遂行しなければならない。
実はこういった任務は初めてのことで正直自分にどこまでやれるか全くもって未知数なのだが、与えられた任務は確実にこなしてみせる。
『学園島運営機構より、本島にお越しくださった全ての方々を歓迎致します』
「……たしか、学園島に着いたら先ずは運営機構の本部に行かなければならなかったのでしたか」
施設内に点在する大型モニターを見上げれば、そこに映っていたのは二人の女性。
学園島運営機構長官であるイリーナ・アルチェミエフと、彼女を補佐する政務官のブレンダ・オルティース。
学園島首脳部、そして対大陸における学園島最大の要の二人でもあると記憶している。
特に長官であるイリーナ。あれは埒外だ。
その彼女個人が保有する武力は想像を絶するもので、彼女と敵対した場合に先ず大陸側の人間達の戦力では勝ち目は無い。
唯一可能性がある
一個人が保有するにはあまりにも大きな看板だが、流石は監獄島の英雄、楽園島の立役者と言ったところか。
「お会計は150円となります」
「これでお願いします」
「……確認致しました。当店でお買い物いただき、まことにありがとうございます」
途中立寄ったコンビニでレジ打ちの人型ロボットにカードで代金を支払い、今朝の紅茶ミルクティーを購入する。
上述の通り学園島はその人口のほとんどが学生であり、後は成人したディバイナーや少数の彼女達の母親が暮らしている閉鎖共同体だが、労働力は基本的にこうしたロボットやドローンに任されている。資源こそ外部頼りではあるものの、大陸とは段違いの科学力に目眩がする。
「それに、物価も安定していますね……」
開けたばかりの飲み口に口を付けて乾いた喉を湿す。
この飲み物だって、数年前まで大陸では一本2000円は下らなかった。今でもその半額はする。なのにここではディバインウィルスが現れる以前と同じ値段帯で販売されている。
事前情報通りとはいえ、末恐ろしい限りだ。
「どれだけ驚かせれば気が済むんですか」
いったい、これから先いくら驚くことになるのか検討も付かないが、少しだけそれを楽しみに思っている自分もいる。
案内板を見ながら学園島運営機構の本部が存在する天原学区行きのリニア乗り場を探せば、予想に反して容易く道順は把握できた。
学園島内外を繋ぐ唯一規模の港に加え、ここジェダーターミナルのある外繋学区と他学区とを繋ぐリニアの発着駅を兼ねている都合上かなり広い施設ではあるが、どうやらこのジェダーターミナルという最重要施設を設計した人間は世界有数と言っても良いほどに優れたアーキテクトらしい。
一見複雑な様でまず迷うことの無い施設配置、隙のありそうでいて実際爆発物や毒ガス兵器を隠す余地など一切存在しない完璧な対テロ設計。なるほど、たしかに学園島最大の玄関口を担うだけはある。彼女たち、いや、私達を取り巻く世界情勢を考えても自然だろう。
それこそ、それなり以上の戦力を備えた武装集団が真正面から襲撃でもしてこない限りは……。
「────キャアァァァア!?」
その時だった。
突然、爆発音と誰かの甲高い悲鳴が広いロビーに響き渡った。
「っ」
まさか本当に真正面から襲撃する人間がいるとは。
新天地に赴いたその初日からそんな馬鹿なと頭を抱えたくなるような事態に遭遇した自身の不運を恨みながら、即座にベンチの裏に隠れる。
襲撃者は確認できる範囲では四人。
何れもブレザーやセーラー服を着用しているところを見るに、全員この学園島の学生だろう。歳は私と同じくらいか一つ年上程度。しかしその手にはアサルトライフルやハンドガンといった銃器の類が握られていた。
「ジェダーターミナルは私達が占拠した! 痛い目を見たくなかったら全員武器を捨てて、その場で頭に手を置き立ち上がれ!」
……武器は無い。彼我の距離は二十メートルかそこら。異能力を駆使した身体能力でも、銃弾の方が速いだろう。
当然、私たちをも殺せる弾丸────粒子複合弾を用いているであろうから、
向こうの目的が不明な以上は、私の立場も鑑みるに変に行動を起こすのはやめた方が良いか。
「おい、そこの人間!」
「ひっ!?」
「立ち上がってこっちに来い!」
襲撃犯の中から一人の少女が、すぐそばで蹲って震えていたガスマスクとスーツ姿の一人の男性にアサルトライフルを突き付ける。
この島でガスマスクを付けていて、なおかつ男……先ず間違いなく外部の人間で、護衛もいないところを見るに企業などから派遣された担当の人間だろう。多分。政府の人間とかだったら最悪過ぎるので考えたくない。
なんにせよ、不味いな。
流石に大陸の人間に恨みがある彼女達と言えどそんな簡単に人を殺しはしないだろうが……。
「か、感染者が……!」
「ああ? 今お前、なんて言った」
……ディバイナー排斥主義者だったか、厄介な。
今の時勢、如何にディバイナー融和思想者の人間や穏健派と呼ばれるディバイナーが努力をしていようともこうしたディバイナーと非感染者の対立など珍しくもないのだが、今この時に至っては最悪と言う他ない。
極限状態のせいか、これまで積もり積もった鬱屈とした感情を全て顔に滲ませた男が後先も考えずに喚いた。
……外交問題一直線なんだが、警備員は何をしているんだ……。
「お前ら感染者のせいで、世の中めちゃくちゃなんだよ! フォーリナーもお前らディバイナーも、結局世界の癌みてえなもんだろうが!」
「っ、コイツ……!」
「言葉を話したって、いくら人間の見た目をしてようが、お前らはあの化け物と変わらねえんだよ!」
その物言いには看過できないところがあるが、そもそもどうしてあのような爆弾じみた人間がこの世界で最もデリケートな場所に配属されているのか。
大陸側の人事にかなり疑問を覚えるが、今はそうも言っていられない。
とにかく一触即発どころか今にも頭を撃ち抜かれそうな彼を助けなければ。
潜入一日目にして目の前で全面戦争勃発の危機とは、先が思いやられる……。
しかし今私がやらなければならないことは、他の誰でもなく私がやらなくてはならない。
相手のうち少なくとも一人は爆発系の現象型異能、あとの三人は分からないが隙の多さを鑑みるにそれほどまでの実力は無い。しかし、本人に心得が無くとも異能力だけは強いという可能性も捨てきれないため一口に格下とは判断し難いところだが……。
いや、今は可能性を挙げて躊躇する時ではない。
「ッ」
身体の中で息づくナニカ。私達を私達たらしめる忌まわしい因子に命じる。
全身の血が沸騰するように、身体が内側から熱くなる。
右手の甲に赤く鮮やかな瞳の模様が浮かび上がるのを見て、
それと同時に人間に許された域を優に超える脚力で、ベンチの陰から飛び出す。
「っ、動くな!」
「遅いですよ……!」
今更気が付いても遅い。
私の異能力は、三種にカテゴライズされる内の強化型に分類される単純な身体能力強化。その中でも効果の振れ幅は大したことがない所謂ハズレ能力だが、多少強化されるだけでも雲泥の差がある。
ある程度の被弾は覚悟の上。ならばそれで十分。
そして何より、持たざる者として練度には自信があるのだ。
「がっ!?」
「一つ」
「こいつ、アリアンナを盾に……!」
無造作に放たれる銃弾の雨を教官から鍛えられた弾道予測と強化された身体能力で以てほとんど紙一重で掻い潜りながら、一番近くにいた少女の懐に潜り込む。
勢いを殺さずに掌底を鳩尾に肩をめり込ませる。急所に直撃を受けて気を失った少女に抱き着いたまま、その身体を盾にしながら次のターゲットに接近。
「きゃっ!?」
盾にしていた少女を放り投げてターゲットの視界を奪い、その隙にその後ろにいるもう一人の背後へと回り込む。
「ぐえっ! は、離せっこのっ」
「うっ、後ろから……!? きゃああっ!」
「二つ」
首に腕を回し気道を圧迫しながら、息苦しさに藻掻く少女を尻目にその手のライフルに一瞬で意識を集中。銃弾に混ぜられた粒子が
背後からノーガードで銃弾を受けた少女その二がばさりと倒れ込むのを見て、未だ弱々しくも抵抗する腕の中の少女その三を絞め落として意識を刈り取り、残る最後の一人にターゲットを切り替える。
「三つ」
「い、一瞬で三人を……!? くそっ、くそぉ!!」
「この襲撃のリーダーと見受けます! 武器を捨てて……あ、逃げた」
逃げ出した襲撃犯のリーダーらしき少女の背を見て、追い掛けるより先にやるべきことを思い出す。
「気絶してる……あの、そこの人」
「え、は、はい!?」
「すぐには起きないはずなので、この人達をお願いします」
さっきまで喚いていた男性の安否を確認しようと振り返れば、そこには気を失って地面に寝込んだ男の姿。
おそらく、先の戦闘で精神的に限界を迎えたのだろう。怪我は無いようなので一安心。特に心配はしていなかったが、私が倒した三人も傷痕が残るような怪我は無さそうだ。
近くにいた少女に四人のことを任せた私は逃げ出した最後の一人の後を追って、ターミナルの出入口から外に出る。
「え」
そして目の前に広がる光景に我が目を疑った。
「風紀委員会です。武器を捨てて、その場に膝をつきなさい!」
「風紀委員会……!?」
怜悧な雰囲気ながらもよく通る声。
ああ、なるほど。風紀を守る者とはこういう者なのだろう。そう納得させるに足る風格。
「サンドオーシャンのコードネームに聞き覚えくらいはあるはずです。ならば投降することをお勧めします!」
そこに在ったのは襲撃犯を包囲する十数体の人型ドロイドと、腕章を付けた数人の制服姿の少女たち。
その指示役と思しきサンドオーシャンと名乗った褐色肌の少女が声を張り上げて勧告する。
その蒼眼は襲撃犯の少女の次に私に向けられた。
「そこの貴女もです! 今すぐその場で武器を捨てなさい!」
……こういう時は、変に事情を説明しようとするよりも大人しく投降しておいた方がいろいろ楽そうだな。
現場を見ていた人間も多くいるだろうし、あの場所なら監視カメラの映像だってあるはず。
私は呼び掛けに従って、先の絞め落とした襲撃犯から取り上げたアサルトライフルを地面に放り投げて両手を上にあげて見せる。
「……懸命ですね。話は拘留所で聞かせてもらいます」
「う、うん、わかった」
気を取り直した私は意識して声のトーンを上げる。
教官の言いつけ通りに、普段使いの敬語をきれいさっぱり忘れ去って。本当の私に近しい私を演じる。
感想、誤字脱字報告お待ちしてます。また、本作へのご参加に関してもまだまだお待ちしております。