仕事を終えて、帰宅する。
普通の独身男性なら、一人寂しくスーパーで惣菜や弁当を買いに寄るのだろうが、俺は寄り道もせず家に直行した。
鍵を掛けて出たはずの家だが、ドアノブを捻ると開錠するまでもなく普通に開く。
玄関には、女性物の靴が揃えて置いてあった。
ぱたぱたと足音がする。
食欲のそそる匂いと共に、一人の女性が姿を現した。
「おかえりなさい。ご飯にする?お風呂にする?それとも……わ、私?」
出迎えてくれたのは、数日前に合鍵を渡した愛理だ。定番のセリフを恥ずかしそうに口にしているが、もっとも恥ずかしいのはその格好の方だろう。彼女は下着にエプロンという特殊な洋装に身を包んでいた。いや、むしろ包んでいないから下着エプロンと言えるのだろうか。
「下着にエプロンって、おまえな……」
「だ、だって、仕方ないでしょ。さすがに裸にエプロンは恥ずかしいし……」
エプロンを引っ張って下を隠す。それが逆に下着を隠してエプロンの下に何もつけていないように見えるのだから、ある意味では逆効果であった。
この会話を聞けば俺が愛理に裸エプロンを要求したように聞こえるが、俺は何も言ってないし要求もしていない。今履いているニーソは俺の影響かもしれないが、下着エプロンの方は記憶がなかった。
「取り敢えず、飯で」
「……」
格好についての言及をせず三択を選ぶと、愛理はあからさまに不機嫌そうに頰を膨らませた。
「ご飯にする?お風呂にする?それとも私?」
壊れたラジカセのように言葉を繰り返す愛理に、俺は深読みする。
もしかしたら、まだ夕飯はできていないのかもしれないと。
「じゃあ、お風呂で」
「……」
夕飯ができていないなら風呂に入ってからゆっくりしようとすると、これも正解ではないのか愛理の表情が固いまま不機嫌そうに半目で睨まれる。
「私にする?私にする?それとも私?」
「何を怒ってるんだよ」
「怒ってないわよ。こんなえっちな格好している女性が目の前にいるのに、目もくれず手も出さず食欲に走る男を別に怒っているわけじゃないわよ」
不満の原因は選択にあったらしく、ツンと顔を逸らす愛理。
初めから一択だったことはわかっていた。もちろん、俺がそれを理解した上でスルーしたのを彼女だってわかっているのだろう。
玄関で立ちっぱなしにされるのも嫌なので、靴を脱いで家に上がるとそのまま彼女を抱きしめる。まだ抱きしめられる感触に慣れないのか一瞬強張った身体を、俺はさらに強く抱きしめた。すると彼女は安心したかのように力を抜いて身体を預けてくる。
「どこで覚えて来たんだか」
「と、友達が言ってたのよ。こうすると男の人は喜ぶって。元気出た?」
「これで元気にならない男がいるか」
「ひにゅっ!?」
抱きしめていた腕をずらして下の方に移動させる。指先で尻を撫でてやると、情けない猫のような悲鳴をあげて身体を縮こまらせた。
「……とはいえ、デザートは後にとっておかないとな」
「……そ、そう……それならご飯にする?」
「おう、頼む」
抱擁をやめると少しだけ名残惜しそうにしながらも、愛理は離れてくれた。頰が少しだけ赤いのは羞恥だけではないだろう。これからされることの僅かばかりの期待もあるはずだ。
逃げるようにキッチンへ行った愛理を追ってリビングに行く。
スーツを脱いで座っていると、すぐに夕食を待って彼女が戻ってきた。
今日の献立は、ビーフシチュー。
俺はちらりとデザートの方を見た。
「……ねぇ、視線が少しやらしくない?」
「そんなことはない」
せっかく下着エプロンなんて格好をしてくれたのに、見ないのは失礼だし損である。と、自分を納得させて改めて観察してみたが、目のやりどころに困る姿にビーフシチューへと視線を落とす。
二人で夕食を食べた後は、今日一日の汗を流すために風呂に入る。入浴を終えると珈琲牛乳を片手に、リビングのソファーに腰を下ろして寝るまでの時間を何をするでもなく過ごすのが最近の日課だ。
「だいぶお疲れみたいね」
「んー」
もうこのままソファーに横になってしまおうかとだらけていると、家事を終えた愛理が隣に座って甘えるように身を寄せてくる。普段と違って際どい格好だからか肌が直接当たり、その柔らかさに埋もれたくなってしまうが、彼女の方から寄りかかってきているのでそんなことはできそうにもなかった。
「もうすぐゴールデンウィークね」
「そうだな……」
社会人の数少ない長期休暇である。
今までの休暇を考えるなら、ゲームやパチンコに時間を費やしたり、惰眠を貪っていた。
休暇を貰えることは嬉しいが、最近では何をしていいのかわからなくなりつつある。
何もしないで過ごすこともあり、欲しいと願いながらも休暇にすることを全く思いつかなかった。
「何か予定はあるの?」
「いや、今んとこない」
「そう」
なんで聞いたのか聞かずとも、こちらの予定を確認していることはわかる。
何も予定がなければ、愛理はここで過ごすのだろう。
「何連休くらいあるの?」
「九日。有給使ったけどな」
本来は、土日休み月火出て五連休だったのを無理矢理繋げたのである。片桐も使うと言っていたし有給も全く消化していないので使うことした。その結果が九連休だ。
「私も有給使おうかな」
「有給をそんなくだらない使い方していいのかよ」
「いいのよ。有効活用よ。それにその方が長く一緒にいられるでしょ」
やっぱりゴールデンウィークは一緒に過ごすつもりらしく、愛理はそう言ってスマホの予定表に何かを書き込む。
「ねぇ、実家に帰ったりとかしないの?」
「数駅程度だしな。わざわざ帰る必要がない」
「そう」
「おまえはどうなんだよ?」
「私は実家から出てないから」
「そうか……」
そこまで言って、ふと気づく。
それなら愛理が朝帰りしたり、男の家に泊まり込んでいるのを御両親は知っているのでは、と。
噂によれば愛理の父親は娘を溺愛しており、授業参観中も愛理に擦り寄る男子生徒に目を光らせていた覚えがある。何故かその視線は俺によく注がれており、俺もまた被害者だった。
今となっては、彼女の悪い虫が俺だ。笑い話にもならない。
「……なぁ、一応聞くけどおまえなんて言って家を出てきてるんだ?」
「別にどうでもいいでしょそんなこと」
「俺の命が懸かってるんだが」
「大袈裟ね」
クスクスと楽しそうに笑っているが、別に冗談を言ったわけではない。
一頻り笑ったあと、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべてこう言った。
「セフレの家に泊まるって言えばよかったのかしら?」
「やめろおまえの親父に殺される」
「大丈夫よ。そんなこと言わないし、言えないから。それに直人が私のこと大切にしてくれているのは知っているもの」
自信ありげな笑みを浮かべて胸を張り、下着とエプロンだけに抑えつけられているおっぱいが揺れた。
思わず目で追ってしまったのは、いつになく薄着なせいであろう。自然の摂理と言っておく。
「まぁ、上手く誤魔化してるから大丈夫よ」
言及すると自分が困ることになりそうなので、この話題はこれ以上踏み込めそうにない。
「そういえば双子の妹弟がいるんだっけ」
話題を逸らすように、家族の話に戻す。
確か十歳ほど離れた妹弟がいると聞いたことがある。
小学生の頃に、姉になったとか嬉しそうに友達に話していたのをたまたま聞いていたのだ。
「あれ?私あんたに話したっけ?」
「教室で話してたら聞こえてくるだろ」
実物を見たことはないが、噂としては知っていた。それを今になっても覚えていただけだ。
「なんでそんなどうでもいいこと覚えてるのよ」
「そんなこと言われてもな……」
首を傾けて、肩に頭を乗せてくる。
「……妹はね、私と違って素直でいい子なの。家事の手伝いだってしてくれるし、成績だって優秀だし。あ、可愛いからって手を出しちゃダメよ」
「何の心配してるんだよ。そもそも会わないだろ」
「あの時、妹と同じくらい素直に気持ちを伝えられたらなって、ちょっとした自己嫌悪よ。気にしないで」
何処か羨むように妹を誇って、愛理は続ける。
「弟はね、もうすっごい生意気でやんちゃでさ。わがままなの。まるで昔の自分を見てるみたい」
「反抗期かよ」
「うん、たぶんそう。だから、よく喧嘩ばっかりしてる」
疲れたようにため息を吐く。
どうやら弟には相当手を焼かされているらしい。
「そんなに嫌なら一人暮らしでもはじめればいいのに」
「一人暮らしだとお金掛かるのよ。それほど余裕があるわけでもないし、それなら家にお金を入れて実家暮らしした方が楽じゃない。直人が同棲してくれるって言うなら別だけど」
「もうほぼ同棲みたいなもんじゃねぇか」
俺の家の箪笥やクローゼットの一部には、もう既に愛理の私服や下着が所狭しと収納されているのだ。侵食されていると言っても過言ではない。そのうち箪笥丸ごと占領されそうである。
「しかしまぁ、反抗期か。……思春期だからなぁ、こんなエロい姉がいたら仕方ないと思うけど」
「え、エロって何よエロって」
「いやだってエロいし」
エプロンの紐の端を引っ張って紐解く。しゅるしゅると音を立てて蝶結びが解かれて、そのままエプロンが剥がれて下着姿が露わになってしまった。
中学生ではありえないくらい大きい胸に、くびれた腰からは見事なまでの曲線が描かれている。顔も良ければ、容姿もいい。こんな美人な姉がいたら性癖は間違いなく捩じ切れるだろう。
「こんな美人な姉いたら、同じ中学生なんて恋愛対象にならないんじゃないか」
「もう、そうやって煽ててどさくさに紛れて何してるのよ」
太ももを撫でるように触っていると、愛理は緊張したように身体を強張らせた。
「最初からその気だっただろ」
ソファーに押し倒された愛理は、自ら求めるように腕を伸ばす。
そのまま二人絡み合って、甘い時間を楽しんだ。