元メスガキさんをお持ち帰りした件   作:黒樹

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バレンタイン・パニック

 

 

 

二月十四日。バレンタインデー。

コンビニやスーパーの店頭ではチョコレートやアレンジ材料が並び、様々な店で期間限定商品としてチョコレートを使った商品が競うように置かれている。

この日になるといつも思い出すのは、高校時代のバレンタインだ。愛理の泣き顔が脳裏に浮かび、記憶から消えてくれない。

 

「今日は早く帰ってきてね」

 

そう言ってキスをすると、幸せそうな顔をして送り出してくれる愛理。本当はもっと長く口付けを楽しみたいのだが、出勤時間が差し迫っている中、そうも言ってられない。

 

家を出て途中まで一緒に歩き、別れて出社する。

オフィスに行くと既に片桐が出社していた。

なにやらぶつぶつと呟きながら、起動すらしていないパソコンの暗いモニターを眺めている。

俺は驚かす意図もあり、足音を殺して忍び寄ると彼女の肩に手を置いた。

 

「片桐」

「わひゃあぁぁっ!?」

「おはよう」

「お、おはよう藤宮君っ」

 

朝から挙動不審な様子の片桐は、思いっきり肩を跳ねさせて驚いた様子を見せてくれた。

 

「どうした?」

「いや、えっと、その……」

 

目を逸らしつつ言い淀むと、机に置いていた綺麗なラッピングのされた小包を手に持つ。それをおずおずと差し出した。

 

「……はい。これ。バレンタインのチョコ」

「おぉ、ありがとう」

「雪菜ちゃんと桜ちゃんに比べたら、簡単なものなんだけどね」

「今年も手作りか?」

「……う、うん」

 

片桐には去年も貰った。今年も貰えるような気はしていたが、それが自分の勘違いじゃなく少し嬉しかった。

 

「た、食べたら感想聞かせてね」

「ん。じゃあ、昼に食べるわ」

 

片桐から貰ったチョコを大切に鞄に仕舞う。

 

「……なんだか上機嫌だね」

「そりゃあこんな美人の同僚からチョコ貰ったら誰だって上機嫌になる」

「も、もう、そういうこと平気で言う」

 

頰を赤くして満更でもなさそうな様子で、片桐は背中を小突く。

 

「雪菜ちゃんと桜ちゃんと一緒に作ったから、不味くはないと思うけど……」

「ふーん、雪菜ちゃんねぇ」

 

一緒に作ったという話より、冬海に対する呼び名の方が気になってしまう。

 

「随分仲良くなったんだな」

「あぁ、うん、色々あってね。っていうか彼女、藤宮君の食の好みとかよく知ってるから話してるうちにさ」

 

あの歳で“ちゃん”付けは中々ハードルが高い。ちょっと困惑している冬海が想像できてしまう。

 

「あいつ俺より俺に詳しいからな。そうだ。ホワイトデーのお返し何がいい?」

「ん〜、考えとく」

 

去年も聞いた当たり外れのない堅実な申し出に、片桐は迷ったように答えるのだった。

 

 

 

夕方、終業後。

会社を出て真っ直ぐ家に帰る。

道中落胆した様子の学生の姿を見かけたが、おそらく意中の相手からチョコをもらえなかったのだろう。

なんだか落ち込んだ様子の女生徒の姿も見かけ、こちらは意中の相手に本命チョコを渡せなかったのだろうと邪推する。

そんな青春真っ盛りな学生達の様子を眺めて、若いなぁと思うあたり俺はもう思うほど若くないのかもしれない。

 

「ただいま」

 

帰宅した玄関には見慣れない靴が三足ほど。一つは学生用のローファー、一つはブーツ、そしてもう一つはお洒落なスニーカー。

突然の来客に驚いてリビングに顔を出すと、やはり三人ほど来客がいた。

 

「おかえりなさい直人さん」

「おかえり藤宮君」

「おかえりなさいませ。直人様」

 

桜ちゃん、黒川、冬海。珍しい顔ぶれが帰宅したらいた。都も愛理もソファーに座って女子会が形成されている。

 

「おう。ただいま。ここはいらっしゃいの方がいいのか?」

 

困惑する俺を見て、桜ちゃんがクスクスと小さく笑う。

 

「お邪魔して申し訳ありません。でも、これは直接渡したかったので」

 

お嬢様の手には、小さな紙袋。彼女はソファーから立ち上がるとそれを差し出してきた。

 

「直人さんのために作ったバレンタインチョコです。どうぞ受け取ってください。心を込めてお作りしましたので」

「おぉ、ありがとう」

 

中を見てみるとチョコレートケーキが入っていた。

 

「う〜ん、今すぐ食べたいが夕食が先か」

「それじゃあ私も。はい、これ」

 

黒川も小包を渡してくれる。中身は当然チョコだろう。

 

「黒川もか。ありがとう」

「なんていうか藤宮君って子供みたいに喜ぶよね」

「甘いものは好きだからな」

 

楽しみが増えて喜ばない奴はいない。おまけに学生時代の可愛いクラスメイトからのチョコだ。これが学生時代なら同級生からの嫉みが凄まじいことになっていただろう。

 

ちらり、と冬海の方を見る。

こちらも当然小さな紙袋を持っていた。

 

「「……」」

 

視線が交差する。が、どちらも動かない。

数秒見つめ合っていると、冬海はスッと立ち上がって紙袋を押し付けてくる。

 

「……どうぞ」

「ありがとう」

「言っておきますが、お嬢様が作るついでに作ったものです。義理ですからね」

「それでも凄く嬉しいよ」

 

中はチョコのかけられたバウムクーヘンが入っている。メインをチョコにしないあたり、チョコばかりでは飽きるだろうという彼女の配慮が感じられる。

 

「……なんかお兄さん、雪菜さんのチョコが一番嬉しそうじゃないですか?」

「そうね」

 

傍観していた二人がコメントを残す。

断じてそんなことはないと言い切れない。

 

「でも、私のチョコの方がすごいもん」

「あはは……」

 

まだ貰っていないのだが、愛理は自信たっぷりにそう言う。何故か頰が赤いが。

それを側から見ていた黒川は、若干苦笑いを浮かべていた。

 

「それじゃあ私は帰るね」

「私達も帰りましょう。名残惜しいですが用事は済みましたので」

「そうですね。お嬢様」

「なんだよもう帰るのか?」

「今日はバレンタインの贈り物を届けに来ただけですので。感想はまた後日」

 

三人が帰り支度を始める。そうしてさっさと帰って行った。

 

「……本当に渡しに来ただけなのかよ」

 

閉まった玄関を見て、呆然とする。

居た時間は十分もない。

バレンタインの贈り物を届けに来ただけ。だけ、というのも変な感じだが。

 

「さて、それでは夕食にしましょうか」

 

都は来客が帰った後、すぐにキッチンへ駆け込む。

ぐつぐつと何かが煮える音が、リビングにも届いていた。

 

 

 

 

 

 

夕食はキムチ鍋だった。シメのチーズリゾットまで美味しく頂いた。

食後に珈琲を一杯用意して、デザートに冬海と桜ちゃんから貰ったケーキとバウムクーヘンを用意する。

ソファーのテーブル上に置いたところでまずは珈琲を飲んで、口をリセットしておく。

 

「まずはチョコケーキからいくか」

 

桜ちゃん作のチョコレートケーキは見た目、パリパリとしたチョコでコーティングされているようだ。フォークを入れると音を立てて割れて、中から柔らかなスポンジとクリームが顔を出した。おまけに何やら果物のソースもかかっており、飽きさせない工夫がされていることが見た目からわかる。

 

一口食べた瞬間、絶妙なバランスの甘みが舌を刺激した。

辛いものを食べた後とあって、余計に甘味が美味しく感じる。

本当に素人が作ったお菓子かと疑うレベルだ。

前回はもう少し簡単なチョコレート菓子だったのだが、お菓子作りの腕が上がっていることを感じられる一品だ。

 

「……美味い」

 

全部食べてしまうのが勿体無いと思った。でも、残すと腐るだけなのでやっぱり食べる。

すぐにチョコレートケーキを完食してしまった。

 

「さて、次は〜♪」

 

冬海から貰ったバウムクーヘンを食べる事にする。

別の皿に用意していたバウムクーヘンを目の前に移動させる。

一口サイズに切り分けられており、チョコレートと抹茶チョコの二種類があった。

 

まずは普通のを食べてみる。と、カカオ多めのブラックチョコのほろ苦い甘さとバウムクーヘンの柔らかな甘さが口の中に広がった。

 

「……やっぱりあいつお菓子作るのも上手いな」

 

お菓子作るのが上手だと聞いて、昔はクッキーやプリンを手作りしてもらったものだ。

 

珈琲で感傷と口の甘さを流して、今度は抹茶チョコのバウムクーヘンを口に放り込む。

そちらも遜色ない出来栄えで、抹茶の深い味わいがチョコやスポンジ生地と絶妙に絡み合っていた。

 

「むむ、すごい美味しいですね」

 

二人も貰っていたようで、同じくデザートとして食べていた都が難しい顔をして言う。プロ顔負けのお菓子に顔色が悪い。

 

「でもまぁ、私達のチョコは情に訴えるタイプですので」

「そんなチョコ初めて聞いたんだが?」

 

冬海作のチョコレート菓子も食べ終わり珈琲を飲む。

すると二人は用意するために寝室へ向かった。

情に訴える–––その言葉の意味を考えていると、寝室が開いて二人が出てくる。

 

変化は劇的だった。愛理はシャツ一枚に下着だけで、胸元のボタンを一つだけに留めて、谷間をこれでもかというくらいに露出していた。そしてその合間には綺麗にラッピングされた箱が挟まっているのだ。

 

「……なるほど、情に訴えるってそういう」

 

少し頰を赤くしながらも、彼女は歩幅を普段の半分くらいにしながら静々と目の前までやってくる。格好はどすけべだが。

 

「……その、受け取ってくれる?」

 

これは愛理も揃ってのバレンタインチョコという事だろうか。

 

「当然だろう」

 

チョコだけではなく、彼女の腰を抱いてソファーに座らせる。

 

「ねぇ、チョコはそっちじゃないんだけど」

「おっと。すまん、つい癖で」

 

チョコではなくおっぱいを掴んで揉みしだくと抗議された。

そんな様子を都がニヤニヤと見つめる。

 

「それでは私はどこにチョコを隠し持っているでしょう?」

 

次は都の番らしく、そう言って戯ける。

彼女は何も手に持っていない。ならばポケットかと視線を向ければ、不自然な膨らみがそれより下の位置にあった。

スカートの中に、とても怪しい膨らみがある。

俺の視線を答えと受け取ったのか、都はスカートをたくしあげて下着が見えない絶妙なラインを見せてくれた。

太ももはニーソに包まれており、そこには小さい長方形の箱が挟まれていた。

 

「お兄さんこういうの好きですよね?」

「大好物です」

 

せっかくなので写真を撮っておく。個別に一枚。二人揃って一枚。

撮影会が終わったところで、胸の谷間と太ももから小箱を回収しておく。

 

「ひゃっ、もう……!」

「ん。お兄さんってば……もうないですよ」

 

愛理は胸を、都は太ももを、他にも何か隠し持っていないか確認するために手を這わせれば、満更でもない様子で咎めるような声が返ってきた。

 

「お兄さんまだ食べられますよね?」

「もちろん。まだ食えるよ」

 

愛理と都は俺の腹の具合を確認すると、小箱のラッピングを剥がしにかかる。

 

「それじゃあまずは、私からね」

 

ラッピングの包みを綺麗に剥がし終えた愛理の箱からは、カカオパウダーを塗したようなチョコが姿を現す。

大粒の飴玉ほどの大きさのそれを一つ摘み、愛理は俺の口元へ向けて差し出してきた。

 

「はい、あーん」

「あーん。……おぉ?」

 

最初にカカオパウダーが舌の上を転がったかと思えば、噛み砕けば中からブランデーのようなお酒の味が染み出す。

ただのチョコレート菓子かと思えば、中身は酒菓子だった。

鼻を突き抜けるようなお酒の匂いを、身体がじんわりと温まっていくのと同時に感じた。

 

「酒が入ってるのか……なんだか身体が熱くなってきた気がする」

「そう。結構効いたみたいね」

 

冬にぴったりのチョイスだ。大人ならではの選択だろう。

 

「それじゃあ次は私の食べてください」

「ほう、よかろう」

 

珈琲の苦味で口の中にある甘さをリセットする。

都はニヤリと笑った。

 

「それでは目を瞑ってください」

「なんで?」

「ロシアンルーレットチョコレートです。中身は秘密。見た目でわかる可能性があるので」

「なるほど……」

 

こっちは遊び心を加えてきたな、と一抹の不安を覚えながらも指示に従って目を瞑った。

 

ガサガサと音が聞こえたその直後–––。

 

「ねぇ、ちょっ–––」

 

制止しようとする愛理の声が聞こえたかと思うと、唇に丸い感触が押し当てられる。

チョコレートを口の中に入れるために、緩めた口に丸いものが押し込められたと同時に何かがぬるっと侵入してきた。

蠢き、這いずり回るような、湿った感触。その正体に気付いた俺は、彼女の腰に腕を回してガッチリ逃さないようにした。

 

「ふにゅっ!?」

 

思わぬ反撃に遭い、都が変な声を漏らす。

そのまま口内を蹂躙して、数十秒ほどで離してやった。

目前には赤い顔の都。

側にはわなわなと震える愛理。

当然のことながら、チョコの味などわからなかった。辛うじてわかるのは、アーモンドが入っていたことくらいである。

 

「……お兄さんの驚く顔を見てやろうと思ったら、まさかいきなり反撃に遭うなんて……」

「残念だったな。いやー、役得役得」

 

たぶん今日一番のチョコだったかもしれない。

俺が満足気に笑顔を浮かべていると、今度は愛理が無言でチョコを咥えた。

押し倒すような勢いで、愛理がのしかかってくる。

そのままチョコと一緒に唇を押し付けて、ついでとばかりに舌を絡めてキスを求めてきた。

 

「ん……ぁぁ……っ」

 

漏れた吐息が妙に艶めかしい。

それからたっぷり数十秒ほど堪能して解放してやった。

 

「……なんか熱くなってきたな」

 

全身が熱い。熱を持っている。特に下半身が妙に……。

 

「そうですね。これはちょっと思ったよりも効いてるみたいで、まさか舐める程度でこんなになるなんて……」

 

もじもじと太ももを擦り合わせて、都の様子も落ち着きがない。

俺の下半身を凝視しては、目を逸らし、またちらっと視線を向けては気にするような仕草を見せている。

おかげでうちの愚息は授業参観ばりにガッチガチに緊張していた。

 

「……なぁ、おい。まさか変なもの混ぜてないよな?」

「「…………」」

 

二人揃って目を逸らした。

 

「何を混ぜた?」

 

言わなくてもわかる気がする。気のせいかもしれないので、敢えて聞いておくが。

 

都は俺の手をおもむろに握ると、さわさわと触る。

 

「えっと……元気になる薬を少し」

「ロシアンルーレットってナッツじゃないのかよ」

「いえ、ランダムなのはナッツで、混ぜてあるお薬はどれも一緒です」

「全部ハズレじゃねぇか」

 

どうしてくれようか。ついそんなことばかりが頭に浮かぶ。

 

「言っておきますけど、混ぜたのは私だけじゃなくお姉ちゃんもですから!」

「ねぇ、ちょっと何言ってるのよ!」

 

当然そんな気もしていたが、発案者は間違いなく都だろう。そういう悪知恵はだいたいこいつだ。

 

「そうか。二人とも口を開けろ」

「「え……?」」

 

このもどかしい気持ちを二人にも共有するべく、チョコレートを構える。

 

なんだか二人は逃げるように腰が引いている。

 

「あ、あの、お兄さん……?そのチョコレートどうする気ですか?」

「どうってみんなで食べようと思って」

「そ、それはお兄さんのために用意したので、お兄さんだけで味わっていただけたらなと……」

 

逃げようとするので捕まえる。抵抗するので両手が塞がったが、同じように口でチョコレートを食わせてやった。

 

「ちょっ–––」

 

口内にチョコを舌で押し込む。

ちゃんと咀嚼して飲み込むまで離れない。

無理やり食べさせると、都はとろんとした表情でぼーっと俺を見つめる。

 

–––やばい薬じゃないだろうな?

 

「さて、次はおまえな」

「ま、待って。口移しした時に結構効いてるの!味見した時も大変だったし……!」

 

バカなのだろうか。バカなのかもしれない。

 

「問答無用。一晩中可愛がってやるから安心しろ」

 

抵抗する愛理の腕を押さえつけて馬乗りになると、両腕を押さえつける。口に咥えたチョコレートを同じように押し込んでやった。

 

「ふむっ!?」

 

咀嚼し飲み込むまで数十秒。

唇を離した時には、彼女の頬は上気して赤く染まっていた。

 

「……ねぇ、なんだか体の奥がすごく熱いんだけど」

 

物欲しそうに見つめてくる彼女に覆い被さり、もうさっさと脱がしてしまおうと襲い掛かる準備に入った時だった。

 

–––ピンポーン。

 

インターホンが鳴った。だがしかし、うちの愚息は興奮状態。これでは玄関にも出られやしない。

 

「誰か出てくれ」

「無理よ。こんな姿他の人に晒していいの?」

「……私も無理です。衣擦れだけで……」

 

正常な奴が一人もいない。仕方なく俺は愚息と共に立ち上がった。

 

「はーい」

 

速攻で追い返してしまおう。余裕のない頭で考えられるのは、その程度のことしかない。

玄関へ向かってズンズン歩く。ドアスコープを覗く余裕もないまま、鍵を開けて対応に移った。

 

「はい、どちらさまで……」

「こんな夜遅くにごめんね直人君。悪いけど泊めてくれないかしら?」

 

玄関の前にいたのは、間が悪くも二人の母親である志穂さんであった。

 

 




念の為言っておきますが、危ない薬などではなく米倉財閥で開発された元気になるお薬です。即効性抜群で人気の商品らしいです。
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