元メスガキさんをお持ち帰りした件   作:黒樹

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陰謀論

 

 

 

廊下を走る音が聞こえた次の瞬間には、リビングの扉が勢いよく開かれた。

 

「志穂!」

 

バァン–––という音に被せて、妻の名前を呼んだ鹿島父はキッチンの方へ視線を向ける。そこに目的の人物がいないとLDKを見渡して、都の姿を見つけると落ち込みしょぼんと肩を落とした。

 

「……なんだ、都か」

 

愛する娘が帰ってきたというのに、この反応。普段の彼からすればありえない反応である。あまりにも普段とは違う対応に都の方が逆に困惑している。

 

「これは相当重症ですね……」

「みたいだな」

 

憎き男がいるというのに、睨みの一つも利かせない。

俺も拍子抜けして、挨拶するタイミングを逃してしまった。

 

「おひさしぶりです。お義父さん」

「……あぁ、君もいたのか」

 

わざと“義父”と呼んだのに、まったく反応しない。一瞥しただけでソファーに座るとそのまま深く沈み込んでしまった。

 

「「…………」」

 

都と顔を突き合わせて、無言で示し合わせる。

全ての役目を押し付けようとしたが、無言で胸を押し付けられて乳圧に屈した。

俺は改めて、鹿島父の前に出る。

ぼーっとしたままの鹿島父に、意を決して話しかけた。

 

「志穂さんと喧嘩したみたいですね」

 

何を言うべきか迷った挙句、出てきたのは慰めの言葉でもなく事実確認。痛いところを突かれたのか彼の肩がぴくりと跳ね上がった。

 

「あぁ……そうだな」

「今はうちにいます」

「……そうなのか。志穂は元気か?」

「そうですね。今頃家で夕食でも作ってるんじゃないでしょうか」

 

そこまで言ったところでちょいちょいと袖を引かれる。身を屈めると都が小さく耳打ちしてくる。

 

「おまえの女は俺の家で料理してるぞって意味ですか?」

「そういう意味じゃねぇよ」

「会話下手ですねぇ」

「仕方ないだろ。どうすればいいんだかわからないんだから」

 

あまり会話を長く続けられる気がしないので本題に移ることにする。

 

「困るんですよね。志穂さんが家にいると。なので早く仲直りして帰って欲しいんですが」

「嘘ですね。お母さんの手料理食べられるって喜んでたくせに」

「それはそれ。これはこれだ。そんなことより早く連れ帰って欲しいんだが」

 

実際、困ったことだってある。母親が隣の部屋にいるせいか愛理が性活に消極的なのだ。声を押し殺して悶える姿も愛嬌があるが。

 

「……それができれば苦労はしないさ。私だって土下座して謝った。だけど、今回ばかりは……本当にダメかもしれない」

 

絶望した表情で遠くを見つめる父親の姿に、娘は言葉も出ないようでてしてしと背中を叩いてくる。早くどうにかしろということらしい。

 

「浮気したそうですね」

「誤解なんだ!」

 

鹿島父は食い気味に否定する。だけど、その勢いも空気が抜けた風船のようにシュルシュルと萎んでいった。

 

「仲直りしたいなら、真剣に答えてください。ここに浮気となる証拠の写真が二枚あります」

 

キスされた写真と、ホテルに女性と一緒に入る写真。二つを並べると顔色が蒼白になる。

 

「ち、違う……それは……」

「キスされたんですよね?」

「……そうだ」

「自分からしたわけではないと?」

「あぁ、誓ってそのようなことはない。私が妻以外にすると思うかい!?」

「思わないから確認してるんでしょう」

 

キスについては、はっきりとした否定を貰えた。

続いてテーブルの上に、ホテルに入る男女の写真を置く。

 

「次はこのホテルに入った写真ですが……」

「それは……何かの間違いなんだ……」

「何かの間違いとは?」

「まったく入った記憶はないんだ。朝気がついたらそこにいて、横には裸の堀内さんが寝ていて……」

「ヤったんですか?」

「そんなわけがないだろう!」

 

少しキツめに問い詰めると、強く否定を返される。

酔って、記憶がなくて、性行為はなかったと断言できる。あまりにもおかしな話だ。

 

「朝帰りしておいて、ヤってないはさすがに無理があるんじゃないですかね……」

「ほ、本当なんだ。それだけは……」

「あはは、まさかEDじゃあるまいし–––」

「うっ……」

「え?マジ?」

 

冗談のつもりで言ったのに、鹿島父が小さな声でこう言う。

 

「……数年前から、勃たないんだ」

「それ志穂さんは?」

「言えるわけないだろうそんなこと!」

「どこに羞恥心覚えてんだよこの人は……!」

 

勃たないことを知ってたなら、少なくとも性行為を行ったという誤解は免れたのに。

思わず鹿島父に怒鳴り気味のツッコミを入れてしまった。

 

「……もし勃たないなんて知ったら、離婚されてしまうかもしれないだろう……?」

「なにそれ勃たなかったら離婚されるんですか……?」

 

夫婦のことについてはよくわからないが、鹿島父の中には独自の価値観があるようである。

 

「まぁ、診断書さえあれば、少なくともヤってないという証拠にはなるな……」

 

それで志穂さんの溜飲が下がるかはまた別だが。志穂さん曰く、自分とはレスなのに他の女とやったのが許せないらしい。AVについても似たような理由だ。あれで発散したのが許せないと。

これは子供に話せるような内容ではなかったので、都にも言うわけにはいかないが。

 

あからさまにほっとした様子の都が、胸を撫で下ろす。

 

「つまり、浮気は誤解ということでいいんですね……?」

「まだ確認してないことがあるだろう。安心するのは早い」

 

当然事件の前後関係だ。

 

「ホテルに行った日、前後に何をしてたか覚えてますか?」

「あぁ、それは間違いなく覚えてるよ。仲の良い同僚と三人で飲みに行ったんだ」

「その仲の良い同僚とは?」

「堀内さんと田辺さんと言うんだが……二人は以前、よく家に連れてきていたことがあるんだが、愛理は覚えてるんじゃないかな。でも、まさか堀内さんが私に特別な感情を抱いてるなんて……」

 

突然鈍感系主人公みたいなことを言い出した鹿島父が、思い悩んだように俯く。相当仲が良かったらしい。

 

「田辺さんとは……?」

「同期の男なんだが。そのAVをくれたのも、田辺さんで……」

 

机の上に置いてあるAVのパッケージに視線がいく。まるで自分のものではないと言いたげだ。

 

「でも、見たんでしょう?」

「勧められたからな」

 

真面目な鹿島父故か、ちゃんと鑑賞したらしい。

 

「一回ですか?」

「……君に言う必要はないだろう」

 

どうやら一回でもないようだ。なんと人の業の深いことか。

 

「それじゃあ、聞きたいことも聞けたし帰るか……。あっと、そうだ–––」

 

都と立ち上がってリビングを出ようとしたところで振り返る。

 

「あぁ、ちなみにキスしたのもホテルに行ったのも一回ですか?」

「……そうだが」

 

そのたった一回を激写されたと。あまりに出来すぎている。

 

「いえ、ありがとうございました。それじゃあ聞きたいことも聞けましたし帰ります。都行くぞ」

「はい、お兄さん。あ、カレー作ったので京介と食べてくださいね」

 

今度こそ、俺と都は鹿島宅を出た。

 

 

 

 

 

 

駅までの帰り道、俺はすぐに電話を掛けた。

掛けた先は今は電話を掛けるのも躊躇する人物–––冬海である。

電話を鳴らして、数秒待つと繋がった。

ようやく声が聞こえるまで、さらに数秒ほど待った。

 

『……はい。冬海です』

 

怪訝な声で応対してくれる彼女は、何やら警戒した様子であった。

 

「実は調べてほしいことがあるんだけど」

『……私にそのようなことができると?』

「おまえ米倉財閥でもある程度の権限持ってるだろ。諜報機関の力を貸してもらえないかな、と思って」

 

米倉財閥の諜報機関とは、財閥内の統制のために用意された専門の監査役である。多数ある社内の不正や癒着を調べ腐敗を防ぐために、米倉源十郎が創ったとされている。財閥のトップクラスでも利用するためには、管理権限を持つ米倉家の者から二名以上の承認が必要である。

 

『……まさか、くだらないことに使う気ではないですよね?』

「くだらなくないって。あくまで財閥傘下の会社で起こった不祥事だから」

『……鹿島純一郎の件ですね』

「おや、話が早い」

 

何故冬海が知っているのかは聞かない。たぶん俺あたりに監視がついているのであろうから。

 

ちなみに最近知ったことだが、鹿島父が勤務しているのは財閥傘下の一流企業のひとつらしい。当然部内で問題が起これば、諜報機関が情報を精査して処罰することになるので、不正の心配はない。その話を前倒ししようと言うわけである。

 

『……それで何を調べて欲しいんですか?』

「ラブホの監視カメラの記録」

『……』

 

無言で嫌そうな圧を出す冬海。電話越しでも圧が凄まじい。

 

「米倉財閥もいくつかラブホテル経営してるだろ。高級志向のやつが〇〇区にあったはずだし。そこの監視カメラの映像に映ってるはずだから、酔って連れ込まれたという事実になる映像を送って欲しい」

『……貸し一つですよ。高くつきますからね』

 

そう言って、冬海は電話を切った。

 

「あー、切られちゃった。まだ調べて欲しいことあったけど、まぁいっか」

 

スマホをポケットにしまう。代わりに都の手を握って駅へ向かう。

 

「お兄さん、さっきの電話は?」

「ちょっとした証拠固めかな。後押しになればと思って」

 

部屋内での映像も欲しかったのだが、そんなカメラがあればラブホテルは廃れる。無い物ねだりも良くないだろう。

 

俺の手を握る都の手から熱が伝わる。

ぎゅっと握られた手には、不服そうに強く力が込められていた。

 

「今回の件、いったい何故発覚したと思う?」

「お父さんの朝帰りが原因とか?」

「実は今回の件、志穂さんに密告したのは田辺さんなんだ」

「そうなんですね。それがどうかしたんですか……?」

 

あまりピンときていない都は、首を傾げている。だから、わかりやすく疑問に思った点を指摘することにした。

 

「おかしいとは思わないか?一回きりのキスや、ホテルに入った写真が撮られてるの。あの親父さんがこれ以上隙を見せると思うか?」

「それじゃあ、その写真は田辺さんという人が撮ったもので……嵌めるためだったと?何のために?」

「そりゃあ、志穂さん狙いだろ」

「お母さんですか……?」

「そう。あの人美人だし、狙ってもおかしくないだろ。それこそどんな手を使っても欲しがる人はいるだろうし」

 

貰ったというAVだって志穂さん似の女優だ。ない、とは言い切れない。共謀、あるいは利用すれば、堀内さんという鹿島父に懸想している女性を使って証拠を作ることは可能だ。

 

「まぁ、俺の妄想であり、妄言でしかないけどな」

「それは父には伝えられませんね……」

「あくまで妄想だからな。そこまで面倒見きれねぇよ」

 

どうするかは今後次第だ。勝手な妄想で断定するのも良くない。

あくまで今回は、二人の仲の修復が目的なのだから。

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