元メスガキさんをお持ち帰りした件   作:黒樹

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ホワイトデーに向けて

 

 

 

平日の夕方。会社からの帰路、最初のコンビニ前で。

 

「……」

 

綺麗な女性に惹かれて視線を奪われた先には、私服姿の冬海が立っていた。

コンビニ袋を提げている彼女は、「ちょうどいいところに」と言わんばかりにちょいちょいと手招きする。

他の誰かを待っているのかと周りを確認するも、彼女の手招きに反応する他の誰かは現れなかった。

もしかしなくても、俺を呼んでいるらしい。

 

「こんなところでどうしたんだ?」

 

いつもならお嬢様に付き従ってるだろ、と言葉にしなくても伝わったらしい。彼女は淡々と言う。

 

「非番ですから」

「そう。……なんというか珍しいな」

 

メイド服を着ていない冬海は新鮮で……いや、むしろ大学時代はこれが普通だったのだが、慣れというものは怖いものである。よくよく考えたら常にメイドがいるって非日常ではないだろうか。

 

「なんですかその顔は。いやらしいですよ先輩」

 

いやらしい視線を感じるとばかりにジト目を向けて、体を隠すように自らの腕で抱きしめるから余計に胸が強調される。むしろエロくなった、と言えば怒られるので口には出さないが。

 

その冬海さんといえば、俺のいやらしい視線もなんのそのと無視し始めてコンビニ袋から肉まんを取り出していた。それを半分に割ると片方を俺に差し出してくる。

昔はこうやって二人で分け合って食べたっけ。懐かしい気持ちと共に、俺は差し出された肉饅にかぶりついた。

 

「うまっ–––いてっ」

 

口で肉饅を受け取ると、自由になった右手が手刀に変化しておでこに振り下ろされた。

 

「本当に躾がなってない駄犬ですね先輩は。誰が食べさせてあげると言いましたか?」

「昔はこうやってよく『はい、あーん』をしてくれただろう」

「元はといえば先輩が勘違いして口で受け取るようになったせいではないですか。私は人前では控えろと何度も言ったのに」

 

その度に真っ赤にして怒ってくる冬海が可愛くて、わざとやっていた節はある。でもお前も楽しんでたよな?

 

「懐かしいな」

「……そうですね」

 

橙色の饅頭を袋から取り出すと、それも割って半分突き出してきた。ピザまんだ。

 

「昔もこんな風に肉饅を半分こしましたよね。だから、先輩のおかげでつい食べきれないのに二つ買ってしまうんですよね。責任とってください」

「はいはい」

 

また口で受け取ると、チョップが再度眉間に振り下ろされた。

 

「酷い」

「お行儀が悪いですよ」

 

そう言いつつも冬海はポーカーフェイスを維持することができず、僅かに口角を上げていた。懐かしいんだろうか。

 

「だんだんと暖かくなってきたな」

「そうですね。日が落ちるのもだいぶ遅くなりました」

「そういえば相談があるんだけど」

「……はい?なんでしょうか?」

 

ピザまんをちょっとずつ食べていた冬海が、最後の一口を口に放り込み、飲み込んだ後で横目でちらりと視線を向けてくる。

 

「ホワイトデーってなに返せばいいと思う?」

「あぁ、お嬢様のですね……」

 

持ち掛けた相談はごく普通の悩みで、しかし最大の悩みでもあった。都はあれが食べたいと露骨に催促してくるし、片桐は食事や飲み代を奢ればいい。黒川と愛理には小物か食べ物かの二択で小物を強請られた。志穂さんの分は都がリサーチしてくれている。

決まらないのはお嬢様だけだ。あの子は望めばなんでも手に入る。だからこそ普通じゃないと手に入らないものを渇望してるわけだが、それが意外と難しいのだ。

 

「普通でいいと思いますが。お嬢様は贈り物を貰うのなら、食べ物ではなく小物派ですね。その方が深く繋がりを自覚できるとのことで。去年あなたが贈ったものも大事にされてますよ」

「その普通が難しいんだよな」

 

何を贈っても普通に喜んでくれる。だが、こちらは何を贈っても彼女が手に入れられるものと比べると見劣りする気がしてしまうのだ。

 

「下手したらなんでも喜ぶからな」

 

たとえば大人の玩具を贈ったりしても、お嬢様は喜ぶだろう。恥ずかしげな顔をして、「これの使い方を教えてくださいますか?」とか言ってきそうで怖い。

良識的に考えてそういうのは贈るつもりもない。セーブしてロードできる世の中なら一回くらい試してみたかったが。

 

一番の難問に頭を抱えていると、冬海が呆れたように口を開く。

 

「しょうがないですね。それなら今度の休日、一緒に探しに行ってあげます」

「おお、ありがとう。助かる」

 

冬海とお出かけの約束を取り付けた。よくよく考えればこれもデートだと気づいたのは、家に帰ってからである。

 

 

 

 

 

 

土曜日。十一時前に駅前で集合をすることになった。

約束の日の前日はあまりにも眠れず、意識すればするほど深みに嵌っていった。

やや寝不足だが、時間の三十分前に集合場所に行くと既に冬海の姿が銅像の前にあった。おまけになんだか複数の男に群がられているようである。

 

「–––いいじゃん俺らと遊ぼうよ」

「そのお友達も一緒に、ね?」

 

いい女見つけたとばかりに二人組の男に口説かれている冬海は、すごく不機嫌そうに無視を決め込んでいた。こんなことなら早く来るんじゃなかったとありありと顔に書かれている。

 

「悪い。待ったか?」

 

スッと両者の間に身体を割り入れて彼女を守るような立ち位置へ入ると、俺を盾にするように冬海は背中にくっついてきた。

すると男二人の表情が不愉快そうなものに変わったが、

 

「なんだよ邪魔だよおっさ–––」

 

俺の顔を見るなり威勢のよさそうだった態度が急に萎む。

 

「……あー、つれって男の方?」

「す、すみませんでしたー!」

 

そして、すぐに撤退を決めた男二人は走るように逃げていった。

 

「あれ、もっと面倒なことになると思ったけど逃げてったな」

「目つきの悪い柄の悪そうな体格のいい男を見て、尻尾巻いて逃げるのは動物として当然のことかと」

「助けたのに辛辣すぎやしないですか?」

「元はといえばあなたがデ–––買い物になんか誘うからでは?」

 

“デ”の次の言葉が気になったが、藪をつつくとろくなことにならないのでスルーしておく。

 

「はいはい。それより飯行こうぜ」

 

そう言って俺は手を差し出した。恋人同士だった頃のように、ついやってしまったことを差し出してから気づいた。

引っ込みのつかなくなった手を冬海はまじまじと見た後で、その上に重ねるように自分の手を乗せる。

 

「それではエスコートしてもらいましょうか」

 

指と指が絡み合う。そして、恋人繋ぎをしたまま俺達は食事処に向かって歩き出した。

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