元メスガキさんをお持ち帰りした件   作:黒樹

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デートの続きにござる。


友達以上恋人未満

 

 

 

大学生時代によくデートした喫茶店は今も変わらずあった。

店主も昔と変わらずで、六十代くらいに見える–––昔もそう見えていただけに実年齢は不明だ。

この店はマスターのブレンド珈琲と、洋食が売りだ。近所の大学生向けに、大盛りでリーズナブルな価格で楽しめるおかげでデート目的以外にも客入りはいい。

 

懐かしく思いながら、俺と冬海は注文をする。

ブレンド珈琲と日替わりパスタ、サラダとソーセージの盛り合わせ。バケットにビーフシチュー。

程なくして運ばれてきた珈琲を飲んで、懐かしさについ口元が緩む。

 

「……変わりませんね。この味は」

 

優しげな表情で、冬海が言う。

そんな彼女の表情が昔と重なって、胸が苦しくなる。

 

「……そうだな」

 

今の俺には、渋味よりも苦味の方が強く感じる。

昔は彼女といるだけで、珈琲が甘く感じたのに……。

 

「付き合ってた時以来だな」

「そうですね。値段もほとんど変わらないようですし、客層も変わらないようで……」

 

まるで視察に来た女上司みたいなことを言い出した冬海に、俺はつい苦笑してしまう。

 

「大人になると着眼点は変わるんだな」

「一応、これでも米倉のメイドですので」

 

すぐにサラダが運ばれてきて、二人で分けて食べる。

冬海は少食で、約一人前の料理をシェアしていた。

 

「同棲を始めてからも毎週通った頃が懐かしいですね。先輩」

「そうだな。メニュー表に見慣れない物もあるけど、ほとんど一緒だ」

 

目新しいものも気になったが、懐かしさにいつものメニューを頼みたくなって、今日はいつものメニューを。彼女と一緒じゃなければ来ないとは思うから新しいメニューを試す機会はないだろう。

 

「……先輩」

 

そう考えていると、彼女に呼び掛けられた。

彼女の顔には色々な感情が綯交ぜになった葛藤の跡があり、遠慮がちに顔を逸らしたままちらりと視線を向けてくる。

 

「……今だけは、あの時のように名前で呼んでくれませんか?せっかくのデートですので」

 

冬海–––雪菜もどうやらそのつもりだったらしく、名前で呼ぶことをお願いされる。そう呼ぶようになったのは付き合い始めてからだっただろうか。

 

「わかった。……でも、いいのか?」

「はい、そういう気分ですから。試しに呼んでみてくれませんか?」

「……雪菜」

 

大切に、丁寧に、愛しい名を呼ぶ。

すると彼女はふにゃりと表情を和らげた。

 

「よくできました」

 

届いたばかりのソーセージをフォークで刺して、口元に運んでくれる。……ソーセージが甘じょっぱい。

 

「ごゆっくりどうぞ〜」

 

残りの料理と共に伝票を差し込んで、決定的な瞬間を目にした店員がニヤニヤしながら去っていく。

それを見ても雪菜は照れることなく、幸せそうに微笑む。あの時の顔で。あの時のままで。

 

「……冷める前に食うぞ」

 

一瞬見惚れたことを隠すために、俺はそう言ってパスタの皿を寄せた。

 

今日の日替わりパスタは、和風のツナと水菜のパスタだ。フォークで巻いて食べる。すると少量のしめじや舞茸がいい味を出しており、主張の強すぎない調和の取れた味が口の中にいっぱい広がった。

 

「美味いけど、やっぱりおまえの作るパスタの方が好きだな」

「また機会があれば、作ってあげますよ」

 

その言葉を嬉しく思ってしまう。本当にその日が来るのかは定かではないが、またその日が来るのを俺は密かに願っていた。

 

 

 

昼食を終えて、喫茶店を出る。

昼時になって混み始めた店に長居するわけにもいかず、俺と雪菜は食後の散歩に歩き出した。

“目的”は既に“彼女とデートするための手段”となっており、ホワイトデーのお返しなんて口実のようになってしまっている。

どちらからともなく繋ぎ直した手は、喫茶店に入る時よりもしっかりと握り合っていた。

 

ショッピングモールに着いてから、適当に一階を散策する。

最初に見つけたのは、部屋のインテリアになりそうな小物が置いてある雑貨屋である。

スノードームに、ミニツリーなど。可愛らしい物が置いてあるが似たようなものは既に贈っているため、どれも二番煎じのような気がしてピンとくる物がない。

 

「なぁ、何を贈るのが正解だと思う?」

「無難なのはお菓子ですが、お嬢様は小物の方が喜ぶと思いますが……」

「それはわかってるんだよ」

 

ただその小物が思いつかないのだ。あれでもない、これでもない、と悩みながら見て回るが結局その店では何も買わずに外に出た。

 

プレゼントというのは、贈る機会が増えるとそれだけで選択肢が減っていく。前に贈った物や、他の人が贈った物と被らないようにと考えると選択肢は割と少ない。

 

「次はあれ見てみるか」

 

複数のテナントから、アクセサリーショップを選ぶ。

高校生でもギリギリ手を出せる価格帯から、大人でも身につけるほど高額なものまで揃っている店だ。

ブランドは米倉系列ということもあり、信頼と実績は折り紙つき。デザインも素晴らしく女子中学生から社会人まで人気があり、結婚指輪もここで買う人が多いとか。

 

ふと足を踏み入れて、店内を見回してみる。

すぐに目についたのは、花を模ったブローチ。本物の宝石から、色ガラスや鉱石を使った物まで。様々なデザインのブローチが並んでいた。

 

「…………」

「どうしたんですか?」

「いや、お嬢様ならこんな安物よりもっと高い物身につけてそうだなって思って」

 

普段から装飾品を身につけているところは見たことないが、パーティーではそれなりの品を身につけるらしい。それもアレキサンドライト等、本物の宝石を使った数百万から数千万する品だろう。

 

さすがにそのレベルは、ホワイトデーのお返しにしては度が過ぎているため手が出ない。

 

「都や愛理なら喜びそうだけどな……」

 

部屋のインテリアにはなりそうだが、そのインテリアも十万近くするのだろう。そう思うとこれも微妙だ。

 

「お嬢様は庶民的なタイプですから」

「庶民的で、装飾品ってもはや地雷でしかないよな。お嬢様に贈るには不足というか」

 

そもそもお嬢様に装飾品を贈るのが間違いではないだろうか。

 

「あなたが贈るものなら、お嬢様はたいそうお喜びになられますけど。お嬢様からすれば安物の装飾品でも、特別な人から貰ったそれは特別な意味を持つものですよ」

「たとえば?」

「指輪なんてどうでしょう」

「……俺の首が飛ぶ」

「冗談ですよ。ブレスレットやネックレスなら、休日に出掛ける時など身につけることはあると思いますよ」

 

それなら、まあ……。と、俺はこの店でホワイトデーのお返しを買うことを決めた。

都には美味しいものが食べられるところへ連れていってくれたらいい、とは言われたが一人だけそうなると他を贔屓しているみたいなのでここで都の分も買うことにする。

 

「雪菜はどっちがいい?ネックレスかブレスレットか」

「……私はネックレスで」

「……ふむ」

 

石言葉とか、花言葉とか。地雷原が多過ぎて苦労する。こういう装飾品の場合、花言葉が優先されるのか、石言葉が優先されるのか。考えると脳がパンクするため思考を放棄することにした。

 

「……どれがいい?」

「先輩は私にどれが似合うと思いますか?」

 

質問を質問で返されて一番困るパターンがきた。

ふと店内を見渡して、一目見てひとつだけ目に留まったものがある。

花ではない、美しき結晶。

 

「これとかいいんじゃないか」

 

アイスブルーダイヤモンドの雪の結晶を模ったネックレス。

彼女のイメージにもピッタリだと思った。

 

 

 

本来の目的を無事に達成して、ショッピングモールを出た。

まだ昼の三時を過ぎた頃で、帰るにはまだ早い時間だ。

 

「無事にいいものが買えましたね」

「あぁ、なんとかな……」

 

他にも色々と連れ回されたが、充実した時間だったことは間違いない。

デートの口実はもうない。夢の時間は終わりに近づいている。この手を離したくないと思っても、やっぱり声には出なかった。

 

「先輩」

 

足下を見ながら歩いていると、急に手を引かれる。

立ち止まった雪菜が、背後にいた。

 

「ちょっとそこの公園で休憩しましょう」

 

誰もいない無人の公園に立ち寄る。

ベンチに座って、雪菜はこう言った。

 

「……先輩、今あれ貰えますか?」

 

あれとは、ホワイトデーのお返しのこと。

催促に応じて、俺は紙袋の中から箱に納められた品物を取り出した。綺麗にラッピングされた贈り物を受け取った雪菜は、すぐに包装を剥がしていく。

 

「……つけてください」

 

箱を開けて、雪菜が催促する。

俺は彼女の背後に回って、ネックレスをつける。

指先が、彼女の首に触れる。

少し冷たい首筋は、細くてほんのりと温かい。

パチリ、と金具が嵌った。

 

「ほい、つけたぞ」

「先輩、似合いますか?」

 

くるりと振り返った雪菜は、微笑みを浮かべて続けた。

 

「そこからじゃ見えませんね。もっと近寄って見てください」

 

ベンチを回り、彼女の下へ。

 

「似合って–––」

 

褒めようとしたところで、最後まで言葉は紡げなかった。

首に手が伸びてきて、ぐいっと引き寄せられる。

唇が塞がれて、声が出なかった。

それも一瞬のことで、顔が近いと思った時には、もう離れていた。

 

「……雪菜?」

 

突然のことにびっくりしていると、いつもは無表情でいる雪菜が僅かに頬を染めていた。

 

「……先輩。私はあなたと出会えて本当に幸せでした」

「なんだよ急に」

「直接言ったことはなかったな、と思いまして」

 

しかし、と続ける。

 

「私はお嬢様のメイドです。これからも、この先もずっと。だから、あれが私にとって最初で最後の恋なんです」

「……誰か他の人を好きになることだってあるだろ」

 

言いたくはなかったが、そんな言葉が出た。すると雪菜は微笑んで言う。

 

「……ありませんよ。あなた以上の人は現れません」

 

そう言って、彼女はぎゅっと抱きついてくる。

 

「先輩は優しいですから、あの女性を捨てることはできませんよね?私だって同じです。大恩あるお嬢様のメイドとしての立場を捨てることはできません。でも、こんな風に会って話はいつでもできます。友達以上恋人未満。それが私達にもっとも相応しい関係ではないでしょうか」

「それ友達以上恋人未満って言うか?」

「解釈は人それぞれですよ」

 

それだけ言って、雪菜は離れる。

頰は赤く、熱を帯びていて……。

照れ隠しに俯いた彼女は、こんなことを確認してくる。

 

「……先輩。まだ時間はありますよね?」

「そうだな。まだだいぶ陽も高いし」

「でしたら、また私の家でお茶をして行きませんか?家はこの近くなので。……それにデザートだって用意してますよ」

 

まだ一緒にいたい。と、懇願するかのように上目遣いに見つめられれば、それに抗う理由はなかった。

 




解釈によってはこれも友達以上恋人未満だと思います。
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