昼食を終えて外に出たあとで。
あてもなくふらふらと歩き出せば妙に視線を感じてしまう。
あとは買い物を終えて帰宅するだけなのだが、色々なものに目移りしたかのようにあれが見たいこれが見たいと愛理が寄り道を始めたのだ。別に欲しいものがあったわけでもないのに、気を引かれたように色々なテナントに吸い込まれるように入っていく彼女は楽しそうに商品を物色する。
長年の経験からわかっていた。彼女はただ、デートの時間を引き伸ばしたいだけなのだろうと。
このまま買い物を終えてしまえば生鮮食品もあって真っ直ぐに家に帰るだろう。俺の面倒臭がる性格もあって、買い物はさっさと済ませてしまって帰りたい、と思っているのを察しているのかもしれない。実際その通りで、俺は食事と買い物を終えればさっさと帰るつもりだった……のだが。
「おい、愛理」
「なに?」
面白そうなものを見つけてはふらふらと店に入っていく彼女の手を捕まえて、何度か位置を調整する。手のひらを合わせるかのように何度も動かして、指先で指の間をなぞれば絡め合うように繋いだ。いわゆる恋人繋ぎというやつに、愛理は照れたように顔を逸らす。
「まだ時間はあるから、小走りになると転けるぞ」
「そ、そうよね。時間はまだあるものね」
意図を察したのか、愛理は嬉しそうに頰を緩ませる。
その笑顔に見惚れてしまったのか余所見をして歩いていた男が案内板にぶつかり、よろめいて数歩後退った。
恋人とデートに来た男が、愛理に見惚れてその視線に気づいた彼女が腕を抓る光景が見られたり。
店を出てから感じていた視線がそれだった。
完璧におしゃれしている愛理はその比ではなく、歩くたびに男達どころか女性達の視線も吸い寄せていた。
俺としては普段の少し地味な方が好みなのだが、おしゃれした愛理も綺麗で、甲乙つけ難い。
やっぱりモテるんだな、と他人事のように思いながら他人事のように思ってなかったりもする。
愛理は気づいていないだろうが、手を繋いだのだって見せつけるためだ。余計な虫が寄ってこないように牽制したのも、少しだけ独占欲を発揮した結果だったりする。
……なんだか負けた気分だ。
もはや手遅れなくらい愛理に甘やかされている気がして落ち着かないが、俺はその思考を消し去るように隣の彼女に話しかけた。
「で、どうする?」
「お揃いのマグカップとか買わない?」
「まぁ、マグカップはよく使うしな」
たぶんお揃いのマグカップを提案した理由は実用的とかそういう意味ではないのだろうが、俺が乗り気だったのが嬉しかったのか愛理が引っ張るように小物を売っている店に誘導する。
それから店内を二人で見て回り、気に入ったマグカップを見つけて買った。黒と白の猫の柄のやつだ。
「次は……」
愛理が視線を巡らせる。彼女から提案するより先に、俺はそばにある洋服店を指した。
本来なら、俺と無縁の女性用の服を多く取り扱う店である。
「普通、男の人ってそういうの嫌がると思ってたけど」
俺から提案したのが意外らしくこの反応。
怪訝そうな、心配そうな曖昧な顔で見上げてきた。
「女性の買い物って長いって聞くしな。女性の買い物に付き合う男の心理を描写した漫画はよく見るぞ。なんで好きな人と買い物に来てそんなに嫌がるのか俺にはまだわからないが」
「ふ、ふーん。……そうなんだ」
彼女の頬が薄っすらと赤く染まる。
何故だろう。何かとんでもない失言をした気がするが、あくまで漫画の感想を語っただけで何を失言したか思い出すことができなかった。漫画の話になると口が滑って怖い。
「それに綺麗な女性が着飾ってるだけで目の保養になるだろ」
「そ、そう。あんたがいいならいいけど」
照れて顔を逸らしているが、嬉しそうに愛理が同意する。
二人で店に入って、まずは店内を確認する。
下着売り場が見えたので、俺はそこを絶対に避けるようにしながら彼女に似合いそうな服を探した。
「あの服なんて似合いそうじゃないか?」
「そういうのが好きなの?」
「否定はしない」
再会した時のニットワンピースは本当にヤバかった。
彼女のスタイルの良い体を強調するような、ラインの浮き出る服は彼女の魅力を全力で押し出しており、邪念が何度浮かんだことか。結局本人に理性は破壊されたが。
今選んだのもノースリーブで、胸の形がくっきりしていたりする。
「ただ残念ながら俺にファッションセンスはない。だから、あれに合う服は自分で選んでくれ」
「最初から期待してないわよ」
俺の格好はジーンズにTシャツ、パーカーだ。
ジャージ族を脱した人が陥りやすい装備だと俺は思っている。
例えるなら、初期装備を脱したくらいだろうか。
俺には壊滅的に、ファッションセンスがなかった。
「でも、女性用の服を選ぶセンスは悪くないわね。生まれる性別間違えたんじゃない?」
「俺は生まれ変わっても男がいい」
そんなやりとりをしながら愛理は服を選ぶ。
そんな背中を見ながら、俺は声を掛けた。
「おまえは少し服を選んでてくれ。ちょっとATM行ってくる」
常に一万円くらい財布に入れているが、女性服を買うとなると心許ないので愛理にそう伝えると、早く帰って来なさいよとお達しを受けた。
俺は店を出て、ATMへ向かった。
◇
ATMからの帰り道。膨らんだ財布を手に来た道を戻っていると、通路の端で立ち止まっている三人の男女の姿があった。男二人に女一人、言い寄っている姿を見るに俗に言うナンパというやつであろう。
ただ気になるのは女性……というよりは、女性の方がまだ少女に見える年齢であったこと。そして言い寄っている男達というのがどう見ても歳が離れすぎているのだ。低く見積もって高校生くらいだろう。
「いいだろ少しくらい」
「いえ、私は……」
少し強引な男達に対して、少女は困った様子。
さっきから断っているのにしつこく纏わりつかれている。
助けに入ろうにも難しく、取り敢えず様子を見ていようと思うと不意に少女の方がこちらに気づいた。
「あ、お兄さん!」
もしかしなくても俺のことらしい。男二人の包囲を抜けると、立ち止まって様子を窺っていた俺の腕に抱きつき威嚇するように男達の方へ向き直る。
「もう、探したんですよ。急にいなくなっちゃうから」
「……おう、悪かったな」
「何処行ってたんですか〜?」
「ATM」
「お姉ちゃんへのプレゼントを買うお金を引き出しに行ってたんですね」
当然、打ち合わせもないアドリブだが少女の性根は逞しいらしく適当なことを言っていた。それに咄嗟に話を合わせたのも俺が状況を理解していると踏んでだろう。
仮に恋人だとしても、むしろ俺と少女の方が犯罪臭がするので、兄と扱ってくれた方が話を合わせやすかった。
そこも計算のうちだろう。
「では、そういうことですので」
腕に抱きついたまま歩き出す少女。
置いて行かれた男達は、ぽかんとその様子を見送っていた。
それからしばらく歩いて、少女がほっとしたように口を開く。
「いや〜、助かりました」
「俺は何もしてないけどな」
「そうですね。そこは減点です。ただ……」
感謝したかと思えば、今度は容赦なくダメ出しをしてきた。
事実だったので俺は何も言えず黙っていると、少女は立ち止まって言葉を続ける。
「お兄さんが私を助けようとしているのは、なんとなくわかりました。そこは褒めてあげます」
少女が浮かべた微笑みはまるで天使のようで–––と、思わず見惚れてしまいそうになったが、俺は素直に可愛いとは思えなかった。
何故なら彼女からは、少し小悪魔めいた悪戯っぽい雰囲気を感じるからである。
「–––というわけで、これから一緒にお茶しませんか?」
「今の何処にお茶する要素があった?」
「私こう見えても学校で一番の美少女ですよ。そんな美少女とお茶できるなんて、クラスの男子達からすれば喉から手が出るほど欲しい権利ですよ」
「妙に推してくるな」
実際、少女はナンパされるくらいに美少女と言っても過言ではなかった。
運動部にでも所属しているのか引き締まった体は、細身ながらもしっかりとしている。スレンダー体型というやつで、胸は大きいってほどでもないが中学生としては平均くらいだろう。顔立ちも整っており、サイドテールに結われた赤茶髪も手入れを怠っていないのか凄く綺麗なのだ。
「残念ながら、人を待たせてるんでな」
「そうですか。でも、女子中学生とお茶できる最後の機会かもしれませんよ」
「見ず知らずの女子中学生とお茶してたら職質されそうで怖い」
「これはお礼ですから、深く考える必要もないと思いますけど」
「気持ちだけ受け取っておく」
俺の鉄壁が崩せないとわかったのか、少女はそれ以上何も言ってこなかった。
「そうですね。これ以上邪魔すると“彼女さん”にも悪いですし、私はこれで。またね、お兄さん」
言いたいことだけ言ってエスカレーターに乗って去っていく少女を見送って、愛理が待つ店へ急ぐのだった。