青い空を、白い雲が流れていく……。
「–––っ」
身体を突き抜けた衝撃が過ぎて、身体の上で身動ぐ気配に顔を動かせばそこに濡れた黒髪が映る。
ふるふると震えたまつ毛が、カーテンのように幕を上げる。その下に隠されたアズライトの瞳が、見開くと同時に微かに震えた気がした。
「……」
「大丈夫か?冬海」
「……」
「おーい……?」
濡れた彼女の冷たい身体の奥に、確かな熱を感じる。彼女の温もりをしっかりと感じるが反応がない。頭でも打ったのかと心配するが確かに彼女を抱きしめていたことを覚えている。
「–––ぁ」
見つめ合っていた瞳が、再度震える。
そうして再起動した冬海は、至近距離で大声を出した。
「大丈夫ですか!?」
普段の彼女らしくない焦った声が、耳を劈く。
そのまま手を伸ばして、俺の後頭部に手を当て始めた。
「頭は……打ってないみたいですね。コブも、出血も見当たりませんし。ですが、内出血という可能性も……」
猿が仲間の毛繕いをするかのように頭をもしゃもしゃ撫で回す冬海。そんな慌てた様子の彼女の鼻を俺は不意に摘んだ。
「落ち着け。俺があの程度でどうにかなるとでも思ってんのか」
「で、ですが……」
「それよりおまえはどこか打ったとことかないのか?」
「わ、私は先輩が守ってくれましたので……」
頰を僅かに赤くして目を逸らす冬海は、俺の上に跨ったままその手を腹のあたりに当ててくる。
「それと思いっきり先輩のお腹に膝が当たった気がするのですが……」
「ちょっと痛い以外はなんともねぇよ」
隠すと後が面倒なのでそう言うと、やっぱりといった顔をした。
「見せてくださいっ」
「服を剥ごうとするな、落ち着け」
有無を言わさずシャツを捲ろうとする冬海に、抵抗する間も無く服を捲られた。
僅かに赤くなった脇腹が見えるだけで、別状はない。
「赤くなってるじゃないですか」
「その程度のこと……」
「そういう適当なところ先輩の悪いところです。本当に変わりませんね!風邪引いた時も病院に行きませんし、薬も飲まなければ根性で治そうとするし!」
–––パンッ。
他にも言い募ろうとして、突然横で発生した乾いた音に遮られる。
隣を見れば、桜ちゃんが笑顔で掌を打ち合わせていた。
「それではお二人とも揃って検査しましょう」
「いや、別にそれほどのことじゃ……」
「いいですね?」
「「……はい」」
お嬢様らしい気品のある笑顔の圧に押されて、俺と冬海は何も言えなくなる。
そんな俺達の姿を確認してから、彼女は事態を収集するべく動き出した。どこからか取り出したマイクを片手に、アナウンスをする。
『大変長らく皆様お待たせしました。多少のアクシデントはありましたが、お二人とも怪我はない様子です。実はシャチはすごく賢い生き物で、クロユリちゃんは人間の心の機微にも敏感なんです。どうやら大好きなお姉さんの気持ちに反応してお節介を焼いちゃったみたいですね』
「お嬢様!?」
冬海の抗議だけがマイクに乗らず、風に流れていく。
そうしてちょっとした小粋なジョークも挟んで、桜ちゃんはショーを無事に再開させた。
『それでは引き続きショーをお楽しみください』
代わりの飼育員さんがステージに立ち、桜ちゃんがこちらに目配せする。
「なるほど。承った」
「あの……なんでお姫様抱っこして……!?」
「お嬢様の指示だ。仕方ないだろ」
「おろしてください自分で歩けます!」
「大事があるといけないだろ?」
「そういうあなたこそ運ばれる立場ですよね!?」
衆人環視の前でお姫様抱っこされた冬海は、その事実に顔を真っ赤にする。
「あとで覚えておいてくださいねっ!」
そう言って、彼女は顔を両手で覆い隠す。
ほんのりと赤く染まった耳だけは、隠し切れずに。